新しい声を手に入れろ!
名無しの権兵衛がカミツキウルフを倒してから一週間が経った。
その間に真琴にある悩みが発生していた。
真琴は正体がバレる危険性を少しでも減らすために自分の情報をできる限り出さないようにしている。
その内の一つが、声だ。
合戦場での戦いは公式動画サイトで無料で配信されているため名無しの権兵衛として活躍する真琴の姿は世界中に知られている。真琴は戦う姿を観られるのは構わなかった。しかし声を聞かれるわけにはいかなかった。もしかしたら家族やクラスメイトの誰かが動画を見た時、名無しの権兵衛の正体が真琴だと感づかれる危険性があるからだ。
ゆえに真琴は考えた。どうしても相手と意思疎通しなければいけない時はどうすれば良いのかと。そうして考えた結果、筆談で済ませる事にした。
幸い見た目の風貌のせいか、または何かしらの事情があるのではと汲み取ってくれたのか。筆談についてしつこく聞かれる事はなかった。
が、全員ではない。
真琴は数日前、一人のツジキリの相手に喋らないなんて生意気だ。と言うなり真琴が筆談で使うメモを奪い取り、ビリビリに破いたのだ。もちろん相手を一撃で倒した後、新しいメモを弁償させた。
メモを破った奴以外でもたびたびツジキリの相手から真琴が喋らないことをいじる奴がいる。無論そんなことを言う輩は全員一撃で倒してきた。
だが、真琴は筆談するくらいでいちいち突っかかられるのは凄く面倒くさいな、と思っていた。
しかし真琴には筆談以外で喋らずに意思疎通する方法は思いつかなかった。
どうしたものかと思いつつ、真琴はスマートフォンを取り出してとあるアプリを開く。アプリの名前は【回覧板】といい、合戦場に関する情報が載っているものだ。
【回覧板】
合戦場で起きた事やイベントの最新情報が記載されている電子掲示板である。
見学目当ての一般人や戦いを求める写し持ちに刀持ちが新しい情報を得るために合戦場のあちこちに設置されている回覧板の前には常に人だかりができている。
人だかりが苦手な人は回覧板のアプリ版をダウンロードしよう。常に最新の情報をゲットだ!
真琴は解決策を見出せないまま、今日も情報収集のためにアプリを開く。最初は流し読みで見ていたが、ある情報に釘付けとなる。
「いいかも。」
真琴が見ているのは合戦場で開催されるとあるイベントの情報だ。
開催される日時は今度の休日。その日は予定の入っていない真琴は早速そのイベントに参加することに決めた。
◆◇◆◇◆
数日後。
合戦場にやって来た真琴は【遊戯場】の待機場にてイベントが始まるのを待っていた。
【遊戯場】
戦う側も観戦する側も飽きがこないように様々なイベントを行う場所である。
刀を持っていない一般人も参加できるイベントもあり、合戦場の人気スポットのひとつである。
真琴は遊戯場にてイベントで貰える品を目当てにここにやってきた。それがもしかしたら真琴悩んでいるツジキリ相手の意思疎通を解決してくれるかもしれないからだ。
(絶対に手に入れてみせる。この、【サイボーグオチムシャくん】ボイスチェンジャーを!)
【サイボーグオチムシャくんとは?】
合戦場のマスコットキャラクターであり、特撮番組『サイボーグオチムシャくん!』の主人公である。
あらすじはこうだ。
サイボーグオチムシャくんの正体はオーエドタウンの若き主君マツデイダラ。
ある日オーエドタウンの侵略を目論む悪しき科学者アクダイミョーウの手先のサイボーグ、キリステサムライによって命を奪われてしまう。
しかしナツロウ博士とその助手カキヘイの手によって正義のサイボーグとして復活を遂げる。
マツデイダラは自分が生きていると他の人にバレてしまえば大切な民達を戦いに巻き込んでしまうのではと考えた。
彼は正体を隠して愛するオーエドタウンを守るため日々アクダイミョーウ達と戦う正義のサイボーグオチムシャくんとして生きることを決意する。
真琴が遊戯場に来た時に手に入れたチラシにはデフォルメデザインされた落ち武者のような見た目をした二頭身のロボットのイラストが描かれている。イラストの他にもこんな事が書かれていた、
『さぁ! 君もいっしょにサイボーグオチムシャくんと戦おう!』
大変だ!
サイボーグオチムシャくんがアオタンの罠にかかってピンチだ。サイボーグオチムシャくんを助けるためにアオタンの手下を倒してサイボーグオチムシャくんを助けよう!
見事サイボーグオチムシャくんを助けたよいこのみんなにはお礼の品としてサイボーグオチムシャくんからサイボーグオチムシャくんグッズをプレゼントしてくれるよ!
