血みどろ死みどろ大惨事。
ここ、合戦場には闘技場と呼ばれる施設が数多く存在する。名前の通り戦いが行われる場所だ。
そのうちの一つ、第一闘技場では今多くの客達が押し寄せていた。目当てはある人物の挑戦をこの目で見るために。
その名は名無しの権兵衛。
元ランキング一位である流浪の刀、無名を持っているせいか世間の間では流浪の後継者だと話題にされている。
注目を浴びている名無しの権兵衛が成功者の少ない千人斬りに挑戦すると言う情報が出回れば即座にその情報は拡散され、刀を狙う写持ちだけでなく一般客も間近で観戦するためにチケットを手に入れるために奮闘していた。
今日が名無しの権兵衛が試練に挑む日。
客達はまだかまだかと興奮を抑えきれない様子で客席に座って待っていた。チケットが取れなかったもの達も生配信されている動画を見て試練が始まるのを待っていた。
その客の中には刀持ちもいる。目的はいずれ戦うかもしれない相手の実力を見るためだ。
そのためいくつかある他の闘技場の中でも一番戦いの舞台が広く、なおかつ客席が多い第一闘技場は満席となっている。
試練が始まる五分前になると巫女服を着た少女が円盤に乗って現れる。左手で銀のお盆を持ち右手にはマイクを握っている。
その少女が何者なのかこの場にいるほとんどのもの達が知っているため、歓声をあげる。
「皆様お集まりいただきありがとうございます。進行役のせいらと申します。」
せいらと名乗った巫女の少女は客達に向けてお辞儀をする。
「この場からでも伝わる皆様の熱気に応えました長い前置きは無しにしましょう。早速、本日の主役をご紹介させていただきます。名無しの権兵衛様。入場をお願いします。」
せいらがそう言うと闘技場に設置されているモニターに舞台の中央へ向かう名無しの権兵衛の姿が映し出された。
名無しの権兵衛の登場に観客達は一層大きな歓声をあげる。しかし名無しの権兵衛はその歓声に気にする様子はない。舞台の中央にたどり着くと黙ったままその場に待機している。
せいらは円盤の高度を落とし名無しの権兵衛の前に立つと左手に持っていたお盆を名無しの権兵衛の前に差し出す。お盆の上にはそれぞれ絵柄の異なるカードが五枚乗せられている。
「それでは名無しの権兵衛様。まず最初にこのカードの中から戦う舞台を選んでください。」
どうやらカードを選ぶとその絵柄に沿った舞台で戦うことになるようだ。海の絵が描かれているカードを選べば海を模した舞台になり、草原の絵であればそこを模した舞台になる。ツジキリにはない要素だ。
自分の得意な場所で戦うことができれば勝負は優勢に行えるであろう。
名無しの権兵衛はカードを一通り見ると、その中から一枚のカードを手に取る。
「そちらのカードでよろしいですか?」
名無しの権兵衛は黙って頷く。
「それではそちらのカードはお預かりいたします。」
名無しの権兵衛からカードを受け取ったせいらは円盤で上昇し、カードを掲げる。
「名無しの権兵衛様が選んだのは、街のカードです。お願いします。」
せいらがそう言うと、真琴の周囲に大小様々な大きさの鏡が床に出現する。その鏡から数々の高層ビルや飲食店にコンビニ。さらに舗装された道や信号機に道路標識までもが出現する。
何もないまっさらな状態だった舞台はあっという間に街へと変貌する。そのあまりの早さに観客達は絶句してしまう。
「試合開始まであと一分となりました。時間になれば名無しの権兵衛様は千人と戦うことになります。不肖このせいら、皆様が少しでも楽しめるよう精一杯実況しますのでどうか最後まで目を離さずにご覧ください。」
せいらはそう言い観客達に向けて微笑む。観客達はその微笑みについ見惚れてしまったが、モニターに映し出されている映像を見ると我に返る。
