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 皆さんには忘れられない夢がありますか?


 森の中、蝉が鳴く音が木の葉を揺らして反響する。一台の自転車のペダルを漕ぐ音と遠くから潮の匂いが鼻をツンと刺す。俺は女の子と一台の自転車で二人乗りして海を目指す。暑い夏の中、身体で風と共に砂利ばかりの道を駆ける。互いの体温を共有して心拍音を重なった瞬間。背中がくすぐったいけれど、肩に置かれた掌の柔らかい感触が心地良かった。実際、二人の心の距離感も似たようなものだろう。彼女の心の心の内側に入る事を許された数少ない存在に俺はカウントされている証拠なんだろう。

 

 海の波が満ち引きする音を聴きながら砂浜にシートを敷いて俺たちは隣同士に座る。女の子が持ってきた手作りのお弁当を食べて他愛無い会話をする。



おいしいよ


ほんとう?


あぁ。作ってくれてありがとう。


 人差し指には絆創膏が巻かれている。きっと朝早くに起きて不慣れな料理をしたせいだ。普段はしたことない料理を俺の為にしてくれた。真心がいっぱい詰められた弁当、それだけでとても嬉しかった。


 ワンピースに袖を通した白い肌に身長とは不釣り合いなほど大きな麦わら帽子。目に映るのは君だけ。でも帽子の影が邪魔をして君の顔がなかなか目にすることが出来ない。だから俺が女の子の顔を覗こうとすると、咄嗟に帽子を深くかぶって顔を隠す。ムッと来た俺は左手で帽子を取る。戸惑いながら女の子は俺はもうどんな顔だったのかなんて忘れてしまっているけれど、太陽のように笑っていた。


そんな夢を中学三年生の時にみた。


 他人が思い描く幸せ像と比べれば遥かに貧しいが俺にとってそれが幸福の象徴であったが多感な時期なせいもあって予知夢だと信じていた。


 「もしも」があればいつか出会うものだと思いきっていた。穏やかで幸せな一瞬に付随してその前後は明るい未来でなければならず、気が付けば俺は人に囲まれて幸せに生きるものだと未来を信じた。だが、所詮夢は夢でしかないと灰色の毎日を歩いていて気が付かされた。


 名前も顔も知らないがもしかしたらこの世界のどこかで彼女と同じ顔、同じ背丈で生きていたとしてだ。それでも夢に現れた女の子本人じゃないのだろう。


 生きていれば出会うかもしれない。でも俺は諦めてしまった。彼女と出会う可能性を高められるようにより良い選択肢を積み重ねられなかった。夢の中で彼女に瞳に映る俺にはなれなかったのだ。


 なぜなら俺は今まで生きていて愛されたことがないからだ。愛するためにも器が必要だと生きていて思い知らされた。愛される事がないからその器が存在しなかった。


 だから唯一、幸福に満ち溢れた時間が存在しない人間と共に生きた存在しない記憶なのだ。忘れたくなくて眠る前や時間が空いた時にはこの記憶を思い出して咀嚼して幸せに浸る。もう脳裏に焼き付いてしまうくらいにだ。



他人からしたらなんてばかばかしい話だなんて常々思うよ。



 夢の中で自分が与えて欲しかった愛が夢の中で叶ってしまったせいで現実世界での暮らしにいつしか生きた心地がしなくなった。


 「あまり」の範疇は夢のような日々が現実であれと願う瞬間、いつも痛みや絶望を受ける時のことを指す。苦しさによって現実がいまここにいるんだと思い知らされて嫌気がさす。途端に吐き気を催して生きた心地になる。なんて世界だ。


 生きていて現実の世界の記憶が多くなり、もう片隅に追いやられてしまったが人生の節目に必ず映像が再生される。自分の中で確立してしまったあの女の子こそが理想の女性にあたる。



 神様を信じない俺にとっての天国とは、シアタールームに空席の空間にただ1人、俺だけが座っている世界。転生されるまでの間、生きていた時に強く思い描いていた深層心理下の理想を延々と暗い室内で上映はれるのを見続けるのだろう。


