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怠惰で甘美な休日。

「鍵の修理をしたいから許可をください。」


真琴がサイボーグオチムシャくんのイベントで秋刀の忍び、アキノの襲撃を受けたその日の夜、真琴は筋肉痛による痛みに我慢しながらリビングでデーブルを挟んで両親と向かい合っている。


鍵の修理をしたいと望む真琴に対し、真琴の父は少し考えた後、申し訳なさそうな顔でこう返した。


「…今度修理するからもうちょっと待っててな。」

「それ一ヶ月くらい前にも聞いたよ。」

「うっ。そ、そうだったかな?」


明らかに動揺している父を庇うように母が口を開く。


「お金が無いから今は無理かなぁ。」

「お金は出すよ。」

「それは自分のために使いなさい。」

「今自分のために使っているんだけど。それも一ヶ月くらい前に言ってたよね。」

「え、えっと。それもそうね。」

「ちょっと、同意しちゃだめだろ。」

「あらやだ。いけないいけない。」


明らかに挙動不審な両親の姿を若干冷めた目で見ている真琴はまたか、と内心ため息をついていた。

鍵の修理を頼むのはこれが初めてでは無い。真琴はもう何十回もこのようなやり取りを繰り返していた。

真琴は過去に何度も修理をお願いしたが、両親からは「いつかね。今は忙しいから。」と先延ばしにされる。

当時の真琴は金が無いからやってくれないと思い、自分で調べて必要な額までお小遣いやお年玉を貯めて両親に渡し修理を頼んだが、両親は「そのお金は他のことに使いなさい。」と返された。この時、真琴は気がついた。また閉じ込もられないために両親が扉を治す気が一切ないのだと。


あれは真琴が小学生の頃。

親と兄の過保護な対応に嫌気をさした真琴は一人になりたくて食料を持ち込み、自分の部屋に閉じこもっていた。

当然家族には心配されたが、当時の真琴は断固として扉を開けなかった。

それが原因で事件が起きてしまった。

真琴の兄が鍵を破壊したのである。

当然これには両親も怒り、真琴の兄はこっぴどく叱られた。

兄の行動のせいなのか真琴の方は心配させるなと軽い注意で済んだ。


その一件があってから真琴の両親は頑なに扉の修理を拒んできた。

だが、真琴にとっては迷惑でしかない。

扉が閉まらないことをいいことに母親や兄はノックもせずに扉を開けてくる為、着替え中に入ってくることなどしょっちゅうである。何度もやめろと言っても「家族なんだから気にするなと。」言われ、話が終わる。

思春期真っ只中のの真琴にはそれが我慢ならなかった。


「とにかく、鍵の修理はまた今度! はい、この話は終わり終わり。」


話を強引に切り上げようとする父。このようなやり取りも何度もやってきた。その度に真琴は苛立ちを感じていた。

しかし、今日の真琴は違う。


「その前に、これ読んで。」


真琴は手紙を取り出し、席から立ち上がりかけた父に差し出す。手紙を受け取った父は封を切り、中に入っていた手紙を読む。しばらくすると手紙を読み終えたのか、顔を上げた父の顔は苦々しいものだった。


