第四話 【未定なるバッドorハッピーエンド】
どれくらい時間が経過したのだろうか。長い時間おれは茫然自失しながらただずっとアクセルを踏み続けていた。
「運転を変わってくれ」
隣に座る阿本さんにそう言われた。男たちから逃げるのに一心で追いかけられないよう遠くへと離れた。ミラーで跡を振り返れば街灯以外にひかる物はない。どうやらうまく振り切れた。
力なく俺はハイと応える。ブレーキを踏む。
「疲れただろ。後は俺が代わるから休んでくれ」
ドアを開けて一旦外へ出る。車の中に漂っていた重たい熱気から解放される。延々と男たちのことばかりを考えていて思考回路はオーバーヒート寸前だった。するりと心地の良い夜更けの風が閑かに髪を撫でた。冷たい風が脳圧を下げてくれた。心が落ち着くのは間近にある木林が発する澄んだ酸素のおかげか。星が綺麗だからか。
できるだけ彗ちゃんの側にいたくて俺は後部座席に移ろうとすると
「運転に集中したいから助手席に座って欲しいけどお願いしてもいいかな?」
そう言われて俺は引き下がることができず助手席に座る。
後ろに座る彼女はすやすやと鼻息を奏でて横たわっていた。運転に集中していて後部座席にまで気が及ばなかった。彗ちゃんが怖がっていたのか、平静いられたかはわからない。でもこんな状況でスウスウ音を立てて眠るんだ。芯が強い子なのだろう。俺の心臓はいまだに強く躍動している。
「こんなに暗くて俺たちしか道路にいねえんだ、幽霊でも出てきそうだよな」
「やめてくださいよ。でもいそうですよね・・・」
この人なりのギリギリの冗談だったのだろうか、俺もそれに間にウケない形で返す。
当然ちゃ当然だがハンドルやシフトレバーの扱いに慣れた手つきで車体を操作する。
「・・・あの聞いてもいいですか?」
おれの視線はメーターの上に置かれてた拳銃に向く。
「ん?おういいよ」
「それ、どうして持っているんですか?」
口に出してから訊いたことに恐ろしくなった。
「あぁ–––これは犯罪者を逮捕した時の押収品が倉庫にあったからくすねたんだよ」
あっけらかんとした対応。この人が場数を踏むことで作り込んだ価値観と実物で拝めることのない拳銃の違和感の差がなんとも気持ち悪かった。ふと首から下を見てみると細身ではあるが脂肪はなく、筋肉が引き締まっていた。つい一週間前までは警察官だった男。身体能力には自信があるのだろう。強い威圧感はその身体能力に相互関係があるはずだ。
「そんなことを」
度胸があるなと感心はするが俺は青臭い子供ではないので憧れることはない。つけあがられたくないので興味がなさそうな雰囲気の対応をする。
「勿論、日本が崩壊宣言した後。だから犯罪じゃない」
そう言って、一人笑っていた。
「あー盗むなよ。殺したら戻れなくなるぞ」
こちらを見ずに俺に強い語気でそう放つ。前職の名残なのか脅しの圧力で防犯を促す。
「まだ人の域でありたいのでやめておきます」
俺の人生は良くも悪くも人並みの人生だった。それはペアレント発生前からそうだったしこれからもそうであろうとしたい。
しかしこの人と出会っていなければ、川辺から宿泊所でさっきの男たちと遭遇していたはずだ。そうなっていたら・・・・・・。この身一つ守れず痛い思い以上の経験をすることとなっていた。
語気つよめに言われた“戻れなくなる”。それはもう人の皮を被った違う生き物という認識なのだろう。その意味は自分の本能が知っていたから飲み込みが早かった。
「どうして花火職人になったんですか」
「うーんまぁもともと花火師の家柄に生まれたのがきっかけだったからかな。んで、ペアレントのせいでおれは無職になってやることもないしで暇潰しで花火を打ち上げるようになったって感じ」
「火を扱うからもっと大勢の人とやるものかと思ってました」
「そりゃ大きな祭りとかだったらね。かなりの量を打ち上げないといけないからさ、組合の人にも協力はしてもらうけれど。今はもう、そんな必要もなくなったし」
