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第六話 【タイヤのはな】 


 昨日、日本は崩壊した。初めて会った人に昨日プロポーズをされた。私にとっては拾ってもらったようなもの。 あの日、総理大臣のメッセージの後から音を立てて自分のと言う存在が空っぽであったと気がついた。

 青春を謳歌していなかった私にとって娯楽という二文字が分からなくて無我夢中で子供らしさの象徴であった、ゲームセンターという場所で欠落していた心の機関を作り出そうと躍起になった。






 朝陽くんの玄関には黒い靴が五センチほど間を空けて、並んで置かれている。両方、ワックスが丁寧に塗られており革にはムラなく艶が帯びていた。朝陽くん宅の玄関で私は上りかまちに座って、靴紐を結んだ。ヒールの先をコンクリートで叩いて中の空間を埋めた。立ち上がると少しだけ背が高くなって世界しかいが広く感じた。



「行ってらっしゃい」



 私は何も言わずにドアを閉めた。近くに林があるのだろうか蝉の声が近くで聞こえる。ここからだと実家までは電車を二本乗り継いでから少し歩かないと辿り着かない。十二月から続く夏は未だ収まる気配はない。それ以前に夏が終わるまでに私は生きていられるだろうか。



 家を出るとふと、朝陽くんの居間からは逆方向で見えなかったが、遠いところで垂直の煙がもうもうと立ち込めていた。火事かと思ったが大きく燃えている訳でもないようだったから私は特に注意をしなかった。きっと工場が稼働しているんだろう。そう思って私はエレベーターのボタンを押した。ボタンが黄色い光を放つ。すぐに扉が開いて私は中へ乗った。誰もいない狭い空間が私は苦手だった。このまま閉じ込められたらと思うと息が詰まりそうとかではない。ただ直接的な記憶はないにしろ、密室が生理的に苦手なのだ。



走って駅へ向かった。マンションの一階に降りて外へ出た。


 壁にもたれて眠っている身なりが良いおじさんが複数いる。だがそれ以上に夥しい数の血痕らしき、赤い塗料が外壁や床に塗られていることの方がおぞましかった。一瞬にして視界に入る情報からは沢山の推測ができた。身の危険を感じて、私は無我夢中で駅へ行った。



 駅、構内ではホームレスの人々が賑やかそうに宴を開いていた、私が駅の入口を潜ると煙たそうな目で見られた。無視してホームへと行く。自動改札機は稼働していない。お金を払わずに通れた。


 駅員は誰一人いなかった。注意する人がいなくなり、家を持たない人にとっては共同で暮らせるシェアハウスとなった。空調は全自動で稼働している。電車のアナウンスが駅の中で放送される。もうすぐでこちらに着くようだった。



「全く、時代の進歩ってすごいよな。生活が楽になったもんだよ」



 外のベンチに座っていたおじさんが私に話しかけてきた。おじさんは白髪の髭が顎を覆っている。年単位で洗濯していないのか服が黒ずんでいた。外見の気持ち悪さから私は何も発さず、遠ざかった。関わりたくない。



 おじさんは私が拒絶する態度を取ったのが気に入らなくて中にいる仲間たちがしている会話へと混ざっていった。




 汽笛が鳴り響気、電車が迫ってくる。車掌はいなくて無人で稼働している。私以外、誰一人いない列車の中。手すりがゆらゆらと宙を浮いていた。天井に間隔を開けて取り付けられている小型の扇風機が首を回して空間の温度を下げてくれる。一定のリズムと振動と乗車する人がいない閉鎖的空間、全てが丁度良く混ざり合い、最上の心地良さがここにはあった。



私は意味もなく、項垂れて床を見つめる。家には帰りたくなかった。




さっきのホームレスの人が言っていた言葉には私も同意する。



−−−−確かに、人類の科学は発達した。



 始まりは今から五年前に深海で鉱石が発掘された。それは地上と同じ酸素量を加えることで膨大な熱量を放つ性質と濃い濃度の海水を与えることで温度が下がり、氷点下に到達する働きをする。この二つを併せ持ち、扱いは簡単で有害物質を出すこともない。この発見は科学者と核反対運動の参列者が同時に喜んだ。人は地球上で最も優れた物質としてガイアと名付けた。



