第十一話【森林道中】
主に宿泊施設には小、中学生が冬はスキー合宿に、夏は森林教育で寝泊まりするように四人部屋が併設されている。だが俺たちは大広間に寝袋を広げて今夜は眠ることにした。寝袋が一つしかなくて彼女はタオルケットを上に被せて床に伏せていた。
申し訳なさがあったが頑として寝袋を拒否していた。睡魔も相まって何かいう気持ちにならず受け入れるだけだった。ひとつしかないんだったら俺に使って欲しいらしい。
明日は俺が背中を痛める番だ。
次の日は就職して一年目の時に味わった上司のひどい指導のダイジェストを追体験し目が覚めた。瞬間、喉が締め付けられる渇きに襲われる。力強く喉を押さえ込み、浅く何度も呼吸を繰り返した。視界が狭まってくるが自分の身体には何が生じているのか理解が追いつかなかった。10秒満ちているかどうかは危うい。
しかし彼女が頭から水をかけてくれて終わりが来ない苦しみからだっしれた。。
呼吸が安定しだすと自分の身に何が発生していたのかを理解した。もしも、あと何mlかの汗を流していたら寝ながら死んでいるレベルで脱水に見舞われていた。隣で先に起きていた彗がキャップ未開封の水を渡してくれからお陰で命を救われた。
「ふぅう、らりらとう・・・・・・」
俺は呂律すら回っていない状態にまで陥っていた。情けない話だが自分で自分を管理できなくて何度も助けられるのが恥じてしまっていた。
「体調が回復するまで時間がかかると思いますしそれまで日陰でゆっくりしていてください」
・・・・・・俺は頷くしかできなかった。
いつも夢心地悪く起きてはいたが今日ほどではなかった。どうして今朝に限ってなんて考えたが、ここは都会よりも何倍も暑いことがすぐに気がついた。
天井は全てガラスで覆われており、日差しが前面に浴びられた。都会よりも蝉が強く鳴いている。蝉の声に木々が反響していって自然のスピーカーとなっていた。都会よりも音の重低音の密度が濃かった。
幾多の知らない人間に囲まれていた日々から離れてみて、たった数時間なのにすごくこの場所が愛おしかった。
俺を知る人間が数少ないってのはこれだけ落ち着くなんて思いもしなかった。
「あーーーー」と言いながら体を伸ばして関節から軽い音が出てくる。
なんでこんなに簡単なことに胡座を欠いていたんだろうか。家に籠るくらいないら誰もいない所に逃げれば良かったんだ。あの時もそうしていればよかったかもな・・・。
社会人なってからいつからか新しく出会う人と時間を共にするのがめんどくさくなっていた節があったんだ。周りは俺がが好きなものを知ってもらう努力をするよりも相手は自分の好きなものを押し付けてくる時間が多くてめんどくさくなって、仕事で疲れるのに更に不特定多数の人との仲を築くのは、相手の腹の汚さを探るようで気だるくなっていった。
「あの、そうめん茹でたのでよかったら食べませんか?」
「いいね、作ってくれたんだ。ありがとう」
立ち上がると視界が揺れた。おっと、なんて言った瞬間に彼女は俺の背中を支えてくれていた。まるでこうなる事を先読みしていたみたいに手が速かった。
「まだふらつきますよね、私の肩掴んでてください」
大広間から食堂までは目と鼻の先だった。席に着くまで彗に甘えていた。テーブルにはボウルにそうめんがあり、お椀には麺つゆが注がれていた。久々に夏の食べ物を食べた気がした。
静かにズルズルと麺を啜ってから俺は
「君は俺よりもできることが多くて羨ましいよ」
「私には何もないからこんなことしかできないんです」
彗は俺の目を真っ直ぐにそう言っていた。圧倒する目つきに俺は視線をそらすことしかできなかった
「一人暮らしを始めてからずっと俺には彗さんのように家事はできなかったな」
「これから一緒に覚えていければいいんですよ」
「確かに、そうだね」
虚空な未来しかないと思っていたばかりに彼女には俺との先があって驚いたが同じ量で嬉しさがった。こんな記憶がたくさんあればいいのにな、ふとそう思った。なんだそりゃ。
食べ終わると二人で皿を洗って、森を探検することになった。
屋内だと日差しにフィルターが貼られていたから眩しさも直射日光も遮られていた。しかし一歩外に出てから営業で外に出ていた時よりも不快な熱さで身が焦げるようだ。
雲ひとつない晴天で爛々とした太陽が憎い。俺の心情とは逆に彼女は森の新鮮な空気に触れて溌剌とした笑顔を表情に現していた。
「この森にもよく入っていたんですか?」
「ん?ああそうだよ」
森は葉っぱで太陽が隠れるから涼しくていい。俺が先導して舗装された踏み固められた道を進む。河口にでも行ってみようとしている。
鳥や虫の声が何十層と合わさりもはやオーケストラとなっていた。
一応水はペットボトルに常備して携帯しているのに、飲んでも飲んでも倍の汗へと還元されてしまう。
しばらく歩いていると水が流れる音が聞こえるようになった。どことなく風が吹いてきて体を貫いた。あぁ近いのか。
この河もサークル時代、みんなで夏、水浴びをしていた。あぁまた会いたいな。
俺は大きめの石に腰を下ろした。
「あーーもう無理。歩けない」
泣き言が突いて出る。体力が衰えていると自覚はしていたがまだまだ動けると自負している。そんな自分に落胆する。
彗は靴を脱ぎ、ズボンの裾を捲って川の中に足首まで浸す。少し震えたがすぐに慣れて
「朝陽さん!ひんやりして気持ちがいいですよ。一緒にどうですか」
俺はまだ座って体力を回復させたいから手を振ってやめとくの合図を出した。声を出すの億劫だった。
でもこうしているのも来た甲斐がないので濡れるのを覚悟で靴ごと水中に足を突っ込んだ。
「冷て」
俺がそういうと彼女はニヤリと子供のような笑顔で
「ね、気持ちいいでしょう」
俺にそう言った。
水をかけあったり生き物がいないか探したりとなんやかんやしていると太陽が傾いていた。その時にはお互いに体温は冷え切っていた。
「おかしいなぁ昔は、もっともっと遊べたんだけど」
なんて彗は言いながら衣服の先端を絞る。
「いやいや充分だよ」
働き詰めで遊べなかった鬱憤をここで晴らしたからか久しぶりに心から笑えた気がする。
「また来たいな・・・・・・」
俺は彼女のその言葉を聞き流さなかった。