第十三話 【メンター】
花火を打ち上げる主、その男は森林から遠く木々が生えていない場所に立っていた。キノコのように何本もの筒が地面に固定されていた。男は間髪入れずに花火を飛ばすものだから火花が飛び散っていて月よりも電燈よりもその場は明るかった。
「これ終わるまでこっち近づいたら火傷するからそこで眺めてな」
テレビのリモコンのような長方形の花火を打ち上げるのに使うスイッチを片手で操作する。親指でボタンを押す。そして両の人差し指で耳を塞ぎ、大声で俺と彗に言い放った。目の前の男と同じ動作を二人は真似し、音を遮った。
ヒューン、音階が外れた笛のような甲高い音が夜空を駆ける。刹那、音が弾けた。ほぼ真下にいたせいで空気の荒波が耳栓を貫いて鼓膜を激しく打ち震わした。鈍い痛みが頭蓋骨に生じる。中央を軸に四枚綴りの花弁が三層で咲いた。蓮の花に形が似ている。そう感慨深く思う。
大きすぎる爆破音に音に隣にいる彗は体を震わせ、き、怖がっていた。
男は膝までしかないズボンのポケットに左手を突っ込んで、上を見上げながら花火の行く末を見届けた後、口に咥えたタバコの煙を吐き出した。恍惚とした笑みを浮かべていた。
パラパラと光が落ちる。降下してくる火花からは嗅いだことのない臭いが空気中に降り注いだ。状況からそれが火薬のニオイだと理解するけど。
稀に、灯油や火薬、アンモニアの激臭を嗅ぐと落ち着く人がいるらしい。俺には受け付けない部類の刺激の強い香りで吐き気を増加させる。あと少し濃ければ胃の状況によってはゲロっている。
俺は彗の背中を摩って深部体温をゆっくりと上げることに努めた。彼女は胸に右手をあててゆっくりと息を吸って吐いた。体と心のバランスを整える。彼女の気分が正常になるまでの数秒、ひどく怯えた目をしていた。
彗の左手は掴めるものを探して宙を彷徨っていた。果たしこの手を触れるのに適しているのか?そう考えが過った。彼女の小さな手を握れればよかった。
「あ、ありがとうございます」
「まさか人がこんな山奥にいるとは思わなかったよ」
「えっと、昨日ここに越してきまして」
「そうだったんだ、えっとよろしく。阿本って言います」
どうやらもう花火はおしまいのようだった。
男の名前は阿本常盤。二日後、俺たち二人にとって死ぬこととは何かを問いかけてくる。
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