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彼女の戦いはこれからだ!

合戦場に在中する診療所。その名前は『ガマばぁ診療所』。

刀待ちと写し持ち専用の診療所である。 主にツジキリやケットウなどで負った怪我を治療するために設立されたところであり、刀待ちか写し持ちであれば無料で治療してくれる。ただし、それ以外の客の治療は受け付けていない。

そこの院長はガマばぁと呼ばれている老年の女性。本名年齢出身地全て不明。

そのせいか千年以上生きている魔女だとか九十九戦争から生き延びた大妖怪などと根も葉もない噂話が語られているが、彼女に治せない傷はないと言われるほど医師としての腕前は一流である。


現在、ガマばぁ診療所は多くの患者の治療にあたりてんやわんやしていた。その数は千人以上。ガマばぁ診療所に勤務している医者達は休む暇なく患者達の治療を行っていた。無論ガマばぁもそのうちの一人だ。


ガマばぁが患者達の中でもひときわ重い症状の彼女の治療を終えたところで、治療室に来訪者が現れた。


「やぁガマばぁ! 忙しそうだね。」

「あぁ。お前のせいでな。」


所々に血が付着している白衣を着たガマばぁは通信機で部下に指示を出した後、やって来た来訪者、天野と向き合う。

今この部屋にいるのは天野とガマばぁ。そして眠っている真琴だけだ。部屋はしっかりと防音されており外から会話を聞くことはできない。


「いやー今日は最っ高に盛り上がったよ! あんなに興奮したのは久しぶり。」


天野はニコニコと嬉しそうに笑みを浮かべている一方で、ガマばぁの表情は険しいものだった。


「…あんた。この子を死なせるつもりかい。」

「えー? そんな訳ないじゃん。確かにちょっと無理したみたいだけど、名無しの権兵衛はまだまだ若いからへっちゃらだよ。」

「へっちゃらだって? この子の姿を見てよくそんなこと言えるね。」


写し持ち達との千対一の戦いを終えた後気絶してしまった真琴はガマばぁ診療所に運び込まれ、つい先ほど治療を終えたばかりだ。診療台に横たわっている真琴は満身創痍だ。

以前、一度だけ使っただけで体が満足に動かせなくなるほどの負担が起きるアキノの忍びの技を試練の時に何回も使用したせいで体に大きな負担がかかっている。そのせいで攻撃を食らっていないのかかわらず体のあちこちに傷ができていた。体力はかなり消耗し、今目覚めても起き上がることは困難だろう。


