爆発オチはお約束。
真琴には本人すら知らない才能がある。
それは相手の技を見ただけで覚えてしまうというものだ。
本人にはその自覚はない。
ある事件を機に今まで家族が危険と判断したものから遠ざけられた生活を送っていたせいでその才能に気がつくきっかけがなかったのだ。
その才能が今、発揮する。
真琴を襲ってきた男の一族にしか使えない歩法を、真琴は無意識のうちに使えてしまっている。
男に追いつきたいという思いから真琴の体が勝手に覚えたばかりのその歩法で動き、見事男に追いついただけでなく男に傷を負わせる事にも成功した。
だが、その行動は間違っていた。
「!?」
突然、真琴はその場で膝をついてしまう。
真琴はすぐさま立ち上がろうとしたが、それは叶わずそのまま倒れてしまう。
体がうまく動かないことに戸惑っている真琴は何度も何度も立ち上がろうと試みるが、足腰に全く力が入らない。
当然の結果だ。
男の歩法は長年のたゆまない努力で身につけた技術。一方真琴は学校の授業の他にたまに軽い運動をするくらい。肉体に刻み込まれた鍛錬の差は天と地ほどの差がある。
ゆえに、いくら技術を身につけても鍛錬不足の真琴の体では耐えきれないのだ。
真琴がとった無意識の行動は、己の首を絞める結果となってしまったのだ。
しかしそんな事は真琴自身も男にも分からない。
男はなぜ名無しの権兵衛が突然膝をついたのか理解できなかった。油断させるための演技か。それとも体調不良を起こしたのか。または男の攻撃が蓄積されたのか。男には真偽のほどはわからない。
しかし、男にとってこれはチャンスだ。
男の直感が囁く。
やるしかない。今ここで、やるしかない。
こいつは今ここで仕留めなければ後々厄介な存在になると。
男の頭からは任務の事は抜け落ちている。男は今、自分のために名無しの権兵衛を討とうとしている。
男は忍刀を手に、走る。狙いは名無しの権兵衛だ。
このままでは名無しの権兵衛はやられてしまうだろう。
そう、このまま男が攻撃をすることができたら、だ。
男もまた、選択を誤っている。
男は名無しの権兵衛が倒れている隙に、逃げればよかった。だが男は自分の直感を信じ、名無しの権兵衛から逃げるのではなく攻撃しようとしてしまった。
そのせいで反応が遅れた。
「オー! オー!」
「オー! オー!」
「オー! オー!」
つい先ほどまで静止していたミニオチムシャくんロボが一斉に男に襲いかかってきた。
男はもちろんこの事を予期していた。
しかし、一刻も早く名無しの権兵衛を始末しようと焦ったせいで逃げるタイミングを逃した男はミニオチムシャくんロボの攻撃をかわしていきながらロボを破壊していく。だが、そのせいでどんどん追い込まれているのを男はまだ気がついていない。
「大丈夫!? 意識はある?」
男の耳に声が届く。
声がした方へと視線を向けると、男と同じようにカキヘイの格好をした女性、しおんが名無しの権兵衛の肩を担いでこの場から離れようとしている。
「まて!」
あいつをこのまま逃すわけにはいかない。男がいっそのこと二人もろとも始末するかと考え始めた時、嫌な臭いが鼻につく。
この臭いに男は覚えがあった。
これは、火薬の臭いだ。
「オチムシャくんロケット頭突き!」
頭上に存在するモニターからオチムシャくんがそう言うなり、男の手によって破壊されたミニオチムシャくんロボから黒い煙が立ち込める。
「まずい!」
二人の方を見れば、もうすでにその姿が遠ざかっている。
男も即座にその場から離脱した途端、先ほどまで名無しの権兵衛と男がいた場所は爆発によって飲み込まれてしまった。
◆◇◆◇◆
爆発が起きる数分前、客席は子供達の応援で賑やかである。
「いっけーオチムシャくん!」
「アオタンに負けるなー!」
「名無しの権兵衛もがんばれー!」
「ニセカキヘイをやっつけろ!」
会場の客席の誰もが笑顔かと思いきや、一人だけ苦い物を噛んだような表情を浮かべている。このような展開は望んでいないと言わんばかりに。いや、実際にそう思っている。
(ここまで目立たせるつもりなどなかった。いや、そこまではいい。まだいい。問題なのは…)
「何かご不満でもあるのかな?」
「!」
