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お題「じゃんけん」で一話完結を書いてみた。

作者: ボヘミアン

 昼休みが終わり、中学生の俺たちは教室に帰ってきた。アツシがボールを倉庫に返すから、チャイムよりも遅れて入室する。


「何で遅れた」

「あれ、先生?」


 目線を声がする方向へ移動させる。黒板を前に担任が腕組みしていた。隣には実行委員の男子ふたりが自身の手首を触っている。


「次の時間って先生じゃないよね」


 担任の国生は眉を人差し指で撫でる。


「修学旅行の班決めをするって言っただろ」


 隣のアツシが俺の脇腹を肘でつつく。


「そうでしたか。すみません」

「先週から報告していた。聞き逃すのもおかしいし、それに授業に遅れるなよ」


 国生は頭に浮かんだ言葉を発散する性格をしている。一度でも言霊が浮かんだら、声にして、人をひるませる。彼は狭い教室の長ばかり努めていて、一般的な悪い先生に当てはまった。

 その人間に対して、俺は話を広げようとした。アツシはクラスメイトの意見を代表して、その責任を自覚させたわけだ。


「早く席に着きます」


 俺は納得させるように座席に着いた。友人のアツシや他のメンバーから白い目を向けられる。

 教室の人たちは波風を立てないように生きている。穏やかな日常を脅かされることを嫌い、クラスで浮いている人間の愚痴やインターネットの流行物を言葉を換えて会話している。俺たちは逆流することない川の流れを三年間も泳いでいく。


「なあ、志村。お前余計だったな」

「うるさいな、分かっているよ」


 隣の席の男子が消しゴムのかすを投げてくる。髪の毛に付くから下に落とした。俺は名前も知らないクラスメイトから消しゴムのかすを投げられるような立場にいる。その流れにいまいち混じれていなかった。別に逃げたいわけではないけれど。


「じゃあ、修学旅行の班決めするからな」

「先生。くじ引きとじゃんけんが候補に出ました」

「なら、じゃんけんがいいな。その方が好きなやつと固まれるだろ」


 じゃんけんの残酷さを知らない。先生は俺たちの髪の毛が風紀に引っかかるかしか判別しない。


「はい。お前ら席を立て」


 先生が思う教師の思想を広めて嬉しがる。委員のふたりも困惑して経過を見守っていた。今だけ彼らに同情している。クラスのまとめは面倒な仕事だ。押しつけられ、不得意な人間関係に振り回される。だからといって、同情の手を差し伸べることはできない。同類と判断されたら下層に降ろされるからだ。


「おい志村。じゃんけんしようぜ」


 俺に茶髪の男が接近した。彼は神田という名前だ。昼休みは彼の集団と一緒にドッジボールをした。アツシが彼に顔が利くから、隣をひっついているだけだ。周りほど肩入れしないから、中心である彼を観察できた。

 神田は面倒な仕事を人に押しつけるけど、リーダーシップを発揮する時がある。例えるなら実行委員会は立候補しない。でも、意見会で息詰まったら助言する。それで周りから評価を底上げしたり、蔑まれたりした。彼は声が大きく意見を通しやすい。誰も刃向かうことをしない。好きな人が非難されても、曖昧な笑みを浮かべることしか出来ない。


「か、神田じゃん。いいよ」

「いやお前を入れようか悩んでるんだよね」

「何でだよ。俺とゲームしたじゃん。そんなに友情薄かったっけ」


 彼の頬がつり上がる。冗談の好みにかなったようだ。


「そうだよな。班決めって何人だったか」

「五人だね」

「ほら、志村を足して六人が多いじゃん」


 会話は五人しか参加していない。俺は彼らの愚痴に当たり触りのない返事をする。子供だましの細やかな抵抗だ。


「うん」

「だから一人をすてんと」

「捨てるのは俺かよ!」

「ああもう。声がうるさいな」


 修学旅行は三日間ある。彼らのグループから離されたら痛手を負う。教室よりも深く固い絆が結ばれてしまう。すると、修学旅行であった面白かったことに通じなくなってしまう。冗談に相づちさえ打てない。

