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一難はまだ去らない。

「いやーよかったよかった。ほんの少し。ほんのすこーしだけお客さんに不審がられたけど、なんやかんやでショーは大成功! 今日は本当にありがとう!」


学生服を着た青年は花束を持ってニコニコと笑みを浮かべている。

ここだけを見れば見舞いに来た好青年だが、少なくともこの病室にいる二人はそうは思っていない。むしろ苛立ちを感じている。


「ふん。」

「ごふっ!」


ベッドに座っている彼女は近くに置いてあった洗面器を渾身の力で青年に向けてぶん投げると洗面器は見事に青年の顔面に当たる。


「痛いじゃないか! 何するんだよ名無しの権兵衛!」

「やかましい。何が成功だ。おかげでこっちは散々な目にあったわ!」


刀装の一部である饅頭笠は外しており、素顔があらわになっているため真琴(名無しの権兵衛)が怒っているのは一目瞭然である。

依然と青年を睨み続けている真琴だが、怒りの他に体に走る痛みのせいで表情を歪ませる。


「いたたたたたっ。」

「無理するんじゃないよ。」


そう言って白衣を着た老年の女性は真琴が投げた洗面器を拾い上げる。


「もう。怪我してるんだから無理しちゃダメでしょ。」

「やかましい!」

「へぶぅっ!」


そしてそのまま近くにいた青年の頭に洗面器を叩きつける。カコン、と小気味のいい音がなったと同時に洗面器にヒビが入ってしまったが、それに気にする者はこの場には誰もいない。


「女の子を傷モノにするような事をさせるなんてどういう神経しているんだいあんたは!」

「ちょっ! 痛い痛い痛い! タンマ、一旦タンマ!」


それどころかその洗面器で頭を何度も叩く。しかしこの場にはそれを止めるものはいない。


「それについてはごめんって!」

「ごめんで済んだら医者はいらないんだよこのボケ!」

「とりあえず殴るの止めて! 話をさせて!」


老年の女性が殴るのを止めたのはそれから数分後のことだった。

青年は頭をさすりながら真琴の方へと向き直る。


「ごめんね名無しの権兵衛。ついショーを盛り上げたくて。出来心なんだ。本当に申し訳ない。」

「謝る気ないだろお前。」

「はぁ。あんたはいつもそうなんだから。」


あんなに叩かれたにも関わらず全く反省するそぶりのない青年の姿を見た真琴は眉間にしわを寄せ、老年の女性はこのような反応が来るとわかっていたのか諦めのため息をつく。この様子を見るからに老年の女性と青年は長い付き合いがあると感じ取れる。


「もちろん慰謝料はオイラが払うよ。傷の方は綺麗に直すさ。ガマばぁがね。」

「言われなくたってそうするつもりだよ。」


ガマばぁと呼ばれた老年の女性は真琴に白い紙袋を渡す。袋には処方箋と書かれている。


「朝晩に薬を塗って、今日と明日は絶対に安静するんだよ。怪我だけじゃなくて酷い筋肉痛も起こしてるだからねあんたは。」

「ありがとうございます。あの、お代の方は?」

「いらないよ。合戦場での負傷は無料で治療する事になってるんだよ。カミサマの計らいでね。」


ガマばぁが指差した方には頭をさすっている青年がいる。


「…へー。」

「なんだよーその目は。一応オイラ合戦場では偉いんだぞー。」

「そうだったね。すごいすごい。」

「棒読みー!」


学生服を着た青年をぞんざいにあしらった真琴は痛みに我慢しながらガマばぁの方に向く。


「治療と薬、ありがとうございますガマばぁさん。…それと、お願いなんですけど。私の正体について誰にも話さないでください。」


不安げに真琴がそう告げると、ガマばぁはお安い御用だと言わんばかりに笑う。


「もちろんさ。ここには正体を知られたくないって連中はたくさん来るからね。そういう奴のために個室はいっぱいあるのさ。だから怪我したら遠慮なくここに来な。」


それを聞いて真琴は表情を緩ませる。


「はい。ありがとうございます。」


そして再び青年の方へと向き直ると、青年はわざとらしくいじけているふりをしている。その場で体育座りして床に指でのの字を書いている。

それに対して真琴は一切気にすることなくぶっきらぼうに青年の名前を呼ぶ。


「おい天野。」

「さっきからガマばぁとオイラとの態度違わない!?」


そう。彼こそが合戦場の最高責任者にして創立者であるカミサマ。またの名は天野(あまの) (はじめ)


…信じられない?

