第8話 深淵部へ
九歳になった。
俺の身体もスクスクと育ち、身長は130センチになり日頃の父との鍛錬の甲斐もあって身体の方も逞ましく育っていった。
そうそう、この間父様との模擬戦で偶然だが一本取ることが出来た。初めて父から一本取った時のあの父様の顔は今でもしっかりと覚えている。
でもまぁ父様も本気出してたわけじゃないし、子供とチャンバラごっこしてたらついうっかり当たっちゃったみたいなもんだろうが…
それでもよっぽど息子に、それもまだ九歳の息子に一本取られたというのは精神的にきたのだろう。
その日以降、父様は今まで以上に俺に厳しい稽古をし始めた。
正確には父様がいつも行っている訓練を「俺から一本取ったんだから今日からは俺と同じメニューでも問題は無い!」とか言い出して半強制的にやらされ、結果めちゃくちゃハードな訓練に…
まぁ母もその様子を見て苦笑はしていたものの、微笑ましそうに眺めていたので問題はないのかな?
出来れば止めてほしかったんだけど…全然止めてくれる気配ないんだけどね!
ともかく、俺はいつもどおり平穏な日々を過ごしていた。
しかし最近、父様と母様、そしてリューマ兄はちょこちょこ出かけるようになった。普通に1週間以上戻ってこない日もある。
何をしているのか興味があったが、それよりも今まで以上に自由に研究できると思えば心踊った。
俺の研究も捗り充実した日々が続く中、ある日父様、母様、リューマ兄全員が一週間程ここを離れることになった。
何でも近くに街を発見したらしいので下見に行くらしい。
勿論最初は俺も連れて行くという話になっていたのだが、俺は誰にも見られずに研究に没頭出来るこの機会を意地でも逃したくは無かったので人が怖いやら、俺はそこそこ強くなったので大丈夫だとか色々残る理由をこじつけて三人を説き伏せた。
母様を説得させるには骨が折れたが…考えてみればまだ九歳の子供を一人にして一週間程出かけるというのは、親として色々と思うことがあるのは当たり前だろう。
ましてはこんな物騒な森の中に子供を置いてくなんて普通ならあり得ない。それを無理に説得させる俺はよっぽどの命知らずに違いない。
でもここら辺に湧く魔物はもう俺の相手にはならない事を三人は知ってるし、実際に夜の森に入らなければ余程の事がない限りは安全なので、だからこそ俺だけが残る事を許可したのだろう。
そのかわり見回りのホネホネの量が普段の3倍ほどにまで増え、しかもめちゃくちゃ凄そうな結界を一日かけて母様とリューマ兄が張っていたのだが。
そして俺は今三人を見送り、一人となった。
母様だけは最後まで一緒に行きましょう?と俺を説得しようとしてきたが。罪悪感を覚えつつも念願の一人である。
正直魔法の研究もそうだが、どうしても俺は一人になりたい理由があった。
それはこの森の最深部に非常に興味があったからだ。俺は今までしばしばワープホールを駆使して最深部を目指して進んでいた。
なんて言えばいいのかなぁ…空間魔法で最後に居た場所の座標を記憶しておけるので、次はそこまではすぐにワープホールを開けるのだ。
うーん、座標転移とでもいうのか?でも、記憶できる座標は二箇所しか無理なのがネックだ。
それでも目的地登録できるワープホールとかすごく便利!
あと、ワープホールと違って座標転移は距離には比例しないで一定の魔力量しか消費しなかった。
これがめっちゃありがたいね!
これまでワープホールで長距離移動するたびに吐いたりしてたからね、ほんと助かる!
何故そんなに最深部に行きたいかって?勿論最初はただ何となくだったが、今は違う。
最深部から感じる謎の強いオーラ、しかもそいつに見られているような気がする。だから、その正体を突き止めにどうしても最深部に進みたかったのだ。
こんなものを感じてしまったらそりゃ進むしかないでしょう。ワクワク半分恐怖半分といったところだ。
一目見て勝てなそうなやつだったら座標転移で戻れば良いだけだしね。
それにもしかしたら、ドラゴンとかがいるのかもしれないし!
ドラゴン憧れるよね〜。
異世界の象徴とでもいうべき存在、圧倒的強者であらゆるモンスターの頂点に君臨する存在!
そんな凄い奴がいるのかもしれない、これは確認しに行くしかないと俺の勘がそう告げていた。
そんなわけで俺は最深部を目指し、今日も絶賛ランニング!
毎日走っていたおかげか体力も凄くついた。そんな俺だが夜には絶対に最深部を目指すことはない。
夜の森で見た光景は今でも忘れられない。
きっかけはほんとに夜の森ってどんな感じなんだろうっていう単なる興味本位だったんだよね。
夜の森は危ない、テリトリーに入ろうものなら容赦なく殺されるぞ。ってみんなから口酸っぱく言われてた。
けどさぁ、やっぱダメって言われると…入りたくなるじゃん?
そんな遠くじゃなければってためにしに入ってみて…ほんとに後悔した。
そこは昼間とは違い明らかに動物みたいな何ちゃって魔物とは違う、モンスター、怪物とでも呼ぶべきガチの魔物が蔓延っていた。
今までも大きな魔物とかは遭遇した事はあったが、それはやはり前世の日本にいた動物に近い姿の魔物であった。
俺でもサクッと片手で倒せるような雑魚。
しかし夜は違った。本能が悟ってしまうのだ、ここはヤバイと。
俺じゃ絶対に勝てないような存在も確認したし、単体ならどうにかなりそうな奴もいるのだが森の中で戦おうものなら、その音を聞きつけてもれなく他の魔物のおかわりがたくさん付いてくる。
絶対無理でしょ!