先ほどまで不機嫌そうな表情を浮かべてたが、いつのまにか隣に座っている彼に声をかけられた途端、驚きの表情を浮かべて反射的に立ち上がる。
「まぁまぁ。落ち着きなよ。別にとって食うわけじゃないからさ。他のお客さんに迷惑だから座れよ。」
手元のパソコンのキーボードを忙しなく打ち込みながら彼は笑顔を浮かべて隣の者にそう言うと、その者は黙って座る。
「…何の用だ。」
「いやー。派手にやってくれましたな。」
派手、というのはもちろんニセカキヘイのことだろう。
ステージの方を見れば立体映像で映し出されているヒーロー役のサイボーグオチムシャくんと名無しの権兵衛。さらに敵役のアオタンにニセカキヘイの四人がオーエドタウンという架空の町中で戦いを繰り広げているように見える。
「上手く編集しているな。」
「当たり前でしょ。こんなところでも戦いが起きるってお客さんに知られたら客足が遠のいちゃうよ。」
二人が話している間に、ショーに新たな登場人物が現れる。
バイクに跨っているカキヘイの格好をしているしおんだ。
「ニセカキヘイに追いつきたいんだな? なら乗ってくれ!」
しおんにそう言われた名無しの権兵衛は即座にバイクの後部に乗る。名無しの権兵衛が乗ったことを確認するとしおんはバイクを走らせる。
実際にしおんが乗っているバイクは通常のものと比べて有りえないほどの速度で走っているが、立体映像で映し出されているものはあえて遅く再生しているため普通のバイクと同じ速度に見える。
「いやー。さすがに速攻でクオリティの高い映像を作るのは堪えるよ。」
「…そう言いながらも余裕そうではあるな。」
「まぁ、オイラの手にかかればこのくらいお茶の子さいさいさ。」
現在、このイベント会場で公開されている立体映像は彼一人で合成して作った物を公開している状態だ。
作ったその場から転送し、メールで彼の部下に指示を出しタイミングを見計らって放映している。
更新速度も映像の編集も一人ではとてもこなせない作業量だが、彼ならばきっと出来ると隣の者は何の違和感を感じていない。
「今回は何とかなったけどさー。あんな風にお客さんに危害が及ばそうなことはもうしないでね。しばらく彼と彼の仲間の出入りは禁止するから。」
彼とはもちろんニセカキヘイのことである。
隣の者は計画がうまくいかず内心イラつき、舌打ちをうちたい衝動を感じたが、何とか堪える。隣にいる彼がいつ気分を変えて自分に飛び火してくるか分からなかったからだ。むしろ、この程度で済んで良かったと自分を納得させる。
「それ以外だったら細かく口出しするつもりはないよ。好きにやればいい。」
彼はそう言ってノートパソコンを閉じ、ステージ上で繰り広げられる立体映像の鑑賞に集中し始める。
ショーはいよいよクライマックス。
サイボーグオチムシャくんはアオタンにとどめの必殺技を繰り出す。
「オチムシャくんロケット頭突き!」
アオタンにとどめの一撃を叩き込んだと同時に、周囲は爆発と爆音が響く。もちろん本物ではなく映像のため被害の心配はない。
しばらく、土煙によって何も見えずサイボーグオチムシャくんはどうなったのかと静かに見守る観客達。
やがて土煙が晴れ、そこから姿を現したのは無事なサイボーグオチムシャくん。そして分かりやすいほどボロボロの姿となっているアオタン。
「ちくしょう! 覚えてやがれ!」
アオタンは定番の捨て台詞をはくとどこかへと走り去っていく。
「俺の目が黒いうちはオーエドタウンを好きにはさせやしねぇ!」
作中での決め台詞を言うサイボーグオチムシャくん。それがきっかけで観客達は大きな拍手と歓声をあげる。
舞台はサイボーグオチムシャくんと名無しの権兵衛の勝利で幕を閉じた。
ショーが終わった後、客達の表情には暗い表情は一切なく、誰もが興奮冷めやらぬ状態で余韻に浸りながらその場を後にする。
青年の隣に座っていた者も他の客と同様退席する。その表情は苦虫を潰したかのように苦い表情だ。
「…貴様はどこまで知っている。天野一。」
男は小さな声でそう言い残した後、その場から姿を消す。
青年、天野 一はニコニコと笑みを浮かべながら、まるで先ほどの者に答えるようにポツリと言う。
「ナイショ。」