「そうなんですね」
彼は基本、その日の気分に変動されない抑揚に変化がない、棒読みのような応答をする。そしてその内容は人に話せる基本情報を最低限のラインに留めて話す。
「うん」
気だるそうに会話が終わる。 この人と短い時間だが会話を通して分かったのは感情論よりも理屈や事実を話す傾向が多いことだ。でも阿本さんの最後の一言、必要がなくなった。という言い方は重くどこか‘諦め’が混ざっていた。
そうしてしばらくの無言のうちに山を越えた。コンビニや民家が多く目につくようになり始めた。都会には立ち列ぶビル群はない。道路に電灯がまばらにあるだけ。人のいない静かで殺風景な田舎町。それがどこか哀愁と懐かしさで心を奪われた。
国道から曲がりを二つ曲がって、阿本さんの家に着いた。その時にはもう眠気が顔を出していた。しかしここで眠るとせっかくここまで俺たちを運んでくれた阿本さんには失礼だったので気合と深呼吸をしてなんとか目が冴えるよう努めたいた。
彼の家は大きくて綺麗な一軒家。しかも自家用の駐車場もある。花火職人の家ということで山小屋に住んでいるのかと思っていたらイメージとは違った。でもこの家は花火を打ち上げることで利益を得て建てられた城なのだろう。
「着いたから後ろの彼女?さん起こしてあげて」
「わかりました」
お礼を言おうとすると先に阿本さんが先に運転席を離れた。拳銃はズボンに挟んでいた。用心に越したことはない。さすが前職の習慣がまだ生きているのだろう。警戒心の強さは俺も見習いたい。
周りに人がいないかを見渡したが人の影は見えなかった。強い光は電灯しかこの町にはないから肉眼では遠くんに何があるのかまではわからない。気配はないのでたぶん大丈夫なのだろう。
「空いている部屋がちょっとばかし汚いもんで掃除してくるよ。二人で居間にでもいてくつろいでて」
返答を待たずして背中だけを俺に背中を見せる。家の鍵を開けに行く。後部座席のドアを開けておれは彗ちゃんを起こす。
「彗ちゃん起きて」
右に向いていた首が左に傾くだけであった。
声かけではなかなか起きてくれない。彼女は体を縮こませて、気持ちよさそうに眠っていた。そんな表情を見てさっきまでの殺伐とした瞬間がまるで嘘のように思えた。彼女の安らかな寝顔に俺も心のささくれが治る。
おれは頭を撫でる。毛先が切り揃えられているサラサラな髪の毛が指の隙間を抵抗なく流れる。
ここで寝ると体に負担がかかるので何度か体を揺らして意識を現実に引き戻す。
その時、彼女は眠りながら自分の腕を掻いていた。暑いのに手首まで袖を通していたからか蒸れて痒くなったのだろう。
おれは彗ちゃんの袖を捲り上げた。これでダイレクトにかゆみを殺すことができるだろう。
彼女の腕からは白い肌に到底ふさわしくない深い切り傷が何箇所もあった。深い夜に光度の低い月明かり。
驚きもさながらどうしたらいいのかが分からなかった。脳の処理速度は低下しているのに視覚は目に焼き付いたものをもっと見ようとどんどん俺の視力の彩度は上がっていく。この時間五秒足らず。
初めて現実で目にする酷い外傷に、マジマジとは見ることを良しとはしたくなくて目を逸らしてしまった。
彼女があえて隠しているのにも理由がある。このままの姿で起こせば彼女は寝ている隙に勝手に私のことを調べたと思うに容易い。募る罪悪感に負けて俺は裾を下ろした。
彼女はうーんと唸り声をあげておれに焦点を当てる。即座に彼女は自分の腕をもう片方の手で隠し、大きな目で睨む。
「見た?」
冷たく怯える彼女の瞳。初めてこの人から明確な敵意を感じた。俺は咄嗟に首を左右に振る。そう、そう言って俺を退けて車から出た。あんなに穏やかな顔をした彼女にはどんな過去があったのか、その傷が物語る。だが、それを知る必要はない。
読んでいただきありがとうございます!ぜひ拡散とレビューと高評価してくださいね!