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噛み癖のある狼が現れた。

真琴が地図と道を交互に見ながら歩いて数分。運がいい事に真琴が最初に立っていた場所と目的地とは目と鼻の先ほどの距離だったようで早く着けた。

真琴は『受付場』と書かれた看板が入り口に掲げられている赤いビルへと入り、手の空いている受付の者の前に立つ。

突然やってきた怪しげな雰囲気を醸し出す真琴に受付のものは一瞬思考を停止してしまったが、すぐに気を取り直して自分の仕事をする。


「…ご用件は何でしょうか?」


受付のものにそう聞かれた真琴はあらかじめ要件を書いておいたメモを見せる。メモには『すみません、試練を受けたいのですが。』と書かれている。


「初めての方ですね。まず最初に合戦場で使う自分の偽名を登録する事になっていますが、登録されますか?」


真琴が頷くと、受付のものから一枚の用紙とペンを渡される。


「それではこちらの用紙に偽名をお書きください。」


真琴は頷き渡されたペンを持って、ほんの少し悩む。


(偽名って、ゲームみたいにニックネームをつけるってことだよね? …どうしよう。)


悩んだそぶりを受付のものに見せた後、真琴は思いついた名前を紙に書き、それを受付の者に渡した。


「はい、確認させていただきます。…名無しの権兵衛でお間違いないでしょうか?」

「はい。それでお願いします。」

「分かりました。少々お待ちください。」


真琴がその名前にしたのには、特にそんな深い理由はない。パッと思いついたのがその名前だからというだけだ。


(変な名前じゃなければいいや。)


真琴はゲームでのキャラクターに名前をつけるときは迷いなく自分の名前をつけるほど、名前を考えるのがめんどくさがる子だった。


「お待たせしました。登録完了です。まずはこちらをお受け取り下さい。」


渡されたのは手のひらほどの大きさの何も書かれていない将棋の駒のような木の板だ。


「【証】について説明は必要ですか?」


真琴が頷くと受付の女性に聞いた証についての情報をまとめると、こうだ。



【証について】

証はある条件を満たすと表に『人』の字が浮かび上がる。試練を受けるためにはその条件を満たさなければならない。

その条件は【写し持ち】百人を倒す事。


【写し持ちとは?】

人や妖怪の手によって人工的に作られた刀を持つ者達の事。性能はカミサマが作った刀に比べればかなり低いが、それでも使い手次第では強力な武器となる。

その写し持ち達を倒さなければランキング入りになるための試練を受けることができない。

大勢を倒すため時間はかかるだろうが、写し持ち達は刀持ちの持つ刀を常に狙っているので相手に事を欠くことはないだろう。



『ランキング入りとは?』


気になる言葉を聞いた真琴はそれをメモに書いて受付のものにみせると、さらに詳しく説明をしてくれる。


「試練を突破することで刀持ちだけが参加できる己の力を競い合うランキング戦に参加することができます。ランキング上位になれば合戦場で使える限定品や豪華商品、さらに金一封がもらえたりするんです。」


確かに魅力的なものだ。そりゃあ刀を欲しがる理由には十分すぎるほどだと真琴は思う。しかし、思うだけでそれが欲しいとは思わなかった。

確かにお金は欲しいと思う真琴であるが、命をかけるほどの魅力的な誘いではなかった。


「他に質問はございますか?」


真琴は首を横にふる。


「かしこまりました。何かあればまたお申しつけ下さい。」


真琴は受付のお姉さんに軽く会釈すると、その場から立ち去り来た時と同じように帰るために鏡を探す。


刀持ちは刀を持っていれば全身を写すほどの大きさの鏡であればいつでも合戦場と行き来出来る。これは真琴があらかじめ青年から聞いていた情報だ。

しかし試練について詳しくは聞いておらず、試練を受けるためにまず百人と戦わなければいけない事に真琴は気が重くなる。


(今日はさっさと帰ろう。)


合戦場や刀持ちのことなど名前しか知らない真琴はろくな情報がないまま青年にここに送り出された。

だから真琴は知らない。自分がどれほど周りに狙われているのかを。


「一番乗りだぁ!」


そんな声聞こえたと思った直後、突然目の前に鏡が現れた。一瞬のことで体がうまく反応せず、真琴はそのまま鏡の中に入ってしまう。そして気がつけば真琴がさっきまでいた所とは別の場所にいた。

鏡による転送だと気がついた真琴はすぐに周りを見渡す。

この場所を一言で言うならば、歴史の教科書に載っているような戦さ場だ。真琴の周囲をぐるりと囲むように折れた刀や(のぼり)が地面に突き刺さっている。


(え、どこ?)


