表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/18

第七話 【デパス】


「いってらっしゃい」


 俺は引き攣るような笑顔で見送った。ドアが閉じられて暫くは足音が聞こえなくなるのを待った。


 もしも顔を戻した一瞬のうちに忘れ物をして帰って来たら、その一瞬を捉えでもしたら、これから彼女と築くであろう信頼にヒビの一旦を担うのであればそんな事はしたくなかった。



「ふぅ」



 この深呼吸を彗からはため息に感じ取られないよう、機会を窺っていた。掌握術のように思えるかもしれないがただ単に嫌われたくないだけだ。


 そんな人付き合いに対して臆病になった自分がいた。未だ二日しかいないというのに好かれる努力を専攻せず嫌われていないかという不鮮明な心配が募っていくばかりだ。

 


 さっき俺のことを見ずに出ていく後ろ姿からはどこか怯えるように小さくなっていたように見受けられた。 


 玄関で靴を履いていた時。暗い顔をしていたからだろうか。


 彼女がこれまでの人生で形成された概念を払拭できる力を俺には持っているのだろうか。


 その全ての悩みが自己保身的なところから湧き出ている自分に嫌けがさしてしまっている。


 ナンパなんて一方的な自己満足でしかない。最初から浮ついた気持ちで彗と向き合っていけるのだろうか。


もしも可能であったならば強引にでも彼女を車に乗せて送ってあげればよかったのだろうか・・・。



 これからどうなるのか、先々の未来が予想ができない現状で彗とともに生きることが難しいのか、ペアレントという対処の効かない問題に悩んでしまうのが馬鹿らしいな。



「それでも、今は彼女が無事に帰ってきてくれるだけで満足だな」



 頭を振って考えを一旦リセットすることにした。今できることは彼女がここで生活できる部屋を作ることから始めなければいけない。


 

 この家にはもう一つ部屋がある。そこは今日まで倉庫として活用していたがこれからは彗が生活する一部になる。



 ドアの付近に備えられたボタンを押した。パチンと音とともに照明が着く。申し訳なさ程度の明かりが三畳に広がった。



「うわきったねえ」



 目の前には大学で所属していたサークルで使っていたスノーモービルやらスキー板やらが他、細々と荷物が雑に置かれていた。一年前の今頃は卒業を目前にして社会人になってもまた友達のよしみで、集まることができたら使うだろうなんてのほほんと考えていた。そして空いているスペースに放り込んで終わった。 


 気候変動により早々に夏が来てしまうということからこの部屋の存在を忘れていた。多忙すぎた五連勤から二日間の解放でできることは寝て休息を取ることのみ。それで処分するんだったら休みが重なった時でいいかなという甘えた思考で先送りにした結果、バイ菌の温床と化してしまった。 



 なんでも先送りしたせいで結果、悲惨なことになるなんて社会人というのは名前が立派なだけで実際は情けない生き物だったんだなとこの汚部屋を見て思った。



「とりあえず 一旦こいつらを外に出さないと何も掃除なんてできないよなぁ」



 腕に力を込めて板やら棒やらを居間に運ぶ。ふとゴミステーションに運んだとして国家が活動していないのなら処分すらされないのではないだろうか?なんて疑問が浮かぶ。



 どうせ働く人がいないのなら粗大ゴミとして外へ出しても意味がない。それなら俺の寝室の押し入れに突っ込むことにした。幸いにも押し入れには冬用にしまってある毛布や服くらいしか収納されていないから簡単に問題に解決した。



 次に窓を全開に開けて換気を充分にする。ハウスダストが蔓延るこの空間で生活をするのはとてもじゃないが俺ならこの家から逃げ出す。

 


 掃除機をかけたり照明の電球を拭いたりして部屋を綺麗にした。寝室にあるクローゼットの中からタンスを運んだ。使わない芳香剤もタンスの上に置いた。出来るだけ彗に居心地の良いと感じれるものを提供したかった。生活圏に俺一人しかいなかったものだったから自分の物を分けて利用するしか選択肢がなくて、



 家具をどう配置すれば限りあるこの空間が広く見えるだろうかと何度も思考をしては脳裏では彗がこの個室の上でどれだけ彼女が心の支えになるかでいっぱいになっていた。そんなただの模様替えをしているだけなのに一時間単位で急速に進んでいった。窓から入りこむ新鮮な空気が小さな世界に穴を開けて流れ込んでくるように、俺の思考にはいつの間にか彗という人間が住み着いてしまっていた。



 「あぁこうやって誰かと生活をするんだな」なんてしみじみと感じた。家という自分の安全が保障されている中に誰かと生活するのは危険が及ぶ可能性が含む。誰かと住むというのは自分の半身を彼女に預ける行為に近い。その削った半分に彗の半分が入り込むようで不安ではなく豊かさが忍び寄る。



まさかこれから死んでしまうというのにこれから幸せになれるという期待が勝るなんてな。



 質素かつあまり物がおけなかったがそれでも汚れなどが目立たないよう不純物がない部屋を作ることができた。



 そして居間で一休みコーヒーを飲むために薬缶の水を暖めていた時に彼女が何を飲んでいたのかを思い出した。



「彗はココアが好きなんだろうか」



 この家にはココアの粉とインスタントコーヒーの粉だけでどちらも飲めるがたまたまココアの気分だったのか、それはどちらでも良い。彗が何が飲めるのか、それを知れただけで俺は嬉しかった。彼女という人間の嗜好を目の当たりにしただけで俺にとっては大収穫である。



 自分のことは自分がよく知っている。ただ、他人は毎日の積み重ねでその一部分の片鱗でも発覚しない限り解らない。そうやって彼女の人格を自分の中で形成できるのが俺にとって彼女を理解するということなのだろう。


そしてそれに付加として時謝罪の言葉を発したのが心に杭が打ち込まれたみたいに気がかりになった。



 今頃彗は実家で何をして要るのだろうか・・・。一つわかるのは彼女の人生は何か訳ありということ。彼女が実家に帰るという話題の時、一貫して誰かを警戒している雰囲気があった。



 彼女が心配だな。だから、彼女が家に帰ってきたら甘ったるいココアでも作ってあげよう。そう思っていたら太陽が沈みそうだった。その瞬間、マンション近くから野太い男の悲鳴が聞こえてきた。窓から俺は顔を出して声の主を探すとすぐ真下にいた。



 今日初めて家の外を見た気がする。そこにはたくさんの人間たちが群がっていて暴力を振るったり強盗をしていた。


このマンションの近くには彗らしき人間はいなかった。



俺は一目散で車の鍵を玄関から持ち出してエレベーターに乗り込む。地下駐車場のボタンを押した。



ロータリーの鈍い音とともに俺を乗せる箱が下降する。



 早くしろよ・・・。切羽詰まっていたせいか俺は手が震えていた。ドアが開くと自分の車まで走って向かう。地下には人はいない。防犯意識が強いマンションを選んで正解だった。



鍵をエンジンキーに差し込むと右に捻る。



 もしも彗が道に迷っていたら?その隙を狙って暴徒とかした人間が彼女を襲っていたら?そう思うと恐くてハンドルを殴った。



 俺はアクセルをベタ踏みで路上を走る。轟音が町に響き渡る。俺が暴力を振るう人に遭遇し捕まりたくなかったので百キロ目前までスピードを出す。人はこの車を避けていた。



駅に着いた。俺は無我夢中で走ってホームへ向かった。



私を称賛して…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