そのまま続行ですか!?
オウエール鉄砲とはショーのために使うただの小道具だ。発砲はおろか弾を込めることすら出来ないハリボテである。
だが、カキヘイが手にしているものは見た目も性能も紛れも無い本物の銃だ。その証拠に銃声が三発聞こえた。銃弾も本物で弾はそのまま名無しの権兵衛に向かい、一発は胸のあたりに。残りの二発は腹に命中する。名無しの権兵衛はなすすべなくそのまま背中から倒れてしまう。
舞台の上の役者も客席にいる観客達はその光景を見て言葉を失ってしまった。
目の前で突然起きた発砲事件に現実なのか、それともショーの一部なのか。それが分からず皆行動を起こさず固まっていた。
発砲したカキヘイ、いや男は何の感情が込められていない目で名無しの権兵衛を見ている。そして銃を構えたままゆっくりと近づいていく。
役者達は誰も動かない。いや、動けない。なにせ想定外の出来事だからだ。舞台の上では圧倒的な力を持つヒーロー、またはヴィランであっても現実では何の力を持たない一般人だ。
彼らでは何も出来ない。
彼らでは戦えない。
戦えるのは彼女だけだ。
「ぐぅっ。」
男は銃を構えたまま立ち止まる。
名無しの権兵衛はうめき声をあげながら少しふらつきながらも立ち上がる。饅頭笠のせいで表情は分からない。
男は冷静に振る舞うが、内心かなり驚いていた。
だがなぜ立ち上がれる? と。
男が撃った魂弾と呼ばれる特殊な銃弾は殺傷能力が低い代わりに一発でも当たれば例えそこが急所でなくとも相手を昏睡させることが可能なほど強力なものだ。
だが名無しの権兵衛は三発もくらって立ち上がっている。男はそれが不思議で仕方がなかった。
男は名無しの権兵衛の足元に何かが落ちているのが見え、そこを注意深く見ると先端がひしゃげた魂弾が三発転がっていた。
それを見て男は合点がいった。
弾は確かに名無しの権兵衛の体に着弾していた。だが、名無しの権兵衛が身にまとっている刀装が弾から身を守ったのだと理解した。男は事前に刀装は生半可な攻撃は通さないと知っていたが、まさかこれほどのものとは思いもしていなかった。
その一方で、饅頭笠の下では名無しの権兵衛は痛みで冷や汗をダラダラと流していた。
(痛い痛い痛い! あの野郎、いきなり撃ったよ!)
確かに銃弾は刀装のおかげでまさに布一枚で防がれていた。
だが、衝撃までは防げなかった。幸い骨や内臓にダメージは無いが肉にめり込んだせいで刀装の下では血が滲んでいる。
それに三発とも真琴の急所に当たっていた。真琴は激痛ですぐに立ち上がれなかったが、倒れたまま男の前にいるわけにもいかないので痛みを我慢して何とか立ち上がった。
(あれも刀? …いやそんなわけないか。どこからどう見ても銃だし。)
確かに男の持つ物は正真正銘の銃だ。
だが銃の形をした刀は存在している。銃の形をしているのに刀とはどういう事だと言われるが、他にも奇天烈な刀もある。銃の形をした刀などまだまともな部類だ。
真琴は無銘を手にするまでは合戦場のことは名前くらいしか知らなかった。合戦場のことを調べ始めたのはごく最近。圧倒的な情報不足である。
それと真琴は写し持ちを百人倒せばそれで良かったので他の刀持ちのことは一切調べていない。興味がないし、必要なかったからだ。
ランキング入りした刀持ちは百人斬りを果たしていない刀持ちとは戦えない。なぜなら新人潰しが起きないよう戦う事を感じられているからだ。
だから真琴は自分以外の刀のことは一切調べていない。自分には全く関係ないことだと思っていたからだ。
真琴は今まで楽観視していた。
規制を敷かれた合戦場の、こんな人目のある場所でまさか自分が撃たれるとは思っていなかった。
しかし真琴は今まで争いとは無縁の生活を送っていたのにいきなり戦いの場に放り込まれたのだ。すぐに慣れろというのは酷な話だ。
だが周りは真琴に対し容赦をしてくれない。
男は依然と銃を構えている。隙あらば真琴の体に銃弾を撃ち込むつもりだ。
一方真琴は痛みで立つのが精一杯の状態だ。撃たれた直後と比べれば痛みはだいぶマシになってきたが、それでも万全の状態とはとても言い難い。
銃を向けられながらも真琴は刀の柄に手をかけ、男と距離を取ろうと一歩、後ずさる。すかさず男は発砲する。標的はもちろん真琴だ。