モニターに映っているのは数字だ。一秒経つごとに数字が一つ減っていく。それが試練が始まるまでのカウントダウンだと観客達が気がつくのにそう時間はかからなかった。
カウントダウンの数字から試合が始まるのは後十秒後。すると観客達は誰かに言われたわけでもないにもかかわらず、大きな声でカウントダウンを始める。
「五!」
舞台に先ほどのような大きな変化はない。
「四!」
変化はやってこない。
「三!」
まだ来ない。
「二!」
あとちょっと。
「一!」
舞台のあちこちに一瞬で姿見が出現する。その数は千。その鏡が意味する事は、この場にいる誰もが知っている。
「始め!」
せいらがそう言った直後、姿見から武器を持った者が勢いよく飛び出していく。その正体は写持ち。全員の狙いは舞台の中央にある名無しの権兵衛。
ついに名無しの権兵衛による千人斬りが始まる。
◆◇◆◇◆
千対一。
数だけを見れば無謀な挑戦だ。名無しの権兵衛の試練の相手に志願したもの達は皆そう思っていた。
これまでに賞品や名声を手に入れるために千人斬りに挑戦したものは数多くいたが、達成できたものはたったの二人。だから今回も失敗すると思っていた。
自分達はただ名無しの権兵衛の刀を手にするためだけに動けばいいと彼らは思っていた。
しかし、その考えが浅はかだと気がつくのにはそう時間はかからなかった。
「…何なんだよ、あれ。」
写持ちの一人がポツリと呟く。その言葉は舞台の上に立つ写持ち全員の心の中で思った事を代弁していた。
彼らは見てしまったのだ。
先陣を切ったもの達が一瞬で倒されていくのを。
斬られた本人達もそれを見ていたもの達は何が起こったのか一瞬わからなかった。いっそ鮮やかなほどに彼らはやられてしまった。
数で押しつぶせば勝てると思っていた相手、名無しの権兵衛の手によって彼らは一瞬のうちに斬られてしまった。
この試練での写持ちのルールの一つとして、刀持ちに一太刀でも斬られてしまえば脱落と見なされ即座に鏡によって診療室へと転送されてしまう。もし致命傷になるような攻撃だとしても、死ぬ前に転送され即座に治療されるため死ぬ事はない。合戦場お抱えの医師、ガマばぁの腕は一流な上に治療費は全て合戦場が負担してくれる。
だから彼らは多少の怪我をしても刀を手に入れればそれでいいと考えていた。
彼らがここに来たのは名無しの権兵衛を倒すことではなく刀を手に入れるため。彼らの懸念は名無しの権兵衛を倒した後、発生するであろう刀の争奪戦だ。名無しの権兵衛を倒すことなど二の次であり、大したことではないとタカをくくっていた。
その考えが浅はかだと気がつくのは、とても遅かった。もう取り返しがつかない。
名無しの権兵衛は千という圧倒的な数を物ともせずに進路にいる写持ち達を作業のように斬っていく。通常の刀であれば数人も斬れば刀に血や油がつき切れ味が悪くなるはずだが、すでに数十人斬っているにもかかわらず名無しの権兵衛の持つ刀、無名はその切れ味を失う事はない。それどころか刀には血が一滴も付いていないのだ。
それはなぜか。
刀に何かしらのカラクリがあるのか。または血がつかないほどの速さで相手を斬っているのか。理由は様々だが彼らには本当の理由がわからなかった。
その分からないが彼らの恐怖をさらに加速させる。
「ぎゃっ!」
また一人、斬られた。これで百人。しかし数ではまだまだ圧倒している。後九百人残っているにもかかわらず、誰もが足をすくませていた。
次に斬られるのは自分かと彼らは思い始めているからだ。誰かの恐怖は他のものに伝染していき、やがて全体に浸食していく。
しかしいくら後悔しても。いくら恐怖で心を支配されても。棄権は絶対に許されない。ルールによって定められているからだ。彼らがここから立ち去れるには勝つか負けるかの二つの道しか残されていない。
「…ビビってんじゃねえよ!」
