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バッドコンディション。

時間帯としては早朝ではあるが、日はいまだに昇っていない。多くの人が寝静まっている中、いつまであればこの時間帯は眠っている真琴は自室でベッドに座り込んでいる。


(…眠れない。)


いつものようにベッドに潜ったのだが、そこから眠りに落ちることはなく、ずっと起きていた。

それにはもちろん理由があり、真琴はそれに気がついていた。


(いよいよ今日か。)


数時間後、これから真琴は試練を果たすために百人斬りをしなければならない。それに緊張して眠れないのかもしれないと真琴は思っている。


(百人。たった百人斬れば全て終わる。…たった?)


自分でも気がつかないうちに思ってしまった。たった百人。何故そう思ってしまったのか、自分では分からなかった。

目が冴えているせいか真琴はどんどん考え込んでしまう。


(そもそも、なんで人を斬ることに何も感じなかったの?)


最初の戦い、カミツキウルフを斬った時、真琴が真っ先に思った事は自分の体が勝手に動いた事だ。

あの時真琴はカミツキウルフの心配などは一切していない。それどころか斬った後のカミツキウルフの事を視界に入れてすらいなかった。あの後カミツキウルフがどうなったのか真琴は調べる気すら起きなかった。

他のツジキリ相手もそうだ。斬った後はさっさとその場から立ち去ることが多く、相手のその後の事など知らない。

常に自分のことばかり考えていた。


(それどころか、斬った時、何も感じなかった。)


人を斬れば罪悪感が湧くに決まっている。

真琴が刀を手にしたばかりの頃、それが当たり前のことだと思っていた。

だが実際戦ってみれば何も感じない。

罪悪感も嫌悪感も後悔も。興奮も高揚感すらも感じない。何も感じなかった。

その事実に、真琴はようやく気がついた。


気がついた? いいや、それは違う。

真琴は最初っからそれに気がついていた。ただ真正面から見ていなかっただけだ。無意識に見て見ぬ振りをしていただけだ。

彼女ならきっと人を殺めても何も感じないだろう。それこそが彼女の才能の一つであり、呪いの一つでもある。

まぁ、今の彼女であれば自分の中にあるその才能(呪い)は認められないだろうが、遅かれ早かれ自覚する事だろう。


真琴があれこれ考えているうちに日は昇っており、空を明るく照らしている。今日は雲ひとつない快晴。だが、今の真琴の心はどんよりとした曇り空のように重く、暗いものだ。



◆◇◆◇◆



「本日は快晴。お洗濯を干すのには絶好の日和ですね。」


いつものようにリビングで朝食をとりながら真琴はぼんやりとしたままニュース番組を観ている。


「なぁ真琴。せっかくの休みだし今日は一緒に水族館に行かないか?」


隣にいる兄が真琴を遊びに連れ出そうとするが、真琴は黙々と食べ続ける。

後少しで食べ終わるというところで、ニュースキャスターは真琴にとって無視できない情報を読み上げる。


「それでは本日は大人気のこのコーナー。合戦場の最新情報をお届けします。」


合戦場という単語を聞いた途端、真琴は一瞬だが身を硬ばらせる。


「今日は注目されているこの人、名無しの権兵衛について話していきたいと思います。」


テレビに映し出されている写真は紛れもなく刀装を身にまとっている真琴だ。全身黒ずくめの着物に饅頭笠をかぶっている姿は自分でも不気味だなと真琴は思う。


「注目されている千人斬りが今日行われるそうです。はたして、名無しの権兵衛は三人目の千人斬り達成者となるのでしょうか。」

(…千人斬り? あれ?)


数日前、真琴は電話越しで確かに天野から千人斬りはしなくていいと聞いた。

これは一体どういうことかと思ってニュースを見ていたが、兄の手によってチャンネルを変えられてしまった。


「まったく。また合戦場の話かよ。あんなところで戦うやつは頭がどうかしてるに決まってる。」


兄の言った頭がどうにかしてる、という言葉に真琴は引っ掛かりを感じたが、朝食を食べ終えると食器を即座に洗う。途中で兄から今日こそは一緒に出かけようと絡まれはしたが、真琴ははっきりと断った。

身支度を整えた後真琴はすぐさま部屋にこもり、鍵がかかっていることを確認すると姿見を通じて合戦場に入り、ある場所へと向かう。

向かう先は回覧板に表示されていた試練が行われる場所、第一闘技場へ。



◆◇◆◇◆



第一闘技場に着くなり真琴は闘技場スタッフに控え室へと案内される。


「時間になりましたらお呼びしますのでお待ちください。」


闘技場スタッフはそういうとその場から立ち去る。


案内された部屋は畳六畳ほどの広さがあり、床は畳式で部屋の中央には座卓テーブルと椅子が二つ。そのうちの一つに座っているものは名無しの権兵衛(真琴)を見るとにっこりと笑う。