突然のことに戸惑う真琴だが、状況の変化は加速していく。


「さぁさぁさぁ始まりました刀持ちと写し持ち二人のガチンコツジキリ!」


頭上から元気のある少女の声が聞こえる。

真琴が上を見上げると、そこには空飛ぶ円盤の上に乗っているマイクを持った巫女姿の少女の姿がある。


「今回の進行はすぅでお送りしまーす。それではまず、挑戦者の紹介です!」


活発そうな少女、すぅは真琴の向かい側にいる男の方へと手を向ける。どうやらまずは、男の方から紹介するようだ。


「ツジキリを申し込んだのはこの男! ただ今九連勝で絶好調! この勝負で栄光ある十連勝となるか! カミツキウルフ!」


すぅはカミツキウルフという男の元へと高度を落とす。

そして目線を男と合わせると、マイクを男の方へと向ける。


「カミツキウルフさん。何か一言ありますか?」

「もちろん。」


すぅからマイクを借りたカミツキウルフは、真琴の方へと指差す。


「そこのお前! 覚悟しておけ。その刀はこの俺、カミツキウルフの物だ!」


それを言うとカミツキウルフはすぅにマイクを返し、真琴に向かって不敵な笑顔を見せる。


「おおーと! これは大胆不敵な宣言です。さすがはカミツキウルフさん。自信たっぷりです!」


今度は真琴の方へと向かうすぅは、真琴に近づくと、カミツキウルフと同じように真琴の紹介を始めた。


「カミツキウルフさんに挑戦を持ち込まれたのは、この人! 正体不明の刀持ち、名無しの権兵衛! 何か一言ありますか?」


今真琴の身に置かれている状況は、彼女とってはどれもこれも分からない事ばかりだ。

ゆえに真琴はメモに『これって何なんですか?』と書き一番事情を知ってそうなすぅに見せ説明を求めた。


「なるほど、【ツジキリ】をご存じないんですね。分かりました。ではルールの振り返りも兼ねて、説明させていただきます。」


すぅのいう、ツジキリというのはまとめるとこうだ。



【ツジキリとは】

刀持ちと写し持ちが合戦場で行う一対一の勝負の事。

勝負を持ちかけるだけなら簡単だが、勝負を申し込まれた相手側は断ることが可能。

しかし特定のアイテムを使う事で強制的に相手を勝負に持ち込むことも拒否ことができる道具がある。

ツジキリの勝利条件は相手を再起不能にする事のみである。



真琴はメモに『断りたいんですが。』と書き、すぅに見せるがすぅは手を小さく横にふる。


「カミツキウルフさんは【果たし状】の上を使用しています。断るには【断り状】の上、またはそれ以上のものが必要です。しかし名無しの権兵衛さんはどちらも所持していませんので断る事はできません。」



【果たし状】

ツジキリ、またはケットウを申し込むことができる道具。

果たし状を突きつけられた相手は断り状がなければその勝負を拒否する事はできない。


【断り状】

ツジキリ、またはケットウを断ることができる道具。

主に果たし状を突きつけられた時に使用するものである。

突きつけられた果たし状と同等、またはそれ以上の希少性の高い断り状を相手に提示しなければならない。


この二つの道具が共通する事がある。

下から上、特上、極上、究極の四段階の順列がある。上のものほど希少性が高く、究極のついた道具は滅多なことでは手に入らない。



合戦場に来たばかりの真琴にはそんなものは持っていない。つまりこの戦いは断る事は不可能である。

カミツキウルフもそれを知ってて絶対に断られないように道具を使ったのだ。


真琴は、頭を抱えたくなった。

まさかいきなり勝負を持ちかけられるとは思ってもいなかったのだ。


「写し持ちに敗北すると刀を取られてしまうので注意してください。」


すぅの発言を聞き、真琴は思った。

ここでわざと負ければもうここに来る必要がないのでは? と。


(あの人は刀が手に入るし、私は刀を手放せる。誰も損はしない。よし、負けよう。)


真琴は負ける気満々だった。


「それでは両者、よろしいですか?」

「おう!」


すぅの言葉にカミツキウルフは勢いよく返事をし、真琴は黙って頷く。


「それでは、両者とも構え!」


カミツキウルフは己の武器である刀を抜く。

一方真琴は刀を抜くそぶりすら見せない。


(なぜ刀を抜かない? 奴は居合の技を使うつもりなのか? それとも何か策でも? …だとしても、叩き斬る!)


カミツキウルフはいつまでも刀を抜かない真琴に対し、例えどんな技でこようとも返り討ちにしてやると意気込んでいた。自信満々なカミツキウルフはたとえどんな相手であろうと勝つ気でいる。


しかし、真琴にはなんの策はない。


(どう抜くの? これ。)


刀に触ったことの無い真琴は刀の抜き方すら知らなかった。どうすれば良いのか全くわからず、立ち往生しているだけだった。


「始め!」

「うおおおぉぉ!」


カミツキウルフは合図とともに刀を抜き走り出す。


(うわ、どうしよう来た。)


刀を持った男が自分に向かって走ってくるにもかかわらず、真琴は落ち着いていた。こっちに来るなと思ってるだけで危機感は一切無い。


(あっ、せめて刀を抜かないと。)


真琴は刀を抜こうと柄を握る。

しかし、それを待つほどカミツキウルフは優しくなかった。


「貰ったぁ!」


カミツキウルフは真琴の足に向かって刀を振るう。どうやらまずは足を潰して機動力を奪うつもりだ。正体のわからない相手に対してカミツキウルフは言動に反して慎重な性格のようだ。


しかし、カミツキウルフの刀が真琴の足を切ることは叶わなかった。


「あれ?」


刀から伝わる肉を切る感触はなく、代わりに感じたものは、痛みだ。そして視界には自分の血が空中で舞うのが見えた。

そして、真琴が刀を抜いている姿を目にした。カミツキウルフは真琴が自分よりも速く自分の体を斬ったのだと理解した。


「いつのまに。」


カミツキウルフが倒れた。勝敗は誰の目でも一目瞭然であった。

この勝負、名無しの権兵衛(真琴)の勝利である。


「…カミツキウルフさん再起不能! 勝者は真琴さんです!」

(あっれー!?)


真琴は、なぜ自分が勝ったのか全然わからなかった。


(体が勝手に動いた! 何この刀怖!)


真琴が刀の柄を握った瞬間、真琴の意思とは関係なく体が動き、カミツキウルフを斬ったのである。

刀のせいだとすぐに気がついた真琴は、ゾッとした。この刀は想像以上にやばいものだと。


(捨ててもいつのまにか戻ってくるし。これお祓い案件なんじゃないの?)


真琴は知らない。


この戦いが中継され、多くの者達に自分の存在を知られてしまったことを。

多くの者達が真琴に対して興味と警戒を抱いていることを。

そして、自分の才能を知らない。

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