勿論その後もずっと修行し続けてきたので前よりはずっとずっと強くなっているのだが、それでも恐らく無傷では済まない。というか下手したら死ぬ。
よって俺は夜は行動するのを控えていた。
まぁ怖いもの見たさに森の奥を探索してるんですけどね〜。
それでもいずれは挑もうとは考えてはいるが…
それはともかく、俺はひたすら最深部に向かって走り続けた。朝昼は走り夜は研究と睡眠、こんな生活を五日間続けた。
最初に感じた時よりもずっとずっと強いオーラをビリビリと感じる、思わず全身がブルッとしてしまう。
だいぶ近づいたな。そう考え俺は進み続ける。
今までよりもずっと森に差す光が強い、出口が近いのかもしれない!そして…
「 森を…抜けたぁ!」
森を抜けたそこは不自然に広く開けた場所だった。中央部にはこれまた不自然にぽっかりと空いた穴が。
そこからオーラを感じる。
( あそこの中にこのオーラの主がいるってことだな )
俺は穴へ向かって進む。
周囲はしんと静まりかえっており、俺の緊張感をよりいっそう刺激する。
穴まで後10m程まで近づいたとき、穴から一匹のモンスターが現れた。
姿はリザードマンを思わせるが、俺の想像していたリザードマンとは少し違っていて身体中に植物を纏わせている。
手に持っている槍は謎の緑色のオーラを放っており、更に蔦がびっしりと巻きついている。
「 ギシャァァア!」
まるでここへは近づけさせないと言わんばかりに鳴き叫ぶ。
俺はこのリザードマンにそこそこのプレッシャーを感じてはいるが…
(こいつじゃ無いな )
そう感じた。あの威圧感はあのリザードマンからは感じられない。
俺はリザードマンに鑑定をかけた。
「エンシェントリザードマン:レベル67」
うん、やっぱり全然わかんないや。
俺がこの世界ドーラに転生した時にもらったスキルの一つ「鑑定眼」
これは俺が視認したものを鑑定して詳細を知る事ができるスキル……のはずなのだが、案の定鑑定して判る情報がとんでもなくしょぼい。
あ、レベルというのはその個体がどれくらいの強さであるのかを簡易的に現したものだ。
確かに名前とレベルが分かるのはすごくありがたい!ありがたいのだが…もっとこう、ねぇ。
色々と分かるかと思っちゃうじゃん!敵の詳細な能力値がわかるとか、所持してるスキルとか、どんな魔法が使えるか、とか!
でもね、最初はこれよりも酷かったんだよ。
最初なんてそこら辺の草を鑑定すると「草」、魔物を鑑定すると「魔物」、この綺麗な石はなんだろうと鑑定すると「石」。ほんとに草生えるゴミ能力だわ…
めちゃくちゃ殺意湧いたよね。んなこと鑑定しなくても知ってるわ!バカにしてんのか!こっちはもっと詳しい情報を求めてるんだよ!そう思ってもしょうがないだろう。
「鑑定眼」なんて豪語しといてなんてクソスキルだよとか思ったけど、それでもひたすら使い続けたら何とか先程のレベルにまでは鑑定してくれるようになった。
…ここまで九年もかかったけどね。それにレベルもあんまり当てにならない。
この表示されるレベル…実は共通じゃなくて種族毎にレベルが設定されているみたいなのだ。
例えば「シカ:レベル42」と「ワイバーン:レベル30」を比べてみよう。ワイバーンというのは祖先が竜と言われている魔物のことだ。
どっちが強いと思う?レベルが高いシカ?それともワイバーン?もちろんワイバーンである。
この時表示されるレベル、あくまでシカ基準だとこのシカはレベル42ですよという意味であってワイバーンと比べているわけではないのだ。
だからこのレベル表示だけををみて、実力を判断できないという素晴らしくクソみたいな仕様なのだ。ついでにレベル上限は分からない。
…レベル127のリスを見かけた事があるくらいだ。きっとリス界の王様に違いない。
さらにさらに、先程さらっと言ったがこのレベルというのはあくまで相手の強さを簡易的に現したものだ。
例えるために数字を使ってみよう。「常人より足が100速いけど力が100だけ弱いやつ」と「常人より力は100だけ強いが足が100遅いやつ」の2人がいるとしよう。
仮に他の全ての能力に於いてこの2人は一緒だったとしよう。
片方は平均より足が速いが力は弱い。もう片方は平均より力は強いが足が遅い。この2人が俺の鑑定眼によってレベル表示された時……同じレベルで表示されるのだ。
用はレベルというのは全体的な強さを数値という分かりやすいものに変換したものであって、同じレベルであっても決して同じ能力値ではないのだ。総評として同じレベルであるというだけなのであって、戦ってみないと結局は相手の強さが分からない。
それでもあったほうが便利である事は確かではある!うん!
以上の事を踏まえて改めて今回の鑑定結果を振り返ってみましょう。
「エンシェントリザードマン:レベル67」
はい全く参考にならないねこんちくしょう!エンシェントリザードマン戦った事ねえよ!この鑑定眼の使えないところの一つに、初見相手には全くもって無意味であるというものが挙げられる。
そんな事はともかく俺も武器を構える。
武器といっても木を削って魔力を通して強化しただけだが…それでもそこら辺の木くらいなら切れないことはないくらいには鋭く、耐久性もある。
魔力にもの言わせていてあまり効率がいいとは言えない代物だが、俺の魔力回復量の速さも相まってほとんど負担にはなっていない。
「お前に恨みはないがそこを通してくれないのであれば…お前の主人を一目見るためにここで倒させてもらうぞ」
リザードマンとの戦闘がはじまった。