一分ほど膠着状態が続いたが、それを打ち破るものが現れた。彼はまるで自分自身を鼓舞するかのように声を張り上げていく。
「全員でやればあんな奴、どうって事ねぇだろ!」
そう。数では圧倒しているのだ。九百人から一斉に攻撃を仕掛けられてしまえば名無しの権兵衛でもひとたまりもないだろう。
それを分かっている名無しの権兵衛は走り出す。その姿を見た彼らは一抹の希望を見出した。
「そうだよ。相手はたったの一人だ。」
「見ろ! 逃げ出したぞ。」
「逃すな! 捕まえろ。」
走り出した名無しの権兵衛の姿を見た彼らは自分達が優勢な立場だと思い、強気な態度に出る。そう思うのは当然だ。なにせ数ならば圧勝しているのだ。全員で囲んでしまえば後はどうとでもなると思っている。
先ほどの怯えは何処へやら。彼らはやる気を取り戻し、意気揚々と名無しの権兵衛を追いかける。追いかける道中、また何人か名無しの権兵衛の手によって斬られてしまったが、今の彼らはもう足を止めたりはしない。名無しの権兵衛を追い詰めるためにひたすら追いかけていく。
やがて、名無しの権兵衛はある場所へと入っていく。
「ショッピングモール?」
そう、その通り。
名無しの権兵衛が入っていったのはショッピングモールである。この舞台にある建物は一見外見だけのハリボテのように思われているが、実は中もきちんと作られている。例えばコンビニはきちんと商品が並べられている食品は美味しく食べられるし、最新号の雑誌も並べられている。
名無しの権兵衛が入っていったショッピングモールもちゃんと作られており、店員がいないことを除けば本物と全く遜色がない。
以前このことに関して戦いの舞台にここまで金をかける必要性はあるのかととある番組のインタビューで言われたが、舞台の制作責任者である天野曰く
「その方が面白いだろ。」
だそうだ。
このコメントのせいで様々な方面から苦情が殺到したが、話が脱線してしまうためこれ以上は割愛する。
ショッピングモールに入っていった名無しの権兵衛を追いかけてほとんどの写持ち達が中に入っていく。
ショッピングモールの中は広く、名無しの権兵衛の姿を見失ってしまう。
「くそっ! どこ行った。」
「探せ探せ! まだそう遠くに入っていないはずだ!」
「姿を見せろ、名無しの権兵衛!」
「無名は俺の物だ!」
「おい待て。十分後、もし名無しの権兵衛が見つからなかったらここに集合しないか?」
「…俺はいいぜ。」
「俺もだ。」
「じゃあいくぞ!」
「おう!」
誰もが血相を変えて名無しの権兵衛を探す。単独行動するものもいれば数人で固まって動くものもいる。
しかし誰も名無しの権兵衛を見つけたと言わない。それは別に誰かに横取りされないようにするためではない。かといって誰も見つけられないというわけではない。
観客達が観戦しているモニターの左上には名無しの権兵衛が斬った人数をカウントする数字があるのだが、それが時間が経つにつれて増えていくのだ。
観客達はモニターに映し出されている映像から名無しの権兵衛が今何をしているのか把握しているが、モニターが見えない屋内にいる彼らはそんなこと知るすべはない。
名無しの権兵衛がショッピングモールに入ってから十分が経過した。口約束を律儀に守って再び入り口付近に集合した彼らはここで人数が減っていることに気がついた。
「おい。まさかこれで全員か?」
「…みたいだな。」
「…俺、ここに来る途中床に大量の血がぶちまけられてるの見たんだ。」
「…俺は壁に血がべっとりとついてたのを見た。」
「やったのは名無しの権兵衛だな。」
入ってきた時は九百近くいた人数が今では数十人。
わずか十分。されど十分。この短い時間の間に一人の手によって圧倒的だった数を一気に減らされたことに彼らは忘れていた恐怖を強制的に思い出させられた。
