女騎士、同僚が乙女ゲーの攻略対象であることを思い出す。
私の名前はジュリ・ストーン。歳は22、職業は騎士だ。
私には前世の記憶がある。
信じられないだろうが、あるのだ。さすがに人には言わないけど。病院に連れていかれるだろうな。
思い出したのはつい最近、1ヶ月前だ。
前世の私は平凡な女子高生だった。記憶といっても断片的なもので、前世の名前や両親のことや死んだ理由などはまったく覚えていないが、妹が1人いたことは覚えていた。
中でも1番鮮明に覚えているのは、その妹に勧められて始めたある乙女ゲームのことだ。我ながらもっと覚えておくべきことがあるだろうと思うが、それしか覚えていないのだからしょうがない。
そのゲームの名前は『恋愛王国〜世界を越えた愛〜』といって、私がいるこの世界と非常によく似ている。
このゲームは異世界からやってきたヒロインが、この世界(前世でいうところの近世ヨーロッパに似ている)で俺様、ツンデレ、ヤンデレ、クールの4タイプのイケメンと恋をするというよくある乙女ゲームだ。
それだけだったなら別にいい。ジュリ・ストーンという名前はゲームでは聞いたことがないし、ゲーム自体もキャラとの親密度を高めていくことに重きが置かれていて、ヒロインが聖女的なもので魔王が目覚めて世界が滅ぶ云々…とかいうRPG要素もなかったので私に実害はない。
だが1つだけ、気になることがある。
それは、ゲームの中に出てくる攻略対象者の1人、ユージーン・ミルズについてだ。
ユージーン・ミルズの簡単なプロフィールを説明しよう。
ユージーンはゲームでいうところのクール担当だ。彼は27歳という若さながら騎士団長を務める。その性格は常に冷静沈着、感情の起伏や表情の変化は乏しい。仕事はできるし、部下の信頼は厚いが、他人に自分の弱みを見せず、心を許すことはない。いわゆる氷の男だ。
プレイヤー改めヒロインは凍てついたユージーンの心を徐々に溶かし、開かせることで攻略していくのだ。
それで、ユージーンの何が気になるかというと…
「おージュリ。早いな。」
向かいから歩いてくる男が軽く手を上げて私に挨拶する。彼はユージーン・ミルズ、私の同僚だ。
そう、「ユージーン・ミルズ」だ。ただの同姓同名かと思っただろうか?幸か不幸か、顔もまったく同じなのだ。
しかし問題はそれだけではない。
「おはよユージーン。またダックス先輩に大目玉くらったんでしょ。」
「いやぁーあの人もからかい甲斐があるよな。」
ニヤリとユージーンは人の悪い笑みを浮かべた。
…お分かりいただけただろうか。
ゲームの中のユージーンと、この世界のユージーンは性格がまったく違うのだ。前者が氷の男なら、後者はぬるま湯のような男だ。
ゆるくていつも気だるげで、怒りっぽいダックス先輩に悪戯をするのが最近のマイブーム。もちろんその後大目玉を食らうまでがワンセット。そのくせ剣の才は一流で、何だかんだ一目置かれているのがムカつく私の同僚。それが私の知るユージーン・ミルズだ。
今のユージーンは22歳、私と同い年でゲームが始まるまであと5年あるわけだが、5年でここまで人の性格が変わるものなのだろうか。何か引っかかる。
…まあ、そうは言ってもいつまでも考えていても仕様がないので、頭の中の疑問は隅にやっておいやる。
頭を切り替えて、私はユージーンのいつもの軽口に言葉を返した。
「…今度は何したの?」
「さてねぇ」
「うーわ、それだけで分かるわ。アンタが悪戯の中身言わない時って大体エグいやつでしょ。」
「ジュリにも手伝ってもらったって言っといたぞ」
「ハァ!?何勝手に共犯者にしてくれてんの!」
怒りに任せてユージーンにパンチをお見舞いしようとするが、何でもないようにヒラリとかわされてしまう。
「おー怖い怖い。こんな時はさっさと退散するに限る。」
「後で覚えときなよ!ユージーン!」
走り去る背中に叫ぶ。
ひらひらと右手を振る後ろ姿に、私は盛大な溜息をついた。
…やっぱりゲームのユージーンとは他人の空似なのだろうか?