最新の近代学の教科書に載せられたほど常識だ。



 ただし唯一の欠点は熱放出をすればするだけ融解して小さく縮小してしまうことだった。たが、深海へ潜って大量に採ればいいだけだから大きく問題視されなかった。一年も経たずにガイアを軸にして法改正が行われて核に代わる次世代のフリーエネルギーの礎となった。だから現在ペアレントが発生しても発電所のタービンは回り続ける。半永久的に公共の乗り物を使える。水はダムのスイッチをオートで作動させる。このご時世、そして残り時間も人の手を使わずとも現代の生活水準のまま生きることが可能となった。



 ただガイアとペアレントの相互関係についてはわからないことだらけだ。私は不確かな話は好まないがガイアを採る為に地中奥深くを掘ったせいで地球の免疫システム、ペアレントが発生したのではないか。と巷で囁かれている。実家に近い駅に到着するまでの間、陰謀論を考えてみたが私がこの世界を救う手立ては思いつかなかった。何より、私としては死生観という概念を用いて人生を考えるのが至極どうでも良いのだ。



 「次は○郷市でございます」 録音テープに吹き込まれた台本通りに読んでいる男性がアナウンスを告げる。



 実家がある町に帰ってきた。外に出ると朝陽くんの家がある町と雰囲気はほとんど似ていた。酒で酔い潰れる人たちで溢れている。でもここはあっちと違って治安がすごく悪い。路上はタバコの匂いで充満しており、鼻が曲がりそうなくらい臭かった。公害レベルでこの町は汚れ切ってしまっていた。建物が森のように建っているがそこには生気を感じられない。



 家にたどり着くまで誰一人とすれ違うことはなかった。活気あふれる町ではないにしろ都心部が近いのだから前までは昼間だとジョギングをする人や犬の散歩をする人が何人かは歩いていた。おかしくはないが何だか閉鎖的になった町の空気感に寂しさがあった。



 玄関ドアの鍵をスカートについてあるポケットから取り出して私は開けた。足元を確認すると靴はなかった。母はどこかへ外出してくれているようでこちらからしたら好都合であった。古い団地のせいで静かに床を歩くだけで大きく軋む。



居間へと通じる扉に手をかける。少し汗が流れた。靴がないだけで本当は母がいたらと思うと肩が強張る。



 小さく呼吸をしながらゆっくり開けた。家具とカーペットしかない。お菓子の袋が散らかっている。物だけが置かれているモデルハウスのように元から誰も住んでいない雰囲気が漂う。



「よかった」



 誰もいないことにホッと安堵した。私は母が苦手だ。常に私への出費を渋り、私が生きていることに煩わしく思えて仕方がない発言と表情を私にする。ここに暮らしてから母と一言も会話をしていない。だからどこの大学へ行くのかも伝えていなかったし当時は家にいたくないから付属の寮に住んでいた。


私の半生において母は何でもない身内であって無興味という一括りであしらった。



 私は居間を通って自室へと向かう。ベッドの下にあるボストンバックを取り出すと、タンスから洋服を入れる。早くこの家から出たい衝動に駆られ、荒々しく、カバンにものを突っ込んだ。持っている服すべてを収納したときにボストンバッグを持ち上げてみた。そこに重みは無く、まだ余裕があることにふと気がついた。



「私って一体なんだったんだろう・・・」



 カバンの軽さが物語る。私自身の人生と相当していた。自分の記憶の中に何を詰めてきたのだろうか。知らず知らず見ないふりを知らず知らず心臓が躍動する瞬間をあえて信じないようにしていた。


 たったの一瞬で走馬灯のように記憶が蘇る。ただ、楽しい思い出よりも辛い記憶よりも儚く散った日よりも数多くの費やさなかった記憶が一枚の写真を眺めるようにフラッシュバッくした。




 狭い部屋を見回す。箱ティッシュとゴミ箱、一つしかないタンスとベッド。それ以外に私物が置かれていない。一応私は女性であるのに、まるでここは刑務所の独房のようじゃないか。