 でも俺はまだ生きている。これは天国のベータテストのようなものなのだろう。







—————————電源ボタンを押したらゲーム端末に電流が走り、魂が肉体と意識に接続されるように俺の人生が始まった。目を開ければ視界に映る黒い空間から光が溢れだす。



 俺は子供のころに何度も明日世界が終わればいいのにと願ったことがある。別に生きる事が嫌になったわけではない。若くして人生を悟りきってもいない。ましてや過去に一度たりともいじめられたこともなく、ただ単調な日々に辟易としていただけ。


 代わり映えする日常があってもいいなと男友達数人と部活終わりに各々が思い描いた世界の終焉について話し合っていたなんていう些細に破滅を願ってみた程度。


 あれは日が暮れてうっすらと星が見えるような日だった。楽しい日々だった。空に笑い声が届くくらい友達と笑いあった毎日。無邪気に笑いあえる青春にもいつかは終わりが来るのは勘づいていたさ。だけど終わった頃に大人になるんだとろうと思っていた。それが大人なのだと憧れていた。



 やがて彼女が二人も出来たがどちらも長続きはしなかった。テスト勉強に追われるが順調に学生としての階級が上がった。


 田舎から単身都会に越して来て大学生になった。友達が出来て酒の味も覚えた。酔った流れに乗ってだったがキスもした。ウイスキーの味がしてムードは台無しだった。まあ回数を重ねるごとにキスは些か上手くなった。濃い夜だってあったくらいだし。恋仲にまでは発展しなかったが細く長い関係を大学生活が終わるまで続いた。


 高校生から大人だと中学生のころまで思っていた。高校生になってみれば社会に片足をツッコんだら大人だと思っていた。

二十三歳になった今はそんなことを考えている間はいつまで経っても子供だと思うようになった。

 

 時間だけが過ぎて行って結婚を考えるような相手は今だに出来ず仕事をこなすだけの単調な日々に変わった。上司から仕事を増やされては処理して家に帰るの繰り返した。物静かな居間での晩酌。随所で寂しさから府民気味になって小さな不幸にも度々遭う。その分、何気ない幸せを感じては心を埋め合わせている。


 仕事の影響で離れ離れになってしまい滅多に会えなくはなったが、マメに連絡を取り合うような友達が複数、俺にはいてくれる。数か月に一回のペースで近況を話し合っては学生時代の思い出ばなしで夜が更けてしまう。まぁトータルで考えれば一人暮らしに満足している。



 俺は人生で苦労した経験が少ないらしく、傍から見れば普通という一般定義に含まれる人間だ。家は特別裕福ではなかったが兄弟と両親を欠けることもなく、満足にご飯を食べさせてもらった。


 しかも未だに年二回は必ず家族揃って旅行にも行く。盆と正月にもきちんと帰省はした。前にあったときより親の顔に刻まれた皺の深さを確認するためだ。



今では子供に憧れた。俺はあの日々に憧れてしまう程、毎日が燦燦と煌めいていた。



そんな平々凡々な生活を送っていた。



「あっちいなぁ」


 つい心の声が口から漏れてしまう炎天下、俺の額からは滝の如く流れる汗を手で拭う。水を幾ら飲んでも脱水症状に見舞われそうになる。しわくちゃなスーツを着て井畠いばた 朝陽あさひはスクランブル交差点を歩いていた。


 暑い日が連日続くがこれでもまだ二月。ジャケットを腕にかけているが喉を焼くような日照りに対しては効果が薄く、服着てサウナにいる気分になる。


 ワイシャツに背中に汗の染みがくっきりと全面、浮き上がっている。少しでも涼しくなってくれればありがたいが不可能なんだろう。


 そんなことを考えていると肩がぶつかった。互いに謝らないで前へ進む。一旦会社へ帰るために駅へ向かっている。気力を削られながら人の壁を掻き分けて進むのが目的地までの最短ルートなのだ。