◇
「よし、今日も街には異常なしだね。」
「あーあ、何で俺がこんなこと…」
「アンタもうちょっとシャキッとできないの?」
ボリボリとだるそうにユージーンは頭をかく。ついでに大きな欠伸も一つ。この不良騎士め。
今日の私達の任務は街の見回りだ。街の安全を守るのも立派な騎士の役目なのだが、この街の治安はそれほど悪くもないので、ぶっちゃけ暇である。
私は街の人と触れ合えてこの任務結構好きなんだけど、剣を振り回すのが好きなユージーンは、この任務はご不満のようだ。
「まあお偉いさんの護衛よりはマシか…。」
「ユージーンすぐ怒らせるもんね。」
護衛と聞いて、ゲームでのもう1人の騎士キャラ、マルセル・リベッティを思い出す。ゲームで登場するマルセルは18歳だったから…今は13歳か。
ヒロインの護衛騎士として登場するマルセルは、ヤンデレ担当だ。攻略自体は他のキャラと比べて簡単だが、その後がとてつもなく大変だった気がする…。
同僚がヤンデレ予備軍なんてたまったもんじゃないから、そう思うと同じ騎士でもユージーンで良かったかもしれない。
「うわっ」
突然腕を後ろに引かれて、思わず声が出る。
振り返ると呆れた顔のユージーンがこちらを見下ろしていた。
「お前なぁ…人に言う前に自分がシャキッとしろ。」
「ご、ごめん。」
直後に人が目の前を横切る。
グルグルと考え込んで、ボーッとしてしまったようだ。危うく人とぶつかるところだった。
「ありがと、ユージーン。」
「ああ、お礼は5倍返しでいいぞ。」
「恩着せがましいな。」
体勢を立て直し、2人で並んで歩く。
ふと、あることを思い出す。
「そういえば、ユージーンに渡したいものがあるんだった。」
「…渡したいもの?」
不思議そうにユージーンはこちらを見る。
私はゴソゴソとズボンのポケットを探って…あった!
「はい、これ。」
ポケットから取り出したものをユージーンの手にぎゅっと握らせる。
ユージーンが手を開くと、手のひらの中で青い石のネックレスが陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
「…ネックレス?」
「うん。次の遠征って盗賊団の討伐でしょ?結構厄介な相手だってダックス先輩が言ってたじゃん。だから怪我しないように、お守り。」
「怪我しないようにって…お前も行くんだろ。人の心配してる場合かよ。」
「まあ、そうなんだけどさ。折角だし、持っててよ。」
腑に落ちないような表情でユージーンはネックレスを見ている。まあそうだろうな、騎士学校時代からの付き合いだけど、今までこんな事したことなかったし。
何で急にこんな事したかというと、ゲームの方のユージーンの顔に、傷があることを思い出したからだ。
もちろん今の22歳のユージーンの顔に傷はない。
つまり、これから5年以内にユージーンは顔に傷を負う可能性があるのだ。
ゲームのキャラ付けのためのものなんだろうけど、傷は傷だ。それに顔に傷をつけれるほど近い間合いに入ったとなると、相手も相当の手練れだ。
そういうわけで、未来の同僚の安否を心配して、このお守りを送ったわけである。
しかもこのお守りはただの気休めではない!
「その青い石はヴェーダの石でね、幸運値がアップ!」
「幸運値?」
『恋愛王国〜世界を越えた愛〜』内にはアイテム要素があった。
例えば賢者の眼鏡を使うと1番好感度が上がる選択肢がわかるとか、そういうやつだ。
ヴェーダの石は幸運値を上げるアイテムである。具体的な効果は目当ての攻略対象と出会いやすくなる、ランダムでもらえる攻略対象からのプレゼントが良いものになる…などなど。
現実の世界で効くのかはちょっと自信がないけど、持ってて損は無い!…はずだ!!