「そのために君の技術と蝦蟇油(がまあぶら)の出番じゃないか。」

「あぁ。あんたがあたしに押し付けたあのツボかい。あんな物倉庫の中に放り込んであるよ。」

「でも見た感じきちんと休めば傷痕残さず綺麗に治るじゃあないか。蝦蟇油を使わずにこの医療技術。さっすがガマばぁだね。」

「ちょっと! 女の子の身体をジロジロと見るもんじゃないよ。」

「ごめんごめん。」


ニコニコと笑い反省するそぶりを一切見せない天野にガマばぁは呆れてため息をこぼす。

そして再び眠っている真琴の方へと視線を向ける。体は傷だらけではあるが寝息は穏やかだ。


「この子もこの子だよ。こんな無茶をして。これが続けば本当に死ぬよ。」

「大丈夫。この千人斬りでここに来るのはやめにするって言ってたよ。」

「…そうかい。」


それを聞いたガマばぁの表情は一瞬だけ穏やかなものになったが、すぐに元の険しい表情へと戻る。


「何とかならないかのねぇ。」

「無理だね。この子は無意識でこれだもん。」


天野の言葉を聞いてガマばぁはまたため息をつく。


「ここにやって来る奴ら全員ロクでもないね。戦う奴も。それを観戦する奴も。そしてあんたも。皆イかれてる。」

「イかれてる? 当たり前じゃないか。人を斬る血生臭い娯楽を楽しむやつなんてまともなもんか。」


ニコニコと笑い続ける天野は楽しそうにそう言うと、反対にガマばぁは仏頂顔でそっぽ向く。


「治療の邪魔だからそろそろどこかへ行きな。」

「そうだね。これ以上は君の仕事の邪魔になる。またねガマばぁ。」


ガマばぁの言うことを素直に聞いた天野は最後まで笑顔を崩さないまま治療室から出て行く。

その後、治療を終えた真琴はガマばぁ自身で個室の病室へと運ばれ、ベッドに横たわせられる。

しばらく真琴の顔を見て、ポツリと独り言をつぶやく。


「同じ刀を持ってるだけじゃなく死に急ぐところまで似てるなんて、まるで鴉さんのようだよ、あんたは。」


ガマばぁは涙ぐむ目を袖で乱暴にぬぐい、すぐさま部屋を出て他の患者の元へ向かった。



◆◇◆◇◆



真琴が目を覚ましたきっかけは目覚まし用の時計アラームの音でもなく、かといって眩しい朝日ではない。

痛みだ。かつてないほどの激痛のせいで真琴は目を覚ます。痛みのせいで脂汗をかき服が肌に張り付き不快感もあり、真琴の目覚めは最悪なものだ。

見知らぬ天井を見てここはどこだと真琴は首を動かすと、横に誰かが座っていることに気がつく。天野 一だ。


「おはよう。まぁもうお昼過ぎちゃってるけどね。」


天野はニコニコと笑い真琴に話しかける。一方真琴は天野の顔を見た途端心底嫌そうな表情を一切隠すことなく見せる。しかし天野はそれに気にすることなく話し始める。


「いやー。さっすが名無しの権兵衛だよ。見事千人斬り達成だね。おめでとう!」


天野は先ほどの戦いを祝福してくれるが、真琴はそれを喜んで受け取りはしない。黙ってそっぽ向く。その態度に天野は不思議そうに首をかしげる。


「あれ、嬉しくないの? 大業を成し得たんだよ。」

「…嬉しくない。」


ボイスチェンジャーは現在外されており、ベッドの横に置いてある小さなテーブルの上に置かれている。

本来の声で小さくつぶやく真琴に天野は構わず話を続ける。


「そっかそっか。そうだよね。君は試練の特典が欲しくてここにやって来たんだ。千人斬りを果たしたところで何も感じないよね。」


天野の言葉に違和感を感じた真琴はつい天野の方へと顔を向けて、すぐに後悔した。


「どう? 人を斬っても何も感じないと知ったご感想は。」

「っ!」


バレた。それが真琴が真っ先に思ったことだ。

そして次に真琴は怒られたくなくて隠した割ってしまった皿を親に見つかったような気分になる。


そう、その通りだ。

試練の時、あれだけの人を斬ったにもかかわらず。斬る直前、相手に「化け物!」と言われたにもかかわらず。相手に畏怖の目を向けられたにもかかわらず。千人分の返り血を浴びたにもかかわらず。試練を達成したことで体がボロボロになったにもかかわらず。

真琴の心は何も感じなかった。

罪悪感も愉悦も恐怖も高揚感も傷心も快楽も怒りも緊張感も。

千人斬りをしなくていい理由があったにもかかわらず、己のために千人を斬ったにもかかわらず、真琴は何も感じなかった。

その確かな事実に、真琴は何も言えなかった。口だけ否定しても意味がないと分かっていたからだ。

だって、本当のことなのだから。


「オイラは君の呪い(才能)を否定しないよ。」


天野は真琴の心を見透かしているかのようにそう言う。


「…才能?」

「そうさ。君には人斬りの才能がある。」

「…は?」

「薄々気がついてはいたんじゃないかい? アキノと戦った時に見せたあの歩法。長く苦しい修行を経て得られる技術を君は見ただけで会得してしまった。それを才能と言わずしてなんと言うのか。」


真琴が千人斬りを果たせたのはその才能があったことが大きい。アキノの技だけでなくこれまで見てきた技を真琴は無意識のうちに臨機応変に使えてしまうほどだ。

多くのもの達からすれば喉から手が出るほど欲しい才能なのだが、人斬りとしての才能を真琴は欲しがってはいない。

真琴は求めているのは血生臭い才能や冷えた鉄のように熱を持たない心ではなく平凡な日常と人並みの心だ。


こんなもの(才能)いらない。

それは真琴の本心からの言葉だ。だけど、現実は真琴の意思を汲んでくれない。


「君はその才能を嫌がるだろうけど、周りは君の気持ちを無視するよ。アキノの雇い主はこれからも君を狙い続けるだろうし、今回の千人斬りで君は大きな注目を浴びている。これから君は何かとチョッカイをかけられるよ。」


