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yellLight  作者: 白咲・名誉
14/50

十五話



出港から二日目の朝になった。昨日は慣れない船の揺れで眠れなかったのに、気が付いたら心地の良い揺れに感じてしまっていた。



昨日の一夜は色々と身構えてみているだけで終わってしまった。



 スノーとスノーのお母さんは長い時間抱きしめあった後、「もう行かなくちゃ」という母の発言で死霊と人魚はいなくなった。お互いに、この時間を惜しみ、もう二度と在り得ないであろうこの時間を愛した。



もう二度と・・・。私はただなんとなく奇跡が二度もないことを知っていた。



 朧気に空に浮かぶ灰色の雲。あやしく惑わす青白い月。何の神様(絶対ロキではない)の悪戯か、死んだ人に会えるという奇跡。



静かに、静かに、夜は更けた。



 人魚や死霊がいなくなった船の甲板にヘタレ込んで泣いているスノーを私は優しく抱え込んで落涙を無かったことにした。




この




どうして死霊らが船に乗り込んできたかというとそれはプロテウスさんが言うには、



「スノーがいつも母親を想って歌い、それに死霊たちが呼応し黄泉からやってきた。これはシルバーコードという目に見えない糸なんだ。それが母親を想うことでコネクトしたんだろうね。あの子はそれほど強い想いをいだいて抱いていたから、あっちは引っ張られちゃったんだろうね」



「そんな事本当にできるの?」



 私が朝食を食べて足のマッサージをしている時、プロテウスさんが私を自室に呼んだ。浅黒い顔に、上下に生え整った白い四角い歯が見えた。



「まさか。簡単には出来ないよ。現ではね。でもここは神の国アスガルドだ。名称的に天国というところに位置する。だから死と生の繋がりがあやふやになる、そうするとしるシルバーコードが黄泉に線が伸びる。そうして昨日の夜のような現象が起きたんだ。あ、そうそううつつとは違ってここは物理的な法則が必要のない場だから、あの死霊が船内に足を付けられたのは受肉して体を得たのではなく、魂が黄泉からアスガルドに引っ張られてしまっただけで仮初の肉体をあの女性が想像して作った、まあいわゆるCG効果みたいなもんだよ」



「それ全て分かった上でまさか昨日の事も全て視えていたの?」




「もちろん。だからこそあの場に行かなかった。まあそれに俺も船の中で何もしないわけにもいかないから色々と忙しくてね。俺が出す神格のエネルギーに死霊は耐えられない。消滅すればあの感動的なハグなんて出来なくなっていたぞ」



「ふーん」



 プロテウスさんの部屋はには成金が好きそうな趣味の悪い金製の地球儀や蛇の抜け殻が入った瓶が、品のいい艶のある机に置かれていた。



 プロテウスさんの部屋は船体の一番下、太陽の光が差し込まない部屋だった。それのせいか暗い湿気が立ち込めている。壁の色は黄褐色、空間を照らすランタンから黄蘗きはだ色の炎が灯る。右、左と、海に揺れるから部屋全体が常に光に包まれず必ず一部は薄い漆黒が部屋の隅に宿る。



「今から真子ちゃんが行く場所とその経緯の説明をしたくて呼んだんだ」



「それはここで二人でするの?」



私はプロテウスさんが座ってくれと促してくれたチェアの座る位置を一度変えた。



机には、グニャグニャに歪む銀のコップが置いてある。それには水が注がれていた。



 チェアは凄いふかふか。もしかしたら無限にお尻が沈むのではないのかなんて錯覚をおぼえるほどだ。さすが神様が持つ家具だ。きっと現では取れないような素材で作られているんだろうな。



 私が座る椅子と同じ椅子にプロテウスさんは腰を落として話をする。私たちの間には二人が挟むように奇麗なニスが塗られた木のテーブルが置かれていた。



「これからこの船の目的は現へ君たちを送るためだ。現には二つ、行き方がある。一つは昨日言った、虹の橋を渡る事。次に、たまに出現する≪穴≫というところに落ちる事」



「だったら虹の橋っていうのを渡った方が効率よくなかったの?航海していてたまにしかあらわれないその穴っていうのを探しだすのこそ博打じゃないの?」



 私は虹の橋を記憶という情報に潜むデータを手繰たぐって思い出す。じりつく暑い砂浜から水平線に伸びる太陽に反射して棘上に光る虹色のプリズムの橋を。



「いや、橋を渡るのは至難の業だ。あれのスタート地点からゴールまでは三蔵法師が天竺を渡ったのと同じくらいの距離だ。しかもこの時代には車や自転車なんてものは存在しない。馬はあるけれど、君の足だと長時間、馬に揺らされるだけで治ってきている足も治らなくなってしまう」



「あぁ、そうか。でもあなたにはすべてを見通せる目があるものね」



私は会話のキャッチボールをして彼が何を言いたいのかを掴んだ。



「そういう事だよ真子ちゃん。事前に座標さえわかればそこに向かうだけだからね。便利でしょう?」



 割と海に沈んでいる所に部屋があるので外からの音はほぼ入っていなかった。外での静かさとは深みが違う静けさが海の中にはあった。



「そして、私とスノーが現に戻ってもプロテウスさんはいてくれるの?」



「現からはもう手伝いができないんだ。基本、神は人に手を貸すのはいけないから」



「まあそうよね。神様の援助なんてあったらそれこそ私は神話の人間になっちゃうよね」



「あと人間って俺たちが助言なんてすると俺たちに頼る一方で堕落しちゃうのもあるんだ。まあそれでもロキの策力だったとしてもここで出会えたのもなんかの縁だし神の加護は真子ちゃんに与えるつもりだ」



