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第九話【クロルプロマジン】

テンポ良く書きて〜



 家に着くとお互い、垂れた華の花弁のようにぐったりしていた。帰宅時の自然な動作で居間の照明を点灯させる。するとさっきまで大きな事件に巻き込まれていたから頭から抜けていた用事を思い出す。



「ついてきて。見せたいものがあるんだ」



 彼女が右手で握りしめているカバンの紐を俺はそっと掴む。彼女が受けていた負担を二人で分け合い、拒まれる事なく俺が一人で請負う。



 備品庫と朝までは化していた部屋を整理した個人用の部屋の前。



 ジャジャーンなんて可愛らしい効果音を一人で鳴らしながらドアノブを捻る。



 中では照明の電源ボタンを左手で押すと全面に温かい黄色の光が咲き開く。ローズマリーの芳香剤が気がついたら鼻腔を刺激していた程度の刺激が弱い匂いが漂う。



「これは?」



彗が頭の上ではてなマークが浮かび上がっていた。



「一応君の部屋・・・・・・」俺は続けて、「どうかな?やっぱりソファで寝るなんて体には悪いしさ」



「それは。あ、ありがとう、ございます・・・」



彼女が先に部屋へとそそくさと入り込み、そして上着をゆっくりと震えた手で脱いだ。周りを見回す。



「ああ、ここ」



 俺は押し入れをの取っ手を掴み右開きに引く。小さなポールハンガーが顔を出した。あぁこれね、と言う表情をする彼女は驚きと喜びを二で割った表情をしていて可愛らしかった。



頂上近くに生えている枝に上着の襟を吊るす。遠目から見れば幽霊にも見えなくはない。



「私のために部屋を用意してくれてありがとうございます。こんなもてなされ方、その・・・初めてで・・・」



 未だに 他所他所しさを感じつつもいつかは彼女自身も俺との生活は慣れるだろうと思ってヘンテコな違和感には言及しないようにした。



「いや、いいんだ。これからここで生活するんだし。お互い一人になりたい時間だってあるんだもの。だからここは君にとって心の避難シェルターと思ってくれよ」



 俺が手に持っていた彼女の鞄を部屋の隅に音を立てず置く。改めてここはこうしたらよかったな、なんて改善点が見つかってしまう。でも結果的に喜んでくれているようにも見えたしこれで万事オッケーであれば良い。


 

 牢獄よりは日用品はあるがそれでも生活感はところ所で見当たらない簡素な部屋。でも彼女は文句ひとつ言わずにカバンから実家から持って来たであろう私物を広げた。



 さっき俺が持った感覚ではあまりにも軽すぎた。もっと荷物は多いだろうと思っていた分、拍子抜けした。もしもの時に備えて俺から逃げられるように重くならないようしていたのかもしれないが・・・。


 

「もう少ししたらココアを持ってくるからゆっくりしてなよ。疲れたでしょ」



「あ、あの・・・」



俺は居間へと回れ右したときだった。彼女に呼び止められた。



「ん?どした」



ただの得点稼ぎのつもりで笑って応答してみせた。



「あ。ココアに入れるミルクはいくつにする?」



「二人で飲みたいです」



「え」



こんな提案をされるなんて思わなくてつい拍子抜けした声が出てきてしまった。



 それが面白くて心の声がふっと単発の鼻息となってつい現れた。隠すように「あぁ、いいよ」と即答でさきと変わらず笑みを見せる。




 ドアを閉めるとキッチンに足速で駆け寄ると小鍋に牛乳と砂糖を落として温め始める。泡が立ったらバターとココアの粉を投入し素早く混ぜる。真っ白の鍋底があっという間に焦茶色に塗り替わった。



 二人分のコーヒーカップにココアを注ぐとバターの油が艶になって仕上がりが綺麗になる。カカオの匂いも香ばしくなる。下から上へと水嵩みずかさが増し、陶器が熱くなる。縁に届きそうになるまであと二割のところで鍋を傾けるのをやめる。



 2回、彼女がいる部屋のドアをノックした。はい、と面接官に応答する際にするキレのある返事をする。彼女がまだこの家にいる証明が確立され、心の中でポッと温かいものが咲いた。