「ひいっ!」
「おいどうした。…っ!」
誰かが短い悲鳴をあげた。その表情には恐怖の色がはっきりと浮かんでいる。
何事だと思い悲鳴をあげた彼が見ている方を見たもの達は、慄いた。中には先ほどの彼のように悲鳴をあげるものもいる。
「見ツケタ。」
名無しの権兵衛が現れた。
黒い着物で分かりづらいが、おびただしい量の返り血を浴びているのか名無しの権兵衛が歩くたびに血の跡が床にべったりとつく。刀を手によろめきながら歩くその姿を見た途端、彼らは一目散に逃げ出した。
「あんなの、勝てるわけねぇだろ!」
誰もその言葉に異議を唱えるものはいなかった。みんな考えることは同じのようだ。
だが、名無しの権兵衛は彼らを逃す気は毛頭無い。彼らよりも速く回り込み、戦う意思を折られている彼らを、斬った。
しばらくの間彼らの悲鳴が聞こえたが、すぐに静かになった。その場に残ったのは大量の血と新たな返り血を浴びた名無しの権兵衛だけだった。
◆◇◆◇◆
「嘘だろ。」
ショッピングモールに入らず隠れてやり過ごしていた誰かがそう言った。舞台の上からでもモニターは見えるため、ショッピングモールに入っていったもの達が全滅した事は伝わっていた。
「…なんでだよ。どうして俺達が負けるんだよ。数では俺達が勝っていたのに。」
その通りだ。確かに彼らは数では圧倒していた。だがそれだけだ。所詮は烏合の衆。連携もろくに取れずお互いの足を引っ張っていた。
そして何より、名無しの権兵衛が百人を斬り伏せた時点で勝負はすでに決していた。皆、名無しの権兵衛には勝てない。負けると無意識のうちに思っていたのだ。それでは勝てる戦も勝てない。
残っている人数は両手で数えられるほどまでに減ってしまった。その残ったもの達はすでに戦意を喪失しており、隠れてやり過ごしている始末だ。
その様子に観客達は出てこいとブーイングをあげる。
(うるせぇうるせぇうるせぇ! 何にも知らないくせに。何にも知らないくせに!)
ブーイングを受けてなお彼らは出てこない。それほどまでに名無しの権兵衛と戦うのは嫌なのだ。
しかし、観客達も運営側も。そして名無しの権兵衛はそれを許す気は無かった。
ショッピングモールから出てきた名無しの権兵衛は頭上高くに設置されているモニターを見る。そこに映っているのは名無しの権兵衛の他に隠れてやり過ごそうとしている写し持ち達が映っている。
名無しの権兵衛はモニターの映像を頼りに隠れているもの達を探し始めた。
「さぁ、これで残すはあと七人。 千人斬り達成まであと七人となりました。」
それを確認したせいらは実況をこなしながらも隠し持っているリモコンを観客達に見えないよう操作し、隠れている写し持ち達のいる場所がより分かるようにモニターに映し出す。
そのおかげか広い舞台にもかかわらず名無しの権兵衛はゆっくりとだが確実に隠れている写し持ちを見つけては斬っていく。
「あと二人。あと二人となりました。」
そう。あと二人。
試練が始まった直後は千人いた写し持ちは今ではたったの二人。そのうちの一人は名無しの権兵衛のすぐそばに隠れていた。
(どうするどうするどうする!)
隠れているものは早鐘を鳴らす心臓の音にすら怯えながら名無しの権兵衛の様子を伺っていると、様子がおかしいことに気がついた。
名無しの権兵衛はふらふらとおぼつかない足取りで歩いていたが、とうとうその場に膝をついてしまう。よく見れば息が上がっているのか肩を上げ下げしている。そこで気がついた。名無しの権兵衛は疲労困憊の状態だと。
千人近く斬ったのだ。こうなるのは当然の結果だ。
今の名無しの権兵衛の体はいつ気絶してもおかしくないほどに疲労が溜まっている。短時間で体を酷使したせいで体のあちこちから悲鳴をあげるかのように辛い痛みが走っている。
(あれならいける!)