「母さんに頼るのは反則だろ。」


父の言う母さんとは、父の母親。真琴にとっては父方の祖母である。


傷口は塞がった後、真琴は筋肉痛の痛みがひいていないにも関わらず痛みに我慢しながら鏡を使って祖母の家の近くまで移動して来て、祖母の家に尋ねたのだ。

尋ねた理由は頼みごとをするためだ。

真琴の急な来訪で祖母は驚いていたが、事情と真琴の頼みを聞いた祖母はしばし考えた後、父と母宛に手紙を書いてくれた。

手紙の内容は真琴は知らないが、真琴は祖母に「扉の修理をするための説得に協力して欲しい。」と頼み込んでいたため、それに関する内容だろう。


父は母に祖母の手紙を渡すと、母も父と同様に難しい表情を浮かべる。

そして二人して考え込んだ後、顔を見合わせて頷く。


「…分かったよ。」

「そうね。いい加減直さなくちゃね。」

「じゃあ。」

「あぁ。部屋の鍵は修理しよう。」


祖母の手紙がトドメになったのか。父と母は鍵の修理を了承してくれた。


「ありがとう。じゃあ早速電話をかけるね。」

「え?!」


父の修理すると言う言葉を聞き間髪入れずに電話をかける真琴。

父はすぐに電話をかけるとは思いもせず激しく動揺する。


「いや、あの。真琴? 流石に今の時間帯はやってないんじゃあ…」

「大丈夫。今電話してるところは二十四時間営業のところだから。」

「ど、どんなところなんだそこは。ちゃんと信用できるところなのか?」

「これがそこのチラシ。」


父にチラシを手渡す真琴。そこには『鍵の修理も靴の修理でも最速最善でやります! 二十四時間三百六十五日休みなしで営業中! 合戦場なんでもセンター。』と書かれている。


「か、合戦場?!」

「もしもし。はい、両親の許可がおりました。はい、はい。分かりました。」

「あの、真琴。ここはやめた方が…」

「はい。電話代わってだって。」

「えぇ。」


合戦場という名前は真琴の父も知っている。

が、危ない場所という認識でしか知らないため合戦場という名前を聞くだけで忌避の感情を感じる父だが、真琴に差し出されたスマートフォンを手に取り話を始める。

父は真琴に怒られると分かってはいるが、やはり戦いを推奨する野蛮なところと関わりを持ちたくない、今回はなんとしてでも断ろうと意気込む。


「あ、夜分遅くにすみません。あの、鍵の修理の件なんですが、その、今回は…え? そんなにお安くですか? いや、でもやはり…え。あっはい。はい。…分かりました。では明日、その時間帯でお願いします。…いや、やっぱり待って、て。…もう切れた。」


ご覧の通り、押しにとても弱い弱い父は断る暇もなく、了承の言葉を聞いた途端電話を切られてしまった。


「じゃあ明日はちょっとうるさくなると思うからよろしくね。」


父からスマートフォンを返してもらうと真琴はさっさと自分の部屋へと戻っていく。

残された両親は少しの間無言でお互い顔を見合わせると、やがて母が口を開く。


「お義母さんの言う通り私達、少し過保護なのかなぁ。」

「…分かってはいるけど、どうしても心配するんだよな。」


二人が言っている事は手紙のことだ。

簡潔にまとめると手紙には、心配なのは分かるが真琴に対していくらなんでも過保護過ぎる。もう少し真琴の話を聞いてあげなさい、と書かれていた。


両親は分かっている。自分達が娘に対して過保護になっていることに。

それでも心配なのだ。

真琴が幼い頃大きな怪我をして以来、家族は真琴に対して過保護な対応をしてしまっている。

また危ない目にあったらどうしよう。危ない人に会ってしまったらどうしよう。事故にあったらどうしよう。そんな事を色々と考えてしまう。

二人は少々想像力が逞しいのだ。

だからなのか、会ってもいない合戦場なんでもセンターの業者に対して良くないイメージを持っている。


「明日は俺もいるし、何か変なことしないよう見張ってるよ。」

「私もいざという時のために警察に通報する準備はいつでもしておくわ。」


その対応は明らかに危ない人に対するものだった。



◆◇◆◇◆



次の日。


真琴の兄は部屋の外から聞こえる騒音によって目をさます。なんだと思い兄は寝間着のまま扉を開けると、隣の真琴の部屋の前に見慣れぬ人の姿を見つける。

工場で働く者が着る作業服のようなものを着ている青年は真琴の部屋の前で何かをしている。兄は不審者だと思ったが、他にも人がいることに気がつく。


「はい。これで修理は完了です。」

「えっ? もうですか、早いですね。」

「えぇ。うちは最速最善がモットーですから。」


にこやかに笑う青年と話す父とその二人の姿を数は離れたところで見つめる真琴。

寝起きのせいで状況があまり飲み込めていない真琴の兄は素直に父に尋ねる。


「父さん。その人は誰?」

「あぁ。この人は合戦場なんでもセンターの人だ。」

「…合戦場なんでもセンター?」


合戦場。

兄もその名前に聞き覚えがあった。兄にとって合戦場は金と自己満足を得るために危険物を振り回す危険人物がうようよいるという認識だ。そして、自分の可愛い妹、真琴から遠ざけたい場所の一つだ。