「やぁ、待ってたよ名無しの権兵衛。とりあえず座って。」


座椅子に腰掛けている学生服を着た青年、天野は名無しの権兵衛に座るよう促す。

名無しの権兵衛は促されるがまま、天野と向かい合う形で座る。


「いやぁ。これで最後となると名残惜しいな。」

「コッチハ清々スル。ソレヨリモ、千人斬リハシナイト言ッテイタハズダ。」

「あぁ、それね。実はこっちの連絡ミスで千人斬りが誤報だというのはまだみんなに伝えてないんだ。」

「ハァ?」

「ごめんって。でも大丈夫。ちゃんと百人斬りは出来るから。そうだなぁ。実物を見てからの方が説明しやすいかな。呼ばれるまでちょっと待っててくれる?」

「…ワカッタ。」


今は何を言っても進展がないと悟った名無しの権兵衛は天野に言われた通り、部屋で待つことにする。

部屋で待つこと数分。その間二人の間に会話はない。名無しの権兵衛を呼びに来たスタッフは部屋の中に漂うただならぬ雰囲気に一瞬怯むが、すぐに気を取り直し名無しの権兵衛を指定の場所へと案内する。ちなみに、このスタッフには天野の姿は見えていない。


案内された場所は全て黒塗りの部屋だ。

部屋の奥には巨大な扉のようなものがあり、その前には台座がある。

台座には『千』という文字が刻まれており、その横に何かをはめ込めそうな窪みがある。その下には上矢印と下矢印が彫られている。

何かを操作するものかと名無しの権兵衛は思っていた時、スタッフのものがこの部屋についての説明を始めた。


「この部屋は試練の人数を最終確認する部屋でございます。人数を変更したい場合は矢印のボタンで数を調整してください。変更の終了、またはこのままで大丈夫、というのであれば証を窪みにはめ込んでください。その数分後に試合は始まります。他に何か質問はございますか?」


スタッフの言葉に名無しの権兵衛は首を横に振る。


「かしこまりました。それでは私はこれで失礼いたします。健闘をお祈りしています。」


スタッフはそう言うと退室する。

一緒に部屋に入ってきた天野はそれを確認すると、名無しの権兵衛にさらに説明を付け加える。


「実は君の試練に千人以上の人が応募してきてね。そういう場合は抽選が行われるんだ。運良く選ばれた人が君と戦えるわけなんだ。」

「千人モ戦ウ気ハ無イ。」

「それに関しては本当にごめんって。後で詫び品ちゃんと渡しておくから。…何人斬ろうともね。」

「?」


思わせぶりなこと言う天野に名無しの権兵衛は不審に思ったが天野は出口へ向かいながら話を続ける。


「そのパネルを使って百人に戻せば後の事はこっちでやるよ。まぁ、期待していたお客さんからは大ブーイングをもらうのは確実だけど、別にいいよね。これが最後の戦いなんだから。これが終わればもうここには来ないんだ。だから他人のことは気にせず、斬りたい人数を選びなさい。」


天野はそれだけ言うと部屋から出て行く。

部屋に一人残された名無しの権兵衛はじっとパネルを見つめる。

そして人数を減らすために下矢印のボタンを押そうとしたところで、手が止まった。

これで良かったのかと。


(…良いに決まってるじゃん。)


しかし、名無しの権兵衛の指は動かない。動かない動かない。動かない動かない動かない動かす気がない。

これで最後だ。ずっと煩わしいと思っていた戦いからようやく解放されるのだ。なのに、名無しの権兵衛は一向に動かない。


(…こんなところで戦うやつはどうかしている。)


こんな時に名無しの権兵衛は兄の言葉を思い出す。


(そうだ。どうかしている。こんなところで戦うやつはどうかしている。…じゃあ私は?)


どうやら兄の言葉は名無しの権兵衛の胸深くに突き刺さっているようだ。兄の言葉が名無しの権兵衛を追い詰めていく。


(違う違う違う。私は違う。私は仕方なくやってるだけだ。好き好んでやってるわけじゃない。)


名無しの権兵衛は頭を振り、さっさと終わらせようと指を動かそうとするが、また新たな考えが浮かぶ。


(ならどうして人を斬っても何も感じないの?)


名無しの権兵衛にとって人には必ず罪悪感というものがあると信じている。人を傷つけるなど言語道断だと家族や学校で教えられてきた。

だが、名無しの権兵衛はなんの抵抗もなく人を斬った上に人を傷つけても名無しの権兵衛は何も感じない。これまで斬ってきたものの顔や名前を覚えてすらいない。

その事実は、名無しの権兵衛にとって耐え難いものだった。


(百人斬っても何も感じなかった。百人も斬ったのに。)


一晩寝ていないツケが回ってきたのか、名無しの権兵衛は寝不足でろくに動かない頭で必死に考える。どうすればいいのか。

そして、ある考えが浮かんだ。


(…たくさん斬れば何かしら感じるのかな。)


名無しの権兵衛は台座に手を伸ばす。その手には懐から取り出した証が握られている。

そして、名無しの権兵衛は後先考えずに自分はイかれていないと証明するために証をはめ込んだ。


そんな考えが出た時点でまともなわけないのに。



◆◇◆◇◆



「流浪、君の言う通りだったよ。君の見立て通りだったよ。ぶっちゃけ名無しの権兵衛のことはあんまり期待してなかったけど、オイラの目が節穴だったよ。やっぱり君は最高だ!」


モニターに釘付けになっている天野は興奮のあまり持っている遺影を強く握る。


「さぁ! 共に観戦しようじゃないか。君の孫の晴れ舞台を!」


モニターに映し出されているのは名無しの権兵衛と、名無しの権兵衛がこれから斬る人数と斬った人数を示すテロップだ。


テロップには『名無しの権兵衛 千人斬り達成まであと千人』と書かれている。

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