十四話
私たちは、夢を見ているのではないだろうか・・・?
月明かりでノスタルジックに浸っていたはずが、オレンジの炎がゆらゆら揺れるランプを片手にプロテウスさんの従者の男たちが剣を携えてやってきた。
急に物々しく厳つい雰囲気に変わった。
スノーの唄声に合わせて人魚たちが船の周りで笑って、楽しそうに歌詞を輪唱している。
また、何匹?かは船の中に乗り込み酒臭い男の船員を魅力的な笑みで惑わしていた。いいおじさんたちが鼻の下を伸ばしてて気持ちが悪かった。
人魚は本当にいる。ぴちぴち尻尾を揺らして赤色の鱗についている水を撥ねる。蝙蝠のような牙、日本人離れの顔立ち、髪の毛の色、すべて絵本から出てきたようだった。
上半身は貝や鱗で覆われていた。
「船員、抜刀!戦闘じゅうううんび」
ゴーズがでかく、臨戦態勢で周りの人たちに呼びかける。私たちを取り囲んで剣を抜き、銃の引き金を引いた。それでもスノーはマイペースに歌っていた。
奇麗なドレスに身を包んで、つま先を立てて指先を彼方に伸ばし、ワルツに近い踊りをを千鳥足でふらふら、幸せな表情で歌を歌い、揺れる船の中で一人舞っていた。
夜空には、頭すれすれで白い靄が船の周りに集まってきた。おびただしい数の靄。霧のように周りに白い煙が漂ってるのではなく、大人の頭と同じ大きさの一つの靄の塊がふわふわ、ふわふわ、浮いていた。
人魚もまだ何もしてこないが、猫が威嚇をするように荒々しく唾をまき散らしていた。お互いに瞳孔が開いていた。まさかここで血みどろな戦いが勃発するのか?
船は小さく傾く。船員も結構多い方だが、それを容易く超えられるくらい人魚も船に乗り込んできた。
「プロテウス様はまだ来ないのか?」
副船長のゴーズが声を荒げる。
きっとスノーの唄声に釣られて、奴らはここに来たのだ。では歌い終わるとどうなるのか・・・。乗組員は人魚の餌になって美しいものが好きな人魚は、スノーを人魚の仲間に変えるのだろう。
両方死守しないと。
そして遂にスノーは唄をやめた。彼女はずっと目を閉じていたからこの場で今何が起きているのか知らない。彼女は歌い終わった余韻に浸りながら目を開けた。
「きゃっ」
彼女が驚く。その間から小さく、静謐な時間が走る。もういっそのこと殺してくれと願えるには充分な時間が過ぎた。
人魚は、拍手をした。盛大に喝采に大きく大きく手を叩いた。指笛を鳴らすものでさえいた。
空に浮かぶ靄でさえ、人の顔が現れスターティングオーベ―ションを執り行った。
パチパチパチパチ、電気が擦れ合いなるように拍手は止まらなかった。
命は、ここで獲られるのだろうか。
「スノーホワイト、大きくなったのね」
空から、ふわふわ、浮かぶ死霊と呼ばれる奇妙奇天烈な存在がスノーの名前を呼んだ。体に波動というのか振動というのかピリピリと響く声がした。絹のようにきれいな生気が宿っている声をしていた。
「母様!」
お母さまらしい。いつの間にか一つの死霊は人間の形になり足を生やし、船に足を着けた。茶色く、泥色の汚れたワンピースを一枚着て、濡れた足でスノーの元まで向かった。完全に実体を形成していた。顔はスノーと瓜二つではないのかと思えるほど、白い肌、目鼻の顔立ちが似ていた。そして死人とは思えないほど顔の血色がよく、活き活きと背を真っ直ぐにして微笑んでいたf。
「会いたかったわ。私を置いて行った時、棺桶で握りしめた手に熱が無いと悟った時、ずっとずっと・・・いつもいつまでもお母さまの顔を忘れないようにと、私は歌っていたの」
スノーは真剣に自分の言葉を伝えた。いつも笑顔でニコニコしていて曇り一つない眼差しには、笑う事で辛いことを乗り越えれているんだろうと、忘れているんだろうと思っていた。こんなに情熱的に、昔から想っていた心に刻んだ言葉を言うスノーに私は驚いた。本当の無垢な形をしたスノーホワイトっていうのは今私の瞳に映るこの娘なんだろう。
彼女は、大粒の涙を一歩一歩スノーホワイトのもとに近寄ってくる母親を前にして流していた。
この涙に貯めこんでいた寂しさややるせなさが詰まっているんだ。温かい涙だった。
「知っているわ、見ていたもの」
スノーのお母さんはスノーの気持ちを抱え込む、笑顔をした。スノーはまだ幼いだけ。きっと成長して大人になれば、こんなお母さんになるんだろうな。
それは静かな夜だった。涼しさを通り越して、肌寒い夏の風。もう船の乗組員は剣を仕舞い込んでいた。いつの間にか怒りに染まっている人間はいなかった。また人間の感情にシンクロしてか人魚も牙を歯茎にしまい、威嚇もなくなっていた。
人魚の唄が歌った。人の耳では理解できない言葉を発して心地よいリズム感を口で奏でていた。
私の心もほっと、安らぎを覚えた。ずっとこんな穏やかな旅であればいいのにな
そう、これからの旅を願う。
ノスタルジックにほ爺さんがたまにつきもの