しかし今度は肉体に着弾する事はなかった。真琴は抜刀し刀身で弾丸を受け止めた。真琴はこの時ばかりは体が勝手に動くことに感謝した。
真琴は男は真琴を逃す気はさらさらないことを感じ取った。
逃げられそうにない。戦うしかない。
真琴がそう思った時、舞台の上で第三者の声が響いた。
「これ以上の狼藉は許さないぞ! ぼくの偽物め!」
第二のカキヘイの登場である。
◆◇◆◇◆
時は少し前に遡る。
真琴が撃たれた直後の頃。
表に『カミサマのへや』と書かれた可愛らしいデザインのプレートが付けられている重厚な扉を一人の巫女姿の少女が慌ただしく扉を開き部屋の中に駆け込んできた。
「大変だカミサマ! 遊技場の第三広場で発砲事件が起きちゃった!」
部屋にいるものは学生服を着ている一人の青年だけ。
カミサマと呼ばれた青年はソファの上に寝転がって漫画雑誌を読んでいる。
ソファの周りにはゲーム機やボードゲームに将棋台からチェス台など遊び道具が置かれている。部屋のいたるところに一人で遊べるものから大人数で遊べるおもちゃや遺影が置かれている。
青年は読んでいる漫画雑誌から目を離さず巫女姿の少女に問いただす。
「オチムシャくんのイベントやってるところか。被害者は?」
「撃たれたのは名無しの権兵衛。生きてるけどきっと怪我してるよ。」
「…へぇ。あの子が。」
名無しの権兵衛の名前を聞いた途端、青年は笑みを浮かべ、雑誌を閉じぞんざいにソファの上に投げる。
「すぐにイベントを中止して観客の避難をさせるね!」
「それはダメ。」
少女はすぐに部屋の外へ飛び出そうとしたが、青年の言葉に目を丸くする。
「何言ってるの?! このままじゃお客さん達が危ないじゃないか!」
「そーだね。」
少女は声を張り上げるが青年はどこ吹く風だ。それよりもいつの間にか手にしている薄緑色の冊子にペンで何かを書き込んでいる方に集中している。
「お客さんを危険な目に遭わせないのはオイラも同意見さ。だけど、それだけじゃあつまらない。最近オチムシャくんの舞台はマンネリ化してきたし、ついでだから試作ステージを試しちゃおうと思って。」
「こんな時に!?」
青年は少女の抗議の言葉を無視し、制服のポケットからスマホを取り出し寝っ転がったまま誰かに電話をかけた。
「あっ、もしもし。オイラだけど。」
「カミサマですか! 大変なんです実はステージの上に銃を持った危険人物が!」
「うん知ってる。それよりも役者達はまだ舞台の上にいるよね?」
「え、えぇ。」
「じゃあ役者達に今から送る台本の通りに行動させて。ステージ外でも指示は出せるだろ。」
「こんな時にショーをまだ続ける気なんですか?!」
「こんな時にだからこそだよ。オイラの考えたオチムシャくんのショーを台無しにしようとしたんだ。そいつにはそれ相応の事をしてもらわないと。」
「いやだからって…。」
「台本送っておいたし細かい指示は出すから後はよろしくねー。」
「あっ! ちょっと待っ」
青年は相手の言葉を最後まで待たず通話を切ってしまう。少女は青年の態度にさらに声を荒げる。
「ショーよりもお客さんの避難が先だよ!」
「はいしおの。」
「えっ? なにこれ。」
しおのと呼ばれた巫女服の少女は青年から渡されたものを素直に受け取る。受け取ったものは先ほど青年が何かを書き込んでいた薄緑色の冊子だ。
表紙には『サイボーグオチムシャくん&名無しの権兵衛VSアオタン&ニセカキヘイ!! オーエドタウンの平和を守れ!』と書かれている。
「君もサイボーグオチムシャくんのイベントに参加して来て。役はカキヘイだよ。」
「はい?!」
「じゃあよろしく。」
「いやいやいや! ぼくまだ了承してない、ていないし!」
しおのが台本に目を写していた一瞬の間で青年の姿は消えていた。
ソファの上にはカキヘイの衣装らしきものとその上に置かれた『衣装はこれを着てね。』と書かれているメモだけだ。
「もーあの人はいつもいつも人に無茶振りを要求するんだから!」
しおのがパラパラと台本をめくっていくと、最後の無地のページに『いつもありがとう。しおのがいてくれて本当によかったよ。』と書かれていた。