 くそ暑いくせに悪循環にも二年前に突如、ペアレントと呼ばれる黒い球体が南極に発生した。そいつのせいで世界の国の数が半数に減った。


前々から異常気象は起きてはいたが

 異常気象が多発するようになったのはペアレントが南極を覆い尽くす程度の大きさだった頃だった。テレビに取り上げられたときは誰も危険視していなかった。だが、瞬く間に南極周辺の国に侵食してしまうほど膨張し始めた。食い止める手段は何ひとつなく、薄い膜が広がり、前触れなくペアレントは国民を死へと連れ去った。


 国連はペアレントを調べ始めた。調査の結果、判明したのは成長スピードにはムラがあるのと球体が呑み込んだ空間では人のみが生きていられないこと。

 

 しかしいかんせん情報が少ない。巷では人間が地球を汚した罰として発生した必要悪と噂されている。海外では死を予期し暴徒へと化した集団もいる。


 このままペアレントが大きくなり続ければ誰が言わなくとも遅かれ早かれ地球全土を飲み込んでしまうのは明白なくらいしか確かなことが分かっていない。


 死が目の前に迫っているというのに日本国家の社会体制は平常運転で回っている。




 スマホから一通のメッセージが届くと同時にビルに設置された大画面のテレビから大音量のハザード音が鳴り響いた。俺は瞬時に顔を向けるとテロップに緊急速報と称されて首相がモニターに映しだされた。



「誠に遺憾ながら・・・・・・・日本国家は只今をもって終わりを迎えます。政府一同は国民の皆様に対して何もできず申し訳ありません」




涙を流しながら頭を机に伏せた。一言一言、唇を震わせながら力を込めて言った。




「理由はペアレントの侵略により日本到達まで残り一年だと高機能AIが予測したからです。現代兵器では太刀打ちが出来ず、現状では手の打ちどころがありません。国民含めて政府の我々も人為を尊重し、最期のひと時まで大切な人と寄り添って生きていきたいと話し合いの上、多数の承認を得たうえで決定されました。ただし電力、水道の供給を停めることは致しませんので、つきましては依然と変わらずの生活は保障いたします。皆さまにとって最も愛おしい余生であることを願います」




スマホの画面には“ 今日から会社が倒産します”と映し出された。



 遂にこの会社から辞められる・・・、俺はそれが嬉しくて口角が上がった。近くにあるコンビニのATMから貯金を全て引き出して俺はスキップした。さっきまで重たくて歩くのに一苦労だった足はウソみたいに軽快に飛びはねていた。今だったらどこにでも行けそうな気だった。



 平日は朝から夜まで働いて暇人か娯楽を貪るしか能のない若者がいる都心部の道を羨望から睨みを効かして帰っていた。休日は寝て過ごしていたせいで心からの休息を取れずにいた。



そんな中、やっと・・・やっとだ。俺は労働から解放される。



 これからどこで何をしようかとあても無く新宿を徘徊する。財布は札束で引きちぎれる限界まで膨らむ。ただ社会人として味わった辛酸を酒で洗い流したい。



 昼間から開店している居酒屋があり、俺はそこへ入る。店内は狭くてカウンター席しかない。お客さんは誰一人座っておらず、暖色の効いた居心地が良さそうな店内だ。ぐるりと一周、豊富な酒類に囲まれている。酒の味に詳しいそうな店主は今にも死にそうな顔をしていた。だが俺は景気良くビールを頼む。


