第一章① 普通の日常は今日で終わりました
午後7時30分
「疲れた。お腹空いた。眠たい。」
季節は冬。溜息をつくように吐かれた独り言は
誰にも聞かれることなく、白い息となって消えた。
本当に今日もごくごく普通の一日だった。
デイサービスに通うおじいちゃんおばあちゃんは可愛い。
時々「あなたがお財布を盗んだのね!?」と怒鳴られることもあるが、
いや、時々ではないな。うん。
「もう4年か。早いな。すんごく早かった。」
と、年寄みたいな台詞を吐いて、見慣れた道を歩いて帰る。
介護の世界に足を踏み入れて早いものでもう4年。
駆け出しのあの頃に比べれば、まぁまぁ様になってきたつもりではある。
しかし、まだ4年。まだまだ学ぶことはたくさんあるはずだ。
でも最近、この見慣れた帰り道を歩くのも、
同じような仕事をして時間になれば帰るこんな毎日も、
少しだけ、ほんの少しだけ、飽き飽きしてきた。
「何かこう違った、もっとこう刺激的なことが起きればいいのにな。」
家まで50メートル
「イケメンが空から降ってくるとか、魔法のランプが手に入るとか。それはないな。うん。」
家まで20メートル
「いやいや、普通が一番。きっと寝ればこんな考えも馬鹿馬鹿しくなるはず。」
と一人でそんなことを考えて、また今日も普通に一日を終えるのだ。
終えるはずだったのだ。
「え。ちょ、ま、え?」
気づいた時にはもう遅かった。
見慣れた家のドアを開けようとした時
ピカッと何かが光ったのだ。
ー魔法陣は正常に発動されました。
ー主のもとへ転送を開始いたします。
機械音のような声を最後に
私の生活は普通ではなくなったのである。
次回から異世界での生活になります。
温かい目で見守ってくださると嬉しいです。