「まあ、幸運値?とかはよく分からんが貰っておく。ありがとな。」
「うん。次の遠征にはちゃんと忘れずつけといてよね!お守りの意味なくなっちゃう。」
「ああ、忘れない忘れない。………たぶん。」
「ちょっと!」
◇
「──動きの説明は以上だ。では各自持ち場にかかれ!」
騎士団長のその言葉を合図に、その場にいた全員が動き出す。
時が経つのはあっという間で、今日は遠征の日。
今回のターゲットは盗賊団。それも向こうには数人の手練れもいるという情報だ。気を引き締めないと。
私とユージーンの所属する班の役割は盗賊団のアジトの制圧なのだ。この任務の要ともいえる。
「ジュリ。」
持ち場に行こうとした時、ユージーンに呼び止められた。
「どうしたのユージーン。」
「手、出せ。」
「手?」
言われた通りに手の平を出す。その上にポトリと、何かが落とされた。……ヴェーダの石のネックレスだ。
私のあげたものじゃない。だって石の大きさが倍くらいある。
「これ、持っとけ。」
「なん、えっ、ど、どういうこと?」
「お守りだよ、お前の。」
驚いて戸惑う私に、イタズラが成功した時のようにユージーンはニカッと笑う。
「お、お守りって…。」
「…何だよ、気に入らなかったか?」
茶化した声に少しだけ寂しさが滲んでいたのを私は聞き逃さなかった。慌てて首をブンブンと横に振る。
「そんなことない!気に入った!すごく!すごく!」
実際、ユージーンがくれたネックレスは、石の周りに上品な金細工が施されていて、とても可愛かった。
必死な私の訴えに、ユージーンはなぜか吹き出した。
「わかったわかった、そんな首振ると千切れるぞ。」
「ありがと!ありがとねユージーン!大切にする!」
まだ笑い足りないのか、ニヤニヤとこちらを見下ろすユージーンの首に金のチェーンが見えた。
私があげたネックレスと同じ色だ。思わず私もニヤニヤと笑ってしまう。
すると後ろから声がかかる。
「お前達!イチャイチャしてないでさっさと持ち場につけよ!」
「ダックス先輩ー、羨ましいからって邪魔しないでくださいよ。」
「…ユージーンはこんなところに来てまで始末書を書きたいようだな。」
「ユージーン・ミルズ、今すぐ持ち場に向かいます!」
ユージーンの切り替えの早さに、思わず私は吹き出してしまった。
◇
1人、2人、3人──次々と相手を倒していく。
アジトに突入した私達は、今アジトの中腹あたりにいる。
ダックス先輩が厄介な相手というだけあって、盗賊団はなかなか手強かった。けど、もう三分の二は倒したはずだ。
息は確かに弾んでいるのに、身体は不思議と疲れていなかった。
─それにしても、何か引っかかる。
この盗賊団のアジト、何処かで見たことがある気がするのだ。それが思い出せない。
それでも、奥に進めば進むほど、この既視感は増していく。
無意識に何かに向かっていくような、何か大きなものに絡め取られるような、そんな気分だった。
「ジュリ、そっちはどうだ?」
「全部倒した。そっちは?」
「もちろん全部倒した。」
ユージーンの周りには敵がバタバタと倒れている。
ひぃ、ふぅ、みぃ…ユージーンの方が1人多いようだ。
「お前達、ここは制圧した。次の場所に向かうぞ。」
班長の指示に従って奥に向かう。
奥に通じる道はそこまで広くはない。大人1人がやっと通れるくらいだ。
私達の班は班長、副班長、ダックス先輩、ユージーン、私の全部で5人だ。他の班も別ルートからアジト制圧にあたっている。
班長を先頭にみんながその後に続く。
その時、私はちょうどユージーンの真後ろにいた。
その道に向かおうとして、視界の端にキラリと光るものを見た瞬間、勝手に体が動いた。
「──危ないっ!」
咄嗟に突き飛ばしたユージーンが前に勢いよくよろめき、驚いた表情でこちらを振り返った。
そしてカッ!と熱い痛みを胸に感じた時、ようやく思い出した。
どうして乙女ゲームのことを思い出したのか、
どうしてユージーンの性格がゲームと違うのか、
どうしてこのアジトに既視感があるのか、
ユージーンの性格を変えたもの……それは、「私の死」だ。
アジトに既視感を覚えたのは、ユージーンの過去の回想シーンでこのアジトを見たからだ。
