さいしょの一歩
昔々、この国では大きな戦争がありました。その戦争のせいでたくさんの人や妖怪や神様が死んでしまいました。
このまま戦争が続けばさらに大勢死ぬと皆が思っていた時、カミサマと名乗るが現れました。青年は戦争を嘆く人達に刀を授けました。その刀の全てに不思議な力が込められていました。
天気を操る刀もありましたとさ。
作物を枯らす刀がありましたとさ。
人をたくさん殺す刀がありましたとさ。
カミサマが作った刀のせいでまた大勢死にましたが、戦争は終わりました。
しかし刀の力を危惧したもの達は直ぐに刀を回収しようとしました。ですが、カミサマが待ったをかけました。
「今更刀を回収したところで人間達は別の武器を取り、また殺し合いをするでしょう。ならば殺し合いではなく、戦わせるのです。」
多くのもの達はその意見に反対しました。
「何を言っている。そんな事をすればますます人が死んでしまうぞ。」
しかし案を出したカミサマはめげる事なくこう続けました。
「刀の次は条約をつくりましょう。その次は戦いの場を設けましょう。足りないものはその都度足していきましょう。時間はかかるでしょうがきっと殺し合いは減るでしょう。」
カミサマは根気よく他の神様達を説得しました。カミサマのあまりの粘り強さに他の神様達は次第に根気負けし、そのカミサマの提案を呑むことになりました。
その後、カミサマは刀を持つもの達に殺しを禁じる代わりに戦いの場を設けると約束し、約束させました。
長い時を経て、世界に平和が訪れたのです。
◆◇◆◇◆
「その戦いの場の名前が合戦場なんだよ。」
「へぇ、そうなんだ。」
青年の説明を聞いてた少女、井上真琴は頷く。
「やっぱり詳しいんだね。」
「そりゃあそうさ。パンフレットを読んだからね。」
「おいこら。」
「はい、パンフレットあげる。」
「…ねぇ、やっぱりやらなきゃ駄目?」
「やらず嫌いは駄目だよ。何事も経験経験。ほら、行った行った!」
「押さないで。」
真琴の目の前には真琴がいつも使っている大きな鏡置いてある。にもかかわらず青年はそこに押し付ける勢いで真琴の背中を押している。
「行くから、ちゃんと行くから。…本当に行けるんだよね?」
「もちろん。それは鍵の役割も持っているからね。」
青年が指差している先には紐で通しネックレスのように首にかけている刀の鍔だ。
「いや、信じられないんだけどなぁ。」
鍔を手に取り、尻込みしている真琴。しばらく悩んでいると下の方から物音が聞こえてきた。
「あ、お兄さんが帰ってきたみたいだよ。」
「げ。」
「早くしないと見つかるよ。」
「…あぁもう。どうにでもなれ。」
真琴はヤケクソ気味に鏡に手を押し付けようと触れると、まるで水のように手が鏡の中へと入ってしまう。
「うお!」
驚いた真琴は思わず手を引っ込めようとすると、簡単に抜け出せた。
「…本当にできるんだ。」
手に異常はないのを確認すると、真琴は一呼吸入れた後、また鏡に触れる。
今度は手だけではなく、全身だ。
真琴は一分も経たないうちに鏡の中へと入ってしまう。
その直後、扉をノックする音が聞こえた。
「真琴、帰ってるのか?開けるぞー。」
真琴がさっきまでいた部屋の扉を真琴の兄が開けるが、そこには誰もいない。
「やっぱりいないか。今日は遅くなるって連絡は来てたもんな。…大丈夫かなぁ。友達に会うらしいけど、変な男じゃないだろうなぁ。」
真琴の兄はブツブツと独り言を言いながら扉を閉めた。
◆◇◆◇◆
一方そのころ、鏡の中に入ってしまった真琴はどこにいるかというとだ。
「おぉ。」
真琴が鏡に入ってまず見たものは、異界そのものだ。
風景は高層ビルが立ち並ぶ都会の景色によく似ているが、ビルのすべてが赤い色だ。建物だけでなく石畳も遠くから見える石橋も明度は違うがすべて赤色だ。
ビルの入り口には一つ一つそれぞれ『第十広場』や『第六闘技場』と墨と筆で書かれた看板が掲げられている。
それだけでなく飲食店もある。
おしゃれなカフェもあれば祭りにあるような出店もある。出店の店主の顔の色が真っ青で眼は大きな一つ目だ。真琴と同じ人種ではないのは明白だ。
だが、出店の店主だけではない。
あちらこちら歩いてる人の中には獣のような人もいれば絵に描いたような鬼が歩いている。提灯や傘のような無機物も平然と歩いている。
