必ず予想外な事が起きる。
「パンパカパーン! おめでとうございます。今の対戦相手で名無しの権兵衛さんは見事、百人斬りを達成しましたー!」
円盤に乗っている巫女服を着た少女、すぅが周りの者にも伝わるように大きな声で告げる。
それを聞いた名無しの権兵衛は懐にしまってあった証を見ると、無地だった証に『人』の字が浮かび上がっている。
「見事百人斬りを達成した名無しの権兵衛さんには【試練】に挑戦する権利が与えられます。ぜひとも試練に合格してランキング入りを果たしてください!」
(よし! あとは試練を乗り越えるだけだ。)
【試練について】
ランキング入りをしていない刀持ちは言わば仮免状態。そのため刀持ちがまず最初にすることは試練を突破することである。
試練の内容は一度に百人以上の写し持ちを倒す事である。上限は千人まで。百人ごとに倒すと報酬がもらえる。
(面倒臭い。)
試練について真琴が真っ先に思い浮かんだことはそれだった。
一日に五回のペースで戦うことすら嫌だったのに試練では一度に百人と相手をしなければならない。そのことに真琴は心底嫌な気分になる。
しかし、やらなければならない。金や名声が目的ではない。試練を突破しなければ手に入らないものを手にするために真琴は戦ってきた。
(これで最後だ。頑張ろう。)
早速真琴は受付場へと行き試練を受けたい旨を受付のものに話す。入手したサイボーグオチムシャくんと同じ声が出せるというボイスチェンジャーを首につけているため、今の真琴は喋ると無機質な高い声になっている。
喪服のような格好に加えてその声のせいで名無しの権兵衛の不気味さはいっそう増してしまった。
その証拠に受付のものが必死で営業スマイルを保ち続けているが、内心では怖いと思っている。
が、真琴はそのことに一切気がついていない。淡々と試練の日程を決める。
試練を行う日時は今度の休みの午前中。人数は百人にすると受付のものに伝える。
「かしこまりました。決まり次第回覧板でお知らせいたします。」
何事もなく受理されたため、その場に止まる理由がなくなった真琴はその場から立ち去る。その表情は饅頭笠のせいで見えないが、その下では嫌そうな表情を浮かべている。内心では一度に百人も相手しなければならないことに真琴はげんなりしている。
(でも、これが終わればもう合戦場に来なくて済むんだ。)
これで最後なんだと真琴は自分に言い聞かせ、帰宅する。
部屋についた途端、日頃の疲れが溜まっていたのか眠気が一気に押し寄せてきた。
(…夕飯前に起きればいいか。)
真琴はスマホの時計アプリに入っているタイマーを一時間後に鳴るようセットするとベッドに潜り一時間ほど眠った。
その間、真琴が予想だにしていなかったことが起きていた。
◆◇◆◇◆
名無しの権兵衛が試練を受けるという情報が回覧板を通じて各地に伝わっていた。
そして、多くのものが配信された情報の中であることに気がつき、そのことのせいで名無しの権兵衛の試練は大きな注目を浴びていた。
「おいおいおい! 随分と太っ腹じゃねぇかよおい!」
「これを逃したら無名は手にはいらねぇ。」
「さっさと申しこまねぇと。」
刀持ちを狙う写持ちは刀を手に入れるチャンスを逃すまいと回覧板を通じて名無しの権兵衛の試練の相手に我こそはと応募する。
これを逃したら二度と手に入らない。
それはなぜかというと、試練で百人斬りを達成したものすべてに与えられる二つの特典のうちの一つが関係している。
それはツジキリの拒否権。
写し持ちは刀持ちの持つ刀を手に入れるために日々彼らに戦いを挑んでいるが、試練を果たした後の刀持ちは写し持ちと戦っても何の得がない。
そのためほとんどの刀持ちがこの特典を活用している。中にはこの特典を使用しないものもいるが、そのものは大抵高い実力を持っているため手酷い返り討ちに会うのが関の山である。
そのため試練を突破される前に戦いを申し込み、少しでも刀を手にするチャンスを掴もうとしている。
そしてもうひとつ。実はその特典の手に入れるために真琴はこれまで合戦場で戦ってきたのだ。
それは存在の秘匿。これによって自分の口から明かさない限り自身の正体が公になることはない。