 一八歳のとき、大学を卒業してからこの家での生活は起きて仕事へ行くの繰り返しだった。ご飯はコンビニのフリースペースで食べると帰ってシャワーを浴びる。狭い自室で殻に籠る体勢で寝る。このサイクルを仕事がある日はしていた。家賃は住まわせてもらっている恩義があるから四分の一を毎月支払った。残りは貯金に回した。



 その結果、私は一人の人間として、生きる機能を失ってしまった。ただただお金を貯めたいという気持ちでいっぱいになって心の余裕を保つ為にする消費、というものを怠っていたと分かった。



 一昨日おとといまで生きた実感が湧かなかったのは、叶えた先で何をしたいのか?叶った時から自分自身はどんな感情を抱いているのか。まるで意味を見出せていなかった。それがこの無機質の凡庸な部屋に集約されていた。でも、もうこの家に来る必要がないと思うと・・・何も感じなかった。



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 感情って冷たい水がお湯に変化をするように込み上げてくるものなのか、気がついたらその感情が瞬間移動をするように現れるのか。



 そう考え出すと感情というものはインターネットでリンクを作るのと同じ原理で強い力が命令してそれが働いて笑ったふりや泣いたふりというのをあたかも自分の感情だと認識しているだけなんじゃないだろうか。



私は興味を持つものが少ないので誰かに操られてない。だから人間からはかけ離れている。




 「急いで電車に乗ろう」二拍の間を開ける。「・・・・・・帰ろう」 自分で自分の心を追い込もうがそれ以上に母と鉢合わせするのは嫌だ。




 片道二時間の道のりで家に滞在していたのは三十分も経たなかった。ここにいる意味を見出すことができなかった。今後もこの部屋にまた来たときでも私は何を見出すこともないだろう。いくら歳を重ねても、だ。



 その時だった、戸が開く音がした。母が帰ってきた。会話を交わすこともないので自室の部屋を出て玄関に向かう。母と玄関で鉢合わせた。



「あ、帰ってきてたんだ」



 自分に向けた言葉じゃない。返答してもその後の話題が発展する見込みはない話の種だったので私は拾わない。



「もう一日帰ってこなくてもよかったんだよ」




 その言葉を実の娘に簡単に言える神経が私には理解ができない。私は何も言わず、胸を壁に付けて一人分のスペースしかない玄関の狭い空間で道を塞ぐ母の体と壁の隙間を縫うように通る。



「ところでどこに行っていたんだ?」



応答する義理はない。だが咄嗟に口が開いた。



「どこだっていいでしょ。もう貴女に会うことはないんだし詮索する必要ある?」



 淡々とそして矢継ぎ早に言葉が心のまにまに紡ぐ。ただ、母に私の感情を悟られたくなくて意識して気持ちを抑えて発言をする。怒りも悲しみもない。当然、慈しみなんてない。



 靴をすばやく履いて外へ出る。母の顔は終始、確認はしなかった。あっちも何も言う事はなかった。朝陽くんの家を出るときと状態は似ているのに心は虚しさが占領していた。



 二度と会いたくなくて縁を切れたはずのに、本当はこの心には嬉しさが入るはずだったのに空っぽだ。時間をかけて染み付いた心の憂さは根強かった。



 帰りの電車を逆のホームで待つ。電車が来る。いつの間にか太陽は沈みかけていた。晴天の空にオレンジ色に塗り替えられる。



 電車に乗る。チラホラと人が乗っていた。硬い椅子に座る。何も考えることはなかった。ただ目の前に映る空を眺めていた。じんわりと暑い列車の中で綺麗な夕暮れが心を浄化する。



 もしも、本当に死ぬ時があるのなら、天国があるのなら穏やかな感情のままずっと宛もなく終着駅が来ないまま空腹にもならずこんなふうに電車に揺られ続けたい。そこに朝陽くんがいるのなら隣で肩に頭が乗っていたらいいのに。