チラシに載っているグッズ一覧の中に、あるものがあった。それは今の真琴にとってどうしても欲しいものである。
それは、サイボーグオチムシャくんと同じ声が出せるボイスチェンジャーである。イベントでしか手に入らない非売品であるため、真琴はそれを手に入れるためにこの遊戯場へとやってきた。
遊戯場で行われる一部のイベントには参加制限があるが、オチムシャくんのイベントは誰でも参加ができるものだ。子供向けのイベントではあるがオチムシャくんは大人にも大人気のため、待機場には親子連れの他に大人の姿がある。真琴が参加しても何の問題はない。
しかし、饅頭笠に黒ずくめの格好をした名無しの権兵衛として参加している真琴は周囲に浮きまくりだった。名無しの権兵衛の姿を見てぐずった子供がいるくらい真琴の格好は周囲の人達に引かれていた。
真琴自身、今の自分の格好が不気味なことはわかっていた。だが真琴は引かなかった。
(この日を逃したら次は一ヶ月後だ。何としても手に入れてやる。)
サイボーグオチムシャくんのイベントは月に一回行われている。
今日を逃したら次は一ヶ月後だ。それに待つほど真琴は我慢強くなかった。
(真琴として参加はしていないから恥ずかしくない。恥ずかしくないったら恥ずかしくない。)
真琴は、心の中で何度も何度も自分に言い聞かせた。心のどこかでやっぱり恥ずかしい! と感じているからだ。それをごまかすために必要以上に自分に暗示をかけていた。
「サイボーグオチムシャくんのイベントが間も無く開始します。参加される方は第三広場に集まってください。」
アナウンスの知らせを聞き、真琴は立ち上がる。その際に周囲の人達が一層怯えた表情を見せたが、真琴は知らんぷりを決めた。
(さっさと終わらせてさっさと帰ろう。…恥ずかしくなってきた。)
自己暗示はうまくかからなかったようだ。
◆◇◆◇◆
「あーはっはっはっ! 私はアクダイミョーウ様の忠実なる十二家臣の一人、アオタンである! サイボーグオチムシャ、貴様のおかげでまんまとちびっ子達をおびき寄せられた。礼を言うぞ。」
「くっ! なんて卑劣なことを!」
「貴様はそこで指をくわえて見ているがいい。」
落ち武者としての特徴を生かしつつ、マスコットキャラクターのように可愛くデザインされたサイボーグオチムシャくんは鎖で縛られている。
ショーの開幕はどうやら悪役のアオタンに捕まったところからのようだ。
「さーて。まずは人質に何人か子供達をさらってこい! 出でよタンザクロボ!」
「あーしー。」
「くっくっく。大人しく同行するなら手荒な真似はしないぞう。タンザクロボに同行する者は手を挙げるがいい。」
アオタンの発言を聞き、真っ先に手を挙げたものがいた。アオタンはその人物を見ると、目を見開き言葉を失う。
アオタンが舞台の上に立って真っ先に目に付いたのが奴だった。そして真っ先に手を挙げたのも奴だった。
そう、ショーの開始前から存在感のある名無しの権兵衛である。
よりによってお前かよ! とアオタンは心の中で叫ぶ。
正直アオタンは名無しの権兵衛の事は無視したかった。見た目が怖いので何されるかわからなかったからだ。
アオタンはせめて名無しの権兵衛ではなく他の子供達を指名しようとしたが、名無しの権兵衛に萎縮して子供達はおろか大人すら手を挙げなかった。
ちょっとは遠慮しろよ! 子供のためのイベントだぞこれは! とアオタンは何とか声にせずに、代わりに先ほどのように心の中で叫ぶ。
普段のアオタンは、別に子供も大人も分け隔てなく楽しんでくれるならそれでいいと考えている男だ。だがこの日ばかりは遠慮しろと心の底から思った。
だって名無しの権兵衛がすごく怖いからだ。できる限り関わりたくなかった。しかし、手を挙げているのは名無しの権兵衛しかいない。つまり、観客の中で舞台にあげられるのは名無しの権兵衛しかいないのだ。
「よ、よーし。そこのお前。こっちに来い。」
怖いからといってショーを台無しにするわけにはいかない。その思いでアオタンはすぐに気を取り直し、ショーの進行を進める。
アオタンのプロ根性はそう簡単に折れなかった。
タンザクロボに連れられ舞台に上がった名無しの権兵衛。
アオタンは思った。近くでみるとより怖いと。アオタンはすぐに帰りたい気持ちでいっぱいだが、なんとか堪える。
「あーはっはっはっ! サイボーグオチムシャくんと…一般人を人質にタケチヨ姫を引っ張り出してやる!」
一瞬いつもの癖でちびっこと言いそうになったアオタンではあったが、何とか一般人と言えた。心の中でどこをどう見たら一般人に見えるんだよと自分にツッコミを入れてしまったが、口には出していないのでセーフだとアオタンは自己完結した。
「くっ! このままでは一般市民の人達やタケチヨ姫が危ない!一体どうすれば。」
「サイボーグオチムシャさん!」
「カキヘイ君!」
「へへっ。こんな事もあろうかと秘密兵器を持ってきましたよ!」
サイボーグオチムシャくんの味方の一人であるカキヘイが現れた。
台本ではこの後はカキヘイが持ってきたオウエール鉄砲にエネルギーを貯めるために客席のみんなの応援を貰い、貯めた応援パワーをサイボーグオチムシャくんに渡してパワーアップさせ、最後はサイボーグオチムシャくんがアオタンを倒すというものだ。
名無しの権兵衛がやってきた時はアオタンはもちろん、舞台の上に立つ役者全員がヒヤヒヤとしていたが、劇は無事に進行している。ほとんどの人達は無事に終わると思っていた。
「みんなの声援をエネルギーに転換する装置、オウエール鉄砲です!」
カキヘイは彼のトレードマークの柿色の大きなカバンから銃を取り出す。
銃を見たアオタンは首を傾げた。
今カキヘイが持っているものは事前に見せてもらったオウエール鉄砲とはまるで見た目が違う。
まるで本物の銃のような見た目をしている。
「受け取ってください。」
カキヘイは銃口を名無しの権兵衛に向けて、発砲した。