しかし事実である。

彼こそが刀を作り、多くの争いと混沌を呼び寄せた張本人。全ての元凶。

それこそが天野 一の正体である。


「いいからお前は私の質問に答えろ。」

「ひどいよひどいよ! 泣いちゃうぞ! 泣いちゃうからな!」

「やかましい。」

「名無しの権兵衛の質問に答えな天野。でないと切り落とすよ。」

「どこを!?」


…信じられない?

しかし彼が黒幕なのは事実である!

…現実から目を背けてはいけない!


「天野。お前、あの偽カキヘイが何者なのか知ってるだろ。」

「あれ? なんで分かったの?」

「…いや、当てずっぽうだったから本当に知ってるとは思ってなかった。」


真琴の質問に対しあっけらかんと答えを告げる天野はさらに情報を付け足していく。


「偽カキヘイの正体は忍びだよ。」

「忍び? …今もいるの?」

「昔と比べればかなり数は減っちゃったけど今でもいるよ。」


偽カキヘイの正体を知り目を丸くする真琴。なにせ真琴にとって忍びとは漫画やゲームの中でしか存在しない架空の存在という認識だったのだ。


「その忍びの雇い主が君を襲うよう命令を下したんだ。あっ。流石に雇い主の名前は言えないよ。なにせ忍びの雇い主は刀持ちだからね。」

「刀持ち!?」


重要な情報がポンポンと出てくるため真琴は混乱する。


「ちょっと待って。天野、あんたどこまで知ってるの?」

「そんな大した情報は持ってないよ。後はせいぜいあの忍の正体が秋刀(しゅうとう)の若き頭領、アキノという事と、その忍びの依頼主が何日も前から君のことを狙ってた事と、その依頼主が君と接触するために今日のイベント会場にやって来てたことしか知らないよ。」

「全部知ってるじゃん!」


何気ない会話のように重要な情報をさらに話す天野。この様子だと他にも知っていそうだ。


「何? 今秋刀って言ったかい?」


ガマばぁは驚きを隠せないのか天野の方に詰め寄る。真琴にはその秋刀はたった今名前を知ったばかりの存在だが、ガマばぁにとってそうではないようだ。


「まさか生き残りがいたとは。」

「ほんの少数だけどね。」

伊賀倶利(いがくり)颯馬(さつま)同様もう滅んでいたものかと思っていたよ。」


さらに新たな単語が出て来た事で真琴は話について行けなくなってしまった。


「そっか。名無しの権兵衛は知らないよね。なら説明しなくちゃね。アキノとはこれから関わることになるんだから。ちょっと待ってて。」


そう言って病室から退室していく天野。

そして一分もしないうちに戻ってきた。キャスターのついた大きなホワイトボードと共に。

ホワイトボードにはすでに黒いペンで『天野先生による名無しの権兵衛のためのなぜなに質問コーナー!!』と大きな文字で書かれている。

退室している間につけたのか、天野は眼鏡をつけている。


「では暇つぶしも兼ねて、天野先生による質問コーナーのはじまりはじまりー。」


天野のやりとりに少しイラつく真琴だが、その気持ちを言葉にすることはなかった。全てを知っている天野の口から真実を聞き出す絶好の機会を真琴はみすみす見逃す気は無かった。


「天野の話が終わる頃には体の傷は塞がるだろうから暇つぶしに聞いておきな。なぁに。防音はしっかりしてあるから気にすることはないよ。」


ガマばぁはそう言い残して他の患者の治療に行ってしまった。


天野はどこからか持ってきたホワイトボードに秋刀(しゅうとう)伊賀倶利(いがくり)颯馬(さつま)と書いていく。


「まず最初は秋刀、伊賀倶利、颯馬についてから。この三つは忍びが所属する里の名前だ。三大忍びと言われるくらい有名だったところだったんだよ。」


天野は伊賀倶利と颯馬の名前をまるごと大きなバッテンで書き潰す。


「だけど二百年くらい前の戦争でほとんどの忍びは戦死。伊賀倶利はその時に滅んで、戦後は生き残っていた忍び達が里を復興しようと何度も試みたけど失敗に終わり颯馬は八十年くらい前に滅んだんだ。残った秋刀もいつ滅んでもおかしくない状況。どこも頑張ってはいたんだけどなー。」

