勘違いの果てに
これは、とある夫婦の話である。
夫婦は、大恋愛の上で結婚。
それはそれは人がうらやむぐらいに大恋愛での結婚であった。
恋人の時はまわりにバカップルと呼ばれ。
新婚生活は甘すぎて砂を吐くと言われ。
そして新婚を過ぎた今でも順風満帆だ。
少なくとも、結婚して15年たつ夫はそう思っている。
妻は、良妻だ。
妻はパートとして働いて、家計を助けてくれている。
夫は、そんな妻がとても誇らしいと思っていた。
夫は、会社員として働いている。
そんな夫には付き合いがいっぱいあって。
それは別に本当の付き合いであって、決して彼が浮気したわけではなく。
その分のお金をすべて妻は出していいと言ってくれている。
妻の言い分は。
――――あなたが働いてきたお金なんだから、あなたが自由に使っていいのよ。
なんて良い妻なのだろう。
夫は、パチンコや競馬もするが、それにもとくに文句は言わない。
家事を手伝うと言っても、全て笑顔で「貴方は疲れているでしょう?」と言ってくれる良い妻である。
パチンコで負けて、競馬でも負けた時、妻は笑顔でお金を貸してくれた。
「帰ったぞ~」
へべれけに酔っぱらって、夜中に家路につく。
家は、とても暖かかった。これも、妻がしてくれているのだろう。
なんて良い妻なんだと思っていると、2階から娘が下りてきた。
「うわっ、酒臭っ。ちょっと、そのままよらないでよね」
「お父さんに向かって、その言いぐさはなんだ!」
「お父さん?ふざけてんの?」
妻は良い妻なのに、娘は反抗期なのかこの調子。
可愛げがなくなって、時々むかつく。
「お父さんに向かって、その態度はなんだ」
強く言えば、きっと考えを改めるだろうと思ったが、娘は尚冷たい目を向けてくるばかりだった。
「久しぶりにお父さんに会ったというのに、その態度はなんだ。お疲れ様の一言もないのか!」
「なんで私が父さんに向かってお疲れ様って言わなきゃなんないのよ」
「何!」
「何騒いでんだよ」
そう言って、リビングから息子がやってくる。
息子は、やはり夫を見て嫌そうな顔をした。
「また酒かよ」
「なんだ、お前たちは!仕事して疲れて帰ってきた父親にお疲れ様も言えんのか」
強くそう言うと、娘の目はさらに冷たくなり、そして息子に至ってはため息を吐く。
いらいらする。
頑張って働いてきた大黒柱に、なんという態度だ。
「お前は部屋に入ってろ」
息子が娘にそう言って、娘が素直に部屋に戻っていく。
父親の言うことは聞かないくせに、兄の言うことは聞くらしい。
「全く、なんという子供たちだ。お母さんは?」
「母さんなら、仕事だよ」
「こんな時間までか?子供を置いて何をして」
「その言葉は、そのまま親父に返すよ」
息子がそう言って水を差しだしてくる。
その水を父親は受け取ってすぐに飲んだ。
「そのまま返すだと?」
「あぁ、そのまま返すよ。言っとくけど、母さんは5年ぐらい前からこの時間も働くようになったんだよ」
「なぜだ?」
「なぜって?そりゃいくら公立高校とはいえ、2人分の教育費を稼ぐのは大変だからだ」
「教育費?」
「そう、そのうえ食費も光熱費も払わなきゃいけないしな。お気楽な親父と違って、母さんは大黒柱として日々頑張ってんだよ」
頭が急に冷えてくる。
何か、大切なことを言われている気がする。
「なぁ、親父は母さんが夜中も働いてるって、なんで知らないの?しかも、5年も働いてんだぜ?」
それは、父親がいつも酔っぱらって帰ってくるからだ。
酔っぱらって帰ってきて、そのまま寝てしまうから。
「あと、自分のために使う金しか稼がない父親に、どうやってお疲れって言えと?さっきも言ったけど、俺らの養育費も家の光熱費も、食費も。払ってるのは全部母さんだ」
最近は、やっとバイトできるようになった長男が稼いだ分も入っているけれど。
夫の分は一円も入っていない。
「俺の口座から、ひかないのか?」
「すっからかんの口座から何を抜けと?しかも、いつの間にか内緒で暗証番号変えてるし」
長男の目が、だんだんと据わっていく。
それを、父親は醒めた頭で聞くしかなかった。
「なぁ、そろそろ出て行ったら?早く母さんを開放してやれよ」
長男は、遠回しに離婚を勧める。
そしてそれは、きっと長女も勧めていること。
それがわかって、そして自分の妻へしてきたことを自覚して。
夫の頭が真っ暗になって、フェイドアウトした。
「って、いう、夢を見たんだ」
半分泣きそうになりながら、彼はそう言った。
言われた彼女は、はぁと間の抜けた声を出す。
「ごめん、謝るから。謝るから、だから、捨てないでくれ!」
そう言って、彼が彼女にすがりつく。
彼女は、それを無感動に見ていた。
「それって、昨日やっていたドラマそのままじゃないの」
確か、2時間ドラマがそんな感じだった。
恐らく、彼はそれを見て夢を見たのだろう。
ただ、問題は。
「私とあなたはいつ結婚したの?」
お互い大学生。
結婚できない歳ではないが、彼女は誰とも結婚などしたことがない。
しかも、大学生ではそんな大きな子供だってできない。
彼はその言葉に、すぐさま反応した。
「俺、そうならないように気を付ける!」
「えぇ、ぜひともそうして頂戴。将来、きっとその覚悟は役に立つと思うわ」
棒読みで彼女はそう言って、彼を彼の友達に引き渡す。
彼の友達は、彼に見えないように頭を下げていた。
「あいつは、本当にあんた一筋よねぇ」
一緒にお昼を食べていた友達がそう言って大笑いしている。
よく見れば、周りも何だかそんな感じで。
生暖かい目をされて、彼女は少々居心地が悪くなった。
「ねぇ、ところで聞きたいんだけど」
「なによ」
少々ぶっきらぼうに言って、彼女は友達を見る。
友達は面白いものを見たような目でこちらを見ていた。
「あんたら、いつの間に付き合ってたの?」
報告、されてないんですけど?と、含むように言われた彼女は、はぁとため息を吐いた。
「付き合った事実はないからね」