第1話 全ての始まり
乾ききった大地がある。流れる水を失った川がある。海を失った海がある。草木を失った山がある。永遠に晴れない赤茶に塗りたくられた気味の悪い雲が空を覆っている。
そして、生を失った星がここにある。
この世界、ドーラは神歴2020年第四次人魔対戦が勃発。
当初戦況は勇者率いる人族側が圧倒的有利と思われていたが予想外の魔族の抵抗、また中立派を決めていたエルフ族ドワーフ族が魔族側へ付く事により戦況は拮抗そして長期化した。
その戦争は数十年、何百年と続き、自然という自然。生けるもの全ての生命を根こそぎ奪い去った。
そんな状態を見た神々は何を思ったか下界に干渉し始めるようになった。普段は地上に降臨する事は許されざる行為であり、彼らが一度地上に降り立てば更なる厄災を引き起こす事など古代の文献から学んでいたというのに彼らは神の御力に縋ってしまった。
結果、人族、魔族ともに神の加護を与えられ強化されたために、今までの一次元上の戦争をする事になり更なる被害をもたらすことになった。
ついには神同士で戦い、殺し合う始末。
度重なる神々の降臨による惑星への負荷。それに加え神々が戦争によって多数死んだ結果、この世界を管理してきた神々が激減。生き残った神々もドーラから撤退、姿を消した。
数少ない生命体も神々による世界の管理が放棄されたために、瞬く間に数を減らしていき絶滅した。
そうして出来上がったのが生命体の存在しない終焉の星ドーラである。
その世界に俺はポツリとただ一人で佇んでいた。
この戦争によって数々の敵を倒した結果英雄となり、そして亜神へと至った存在だ。神の一歩手前の存在といったところだろうか。
亜神となった俺はやはり戦争に魔族陣営として参加し、そして数多くの生命を奪った。俺の家族、仲間を守るために。
そして俺はただひたすらに敵を屠った。が、幾ら俺が死に物狂いで敵を倒したとしても限界がある。目の前で俺の仲間が一人、また一人と殺されるだけだった。
そして休息を取りに一度家に帰ると、村は人族によって制圧された後だった。
家屋は壊され、畑は焼き払われ村人は1人残らず殺されていた。俺の家族も例外なく滅多刺しにされて死んでいた。最期まで子供を守っていたのだろう、妻は息子を抱き抱えながらこの世を去っていた。
その後の俺の記憶はほとんどない。ただ、俺は今まで以上にひたすらに敵を殺していったと思う。
そして……この星がもう後戻り出来ないほどに荒廃した時、気がついたら俺は神に至っていた。
しかしその時にはこの星のトップに君臨していた「大いなる神々」はもうこの星は用済みだ、中々楽しい余興だったなと口々に感想を述べ合いながらこの星から出ていった後だった。
そこで俺達は初めて神々にもて遊ばされたのだと自覚した。
神にも優劣があり、地上に降臨した神々はほとんどが下々の神々であったという話は後になって知った。彼らは大いなる神々の使用人のような存在で、主人でもある大いなる神々の命に従って地上へと降臨し戦っていたらしい。
それによって下々の神々もほとんどが戦死していた。俺は生き残った下々の神々と協力して何とかドーラを立て直そうと奮起した。
しかし幾ら努力しても結果はついて来ず、日に日に弱って死んでいく生命体を何とか生き長らえさせようとしたもののついには全滅。
幾度となる神の過干渉、大いなる神々の管理放棄によってドーラはとっくの昔に再起不能の状態だったのである。
そして下々の神々も一人、また一人と力尽きて消滅していった。
ついにこの星に俺たった一人になってしまったが、それでも諦めきれず生命を生み出しては死に、また生み出しては死に、を繰り返して何とかしようとした。
何千年、何万年もの時の間俺は生命体の生存を模索した。
そんな事を繰り返していたからだろう。気がつけば俺の能力は大幅に覚醒し当時の出ていった大いなる神々に並ぶレベルにまでなっていた。
しかし、それでも結局は生命体をこの星に定着させることが出来なかった。
そもそも惑星そのものが死んでしまっていたのだ。生命など存在できるわけないなど分かりきっていた事だ。
…俺の存在意義とは何だったのだろう、そんなことをぼんやりと考えていた。俺もいい加減諦めてさっさと消滅してしまおうか。
もう疲れた。何もかも嫌になった。
疲れた。
疲れた。
死にたい。
神になんてならなきゃよかった。
俺はよく頑張った、ただ努力が報われなかっただけ。諦めて消滅しても誰も文句は言うまい。
そっとまぶたを閉じる。
脳裏に浮かぶのは忌々しい戦争、死にゆく仲間達の最期、生命体の滅亡の瞬間……そして仲間、家族と過ごした眩しい日々。
やっぱり諦めきれない!仲間に!家族に!もう一度会いたい!
どうせ消滅するくらいなら…最期に試してみてもいいのではないだろうか。俺が英雄となる前から愛用していた魔法「時空間魔法」。
あの時は物体の時を止めて腐らせないようにとか、感覚時間を少し伸ばすくらいしか「時」に関しては干渉できなかった。
しかし何万年も時を経た今なら、大いなる神々に並ぶであろう力を手に入れた今なら大規模な「時」の流れに干渉できるのではないか?
つまり時間を巻き戻せるのではないか?
確証などはないし試した事もない。しかしやってみる価値はある。何もせずに消滅するか、最期に全力で足掻いて消滅するか。だったら俺は少しでも希望のある後者を選択したい。
俺は時空間魔法を発動する。
干渉するものは「時」、それを己が持つ魔力を使い時間を巻き戻す。
ぐにゃりと時が歪みだしはじめた、時を巻き戻せている感覚はある。これならいけるかもしれない。
もっと、もっとだ!もっともっともっともっともっともっともっと!
俺の神としての能力を全力で発揮し、時を戻す。
しかし俺の魔力も限界を迎える。それでもまだダメだ。もっと、もっとエネルギーが必要だ!
自身の存在すらエネルギーに変換する。今までの膨大な記憶も知識も全てエネルギーに変換する。
全てを投げ打って魔法を行使し続ける。
『……………』
『……………』
『………まだ抗うか』
『……汝、そんなにも我の世界が気に喰わぬと叫ぶか。足掻くか。愚か、愚かである』
『……ここまで粘るか、名も知らぬ神よ。そこまで抗うなら、一度だけチャンスをやろう。汝、我が世界に干渉する事を許可する。汝が抗った先に続く未来を、我に見せるがいい。』
どれだけ時空間魔法を行使し続けたのだろう。俺は生きているのか死んでいるのか、存在しているのかすらわからない。
魔法が成功したのかすらわからない。仮に成功しても俺の記憶は残るのだろうか?
ああ、意識が消えていく……思考に霞がかかって何も考えられない。
でも、最後の最後に一気に時を戻せたような感じはした。何処まで戻せたかはわからないが。
ただもしも成功したのなら……俺よ、神々には気をつけろ。奴らはオモチャのように、ボードゲームでもするかのように生命を弄ぶ。
神の甘言には絶対に身を委ねるな。耳を貸すな。奴らを絶対視してはならない。
それだけは!それだけは忘れないでくれ!お願いだ…
やがて俺の強い願いとは関係なく、俺の意識は完全に闇の中へと溶けこんでいった。