しおのはそれを見た途端、満更でない様子で台本を人ではあり得ない速度で読み込んでいく。
「まったくもう! 今回だけだからね。」
似たようなやり取りをすでに何十回も行われているが、しおのは気がついていなかった。
◆◇◆◇◆
時は戻り、現在。
突如現れた二人目のカキヘイに名無しの権兵衛とカキヘイの姿をした男は言葉を詰まらせた。あいつは誰だと両者の考えが偶然にも重なる。
「カキヘイくんが二人!? これは一体どうなっているんだ。」
「サイボーグオチムシャさん。あいつはアクダイミョーウが送り込んだ刺客なんです!」
「なんだって?!」
「あーはっはっはっ! その通りだ。あいつはアクダイミョーウ様が作りしアンドロイド、ニセカキヘイ。奴を使って貴様をあの世に送ってやる!」
カキヘイはサイボーグオチムシャくんの拘束を解き、サイボーグオチムシャくんの隣に立つ。アオタンは二人を見て下賎な笑みを浮かべている。
一方でいつのまにか舞台の一部にされた男は目を瞬かせる。そしてこう思った。茶番をするよりも先に客を避難させるべきできでは? と。
困惑しているのはそれは役者達も同じだ。
なにせ役者達もカミサマと呼ばれていた青年の命令でやらされているからだ。本人達も抗議してはいたが、半端ヤケクソ気味で舞台の続きをしている。いくら不満があってもショーを中止にすることはしない。サイボーグオチムシャくんのショーを楽しみにやって来たお客さん達を悲しませないためにだ。
決して台本の最後の無地のページにでかく書かれた『やれ』の二文字に威圧されたわけではない。
そんな彼らの裏事情を知らない男はもう周りに気をかけずに自分に与えられた任務を遂行することだけに集中する。
床を強く踏み込み、駆ける。一気に名無しの権兵衛との距離を縮め、隠し持っていた忍刀で名無しの権兵衛を斬ろうとする。その動きに観客達と役者達は反応できなかった。男が動いたことに気がつけたのは男が名無しの権兵衛に向けて刃を振るった後だった。
その速さに名無しの権兵衛は反応し刀で男の攻撃を防ぐ。
男はこれも防ぐのか、と驚きを通り越して敵ながら見事だと感心する。しかし、男にとって名無しの権兵衛のこの行動は狙い通りだ。
先ほど倒れていたこともあり、銃が全く効かないわけではないと気がついた男は名無しの権兵衛の胸に向けて銃を発砲する。
刀は現在、忍刀による攻撃を防ぐために使われている。打つ手はないと踏んでいたが、名無しの権兵衛は男の思い通りの行動はとらない。
男が銃を構えた時点で刀の柄から左手だけを離し、鞘を手に取り、弾を防いぐ。
またしても攻撃を防がれてしまった男だが、まだまだ攻撃は終わらない。右手に忍刀。左手に銃を。両手の武器を駆使して名無しの権兵衛に襲いかかる。
名無しの権兵衛は忍刀による攻撃は刀ではじき、銃の攻撃は鞘で受け止めていくなどして対応していく。
やがて、男のもつ銃が弾切れを起こす。
予備の弾を補充するために名無しの権兵衛から距離をとるため後ろに飛びさがる。すると突然男の飛んだ先の床の上に鏡が現れる。
正体不明の鏡の出現に男は一瞬だけ驚いたが、構わず踏み抜こうとする。しかしまるで水の中に沈むように足が鏡の中に入っていく。
「何!?」
それに驚愕する男はなすすべなく鏡の中に吸い込まれるように沈んでしまう。
突然男が鏡の中へと消えてしまうのを見た名無しの権兵衛は驚き、その後安堵する。
(どこかはわからないけど、どっかに行ってくれてよかった。)
合戦場において鏡は移動手段の一つだ。
真琴は人が鏡の中へと入るという怪奇な現象を見てもどこかに移動したなという認識でしかない。真琴も鏡を通じて合戦場に来ている身だ。
(なんだったんだろう、あいつ。)
自分に明らかな敵意をぶつけて来た男に真琴は今まで相手にして来た奴らとは違うと感じた。刀目当ての奴ならツジキリを申し込むはずだ。しかし、男は何の宣言もせず、巫女の立会いも無しに襲いかかってきた。
考えれば考えるほど疑問は思い浮かぶ。
しかし今の真琴が持っている情報では答えは出ない。ゆえに真琴はそれ以上考えるのは止めることにした。
男はもういなくなったんだ。もう戦う必要はないんだ。
真琴はそう思い踵を返して舞台から降りようとして、不意に真琴の足が止まる。
(本当に?)