隠れていたものは名無しの権兵衛の姿を見て勝算を出した。あれなら勝てると。
刀を強く握り、名無しの権兵衛の前に躍り出る。
(もらった!)
躍り出たものは勝利を得ると確信していた。だが、得たものは勝利ではなく痛みと敗北だった。
今にも意識が飛んでしまうほどに体がボロボロな名無しの権兵衛はそれをまるで気にしないように、向かって来たものを斬った。
「…はれ?」
躍り出たものは自分が斬られたと自覚する前に医務室へと転送された。
残すはあと一人。
名無しの権兵衛はモニターを確認し、最後の一人がいる場所へと向かう。名無しの権兵衛にとっては幸いな事に。最後の一人にとっては最悪な事に。お互いの距離は離れていなかった。
最後の一人はそれに気がつき、とうとう恐怖に耐えきれず隠れていた場所から飛び出し円盤に乗って飛んでいるせいらに懇願する。
「 棄権する! 棄権するから斬らないでくれ! お願いします!」
せいらは最後の一人の方をチラッと見ると、マイクを持っていない方の手を天に向かって高く掲げる。
「さぁあと一人。あと一人となりました。あと一人倒せば名無しの権兵衛様は千人斬り達成となります。」
「…へ?」
せいらは先ほどの懇願が聞こえていないそぶりで実況を続ける。
「なぁおい聞こえてるんだろ! 棄権する! 棄権するから!」
最後の一人は大きな声でせいらに呼びかけるが、せいらはもう視線を向けることすらしない。
「…あっ。」
そこで思い出した。
この試練が始まる前に写し持ち達は皆契約書に署名をさせられており、契約書の一部にはこんな事が書かれていた。
『棄権はいかなる理由があろうと絶対に許されません。』
当時、皆棄権などするものかと軽い気持ちで署名してしまった。
「あ。あああぁぁぁっ!」
後悔してももう遅い。
名無しの権兵衛の試練の相手として参加してしまった時点でもう取り返しはつかない。
もう、逃げられない。
「あっと一人! あっと一人!」
「あっと一人! あっと一人!」
「あっと一人! あっと一人!」
「あっと一人! あっと一人!」
「あっと一人! あっと一人!」
「あっと一人! あっと一人!」
観客達の声が重なり、まるで合唱のようだ。
最後の一人を気遣うものは、少なくとも観客席にいるもの達は誰一人としていない。皆が観たいものは名無しの権兵衛が千人斬りを達成する瞬間。写し持ち達が逃げ惑う姿ではない。
残酷な事実に最後の一人は絶望する。
「さぁ。両者見合いました。」
「えっ?」
せいらの発言を聞いて思わず前方を見ると、絶望の原因がやって来た。
顔の上半分が隠れるほど深くかぶっている饅頭笠には元の色が分からなくなるほどの返り血がついている。喪服を思わせる真っ黒な着物と袴にも返り血を浴びているため着物からポタリ、ポタリと血が滴り落ちている。
「…はは。」
その姿はとても人のものとは思えなかった。
恐怖? いいや違う。
絶望? それも違う。
あれは死だ。死そのものだ。
「はははははははははははっ!!」
そう思ったが直後、最後の一人は笑いながら名無しの権兵衛に向かって突進する。手元には何もない。抵抗しても無意味だと悟っているからだ。
名無しの権兵衛は向かってくるものに向けて刀を振るうと笑い声はピタリと止んだ。
「名無しの権兵衛様おめでとうございます。見事千人斬りを果たしました。皆さま、盛大な拍手をお願いします!」
名無しの権兵衛の頭上の遥か上にいるせいらがそう言うと、客達は拍手と共に歓声をあげる。
モニターには『名無しの権兵衛千人斬り達成!!』の文字が浮かんでいる。しかし、名無しの権兵衛はそれを甘んじて受け入れることはなかった。
なにせ最後の一人を斬った後、その場に倒れてしまったのだ。名無しの権兵衛は自分に向けられている歓声をろくに聴くことなく、意識を落とした。