元ランキング一位の流浪の刀、無名を手にしていた時でさえ注目を浴びていたにもかかわらず加えて成し得たものが極端に少ない千人斬りを達成してしまった。

この二つの要素の存在で真琴は頭を抱えたくなる。


「…なんでこんな事に。」

「千人斬りの方は自業自得だよ。」

「知ってる。言ってみただけ。」


そう言うと真琴は今日一番のため息を吐く。それのおかげで真琴は少し気分が落ち着く。


(まぁ、もうここに来なければいいだけの話か。)


確かに真琴は自分の才能に嫌でも気がつけた。しかしあるのは才能でありやる気があるというわけではない。そしてやる気とは別に真琴にはある懸念がある。


家族だ。

真琴の家族は皆争いごとを嫌う。家族の存在が真琴が人斬りとしての才能を嫌がる一番の理由だ。もし自分にこんな才能があると知られてしまえば家族はきっと心配するだろうし、真琴に対しての過保護さがさらに増すことに真琴は容易に想像できていた。


だから真琴はもうこれ以上合戦場に来ないつもりだ。

ランキング入りを果たし、正体がバレることは防いだ。自分と他人との違いに気がつけた。


(それで充分だ。)

「あっ、そうだ。これ渡しておくね。」


部屋に置かれている時計を見てもう少し休んだら家に帰るつもりの真琴。そんな真琴に天野は制服のポケットから一枚の紙を取り出し、真琴に渡す。


「何これ?」


紙にこう書かれている。



百人達成・存在の秘匿。ツジキリの拒否権。

二百人達成・まやかしの指輪。

三百人達成・金一封。

四百人達成・プレミアムサイボーグオチムシャくんグッズセット。

五百人達成・個人修練場。

六百人達成・金一封。

七百人達成・秘密基地。

八百人達成・合戦場内での買い物は常に八割引。

九百人達成・金一封。

千人達成・果たし状 究極。



「…何なのこの紙は。」

「知らなかったの? 試練は百人追加ごとに豪華商品や特典が貰えるんだよ。紙はそのリスト。君が欲しい物をピックアップしたんだ。」

「へー。」


真琴は興味なさげに改めて紙をまじまじと見る。そしてリストの中から特に気になる物をいくつか見つける。


「このまやかしの指輪って何? 秘密基地っていうのもよく分からないし。」

「まやかしの指輪は名前の通り人を騙す効果のある都合のいい不思議アイテムさ。これがそれ。」

「人を騙す?」


ポケットから取り出したものは指輪を入れる小さなジュエリーボックス。天野がフタを開けるとそこには紫色の石がはめ込まれている指輪が入っている。


「そんなボロボロの姿で帰ったら君の家族は間違いなくその怪我について問いただす。でもそれは君の嫌がる事だろ。そんな時に便利なのがこのまやかしの指輪。これをはめれば君がどんなにボロボロな姿で帰っても君の家族はいつも通り元気な姿の君と錯覚してしまうんだ。さらに指輪は透明化して見えなくなるから校則違反にもならないから安心だよ。」


天野から箱型指輪を受け取った真琴は疑いの目で天野と指輪を交互に見る。


「あっ。信用してないな。」

「怪しい。」

「そんなこと言わずに騙されたと思ってつけてみてよ。絶対に奴に立つって。」

「…何かあったら慰謝料請求するからね。」


疑い十割の気持ちで指輪を左手の人差し指にはめると指輪はだんだんと透明になっていき、やがて全く見えなくなってしまった。消えて無くなったわけではない。現に真琴の人差し指には指輪をはめている感触がある。不思議な体験に真琴は眼を瞬かせる。


「本当に消えた。」

「効果もバッチリだよ。ほら、腕を見てみなよ。」


言われるがまま腕を見ると先ほどまで巻かれていた包帯は無く、試練に挑戦する前の傷一つない状態だ。


「欠点を挙げるなら自分にも効果が及ぶことだけど、効果は抜群でしょ。その手の専門家でも見抜くのは難しいからバレる心配は低いしね。」

「それが本当ならいいね。ありがとう。」

「でしょー。」


お礼を言われ天野は誇らしげに胸を張る。それで気が良くなったのかリストに載っているものの説明を嬉しそうに話す。


「この秘密基地はそのまんま。君のために用意したマンションの一室だよ。住所は後で教えるけど、部屋の中に鏡を置いてあるからそこから部屋に行くこともできるよ。」

「鏡を使ったら一旦合戦場に行かなきゃいけないじゃん。」

「そこは大丈夫。行きたいと念じればそのまま部屋に一直線で着くようにしてあるから。君だけの秘密基地だよ。 どう? 嬉しいでしょ。」

「…秘密基地。」


その言葉を聞くと真琴は少し心が躍る。真琴は過保護な家族の影響で幼い頃から自分のテリトリーというものに強く憧れていた。自分だけの部屋。秘密基地。素直にいいものだと真琴は思う。