その関係者が家にいることに不愉快感を感じる真琴の兄。兄の早く出て行けと思ったと同時に青年は立ち上がる。


「では、また何かありましたらいつでもお電話ください。失礼します。」


そして青年は爽やかな笑みを浮かべたまま父と兄に見送られながら玄関から帰って行った。


「…何しに来たの、あの人。」

「あぁ。あの人は真琴の部屋のドアの修理に来てくれたんだ。ほんの数分で直すなんていやー、すごいな。」

「えっ?!」


扉を直した。

父のその言葉を聞いた途端、真琴の兄は階段を駆け上り、真琴の部屋を開けようとドアノブに手をかける。しかしいつもならすんなり開く扉は今は頑なに閉じられている。


「あ、あれ? 真琴! ここを開けてくれ真琴!」


真琴の兄は扉をドンドン、ドンドンと打ち鳴らすが、返事はない。そのせいで、部屋の中で倒れているのではと嫌な考えがよぎってしまう。


「くそっ、こうなったら!」


真琴の兄は物置部屋に急ぎ、工具箱を持って来る。最初に扉を壊した時と同じ状況だ。あの時も部屋に閉じこもっている真琴が部屋の中で倒れていると勘違いした真琴の兄は工具を使って部屋の鍵を破壊してしまったのだ。

そのせいで真琴にかなり恨まれてしまったが、必要なことだったと兄は後悔していないし、反省もしていない。扉の鍵を壊したことで真琴との接触が増えたからだ。兄にとっては扉の鍵は壊れたままが良かったのだ。

だから兄は直したばかりの扉を壊すことに躊躇はなかった。

そのせいで数秒後の自分が酷い目に合うとは知らずに。


「ぎゃああああっ!」


工具がドアノブに触れた途端、真琴の兄の体に電気が走る。予期しない痛みに真琴の兄は絶叫をあげる。


「どうした!」

「どうしたの?!」


兄の絶叫を聞きつけた両親は慌てて駆け寄る。そして、兄の持っていた工具を見て父は声を上げる。


「お前、また壊そうとしたのか。しかも直したその日に。」

「ダメじゃない!」

「いや、そんな事よりその扉、変なんだ。」

「変? …そういえばこれ渡されたな。」


扉が変という兄の言葉に心当たりを感じた父は手元のパンフレットを開く。それは青年が帰り際に父に渡したものである。中を開きページを数枚めくっていくとあるページを見つける。


「扉を破壊しようと考えている不埒者が扉に触れると、電流が流れる仕組みとなっていますので、念のため注意してください、だって。」

「なんだそれ! そんなものあるわけが、ぎゃあああああ!」


父が読み上げると、真琴の兄は再び扉を破壊しようと手にかけるが、再び電流が襲う。


「これ、追加料金でいろんな機能をつけられるみたいよ。自動施錠に本人にしか開けられないよう細工できたり。…へぇ色々あるわね。」

「本当だ。すごいな。」


父からパンフレットを貰った母はまじまじとパンフレットを読み込んでいく。父も横からパンフレットを興味深そうに眺めている。


「…て、ことは。真琴はやろうと思えば一日中引きこもっていられるってことか?」


父がぽつりとそう呟くと、数秒ほど三人の間に沈黙が続く。

そして数秒後、三人とも扉をドンドン、ドンドンと打ち鳴らし始めた。扉はうんともすんとも言わない。どうやら敵対意思が無ければ危害は及ばないようだ。


「真琴! 返事をしてくれ真琴! ここを開けてくれ!」

「ダメよ! その歳で引きこもり生活は絶対にダメ!」

「開けてくれ真琴! いつもみたいに一緒に休日を過ごそう! な?」


一方真琴はというと、部屋にお菓子とパンやおにぎりに加えペットボトルに入っているお茶や水を大量に持ち込み、ベッドに寝転がり天野から貰った物でサイボーグオチムシャくんの一気見をしている。子供向けの特撮番組とたかをくくっていた真琴だったが、今は時間を忘れて夢中になって視聴している。