刀持ちは常に狙われている。もし正体がバレてしまえば闇討ち暗殺など日常茶飯事。身内にも危険が及ぶ可能性だってある。そうならないためにこの特典はすべての刀持ちには必須のものだ。
刀を手に入れてから四十九日間までは一時的にこの特典は使えるが、それを過ぎてしまえば失効されてしまう。そうなる前にこの特典を手に入れるのが刀持ちの最優先事項である。
それを手に入れることが真琴が戦ってきた理由である。
長々と説明してしまったが、これからも似たようなことがあるためご容赦願いたい。
さて、名無しの権兵衛のことは写し持ちと達の間だけでなく他の刀持ちにも注目されている。無謀な挑戦を挑む愚か者として。
「随分と大胆だな。」
「自信があるのか? だがこれは無謀にもほどがあるぞ。」
「無名を持っているからといって流浪さんの真似事か? 背伸びしちゃってまぁ。」
その中には前に真琴にアキノを差し向けた刀持ちも含まれている。そのものは回覧板を見てうまくいった、とほくそ笑む。
「今度こそ手に入れてみせる。邪魔はさせないぞ。」
◆◇◆◇◆
一時間後、目覚めた真琴は寝起きでぼんやりとしたまま家族四人揃って夕飯をとっている。
真琴の家では食事中にテレビをつけることは許されている。現在観ているのはニュース番組であり、ニュースキャスターが今日起こった出来事を話していく。
「次は大人気のこのコーナー。現場の花さーん。お願いします。」
「はーい。現場の花です。今週も合戦場の話題を紹介していきまーす。」
ニューさを読み終えたキャスターがそう言うと、画面は切り替わり、笑みを浮かべている女性キャスターの姿が映る。彼女の背後の景色から女性キャスターが今いる場所は合戦場だと真琴はすぐに気がつけた。
このようにニュースの特番に取り上げられるほど合戦場は知名度はあるが、全ての人に受け入れられているわけではない。
彼らのように合戦場を毛嫌いしているものは大勢いる。
「げっ。」
合戦場という言葉を聞いてから真琴の兄は嫌そうな表情を浮かべている。両親も同様だ。
「リモコンリモコン。」
兄はすぐさまチャンネルを変えようと少し離れたところに置いてあるリモコンを取りに行く。
真琴は家族が合戦場に対して良くない感情を抱いているのは知っていた。その上興味がなかったため真琴はチャンネルを変えられるのは全然構わなかった。
「まずはこの話題から。最近注目されている新人の刀持ち、名無しの権兵衛がまさかの千人斬りに挑戦!」
「ごふっ!」
が、女性キャスターの言葉に真琴は驚きのあまり飲んでいた味噌汁が気道に入りかけてしまい、むせた。
「大丈夫か真琴!」
そんな真琴を見かねた兄はリモコンを探すのを中断し、真琴の背をさする。
その間にも情報は流されていく。
「花さん。千人斬りが注目されていますが、どのくらいすごいことなんですか?」
「合戦場が解放されてから数十年間、挑戦したものは数多くいますが、達成したものはこれまで二人しかいないんです。」
「へぇ、それはすごい。ちなみにその二人とは?」
「あの伝説の流浪さんと現一位の朧さんです。」
「合戦場に詳しくない私でも聞いたことのある名前ですね。」
キャスター二人の会話の中で特に真琴の中で引っかかったものが一つある。
(…流浪。)
無名の前の持ち主、流浪。
真琴と流浪。この二人の間には切ろうとしても切れない関係があった。
それを面白がってあいつがこのような騒ぎを起こしたのではと、真琴は考えた。真琴はこの騒動が起きた原因に心当たりがあった。
落ち着いた真琴は夕飯の片付けまで素早く済ませるとすぐさま部屋にこもった。その直後、まるでタイミングを見計らったかのように机の上に置いてあったスマートフォンが震える。手に取り画面を見ると知らない番号が表示されていた。真琴は電話に出るか出ないかで数秒ほど迷ったが、意を決して通話ボタンを押す。
「やっほー。カミサマ、もとい天野だよ。いやぁ千人斬りなんて思い切ったことしたね。」
「白々しい。あれお前の仕業?」
「もしかしてオイラが百人斬りを千人斬りに書き換えたと思ってる?」
「うん。」
電話越しに聞こえる明るい声は真琴の神経を苛立たせるが、それを表に出すことなく天野に問いただす。