 ふと足のつま先から重力をなくしたようなめまいが起きた。


「それで、じゃんけん?」

「俺がじゃんけんに勝ったら入れてやるよ」

「負けたら死ぬわ」

「たかが修学旅行だろ」


 じゃんけん。

 その呼び声で拳を突き出す。次に手の平を開いた。


「お前、パーか」


 神田の指は二つだけつきだしてある。そのチョキは手の平と落ち着きたい心を真っ二つにした。


「マジか」

「どんまい」

「いやでも、正直きつい」


 この学校に友達は少ない。何としても、神田に繋がらないといけない。彼さえ手放したら、クラスで透明な人間と同じになる。


「あ、河野は」


 目線で指さした先を見た。河野は髪に油を載せ、手垢の付いた眼鏡をかけている。


「いやいや」

「お前、話したことあるよな」

「あれは日直が一緒だったから」

「あ、河野のグループに光井が入るみたいだな」


 隣に三つ編みの女性がよりつく。彼女はチョキの指を崩さないで移動している。

 光井は自分の意見を絶対に曲げない。一つの流れがあるなら、逆らって泳いでいく。我が強すぎて周りから人が離れた。


「だったらもっと嫌だ」

「わがまま言うなよ」

「なに話したらいいか分からない」

「いや、移動時間に来ればいいだろ」


 そうじゃないんだ。

 神田は冷めた目で俺を写している。

 俺はクラスで浮いた人間になりたくない。神田は誰にも注意されないから大きな怪物になっている。拒否される怖さを知らないから強い。危機管理は整っているようで、取り巻きの一人が無視すれば終わる。独りぼっちは惨めな思いをさせられる。暇な人間の枠組みに収まり、教室の掃除やノート集めを担当する。二組の柔軟体操は先生とする。心をすり減らされ、見返りがない。帰り道に泣いた日を覚えている。あの過去が神田をひっつける。


「お前って本当に河野を嫌うよな。キョロ充するなよ」

「キョロ充?」

「ネットでみたんだけど、お前みたいなやつを言うんだよ。お前、誰でも差別して良いとおもってるよな」


 彼の兄貴肌に火が付いた。周りは俺と神田が喧嘩していると写るだろうか。第三者は脚色して噂にするはずだ。そのせいで、信頼を取り戻すまでに時間が必要になる。


「へえ。気をつけるよ」

「上っ面な態度だけでやり過ごそうってするな。お前のために説教しているんだ」

「俺のため?」

「お前は人を見かけで判断しすぎる。確かに、神田と光井たちって、雪山の遭難みたいに密着して気持ち悪い」


 神田は彼女が座っていた教室で悪口を言ったことがある。存在が薄いとか平気で言うやつだ。彼らの耳にも届いていると知っていて、頷くしかできなかった。彼は自分の声と発言力の大きさを過小評価している。


「でも、口に出したらダメだろ。得する人間が誰もいない」


 過去を掘り返したい。前の発言を盾に追い詰めてやりたかった。


「志村はもっと冷静になれ。だから、周りに嫌われてるんだ」


 そう言うと神田はきびすを返した。向かった先は河野の机である。彼は俺を指さしながら交渉した。河野も難色を示すが、首を縦に振る。


「お前をグループに入れてやるってさ」

「……」


 河野の席まで歩いた。彼は俺と目を合わせようとしない。以前の罵倒が互いの胸に突き刺さっている。


「じ、じゃんけんってさ。どう勝つんだろうね」

「人の手は咄嗟に動かない。じゃんけんのかけ声で急かしたらグーを出しやすいらしいです」

「へー」

「だからパーを出せばいいんですよ」


 彼の言葉を傾聴しながら、仲の良いグループを見守る。その五人組は楽しそうに自分たちの世界を補強していた。俺のいない場所は誰よりも輝いて見える。


「そんなに嫌なら、今から変えてもらえば」


 光井は髪を弄りながら提案した。その声色に悪意はなく優しさが込められている。


「俺は強く出られない」

「友達なのに言えないんだ」

「友達にも色々あるんだよ」

「だったらそんな友達いらない」

「光井さんほど、割り切れないよ」


 誰かと目線を合わせたくない。彼らのことは嫌いじゃないが、一緒に話すだけで見下されてしまう。


「ほんと、狭いね」

「何が?」


 よし。と、先生が手を叩いた。


「グループは固まったな。先生の判断は正しかったな」


 彼は確かめるように頷いた。

光井は鼻で笑った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 関係性がリアル。読んでて胸が苦しくなります。(褒め言葉) [一言] スクールカーストというよりも、ちょっとした関係性の中での上下関係ってありますよね。なんでこんなにリアルに書けるんだろうと…
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