ユージーンは敵の矢から自分を庇ったジュリ・ストーンという仲間を目の前で失った悲しみと自責の念から、その後に周りの人間──大切な人を失うことに臆病になってしまった。失うくらいなら最初から要らないと、他人に心を許すことをやめてしまった。感情の起伏も、表情の豊かさも失くしてしまった。
「私」が彼の性格を、彼をゲームの「ユージーン・ミルズ」に変えてしまった。…彼の心を凍りつかせてしまった。
「ジュリ!!!!」
ユージーンの大きな声が頭に響く。
ユージーンの方に顔を向けようとするが、困ったことに身体が言うことを聞かない。目も開けられないなんて、ドラマとかだったら長々と最期の言葉並べてるのに意外とそんな時間ないもんなんだな。
「ジュリ!!おいジュリ!!!」
「ユージーン!ジュリを安全な場所へ!」
ダックス先輩が叫んだ。
間を置かずにバシュッという鈍い音の後にドサリと何か重いものが落ちる音が矢の方向からした。おそらく私の胸にぶっすり刺さっている矢の持ち主だ。
ダックス先輩が相手を仕留めたのだろう。残党が残っていたなんて、私もまだまだといったところだろうか。
「ジュリ!おい!目を開けろよ!!」
ユージーンの声がすぐ真上から聞こえる。抱き上げられているのだろうか。
胸から血がダラダラ溢れていて痛いはずなのに、やけにその揺れがゆりかごみたいで心地よかった。
「ジュリ!なあジュリ!!」
閉じた瞼に、いくつかの水滴が落ちてくるのを感じた。
ごめんね、ユージーン。ごめん、ごめんね。泣かないで。
それから、だんだんと揺れもユージーンの涙も何も感じなくなっていった。
…変わらないで、ユージーン。
いつも気怠げでやる気のないアンタだけど、実は周りをよく見てて、相手のことを人一倍考える今のアンタが好きだよ。
それと、いたずらが成功してニカッと笑った顔も好きだ。その後、バレてダックス先輩に大目玉喰らってたのも面白くて最高だった。お仕置きが始末書100枚だった時の顔、今でも忘れない。
アンタは最高の相棒で、最高の友達で、最愛の好きな人だ。
せっかく乙女ゲームのこと思い出したのに、死んじゃってごめんね。
乙女ゲームのヒロイン、めっちゃ可愛いよ。アンタ、可愛い系好きでしょ?正直、他の女の子とくっつくのちょっとだけ嫌だけど、まあしょうがないよね。
アンタが幸せになれるよう神様に頼んどいてあげる。会えるかわかんないけど。
だから、私をアンタの「傷」にしないでね。
どうせなら、楽しかった「思い出」にしてよね。
不意に思い出すとクスッと笑えるような、心の隅にちょっとだけ存在するような、そんな「思い出」にして欲しい。
意識が深く暗いところへ潜って行くのを感じながら、そう思った。
◇
ゆっくりと目を開けると、そこは白い天井だった。
ぼんやりとする視界を数回瞬きして、鮮明にしようと試みる。
くっきりと見えるようになると、横に白い服を着た人が居た。こちらに背を向けて、テーブルの上で何か作業をしていて、私に気づいた様子はない。
「あの…」
ここはどこですか?そう聞こうとして、自分の声があまりにも掠れていて驚いた。
蚊の鳴くような小さな声だったが、白い服の人はこちらに気づいたようだ。
目を丸くして、勢いよくこちらに近寄ってくる。
「良かった!目が覚めたんですね!」
「あの、ここは、グッ、ゴホッ」
白い服の人は、女性だった。私の声が掠れているのを見かねて、水をくれた。
その時飲んだ水は、ただの水のはずなのに、私には生命の水のように思えた。
「あの…ここは…?」
「病院ですよ。貴女は助かったんですよ!ストーンさん!」
助かった。その言葉を聞いて雲がかかったようにぼんやりとしていた頭がはっきりとしていく。
「そうだ私…矢を受けて…!あ、あの後どうなって、」
「落ち着いてください。まずは先生を呼んで来ますからね。」
白い服の女性──看護師さんは優しくそう言うと、部屋の外に消えていった。
それから、私が倒れた後のことを知った。
私はあの後、なんと2ヶ月も目を覚まさなかったそうだ。胸に刺さった矢は不幸中の幸いというべきか当たりどころが良かったらしい。あと数センチズレていたら出血多量で死んでいたとお医者さんに言われた。
それと、私が目覚めてすぐに、たまたまお見舞いにやって来たダックス先輩からユージーンのことも聞いた。
ユージーンは私を医療班に託した後、すぐさま敵地に戻り、なんとたった1人で残りの盗賊団を全滅させたらしい。返り血を浴びて憎悪に染まるユージーンの姿は悪魔だったとかなんとか。