愉快犯のこいつならやりかねないと考えていた真琴だったが、天野の返答は真琴の予想とは違うものだった。
「まぁそう思っちゃうのは仕方ないよね。でも違うよ。あれをやったのはオイラじゃない。」
「…じゃあ誰?」
「アキノの雇い主さ。」
「!」
アキノとは以前真琴を襲ってきた現代に生きる数少ない忍びである。そしてアキノの雇い主は真琴を狙う刀持ちである。
「どうも前々から自分の部下を合戦場に潜り込ませてたみたいでさ。部下に命じて君の試練の応募人数を書き換えさせたみたいなんだ。その上千人全員自分の部下で固めてしまおうとしてたよ。まぁさすがにそれは阻止したけど。」
真琴は額に手を当てる。まさか自分一人のためにそこまでするとは思ってもいなかったのだ。
「いやー。人気者は辛いね。」
明らかにこの状況を楽しでいる天野に苛立つ真琴だが、それを言葉にしてもなんの意味がないと知っているため喉元まで出ていた言葉を飲み込む。それよりも千人斬りを何としてでも拒否しなければと考えていた。
だが、その考えは杞憂だった。
「でも大丈夫。君は予定通り百人斬りを果たせばいい。」
「…え?」
それは真琴の予想だにしていなかった言葉だった。
天野ならば面白がって千人斬りをやれと言われると思っていたのだ。
「千人斬りに挑戦する君の姿を見たいって気持ちはあるけど、無理強いは良くないからね。あれは誤報だったとみんなに知らせておくよ」
「…うん。分かった。」
「それじゃあ試練頑張ってね。バイバーイ。」
数秒後、プツリと電話は切れた。
電話が切れた後、真琴はその場で立ち尽くしていた。
真琴が合戦場にやって来たのは自分の身元がバレないようにするため。試練を突破すればもうこれ以上戦う必要はない。
思わぬ介入はあれど、それを気にする必要はなくなった。嫌々やっていた事はもうすぐ終わる。
そのはずなのに真琴の表情は浮かないものだった。
◆◇◆◇◆
「さぁて。あの子はどっちを選ぶのかな?」
先ほどまで真琴と電話がして話をしていた天野は話をしていた最中と同様ニマニマと笑い続ける。
座りながら器用に鞠を地面に落とさないよう一定の高さで蹴り続ける。
ぐちゃ、ぐちゃりと音を鳴らしながら嬉しそうに鞠を蹴り続ける天野は手を伸ばして机の上に飾られている遺影を手に取る。遺影に写っている者は厳格な雰囲気を感じる老年の男性だ。
「特等席を用意しておくから楽しみにしててね。」
興奮を抑え切れないとばかりに遺影を愛おしそうに抱きしめ、蹴鞠をさらに強く蹴る。水音に混じり何かのうめき声が聞こえるが、天野は気にせず鼻歌交じりに蹴り続ける。
「楽しみだなぁ! それもこれも君と君の雇い主のおかげだよ。ありがとう。」
そう言うと、天野は天井に向けて強く鞠を蹴り飛ばす。鞠は一際大きな水音を立てて、それっきり落ちてはこなかった。
「あっ。やっちゃった。掃除するの大変だなこれ。しおんに漂白剤買って来てって連絡しなくちゃ。」
遺影を元あった場所に戻し、今度は床に転がっている鞠を手に取る。
手に取った鞠は震えている。
「後五個か。」
天野は先ほどと同じように座りながら鞠を蹴り飛ばす。すると鞠は大きな音を鳴らす。
床に転がっている鞠はひときわ大きく揺れたが、天野は気にせず鞠を蹴り続ける。
「楽しみだなぁ楽しみだなぁ!」
唐突に、天野は先ほどまで蹴り上げていた鞠を踏み潰す。
「あー! またやっちゃったよ。でも仕方がないかな。興奮するなっていうのはオイラにはかなりの無茶振りだぜ。」
やってしまったと言わんばかりに顔を手で覆う天野。だが、そぶりだけで鞠を壊してしまったことに関しては何も思っていない。
天野以外誰もいない部屋で一人芝居を続ける天野は顔を覆っている手の隙間から目をのぞかせ、再び遺影に目を向ける。
「だって君の孫が千人斬りに挑戦するかもなんだぜ? そりゃあ興奮するよ! ワクワクするよ! 楽しみすぎて夜にしか眠れねぇよ!」
天野は興奮した様子で床に転がっている鞠の中でひときわ大きく揺れているものを手に取る。
「はーやく試練が見たいなぁ。」
そして再び天野は蹴鞠を始めたが、数分もしないうちにまた一つ、鞠が壊れた。