ヘッドホンを着用しているため外の様子は聞こえていない、フリをしている。


「返事くらいしたらどう?」


そう言って扉を修理して先ほど帰ったように見せて鏡を使ってこっそりと真琴の部屋に入った青年、天野は菓子パンを頬張る。


「どうしてそんなこといちいちしなくちゃいけないの? 一応メッセージで『大丈夫。』って送ったから何の問題はないよ。」


部屋にいる天野のことはそれほど気にすることなくエンディングテーマを聴きながら部屋の外にいる家族には聞こえないほどの小さな声でそう答えると真琴はペットボトルの水を飲む。


「だけどまさかあんたが来るとは思ってもいなかったなぁ。」


真琴は昨日のことを思い出す。

真琴は天野に貰った慰謝料であることをお願いしたのだ。扉の修理が出来る者を紹介して欲しいと。

すると天野は合戦場なんでもセンターを真琴に紹介してくれた。名前通りなんでもやってくれる。それも格安高クオリティで。


そして扉の修理を依頼し、今日。

作業服を着た天野がやって来た。父や母に不審がられないよう声を上げはしなかったが、驚きで胸がいっぱいだった。

ちゃんと修理してくれるのかと不安だったが、数分もしないうちに綺麗に、高性能に直された扉を見てその不安は吹っ飛んだ。


「当然! モノを作ることなら得意中の得意だよ。いつもならオイラの作った人形が担当することになってるけど、君の家族にちょっぴり興味があったから今日はオイラが担当したんだ。」

「…。」

「君の家族には手を出さないよ。だからそんなに睨まないでよ。怖いなぁ。」

「…ならいい。」


真琴は家族に対して冷たいように見えるが、決して家族を嫌っているわけではない。愛情はちゃんとあるし感じている。

ただ、過保護すぎて鬱陶しいと思っているだけだ。一日中構われては鬱陶しく感じてしまう。真琴はたまには一人でゆっくりくつろぎたいのだ。


「あぁ。家でこんなにゆっくり出来るなんて幸せ。」


家族はいまだにドンドン、ドンドンと扉を打ち鳴らしているが、真琴はそれに構うことなく次のディスクを取り出す。


「気に入ってもらえて良かったよ。それじゃあ。後はごゆっくり。」


天野が帰った後も真琴はサイボーグオチムシャくんを見続け、この日真琴は晩御飯と入浴以外で部屋の外に出ることはなかった。

両親からは引きこもるのはやめろと注意されたが、真琴は気にせずこれからも部屋にこもる気だ。


「俺に黙ってなんであんな事をしたんだ。」

「この世でたった二人しかいない兄妹なんだぞ。」

「お兄ちゃん寂しい!」

「だから鍵を閉めないでくれ!」


と、兄に色々と言われたが、真琴はその願いを一切聞き届ける気は無かった。

何年もの間、部屋に無断で侵入されることは真琴にとって苦痛でしかなかった。


だけど今日をもってその苦痛から解放される。


「あぁ。なんて素敵な休日。」


真琴はこの日、実に充実した休日を過ごせたと幸せを胸に眠る。その寝顔はとても幸せそうなものだった。

〜扉を修理した後〜


天野「ずっと部屋に閉じこもる? 食べ物と飲み物はいっぱいあるようだけど、トイレはどうするの?」

真琴「大丈夫、これがある。」→袋から携帯トイレを取り出す。

天野(本気だこの子!)

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