特に私に矢を打った男にはあまりにオーバーキルする
ので、班長と副班長と一緒に、3人がかりで押さえつけたらしい。
「…あいつを怒らせると相当怖いぞ。」
「…ですね。」
ダックス先輩と2人無言で頷きあう。
「でも、お前が目を覚ましてくれて本当に良かったよ。」
ダックス先輩は少し苦しそうに笑う。
「この2ヶ月、ユージーンのやつ、一切表情を変えなかったんだ。感情の起伏もない。ただ、淡々と仕事をこなしてお前の見舞いに行って…まるで人形みたいだったんだ。」
「……」
それは私が知る乙女ゲームの「ユージーン」と全く一緒で。少し、泣いてしまった。
突然泣き出した私にアワアワとするダックス先輩に丁寧にお礼を言って帰ってもらい、部屋に1人になる。
ユージーンは明日、来るらしい。今日は非番だったらしいが、非番の日は最近どこかにふらっと1人で消えるので、連絡しようにもできないそうだ。
…多分、森か川だろうなぁ…。ユージーンは落ち込んだことがあると人気のない静かな自然のある場所に行く。そういえばゲームでもヒロインが森とか川に行くと必ずユージーンが出現した気がする。
多分、森か川にいます。ダックス先輩にそう言うと、何故か嬉しそうな顔をされた。「任せとけ!」先輩は力強くそう言ってくれたが、果たして見つけられたのだろうか。
ボーッと天井を眺めながら、私が助かったのはどうしてか考えてみる。ゲームでは死んでいたはずだ。
バグか何か、それともこの世界は似ているだけでゲームの世界ではないのか…。
ふと首元の青いネックレスを握る。このお守り、効果絶大だったな。やっぱり幸運値アップは伊達じゃない。命まで救ってしまうのだから。
色々考えてしまうけれど、私が助かったのはヴェーダの石のお陰だと思うことにした。なんだか、それが一番しっくりくるのだ。
石に施された金細工をゆっくりとなぞる。
「………会いたいなぁ。」
そう呟いた瞬間、ガチャ!と勢いよく部屋の扉が開いた。
「ジュリ!!!!」
何かが弾丸のように私のベットに向かってくる。
驚いている間に、私の身体は抱きしめられていた。
「ジュリ…ジュリ…」
「ユージーン…」
ユージーンだった。ほんのり木の葉の匂いがする。さては森へ行っていたなと思うと同時に、知らせてくれたのだと、ダックス先輩に感謝する。
ユージーンの身体をキツく抱きしめ返す。その身体は随分と前より痩せていた。
「ジュリ…ジュリ…死ぬな…」
「生きてるよ。私はここにいるよ、ユージーン。」
身体を離して、その顔を覗き込む。
その瞳は涙に濡れていて、そこに映る私も泣いていた。
「あのね、アンタのお守り効果絶大だったよ。ありがとね。」
「ああ。」
「心配かけてごめんね、もう大丈夫だから。」
「ああ。」
「私がいない間、みんなに迷惑かけなかった?」
「ああ。」
「…ちょっと、アンタ、“あ”しか話せないの?」
「ああ。」
「……」
痺れを切らした私は、ユージーンの顎を掴んで、キスをしてやった。
唇を離すと、今度は一変して目を丸くして固まっている。
「目が醒めた?」
「…ああ。」
「あのねぇ…」
「……かい。」
「え?」
「もっかいしろ。」
「なっ──!」
そう言うと、私の唇に齧り付くようにユージーンはキスをした。お互いの存在を確かめるように、深く、深く、何度も。
ようやく唇を離した時には、息はすっかり上がっていた。
「ハァ、ハァ、ハァ…私、一応、怪我人なんですけど…。」
「…お前からしたんだろ。」
照れを隠すためか単にそうしたかったのか、再びユージーンが私を抱きしめる。私が抱きしめ返すと、ユージーンはそこにいることを、私が生きていることを確認するようにより一層強く抱きしめた。
「…なあ。」
「ん?」
「もう、どこにもいかないか?」
「…うん、ずっと一緒にいるよ。」
「ずっとか?」
「ずぅっと、ずぅっと、アンタがうんざりするくらいにね!」
「…そうか。」
「…何、そこはツッコんでよ。」
「…いや、そうなると嬉しいから。」
「……」
「………ジュリ?」
「…Mなの?」
「違う。」
そんなバカみたいな会話をしながら、これからもずっと、ユージーンとこうして生きていきたいなと、私は思った。
気になる乙女ゲームの真相は、拙作『私、家庭教師をしているのですが教え子が将来ヤンデレになることを思い出しました。』にてちょこっと言及してたりします。(宣伝)