「二百年前の戦争って、もしかして【九十九(つくも)戦争】の事?」

「そうそれ。」



【九十九戦争とは?】


二百年ほど前にこの世界で起きた大戦のことである。

人や妖怪や神やそれ以外の存在が入り混じって九十年以上も争っていたことからこの名前がついた。

九十九戦争のことが記されているどの文献にも激しい戦いであったと記録されている。

学校の歴史の教科書にもこの戦争の事が記されている。



「アキノはその秋刀の忍びの血をひいた数少ない生き残りというわけ。あぁ、君を襲ったニセカキヘイのことね。」


ホワイトボードにいつのまにか描かれているカキヘイの絵の上に『ニセ』の文字をでかでかと書く。

忍びのことを知った真琴は次の疑問を天野に投げかける。

それは真琴が傷を負った原因と繋がっている重要なものだ。


「…何でそんな奴が私を襲ったの。依頼されていたって言ってたけど、どうしてそんな事を。」


説明会が始まる前に天野が真琴が狙われた理由を喋っていたのは聞いている。

真琴を襲った忍び、アキノ。そして真琴を襲うように指示を出したアキノの依頼主。

守秘義務があるから正体は明かせないと天野に言われてしまったが、真琴はそう簡単には引き下がれない。真琴は自分をこんな目に合わせた奴の情報が少しでも欲しいのだ。


「うーん。…まぁこのくらいならいいかな。」


天野はそう呟くとホワイトボードに書いてあった字や絵をを消していく。


「名無しの権兵衛は刀を手に入れるためにはどうすればいいか知ってる?」

「えっ?」


いきなり何の話をしているのだと言いたかったが、断る理由が思いつかなかった真琴は素直に天野に聞かれたことを答える。


「えっと。確かカミサマと巫女の立会いで刀を持ってるやつと勝負して、勝てば貰えるのと、あんたから刀を貰うのを待つこと、だっけ?」

「その通り。それ以外の受け渡しは絶対にできない。」


天野は真琴の答えを聞きながらホワイトボードに絵を描いていく。


「でもオイラの作った刀を戦いに利用したいって奴や美術品としてコレクションしたい奴とか危険だから没収したいって奴がこの世界にはたくさんいるんだよね。金でオイラの持ってる刀を買い取ろうとした奴がいっぱいいたよ。」


ホワイトボードにいくつも描かれている絵は悪意に満ちた笑顔のイラストだ。


「その中には刀持ちもいる。俺なら使いこなせるって自信たっぷりに。でも刀持ちが持てる刀は一振りだけ。これは絶対に破れない掟だ。」


天野はもう一つ、同じイラストを描いていく。他の絵と比べて大きく描かれていく。


「もちろん全員断った。それでも引き下がらず、あまつさえ脅してきた奴は、こうした。」


天野は描かれた半分以上の笑顔の絵を大きなバッテンで描き潰した。何度も何度も何度も、同じところに大きなバッテンを描いていく。

そいつらがどうなったのかは分からないが、きっとロクでもないことだろうと真琴は自己解釈する。


「見せしめで派手にやったおかげでしつこく刀を要求する奴はかなり減ったけど、隙を見ては刀を奪い取ろうとする奴がいなくなったわけじゃない。」


バッテンを描くのをやめた天野は一番大きな笑顔の絵をペンで数回突っつく。


「そのうちの一人がアキノの依頼主。そして刀持ちでもある。アキノを使って君を襲わせたのは、襲われている君を助けるためさ。」

「助ける?」


自分で襲わせるよう命令しておきながら助けるつもりだった。

アキノの依頼主の狙いが分からない真琴だが、理由を知っている天野は惜しむことなく答えを告げる。


「君との接点を作りたかったんだ。助けた事で心象を良くしたかったってのもある。そして、徐々に君から信用を得るために何かしら理由をつけて一緒に行動をしようとしてたよ。例えば、そうだな。アキノにいつ襲われるか分からないから一緒に行動をしよう、とか?」