ジョッキに注がれた生ビールを飲むと暑くて沸騰しかけた脳みそを脳髄から冷やしてくれた。


 天井にくくりつけられたラジオからは最新のヒットソングが有線で流れている。どれも知らない曲ばかりだった。


 働きだしてからマトモにテレビやネットの動画を見なくなり、流行に疎くなってしまっていたようだ。


 アップテンポな音楽を聴きながらお通しに箸をいれる。最近はそんな音楽があるのかと知り、感銘を受け、俺はいま現代を生きている感覚に浸る。


 いや、失った時間を取り戻そうと躍起になっているだけだったが、それで生きた心地が湧く。たった一杯ひっかけただけでもう酔いが回ったのだろう。


 大学生の時は二日酔いで昼に目が覚めて冷水をよく飲んだものだ。痛む頭を手で抱えて、二度と酒を呑まないと誓うがその六時間後には誘い、誘われてまた呑んでいた。

 思い返せば、当時は汚い酒の酔い方をしていたと思う。たった二年前なのに小学生の頃のアルバムを読み返してるみたいだ。



 気付かぬ内にトイレが近くなった。用を足してる時にふと便器の裏にセブンスターが落ちているのを見つける。ご丁寧にも新品と殆ど変わらず中身が入っていた。



 客席に戻ると灰皿を店主から貰い、一本取り出して口に咥える。酒で潤った喉に辛い煙が口の中に充満した。


 久々のニコチンを味わいたくてゆっくり紫煙をたゆらせる。



「お客さんはこの悲鳴を無視してよく呑めますね」



 言われてみれば店の外から阿鼻叫喚の声が無数に響いていた。


 スクランブル交差点では国家崩壊の勧告が言い渡され、俺の周辺にいるサラリーマン達は軒並み呆然としていた。価値を感じられない労働に解き放たれて喜んでいたのは俺だけだった。



 道中、年齢なんて関係なく男女共に真面目に生きる事に執着していて泣く人が多かった。


 中には気が狂って日本国家に対する左翼的な発言を怒号に変換して発信する者もいた。

 やつらは呂律は回っていないがもう過ぎてしまった過去の法の改案についてやペアレントに適切で迅速な

対応を求めていた。




「あと良ければこれもどうぞ、お通しの余りですが…」



俺よりも歳が上そうな店主が笑顔を取り繕う。



「いいんですか?」



「はい……。こんなご時世なので店畳みますし貰って下さい」



 店主は俺の座るカウンターまで迫ってきてゆっくりこっちに目を合わせてくる。その双眸の瞳孔は完全に開いていた。



 自分が酔ったなと自覚できるくらいには理性が残った状態で店を出た。せっかくなら違う店にも行ってみたい。



 金を払い、店を出ると暑さを帯びる風が舞い込んでくる。なんとなく夏の暑さで焦げた地面の匂いがした。



振らつきながら俺は新宿を彷徨うと次に目に付いたのはゲームセンターだった。



 軽快な電子音が外まで響いていた。田舎で友達とやったきり、ゲームなんて触れていなかった俺は無性に入ってみたくなった。ゲームセンター特有の子供心をくすぐる魔力というのかそんなのに駆られて足が勝手に動く。



 自動ドアをくぐってから世界が一変したように、視界に入る情報量に驚いた。天井の色とりどりのライトに照らされて昔懐かしい物から知らない新しいゲームまで置かれていた。



 筐体で囲われたゲームセンターという娯楽で建てられた城。奥が見えないくらいに広くてそのすべてに誰かの込められた情熱が注がれている。



 特別やり込んでいたゲームというのは俺にはなくて、その分自分で楽しめる物を持っていないと過去を後悔する。だから興味が湧くゲームが見つかるまでかたっぱしから歩いた。



 多くの若者や大人が椅子に座って、格闘系のゲームをする。だが、一人、スーツを着た女性が太鼓を叩いていた。真昼間で九割男しない空間では異様さが目立つ。


 背中からは威圧に近いなにかを漂わせる。とても近くに寄れない雰囲気だった。でも熱心にゲームをする姿が面白くて不思議にもずっと見ていたいと思えてしまった。



このゲームで遊ぶ人は彼女一人しかおらず二回も連続でコンティニューコインを投げていた。



俺は不審がられないように横にあるゲームをしながらちらちらと観察していた。



 髪の毛はマッシュボブで身長は低くもなければ高くもない。いたって平均。細い腕を小刻みに振ってバチを叩く様が不釣り合いだがそれもまた魅力的に感じた。俺の視界のピントは彼女一点に集中する。他はぼやけて何も見えない。