「他の特典は全部その部屋に置いてあるから後で確認しておいて。」

「わかった。」

「それともう一つ。」

「?」

「近々刀持ちか写し持ちであれば誰でも参加できる大きなイベントを開こうとしてるんだ。」


真琴は前々から試練が終わればもう合戦場には来ないと言っていた。それを知っているにもかかわらず、なぜ天野はそんな話を真琴に話すのであろう。


「その頃には彼の謹慎は解かれてるんだよね。」

「彼?」

「えー。忘れちゃったの? さっき名前言ったのに。」


心当たりのない真琴は聞き返すと、天野は面白そうに笑いながら彼の名前を告げる。


「アキノだよ。」

「!」


その名前を真琴は知っている。忘れるわけがない。

アキノとは現代に生き残っている忍びの一人。

アキノはサイボーグオチムシャくんのグッズを手に入れるためにイベントに参加した真琴を襲い傷を負わせた。そして真琴が唯一取り逃がした相手だ。


「もし、仮に君が参加すればきっと君を狙ってアキノがやって来るよ。」

「…アキノと戦えって言うの?」

「まっさかー。もしもの話くらいさせてよ。」


ニコニコと笑いながら天野は立ち上がり、扉の方へと向かう。


「それじゃあバイバイ。特典、好きに使ってね。」


天野は振り向くことなく手を振り、退室する。

部屋に残された真琴はそのまま何も考えず天井を見てしばらくすると布団の中へと潜り込み、一時間ほど眠った。そして目覚めた後、家に帰ろうとすると入院するようガマばぁに引き止められてしまう。

話し合いの結果、無茶をしない事と毎日通院する事を条件に家に帰る事を許された。


家に帰った後、まやかしの指輪が本当に効くかどうか不安だった真琴だが、いつも通り接してくる家族の様子に指輪の効果が本物である事を知る。傷は痛むが真琴にとっては我慢できる痛みだ。まやかしの指輪があれば家族にバレる心配はないと安心し、改めてこの指輪の凄さを実感する。

後日、真琴は他の特典を確認するために訪れた部屋とそこに置かれている家具の豪華さや部屋に設置されているテーブルの上に置かれている大量の札束に驚いたが、それはまた別の話である。


夕飯を食べた後、真琴は部屋に入り鍵をかけ電気の付いていない暗い部屋でベッドの上に寝転がる。眠気は無い。真琴はただ、暗闇を見つめながらアキノの事を考えていた。

これまでの戦いで真琴はアキノは今までの相手の中で一番の実力者であると気がついていた。だから、あの時アキノに逃げられた事で真琴は助かったのだ。あのまま戦えば経験と鍛錬が足りない真琴が負けていた可能性が高い。その事に真琴は気がついている。これ以上アキノと戦っても何の意味がない事も。


(なのに、何でモヤモヤするんだろう。)


戦ったところで真琴には損でしかない。ならば戦いが起きないよう合戦場に行かない事は正しい選択であると真琴は思っていた。だが、そう思うと真琴はどんよりとした曇り空のように晴れない気分になる。

戦ったところで何も感じないと知った上で、アキノと戦わないという選択肢を取るのは良くないと心のどこかで思っている自分がいると真琴は気がついてる。しかしなぜそう思うのかまでは分からなかった。


それから数日間、真琴はそんな気持ちを抱えながら日常を送る事になる。そのせいで戦いを経てようやく掴んだ平穏に真琴は喜ぶことはできなかった。

だがそんな真琴に転機が訪れる。

真琴が情報収集のためにインストールしておいたアプリ、回覧板にある情報が入ってきた。詳細はまだ不明ではあるが一ヶ月後、合戦場で大きなイベントが行われるそうだ。それを見た真琴は以前天野が言っていたイベントとはこの事であると気がつく。


『もし、仮に君が参加すればきっと君を狙ってアキノがやって来るよ。』


ふと、天野がそう言っていた事を真琴は思い出す。


自分が今日までモヤモヤとした気分になっていた原因はアキノと関係していると気がついた真琴は天野の言葉を頭の中で何回も反芻する。


「…後、一ヶ月。」


ぽつりと呟いたその言葉にどんな意味が込められているかは、本人には分からない。

完結というより打ち切りです。

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