第十話 【目的のない生き方】
二人の意見があっさりとまとまった為、すんなりと物事は運んだ。詰めた荷物を駐車場に停めてある車に搬入するのに2回の往復をせざる負えなかかったのが大変だったくらいだ。だが誰かに邪魔をされることもなく、動きやすかった。
暴徒は夜行性なのだろう。昼間は人の気配が外では感じられない。
上京してから住んでいた部屋だっただけに名残惜しさが強かった。引っ越し代を要さなくて良かったのが幸いだと思えばこのご時世にも感謝かもしれない。
ローン6年払い、室内空間広めなのが理由で入社前に購入した電気軽自動車に乗った。
「じゃあ出発ね」
俺は車のエンジンボタンを押す。ライトの点滅が起きてアクセルを踏む。
町内は見える範囲では地べたに寝転がる人が多数いた。電気が付くし水道も出る。なのに家に帰らないのが謎だった。
車のスピーカーからはスマホに取り込んである音楽が流れる。俺が好きな曲を流しながら道路を走る。
ちょうど高速道路に入ったあたりだった。
「木々が生い茂っていて綺麗な町でしたね」
似たような景色が窓枠というスクリーンからアニメーションのように少しずつ変化しているのを彗が眺めていた。
「あぁそうだね。ダサい県なんて言われているけどペアレントなんかなければ住みやすい町だったよ。蝉や鈴虫の鳴き声が聴こえると落ち着ける」
「それ分かります。私が学生の時に住んでいた所も森ばかりでした。都会はただうるさいだけでイライラしっぱなりでした」
「そうだったんだ」
彗の話を深掘りしたかったがどこでどう育ったかを質問するのは野暮な気がして、会話をやめることにした。
運転の途中、サービスエリアに立ち寄った。
「トイレ行きたいしここらで休憩しよっか」
「はい」
俺が先に車から出るとそれを待っていたかのかドアから足を出したタイミングで彼女も助手席の扉を開いた。
サービスエリアには俺たち二人以外に人はいなかった。雑然と棚に物が置かれている。この店は大学でサークルに所属していたときに夏季と冬季の年2回、強化合宿と称した旅行で立ち寄っていた。行きと帰りに入店してお菓子やジュースを買って車の中でたわいのない馬鹿話をしていたもんだ。
トイレで用を済ました俺は売店に行った。彗は辺りをうろうろと歩いて商品を吟味している。
俺は真っ直ぐイートインスペースに足を運ぶ。テーブルとイスはあるが誰も座っていない喪向けの殻の休憩場。あそこには券売機があってその奥には厨房があって、どの料理も味なんて普通すぎて俺が作る方が美味しかったんだよな・・・。なんて学生時代のことを鮮明に思い出す。懐かしむのは歳を重ねたからではなく、卒業してから働き詰めで自分の時間が止まってしまっていたからか過去の自分の甘味に味しめているだけなんだろう。
日本国家が解体されてから三日目なのに全てが荒廃してしまった感覚で寂しくなる。
「どうかされたんですか?」
彗の声が背中から聞こえてきた。音もなく現れて驚いた。
「あっいやっなんかさぁ三日前まではここも賑わっていたんだろうな。なんて思ったんだ」
「見た感じまだ置かれている物には手入れが行き届いていますし、きっとそうだったんでしょうね」
彼女は誰もいない厨房に目を凝らしていた。
「・・・・・・そういえばこれからどちらに行かれるんですか?」
「俺が大学のサークルで使わせてもらっていたキャンプ場に行こうとしてるかな」
彗は唇を固く閉じた後、一周させ開いた。
「キャンプ場ですと人もほとんどいませんし最適ですね」
「そうそう、街にいるよりもね身の安全が取れると考えたんだ」
「なんだか本当に地球が終わっちゃうんだって感じですね」
もう働かなくてよくなり人間は食べ物の生産を人間が辞めてしまった。そうすると今ある食べ物を食い尽くし、人は森で食料を得るようになるだろう。その際のビジョンを彼女には見えたんだろう。
それとなく察したことを理解したから俺は「確かにそうだね」なんて応えた。
彗は店のカウンターの板をあげて中へ入った。そして冷蔵庫を開けると
「おっあったあった!」
「何してるの?」
「電気が通っていて水道も出ます。腐って食べられなくなるのは勿体ないですしここで簡単な昼食を摂ることにしませんか?私、作りますし」
「えっ」
瞼が咄嗟に限界まで釣り上がる。彼女がそんな提案をしてくれたのが嬉しかった。誰かに何かをしてあげたいという発想を俺に向けてくれたんだ。敬語が外れないのは律儀で彼女の良いところである。だが要所要所で昨日よりも今日はよりライトに接してくれている点があり、俺への警戒心は徐々に弱まっていると想起できた。
「ありあわせですぐに作りますけど・・・。効率や今の状況を示唆すればそんな時間なんてありませんよね。あっ大丈夫ですよ」
「いや食べたいな」
こんな些細な変化だが人と深く交流が結べるのが初々しくて橙色の火が心に灯る感覚があった。
彗は調理を始める。そこそこ普通だった売店の味が家庭の味に昇華していた。
お腹が満たされると活動を再開した。俺は車の中に入る分だけ持ち込むことにした。そしてレジ前に詰め込んだ相当分の金額を置いておいた。
もしもまた誰かがここにきた時のために賞味期限がほぼ存在しないような缶詰類を残してサービスエリアから出た。
車一台も走っていない高速道路。疲れたら路上駐車しても事故にはつながらないのでは?なんて悪知恵が働く。
そんなときに彼女がまた俺に質問をしてきた。
「どうしてあそこを出る際にお金を払ったんですか?」
「あー見られたかー。うーんなんとなく払ったほうが良い気がしたからだよ。やらなくたって捕まらないのにさ、人が人としてたらしめる通過儀礼みたいなもんだね」
「そんなもんですか」
「うん。礼儀や作法を忘れられないだけだけれどなんとなく怖かったから」
深く相槌をしてから自分の考えを述べた。
陽が落ちる頃にキャンプ場に到着した。エネルギースタンドで車を満充電させたからか着くのが遅れてしまった。
俺の隣で眠気に耐えていた彗が森の空気を吸うとたちまち活力を取り戻す。俺は逆にストレスの解放から早く床に着きたかった。
キャンプ場に併設された宿泊施設は灯りがついていない。これは俺たち二人しかいないと言ってるのも同じ。
扉は施錠されていなくて簡単に入れた。
だだっ広い空間に二人だけでの暮らしが始まった。
読んでいただきありがとうございます。