灯死火編第二話 【侵略者】
第二章 灯死火編第二話 【侵略者】
スマホの電源をつけると夜の9時を回っていた。
後部座席に俺たち二人が座った。阿本さんは俺が目的地を説明するとナビゲーションもなく進んでくれた。それ以降は何も話さなかった。エンジンの音しか今は存在せず、普段よりも際立って大きく聞こえた気がした。車の中は冷房が効いていてひんやりと居心地が良かった。
ルームミラーから阿本さんを覗くと黙々と運転をしている姿が映った。まだ到着までに時間はあるし何か話でもした方がいいような重苦しい雰囲気が狭い空間に流れている。
今後も付き合うことはあるのだろうか?価値観が俺と合うのか?乗せてもらった恩義はあるもののきっかけがないとなかなか口を開けずにいた。
阿本さんはY字路に突き当たるときに左右を確認するだけで信号を無視している。法律を遵守する理由が薄れてしまっているのが着実に国としての機能を損なわれていっていた。
彗は朝からでこぼこの道のりを歩いていた。一日の疲労が座った直後に眠気へと変貌したようだ。体力にそこそこ自信がある俺でさえ久々に動いた反動でクタクタだ。彗は見るからに運動の経験がない体つきをしている。今日一日歩きぱなしでさぞ疲れただろう。
隣で首を下げて寝ている。肩こりの原因になりそうだったので、俺の肩に抱き寄せた。本当はもう少し時間と共に信頼を構築してからの方が彼女の了承も要らずにできるのだろうか。
まぁ何か言われたら車が揺れた拍子にこちらにもたれかかって来てどうしようもなかった。などと説明すれば弁解できるだろうと画策した。
彗同様にすでに疲れのピークに到達していた。何もしたくなくなっていル。少し眠たいが目を閉じても意識は落ちそうにもない。俺は窓越しから阿本さんの地元を眺めることにした。
大学のサークルで山に何度か来たことはあったがその奥にある町にまでは行くことをしなかった。上京してから住んでいた町と特に変わらぬ町並みに新鮮さはない。それでもどこかにある忘れてしまった望郷がここなのでないかという期待を胸の内に秘めていた。
上り坂を登る。ガードレールに等間隔に反射板が巻かれている。事故を未然防ぐ対策はしっかりと施されている。電灯のみだとやはりそれだけだと夜の走行では先に道があっても恐怖はあるものだ。
そのときだった。対向車線から車のヘッドライトが光っているのが目視できた。淀みのない夜闇に一点のライトが眩しくこちらを照らしてくる。ものすごい速さでこちらに近づいて来ている。
車が一時停止した。法定速度で走っていても停まればそれなりに衝撃が走った。今の勢いで彗は運転席に頭をぶつけ、起きた。痛そうに頭をなでている。
「ん〜どうしたの?」
彗が言う。でも俺もわけがわからずにいて答えられなかった。阿本さんは後ろを見ながらノロノロ後退する。
「頭を下げて、衝撃に備えて」
静かで穏やかだった阿本さんは人が変わったように怒声混じりの声で言い放つ。気が緩んでいたのもあり虚を突かれ、俺も彗も慌てている。何をしたらいいのか判断ができずにいた。
「女の子を守るんだ」
再度、阿本さんは振り返り俺に言い放つ。目が合う、彼は目が血走っていた。一も二もなく俺はすぐに彗を抱え込んだ。
「急にどうしたんですか?」
阿本さんのテンションに同調していた俺は彼と同じ声量で尋ねる。
「こんな夜更けに車の通りのない道路でデタラメな速度で走っている。あれ、もしかしたらこっちに突っ込んでくるかもしれない」
状況報告をするときは昂りを抑えるように冷静な物言いで喋ってくれた。
「そんな・・・」
俺はまだ半信半疑だった。しかしいつの間にか充満している緊迫した空気感。もう目と鼻の先にまで車が接近している車。交互に見て信じざるを得なかった。
「杞憂に終わればいいがあの速度でこっちに体当たりでもしてみればひとたまりもないぞ」
阿本さんのカーライトの反射で向かってくる車が間近で見えるくらいにまで迫っていた。そしてすれ違い、事なきを得た。が通り過ぎた相手の車を見て俺は寒気がした。
「・・・すいません急いでもらう事って・・・できますか?」
「どうしたんだよ」
「あの車・・・、俺の車かもしれないんです・・・」
どうか見間違いであって欲しい。だが俺には思入れのあるものだとすぐにどれが自分の物なのか判別がつけられる特技があった。俺が社会人になってから初めて買った車であり愛着であったから、さっきスレ違い様に一瞬だったが対向車を見たとき、一種の帰巣本能のようなものが反応した。
そして俺は誰も来ないだろうと安易に自家用車の鍵を置いてきてしまった。俺たちがいない時にもしも誰か入ってきていたら・・・。不幸の想像は容易い。
「・・・・・・それが本当なら君たち二人が住んでいる場所はもう危険かもしれない・・・」
続けて
「車泥棒だけが君たちの家に行ったとは限らない。これからその車に乗って仲間たちを迎えに行くのかもしれない。一人じゃない可能性だってあるのならわざわざ行く事のメリットは薄い・・・」
「それじゃあどうしたら・・・」
彗が初めてここで弱音を吐いた。家に帰るか、帰らないかの選択がここで迫られていた。帰らないと言うことを選べば道具も今後の見通しもない野宿を迫られる。道路に設置されている電飾によってうっすらと彗の顔が見える。彼女も浮かない表情をしていた。ここで俺がなんとかしないといけない。
「どうしようもないよ。とりあえず行ってみて考えよ。遠くから伺ってみてどうするか判断かな」
朝まで待ってからでも良かったがその場合だと阿本さんの家に泊めてもらうということにもなり得そうだった。
「解決は早い方がいいか」
阿本さんは助手席のグローブボックスに手をかけた。何かを物色していたが何を手にしたかまでは電飾が弱くて視認できなかった。
「まぁ空似の可能性だってあるし行ってみて何もなければそれに越したこともない、か」
「それもそうですね」
そうであってくれ。そう願った。シフトレバーを操作してアクセルを踏み込む。
家に着くのにもう5分もない。ここまでの道のりに特段変わったことは起きなかった。
良くないことを思いつくとそれが際限なく連想してしまう。呼吸が難しくなっていた。あの家に誰かが侵入していたら俺はどう対処すればいいのか。
もう答えは出ていた。
殺すしかない。でもできるのか俺?。必要に迫られればもしかしたら・・・。
その時に俺は手を汚せられるか?息の根を止める手触りが思い描けてしまう。血管の躍動がストップする感覚。バッテリーが切れた機械のように一瞬で全てのガスが切れて動けなくなるような・・・。
ここで一つ、疑問が浮かんだ。どうして自分は人の死に顔を想像して思い留まることはしてないのだろうか。
自分が自然と殺害する前提で物事を運ぼうとしている姿勢に気がつき背筋が震えた。ただの連想なのに手に粘着性のある液体が手についた感覚を思い出してしまう感覚がそこにはあった。
自分で自分を追い込んでいるせい。実際に経験したレベルに到達するくらい鮮明に想像ができてしまっているだけだ。自分に言い聞かせた。
追っ払うだけだ。それならできるさ。
「着いたぞ」
ブレーキと共に阿本さんが目の前を睨んでいた。
面白かったらグッとボタンと宣伝よろしくですさい。 対戦ありがとうございました!