十九話
先に荷物を積んだ馬車が先に関門を通った。次に人が乗る用の馬車では、分厚い鎧を着込んだ門番の男の人と門を通らないで話をしていた。
いつもお疲れさんだとかこんな暑い中なのによく仕事をする気になるなとかを冗談交じりに話す。おうよ、とかお前も似たようなもんだろと返したりと仕事抜きで仲が良いんだななんて窺えた。
すぐに会える友達がいるのは良いことだ。私はそう思う。心が絞られるような寂しさが胸の中で熾きる。杏に会いたいなとカバンの中をまさぐってウォークマンを触る。
関門を抜けると街の雰囲気ががらっと変わった。ずっと森と海と空しか見れていなかったので、人工的に造られた建物が目新しくきらきらした世界に私の目に映った。建物といっても現代の建造物よりもアンティークな気品に溢れているのである意味でも目新しさもあった。
そして街が喧騒で溢れ、全てにおいて活力で満たされていた。ここは商店街にあたるのかもしれない。子供や大人、商人から動物の鳴き声にも明るい騒がしさが360度どこからでも木霊して響き渡っていた。これが六世紀の世界の街並みなのか?カンボジアとかで観るような街並みと似ている。私は昭和の東京のようなすぐそばで感じれる他人の温度が好きだったから、オールウェイズという映画の中に来たような感覚でワクワクした。気分が高まった。
ただ、意識すれば気にしてしまう程の微々たる事だが、嗅いだことのない異臭が鼻に着いた。
「えへへ」なんていうはしたない愉悦が口から洩れた。
そして馬車は、この街の集会所のような町役場のようなところで停まって皆降りた。
集会所は、人通りが多かったあの場所からすこし物陰に伏せるようなところで生臭いが少しした。錆びた赤レンガのブロックの建物が多く、昼間なのに陽の入りが悪い。屋根に橋とかもあって異世界の雰囲気があった。
ここに女子がいるのは危険だろう。でもなんでこんな場所に集会所を作ったのだろうか?闇ギルドなのではないのだろうか・・・?
猫がニャーと鳴いていて、スノーが反応した。
「お疲れー」「おう、また夜に飲もうぜー」
私たちも馬車から降ろされたが、どこに行けばいいのかと、路頭に迷う。左右を見てもどこもレンガ性の建物
馬車から降りて雇い主から男たちはお金を受け取る。その瞬間から屍みたいに死んだ顔から生きている人の顔に戻った。充電がゼロから百に刹那と同じ速さで満たされたようだった。
「お疲れさん、二人とも。んでこれから行く当てとかあるの?」
荷台の中でずっと話しかけてくれたおじさんが訊いてきた。おじさんも報酬を貰えたことに安堵の表情が見える。欲望が人を動かすというのは自然な原理だ。度が過ぎなければ、人が幸福を得るためのステップなのだ。
「いや、それが無くて・・・」
「そうか、まあこんな湿気た場所に長居するのも危険だし丁度俺の知り合いの店で住み込みでだけど働かせてくれる場所あるけど来るか?」
「それは是非行きたいです!」
スノーが即答で返答する。でもこれが正しい店なのかをこの人は一切説明をしてくれていない。
「すいません。それは嬉しい提案なのですが、まず働く内容を教えてほしいです」
私はスノーを遮って、質問をした。
「そうだな―――」
なんて頭を搔いてから
「俺がよく呑みに行く酒場のウエイトレス、ってところかな。あのばあさんがそういうの欲しいって言っていたし。あぁ、先にそういう事言えばよかったな。わりいわりぃ。まあ来るなら来いよ。俺も仕事終わりの一杯をそこで呑みに行こうと思っていたし」
と焼けた肌に笑い皺ができる。この人は悪いことができない男のひとなんだと知った。スノーも大丈夫ですと笑って応えた。
人の良い傭兵のオジサンが先頭を切って歩き出した。私やスノーが何も言わず後姿を追わなければあと腐れもなく、放っておくんだろう。着いてくるなら来い。そういうことなのだろう。
この人と話して分かったことは良い人ってこと。そして人との距離感が分かっていてどこまで仲かできっと深入りしてしまうのかっていうのも分かる人なんだろう。馬車の中でもあえてありがたいことに私たちの事情を訊こうとしなかった。
背が高く、野獣のような毛むくじゃら。怖そうな顔つきなのに優しい人。さっきも中で俺たちが済む街はなって言って、自慢げに良いところを教えてくれた。その間にチーズとハムを私らに器用に小さなナイフで切り分けて差し出してくれた。実家で作っているからうまいに決まっているとも言った。
完全な信頼はまだ難しいが人柄が分かるだけでもそれで信用ができる材料が見つかってみて行動を委ねてもみてもいいかもなと私は思った。
雲が空を漂う方向に沿って緩く生ぬるい風が路地の隙間を蛇行して人体に射す。鷲が空を飛んで、人を睨む。
スノーはもう少し人を疑ってほしい。とおじさんの背中を歩いていく姿を見て、そう思った。私は置いてけぼりだ。歩くよりもほんの少し早い程度の早歩きで、待ってと私は言う。
人がいないこんな仄暗い場所って、森にいる時とはまた別の空気感がある。
—————鋭く銀色に光るナイフを持つ男。遠くで私を見る男。視界の端にいそうないなさそうな人の気配。電灯なんて建てられていない道路。暗闇になればなるほど蝕んでいく恐怖が私の心を這って犯す。女として、あるいは尊厳的に私を捩じり殺してくるというイメージを想像しただけでおどろおどろしかった。
現実に起きてしまうなんてのはないよな。
夏の日照時間は驚くほどに長い。もうすぐで夜になる。まだ昼間だと思っていた。
レンガのタイル。白の陽が、鮮やかな赤が錆びたレンガに吸収されていく。一つ屋根を超えたところから酒だ酒だ、豪快に笑っては酒を注文する男の声がする。楽しそうで何よりだ。ちょっと待ってくれていたからすぐに二人には追い付けた。