夏なのに夜になるのが早い今日。これもペアレントが発生した弊害なのだろう。



 朝陽くんの家がある駅に到着するとホームに降りた。ホームレスの人たちが焚き火をして暖をとるのを見かける。



カバンの中は軽くて済んだ。あまり荷物にならないのでここから歩いて帰っても疲れはしないだろう。



頭の中でそんな演算をしているとどこからか声をかけられた。



「よう、さっきの姉ちゃんじゃねえか」



ガメついた汚い声。さっきの人が私のことを呼ぶ。



「夜になると危ないしお家まで送ってあげるよ」



 言葉の端端でいやらしい思いが乗っている。ギラギラと鋭い目つきで私を睨みつけ、黒ずんだ手で私の腕を握ってきた。男は強い力で、私がいくら振り払おうとしても放すことができない。骨が軋むような痛みから私はついつい



「痛い・・・」



 声が漏れてしまう。漏れた声を聞聞き取ると男の口角が上がった。男は乾いた唇をゆっくりと舐めて潤した。自分の非力さを憎む。小さく、嫌だいやだと何度も囁く。



 オレンジ色に燃ゆる太陽の灯火が消えかけて、下から藍色の夜が侵食し始める。私の目頭が熱くなり、目の前が霞んできた。



−−−−突如、昔、男の人が強い力で手首を握ってきて私に乱暴を振るうことがあったねと、冷静に語る私の声が聞こえてきた。そして言葉通りの映像が再生された。目の前の男が掴む手首の中でさらに幻肢痛のように記憶を通して痛みが上乗せされた。



「はぁ・・・。はぁ・・・」



息が辛くなり、足の力が抜けてきた。それでも私は地に根を張って男の思惑を頑なに拒んだ。



「何やってるんだ」



朝陽くんが男の腕を振り解く。そして、私の手を握る。指と指の隙間に彼の指が絡まる。



 辺りは少しずつ夜になってゆく。緑色の電光掲示板の目に刺さる強い光が空気中に飛散する。やんややんやと家がないおじさんたちがドスの効いた笑いを騒音ばりに響かせる。



カンカンカンと鉄と鉄が打ち合う音がホーム響く。



朝陽くんは何も言わず、小走りで私の手を引いて階段を降りた。



「・・・・・・遅くなってごめんね」



 彼は息を切らしながら、私に謝った。私の手を優しく包み込む朝陽くんの手からは温かさは私の心にまで浸透して今までの人生の中で失望していた概念に光を見出せてくれそうだった。



たった二日しかまだいないのに、人助けをしてくれるその優しさが嬉しかった。



強く強く握られているのに痛くない。私はそっと力を込めた。



外に出て、彼は手を離した。



「ごめんね。逃げるために必死でさ。咄嗟の判断だったんだ」




 白い光を放つ街灯が円形の影を作る。輪の中に二人は窮屈だ。でも、密接な距離感で二人は手が繋がっていなくとも彼の温度が互いの心の鎖を溶接する。



 私はまだおじさんに執拗に迫られたことが恐怖だった。平静を保とうとしたけれどなかなか感情が湧かなくて、俯いたまま左右に首を振ることしかできなかった。



「すぐ側にある駐車場に車を停めてあるんだ。一緒に行こっか?」



「うん・・・」



 私は小さい声で頷く。そして彼の後ろにくっ付くように歩いた。逃げたには逃げれたが諦めずに追ってきたらどうしようという恐怖から朝陽くんについて行きたかった。



 朝陽くんの車の助手席に私は座る。カバンは私の膝の上に置いた。彼はそれを確認したら、エンジンを蒸した。



「とりあえず、お帰りなさい」



「・・・・・・・・た、ただいま」



力なく、応答した。



帰ってくる家を彼が作ってくれた。それが、それが、私が今生きていいと承認してくれたようで心が蕩けた。





 朝陽くんの声がいつの間にか私の声にすり替わるくらい自然と繰り返して心の中で唱えてしまっている自分がいた。“行ってらっしゃい″・“おかえり″彼の優しい声が記憶として一番の宝物に今夜、なった。



二人の信頼関係が繋がるという意味で溶接という比喩を使ってみました(深夜テンションで書きました)

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