彼らは妖怪と呼ばれる種族であり、多くの人々にその存在を認知されている。戦争が終わって長い年月が経ち、人と妖怪が様々な形で共存の道を歩いている。ゆえに彼女にとって妖怪の存在は珍しくない。それよりも真琴は自分の格好を見て声を上げる。
「うわ。」
さきほどまで学校の制服だったのにいつのまにか黒い袴姿に変わっていた。それも男物の。近くに大きな窓ガラスがあり、それを鏡がわりにまじまじと自分の姿を見る。
まるで葬式の時に着る喪服のような袴姿に加え両手に手袋が装着され肌が全く露出されていない全身黒ずくめの格好。饅頭笠を深くかぶっているせいで顔の上半分は隠れてしまい、顔の下半分は黒い布で隠しているため顔は全くわからない。そのせいで不気味さがさらに増していく。しかし饅頭笠をかぶっているにもかかわらず視界は良好だ。
(パンフレットで何か分かるか? …あった。)
青年から手渡されたパンフレットでこの状況が何なのか調べると、あるページに目が入った。
【刀装について】
刀装とは、刀持ちだけが身に付けることができる鎧。生半可な攻撃では傷一つつけることすら出来ない。
刀持ちの精神によって刀装の姿が変わるため、同じ刀でも持ち主によっては全く異なる姿を見せる。
任意で着用できるが、合戦場に入ると強制的に着用される。
(これ、刀装っていう名前なんだ。)
真琴がすぐに知りたい情報を見れたので一旦パンフレットを閉じた。
(もしかして、これも刀装と似たようなもの?)
真琴が下に向けた目線の先には腰付近に帯刀している刀だ。
(…鍔が無いってことは、そういうことかな。)
真琴はさっきまで紐に通して首飾りのようにぶら下げていた刀の鍔が無いことに気づく。なぜだかわからなかったが、真琴はこれも刀装と同じで、合戦場に来ると刀になると自己完結した。
(…しかし、これに物凄い価値があるってのは本当みたいだ。)
真琴は、自分の後ろにいる通行人達が自分、いや自分の腰にぶら下がっている刀を凝視していることに気がついている。
(あげることができればいいんだけど、そうもいかないらしいんだよなぁ。)
真琴は、またパンフレットを開く。今度は別のページだ。
【刀の入手方法について】
刀を入手するためには二つ、条件があります。
・カミサマ、または巫女の立ち会いのもと刀の持ち主と勝負し、勝利すること。
・カミサマから刀を賜ること。
それ以外で刀を自分の物にすることは絶対にできません。
(…めんどくさ。)
真琴にとって刀は厄介ごとを招く呪われた装備品という認識だ。出来ることならさっさと他人に渡して厄介払いしたいと思っている。
(とりあえず、まずはあそこに行かないとな。えっと、行き方はどこに書いてあるんだ?)
パンフレットの別のページをめくり、地図を見つけた真琴は地図と道を交互に見ながら目的の場所へと向かっていく。
その間、多くの者達の視線を浴びているが、真琴は刀のせいだとあまり気にしないようにした。
確かに真琴が見られているの刀のせいでもある。
しかし、それだけではなかった。
「…おい、あれって。」
「あぁ、間違いない。あれは無銘だ。」
「あの流浪さんの刀じゃねえか。」
「てことは、あいつ流浪さんに勝ったのか?」
「そんなわけ無いだろ。あの人に勝てる奴なんて想像がつかねぇ。朧さんでも無理だったんだぞ。」
「どうせ刀を回収したカミに貰ったんだろ。」
「それしか考えられないよな。」
真琴が持つ刀の名は無銘。
その刀の前の持ち主の偽名は流浪。
流浪の名は合戦場に詳しい者なら誰もが耳にしたことのある者だ。何せ流浪は合戦場において最強の刀持ちと呼ばれていた伝説の人だからだ。
その最強と謳われた男の刀を今、真琴は手にしている。注目されないわけがない。
「あいつ、強いのかな?」
「分からねえ。でも、刀を手にして間もないはずだ。」
「俺でも倒せるかもな。」
「いや、あいつを倒すのは俺だ。」
「いいや俺だ!」
「俺だ!」
「…こうなったら早い者勝ちだな。いくら流浪さんの刀でも、初心者なら倒せるに決まってる。」
「そうだな。」
「絶対に無銘を手に入れてやる!」
真琴は知らない。自分が持っている一振りの刀が大勢の者達に狙われる原因になろうとは。
なにせ周りの人間の会話を聞く余裕がないからだ。
(えーと、あそこを右に曲がって、それから真っ直ぐに行けばいいのか。)
地図を見ていてそれどころではないからだ。