 太鼓を叩き終わると女性は一息静かに呼吸を整える。上がっていた肩の力を抜くと足元に置いてあった仕事用に使われる鞄を膝に抱えてすたすたと回れ右をして出口へ向かう。何にも囚われていないのか自分の周囲を確認せずに動く。



「ちょ、ちょっと待って」



つい彼女に言葉をかけてしまった。騒々しいシンセサイザーの音に掻き消されてしまえばいいのに…。



心臓が一つ跳ね上がる。



 女性は振り返り、声の主を探す。心臓が二回目の不整脈を起こす。やってしまった。もうこれで後戻りができなくなってしまった。



……目が合う。



 キョトンとした顔で俺を一瞬見る。今、目の前の女性に映る俺の顔はきっと締まりの悪い表情をしているだろう。この空間にいる人間のテンションとはかけ離れていて、だれが声をかけたのか直ぐに判明したはずだ。



「なんですか?」



訝しげに警戒する。睨みに似た鋭い目つきでも心臓の鼓動が悲鳴を上げていた。



「あっいやなんというかその・・・・・・ナンパです!」



どう取り繕えばいいのか分からなくて腹を決めて率直に言った。



「えっ」



当然驚かれた。



俺は隣に並び、身振り手振りを使って慌てふためきつつも話しかける。



 素面じゃないんだから臭いセリフでも一つは思いつけばいいものを、緊張で酔いが醒めてしまい頭の中が真っ白になる。



「おれ、あなたがゲームしている姿を見て一目惚れしました」



さっきまで彼女を通して感じていたことを素直に述べる。



「貴女が真剣にゲームをする姿勢がなんというか・・・とっても輝いて見えました。そんな貴女をたった一瞬で好きになりました。どうせ死ぬのなら貴女といれば後悔しないと思いました」



「本当に言ってるんですか?」



彼女は可笑しそうに鼻で笑う。そして俺に口を開いてくれた。



「本当です・・・」



俺は間髪入れずに言葉を並べる。



「—————あと一年で地球が終わっちゃうので俺と・・・・・・結婚してください」



女性の方を見ると困り果てた顔をしていた。ずっと俺は誰に話しかけていたのだろうか・・・・・・。


 ここで自分がどれだけ恥ずかしいことをしているのかと冷静になって立ち直る。真っ当な出会い方で知り合っていない人間に好意を抱けるわけがない。何をしているのだろうか・・・。酒の勢いって恐いな。早く立ち去りたい。



回れ右で女性は出入り口に足を進めた。



 ははだよな。これでいいんだ。一生後悔するだけマシさ。俺は自分にそう言い聞かせて俯いた。



「あの、ついて来てもらっていいですか?」



彼女は手招きして俺を呼ぶ。俺は即、顔を上げる。



「え」



 一瞬で血が沸騰するように身体が熱くなった。走って隣に立つ。



さっき入ってきた自動ドアを二人で出た。



「こんな状況なのに一緒にいたいと思うんですか?」



 彼女は外の異常な風景を指してこの言葉を出す。ゲームセンターの中とは打って変わり、地獄のような風景だった。酒を呑む前よりさらに悲惨だった。信号を無視して進む車、誰かを傷つける人間。逃げ惑う人々。これが人間の成れの果て。


 俺は彼女の双眸を見つめる。さっきとは違う何か違う力がお腹の底から湧き上がる。手が震える。額からは外の暑さに耐えきれなくて汗が滴り落ちる。



「はい」



 理由の説明を順序立てて言えば通じるのは仕事ででしか通じない。だからはきちがえない程度の覚悟とか勇気とかそんなものを伝えるのに言葉を多く使うのは無粋だ。



「こんな私ですが、よろしくお願いします」




彼女はなんミリか口角を上げて微笑む。



老い先短い人生、残り一年しか無い人生。


ご指摘と感想以外は承ってません。

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