本当にこれで良かったの? 真琴ふと、考えてしまう。
男は強い。真琴が今まで出会った写し持ちに比べてはるかに格上だ。今の真琴の実力では倒すのは難しいだろう。
実際真琴は無意識にそれを感じ取り、男が目の前からいなくなったことで脅威から逃れられ、安堵しているのは確かだ。だがそれ以上に大きな違和感が心の中に生まれていた。その正体がわからず、真琴はその場に立ち尽くしていた。
すると突然ズプンとまるで水の中に足を突っ込むような感触を真琴は感じる。
「えっ?」
思わぬ感触でそのまま声を出してしまった。
慌てて下を見ると先ほど男が入っていった同じ形をした鏡が真琴の足元にも存在していた。
「ちょっ!」
突然の出来事に反応が遅れ、真琴はそのままめり込むように鏡の中へと沈んでいく。
不幸中の幸いというべきか。鏡を抜けた先にはちゃんと地面が存在していた。
真琴は難なく着地し、すぐにここはどこかと周りを見ると、時代劇の風景でよく出てくる昔の町なみだと気づいた。
だが二つ、世界観を壊す存在がある。
遠くから見えるそれは、てっぺんは城の屋根や飾りがあるがそこから下は完全に高層ビルである。
もう一つは真琴の頭上高くに存在する巨大なモニター。どういう原理か真琴にはさっぱりわからないが浮いているように見える。
(何あれ?)
真琴は真っ先に目に付いたビルの全体を見るために視線を少し下に移すと真琴を襲ってきた男の姿が見えた。どうやら男もここ来ていたようだ。男もこの状況に戸惑っているように見えた。
その二人をよそにアニメのテーマソングのような音楽が流れる。それと同時に頭上のモニターに何かが映し出された。
『サイボーグオチムシャくん&名無しの権兵衛VSアオタン&ニセカキヘイ!! オーエドタウンの平和を守れ!』
「はっ?」
「はっ?」
偶然、二人は息ぴったりに声を揃えてしまう。
アニメタイトルのようなデザインの文字で自分の名前を出された名無しの権兵衛は饅頭笠の下で目を大きく見開く。
カキヘイの姿をした男はニセカキヘイの名前を見て自分のことだと気がつくのに時間はかからなかった。アオタンが自分のことをニセカキヘイと呼んでいたのを男は聞いていたからだ。
(あの野郎!)
真琴の脳裏にこのような事態を作り出したであろう人物の顔が思い浮かび、殴り飛ばしたい衝動に駆られた。
真琴は、あいつはきっとどこかでにやにやとこの状況を見ているに違いないと確信している。
(なぜ!?)
一方男は思いもよらない事態に少し冷静さを失っていた。邪魔されることは想定していたことなのだがこのような形で戦いを推奨するような文字を見せられたは思いもしなかったからだ。
むしろ今まで冷静さを保っていた男の精神に賞賛の言葉を送りたい。
状況が全く掴めない二人だが、確実に厄介ごとに巻き込まれたことを感じ取る。
(どうしてこうなった。)
(どうしてこうなった。)
二人の思いがまた重なる。