「え?いいの?」



「いいよ。でもこれは一回きりの魔法だ。手を出して」



「え?一回しか使えないの?」



「そうだよ、ほら出して。でもこれは君が本当に危険だと思ったときにしか使えないから」



「それってさ」



「完全に俺の匙だよ」



「そうなるのかー」



 私がピンチだと思ったとき、そう認知した時になんか助けてくれるのかと思いきやプロテウスさんの未来視の鑑定結果から発動する加護。このさき命に別条が無くとも、平和な世界で行きていた私が感じる困難のと思う基準では助けてもらえないという事だ。



 私は恐る恐る向かいに座るプロテウスさんに右手を拳にし、丁度手の甲が見える感じに差し出す。



 じゃあ、と一言彼は言って私の手を自分の両手で握って目を閉じた。すると、この部屋が一瞬で空気感というのか雰囲気みたいなのが変わった。それが分かったのは私の首筋にぞわぞわと寒気のような雷が走ったからだった。



 私の手を包むプロテウスさんの手が光を出す。もう、これだけで超常現象だ。彼の真っ黒な紫色の血管が浮く大きな掌には、小さな傷が沢山ついていた。戦争には出ていないというのが彼の特徴で温厚な神様だ。それでも千年以上生きていれば生傷は沢山あるんだろう。長く生きている人のあかしだ。



 だんだんと差し出した手が温かくなってくる。痛みも火傷になるほどの温度でもなく、ただ心地の良い温かさだ。



 プロテウスさんが、小粒の汗を額から流しだす。小さな深呼吸を何度も続ける。ランタンの火が少し弱くなる。チャクラなんて中国では言うのかもしれない。人体に害が及ぼさないと脳が察知する。拒絶反応が一切起きない。



「ふう、慣れないことはしないべきだね」



 終わったよの合図でプロテウスさんは手を放してくれた。お互いに自然と上がっていた肩の力を抜いた。私たちは気が付かないうちに手汗をびっしょりとかいていた。



「そう。なんか何にも感じないんだけれど?」



 私はもう温かくない自分の右手をグーパーグーパー、閉じて開いてを繰り返した。神からのプレゼントなんだしと期待したんだけれどな。手に変な紋様がてっきり刻み込めれるのかと思った。



「本当にすごいことが起きるのは起きるのはこれからだよ」



「で次はなんだっけ?」



 ランタンの火が再熱した。ごつんと船の外装に岩が当たった音が鳴った。当然だが壊れないように設計されているから穴なんてできない。



「きみたちがこの船を降りた後の話だ。これからある島に到着する。その島は島であって小さい島ではないんだ。あぁここは説明としては不要だったわ」



「う、うん」



「まずさ、その島について君たちは無一文なんだ、そこは頭の中で押さえといて」



「え、・・・助けてくれないんですか?」



「知恵は貸さないよ。でも」



プロテウスさんは麻袋を机に置いた。



「これは・・・?」




男の拳大で袋は膨らんでいた。



「エレクトロン貨っていう世界最古の通貨だ。とりあえずこれで難を凌いでくれ。神ができる最善の援助だ」



「え、これを・・・。なんか渡すの早くない?」



 まだ船の上の冒険は続くと思っていた。なんというか物語が終わりに向けて走り出したような、置いてけぼりにされたような感覚が私の胸の中にいた。



「もう一時間もないんだよ」



「まさか・・・・・・穴までに到着するまでが?」



「そうだ。突然ですまない」



「あなたは総てが見えているんでしょ?こんな直前に渡す必要なんてないじゃない。これからの事を話そうって言われても短時間で分かるわけないよ」



 プロテウスさんは、苦い顔をした。違うんだ、そう言いたげなのを唇が開く前に私は勝手に察してしまった。落ち着かないのか彼はテーブルの上で手のひらを右、左、右と交互に重ねていた。変な癖だな。



「真子ちゃんの未来は変えられないんだよ。・・・・・・俺の力でこのラオグラフィアの指示っていうか一種の呪いを昨日解いてみようと思ったんだけど、出来なかった。神の強制力があの本には働かなかった。きっとロキの力が打ち消したんだ」



 テーブルの裏で私の掌がじわりじわり熱を帯びていた。謎が奔流していてでも私にはそれを詳しく知る術がないし打開する力すらない。それが無力感として私を襲った。何も思いつかない。なにも言えなかった。



「急になって悪い」



 いつも軽い発言に聞こえてしまうプロテウスさんが言葉を詰まらせながらも、少しだけ焦った声色で私に説いた。



「ねえ、私が死ねばどうなるの・・・?」



「それは最悪な質問だね。でも俺は推奨しないね。死んだあと、何も元通りにはなっていないだろうから。目が覚めたら足が治ってて元の生活に戻っていました、はい夢でした。なんてのは起きないよ。ただ、絶対に確定で天国で幸せな暮らしは約束されるけどね」





 いきなり壁に備え付けられているパイプ口からほら貝の音が鳴り響いた。私たちは、この部屋を出た。急いで階段を駆け上がりデッキに立った。



ごおおおおおお



轟音が耳の奥深くまで届く。深青色の渦巻きが海に一つ、大きくぽっかりと開いている。



これが次の私の冒険の先。


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