 俺は右手で持つコップの底でドアノブを押して解錠する。片膝でドアを押す。両手で二つのコップの取っ手を握り、こぼさぬように慎重に運ぶ。彼女に一つを渡す。



 湯気を鼻に近づけて匂いを嗅ぐ仕草をして子供のような笑顔をした。こんな簡単なことで笑ってくれるんだなと一つ彼女を知った。



「淹れたばかりで熱いから火傷をしないように飲んでね」



「そうですね。熱いっていうのがこのコップを持って解りました。あとで口の中が痒くなりそうだなぁ」



独特な言い回しだった。



「何それ」俺はちょっと笑った。



「え、変ですか」



 俺の分のココアはテーブルが無いため床に置くことにした。そして小さなスプーンを台所から持ってきて彼女に手渡した。



彗は下を向いて分かりやすく俯いていた。



「あまり聞くことのない返答で、テンプレート的な返しになっちゃったねごめんごめん」



「いえ別に」



 彼女がごく自然にコップの縁に口をつけた。静かにココアを飲む。そこまで馴染んでくれたかーと俺との生活に変化が見れた。



 クローゼットの向かいにある壁に俺の背中を預けて胡座で座る。彼女が少し間隔を空けて体育座りで座っている。



 さっきまでクタクタだったはずなのに、目はよく冴えていた。ゆっくりと流れる時間と深まる沈黙。彼女と同じココアなのにあっちの方が甘ったるくも香ばしく湯気から匂う。



「あの・・・」



 彗は真面目な顔で俺を見つめた。今までで一番緊張している表情だったから俺も座り方を正してどんな言葉ででも受け止められる準備をした。



「どうして私なんかと結婚したいなんて思ってくれたんですか?すごく疑問でずっとわからなかったんです」




張り詰めたピアノ線のように凛とした強い眼差し。じっくりと間を空けてから口を開ける。



「・・・・・・あの時は、ただなんとなくだった。でも確信したんだ。“好きだな”って。そしたらなんか、心が軽くなっててね自然と声をかけていたんだ。一生懸命にゲームしている姿がさ本当に世界が終わっちゃうっていうのに生きようとしているようにも見受けれてさ。君が実際にそういう思いじゃないだろうけれどそう汲み取れたんだ」



 自分で言ってみてなんだけれども軟派な人間だな。もっと感情に訴えかけられる正当性があって物語みたいな綺麗な理由があれば感動してくれたのかななんて思う。しかし今の俺にはさっきまでの元気だったのに一転、心労が現れてしまい、嘘がつけなかった。


「そうだったんですね」



そして彗はみるみるうちに目が垂れ下がって、力のない顔をしていた。



畳んである布団を広げた。彼女の小さな身体を抱き抱え寝かせた。




彼女からは警戒心の欠片も感じ取れなかった。



俺はいつまで彼女を守れるのだろうか。そう思うとまた心の中で温かい何かが咲いた気がした。



次の日、彼女の部屋で座って眠っていた自分がいた。




「あ、おはようございます」



「お、おうおはよう」



俺の返答に彼女が笑ってくれた。そんな些細な日常を続けたくて俺は勝手に言葉を紡いでいた。




「あのさ、引っ越ししよっか」



少し目をおおきくあけて驚いてから無表情のような薄い表情をしていた。



「んー・・・そうですねやっぱりそうした方がいいですよね」



「あ、君もそう思っていたんだ」



「はい、だって外であんなに暴徒がいたら生活に支障がきたしますからね」



「昨日はたまたま何もなかっただけで今後ここに留まっていて何も起こらないなんて保証はないもんね」




二人の意見は合致していた。だから俺たちは引っ越しの準備を始めた。




 俺は二つ疑問を抱えていた。どこに行ってもペアレントの脅威から逃げられる訳ではなく、ただの延命であること。二つ目はこの街から逃げてどこか知らない土地に暮らすこととなっても昨晩のように暴徒たちがわんさか潜んでいる可能性があるということだった。


 それでも彗のどこかおっとりとしたところを見ているとなんとかなりそうだな。なんて段ボールにこの家の物を素早く詰めている姿を目にしているとどうでも良くなった。



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