「何でそんな面倒な事を。」

「君が信用した頃を見計らって、薬を使ったりとか洗脳するなりして手駒として使おうとしてたみたいだよ。君のこと、あれはいい道具になるって言ってたよ。」

「ちっとも嬉しくない評価。むしろむかつく。」


真琴を狙っている奴者は刀持ち。加えて忍びを使っているあたり金と権力もあるようだ。

一般家庭出身の真琴では正面から戦えばまず勝ち目は無いだろう。


「はぁ。面倒くさい。」


今後はその依頼主の手の者が襲ってくるかもしれない。

そのことに真琴は煩わしいと感じため息をつく。

天野はそんな真琴の感情を感じとり、彼女の気分を少しでも明るくするためにある情報を話す。


「まぁまぁ。アキノや他の刺客がしばらく合戦場に入れないようにしておいたから。それにイベントを楽しみにやって来たお客さんに被害が出るようなことは二度とさせない。君はいつも通り過ごしてくれればそれでいいよ。」

「…本当?」

「本当本当。ツジキリ以外で歩いているだけで襲われるって事はもうないから安心して。ショーを台無しにされそうになってオイラも思うところはあるしね。」


天野の言葉に嘘はないと感じた真琴は肩の力を抜き、少しだけ気分が落ち着いた。

そしてふと、新たな疑問が浮かぶ。


「ねぇ、何で知ってたの?」


天野が話してくれたどの情報も第三者が簡単に知る事ができないものだ。

だが、天野は知っている。

真琴の質問に天野は悪戯っ子のようにニンマリと笑う。


「ナイショ。」


どうやらこれに関しては教える気はないようだ。


「さぁて。天野先生のなぜなに質問コーナーはこれでおしまい。次はお待ちかね、慰謝料の話だ。ちょっと待ってて。」


天野がそう言ってホワイトボードと共に退室していく。

そして戻ってきた時には眼鏡は外しており、大きな段ボール箱を抱えていた。箱には大きく『慰謝料』と書かれている。


「私の知ってる慰謝料とは違う気がするんだけど。」

「まぁまぁ。とりあえず開けて中を見てよ。」


天野は真琴が開けやすいように少しかがんだ姿勢を保ちながら段ボール箱を差し出す。

言われるがままにガムテープを剥がし、箱の中を見る真琴。

そこに入っていたのは真琴が今日のイベントに参加した理由のオチムシャくんグッズの一つ、チョーカー形のボイスチェンジャー。


「…何でこれが欲しいって分かったの? 誰にも言ってないはずなんだけど。」

「それもナイショ。」


それだけではない。

他にも最新の小型AV機器一式とヘッドフォン。そしてサイボーグオチムシャくんのディスク全巻が入っている。中には劇場版と書かれたものも入っており、サイボーグオチムシャくんは真琴の想像以上に人気の特撮だと理解できる。


「おおっ。」


予想以上の豪華な品揃えに思わず声をあげる真琴。

今回のイベントのことがあって作品の名前しか知らなかったサイボーグオチムシャくんがどんな作品なのか興味があった真琴にとってこれは素直に嬉しかった。

幸い明日も学校は休みだ。筋肉痛でろくに動けないがきっと退屈はしないだろう。


「気に入ってくれた?」

「うん。ありがとう天野。…あれ? 何これ。」

「あぁそれか。それも開けて見て。」


豪華な品揃えに目を奪われていたせいですぐに気がつかなかったが、品物の一番上に茶封筒が置かれていた。

何だろうと思い取り出すとかなりの厚みがあるのがわかる。封筒の封を切り、中身を取り出すと真琴は目をひん剥く。


「えっ?!」


金だ。それも札束。

真琴の父親の月給一年分ほどはありそうな大金が今、真琴の手元にある。

思わず封筒の中にしまい直し箱の中に戻すが、大金が真琴の手元にあることには変わりない。


「まさか本当に慰謝料をくれるとは。」

「当然だろ。オチムシャくんグッズはあくまでおまけなんだから。遠慮せず全部受け取りなさい。」

「…まぁ貰うけど。」


慰謝料の相場がどれほどか真琴にはさっぱりわからなかったが、自分が怪我をしたのには天野にも責任があるのだと真琴は自分に言い聞かせ、茶封筒に入っている大金は懐にしまい込むことにする。


大金を見た真琴は、すぐに使い道を思いつく。

それを実行する為には目の前にいる天野に協力してもらった方が早く済むかもしれないと考えた真琴は、大金を手にした事でテンションが上がっている勢いで思い切ってある提案を天野に提示する。


「…ねぇ天野。これはもう私のお金って事でいいんだよね?」

「もちろんだよ。君の好きなように使えばいいさ。」

「そっか。」


真琴は茶封筒ごと天野に差し出す。


「これであんたにお願いしたい事があるんだけど、聞いてくれる?」


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