届かないほど近くの貴方へ
初投稿です。宜しくお願いします^^
感想、ポイント評価、ブックマークを下さった方、本当にありがとうございます!
それはほとんど初めての喧嘩だった。
夕暮れ時の冒険者の酒場。今日こなした依頼の報告、もしくは明日こなす依頼を探す冒険者で混雑する中に、彼らはいた。
秀麗な顔立ちをした二人組。年齢は20代前半、気取らない上下をまとい、服装だけなら周りの冒険者と変わりない。
しかし少し注意を向けてみれば、たちまちその正体が分かる程度には、彼らは浮いていた。恐らく彼らも、必要以上に目立つのは本意ではないが、神経質になって隠す意図もないのだろう。
「ユキ。あの二人組」
例に漏れず明日の依頼を物色しながら目線だけ向けた私に、ユキは頷いた。
「お忍びの貴族かな。依頼を出しにきたんだろう」
「直接出向いてくるって珍しいよね」
その理由は、すぐに明らかになった。
「明日、蟻の巣を叩きたい。その同行者に、〈流星〉を指名したいが、可能だろうか?」
二人組の片方の台詞が、喧騒の合間をぬって響き、ユキの表情が険しくなった。
〈流星〉とは、いつの間にかついていた、私たちの通り名だ。
冒険者の間でも知る人ぞ知る、という程度の知名度のはずだけど、なぜ貴族が?
正直私は、ちょっとだけ嬉しかったりもするけど、ユキは全くそんな気配はない。
話しかけられた店主は、称賛すべきことに私たちの方を欠片も見なかった。
「なぜ〈流星〉だ? あいつらは受ける依頼を選ぶ。蟻ならある程度の腕があれば誰でも狩れるし、もっと、名の通ったパーティもいくらでもあるだろう」
「ちょっと評判を聞いてね。受ける依頼を選ぶとは?」
「欲がない奴らだからな、目立つ依頼は受けたがらないんだ。そういう意味で、この依頼も断られる可能性がある」
ええぇぇ?! 私たち、そんな風に見られてたの?
いつも依頼を選ぶのはユキだったから知らなかった。私は、目を白黒させた。
私はユキと一緒にいられたらそれでいいから、そう言えば、どういう視点で受ける依頼を決めてるのか聞いたこともない。
「ユキ。どうする?」
「……できればこのまま、知らないフリがしたいけど……」
どうやら店主の受注予想は的中するようだ。
「目立ちそうだから、ってこと?」
「いや……」
ユキは言葉を濁す。私の大好きなブルーグレーの瞳が揺らめいて、彼が何か考えていることが分かった。
「なぁに?」
あの二人組ほどではないが、ユキも顔立ちは整っている方だ。癖のない鋼色の髪と、切れ長の瞳。ちょっとかすれた甘めの声。
見ていたら甘えたくなって、私は彼の肩にスリスリ、と頬擦りする。
昔は人前でのスキンシップを恥ずかしがっていた彼も、諦めたのか好きにさせてくれるようになって久しい。
しかもこの時は珍しく、リアクションもあった。ユキの左手が私の頭を撫でた。
「……ジーナ。別行動しようか」
意外な台詞に、息が詰まった。
「どういうこと?」
目を上げると、ユキは店主と話している二人組に強い視線を向けている。
「俺だけであの依頼、受けてくる。ジーナは留守番」
「やだ」
こんなことをユキが言い出すのは初めてだった。出会ってから今まで、どんな依頼でも一緒に受けてきたのに。
前衛のユキと後衛の私。通り名がつくくらいには、息の合ったパーティだって自負してる。
何よりも、危険な場所へユキだけ行かせるなんて絶対に嫌だ。
「ユキが行くなら、私も行く。別行動してる間に、ユキに何かあったら嫌だもの」
私は体内で練っている魔力をそっと撫でた。
修行を兼ねて、常時いつでも発動できる状態を保つのも、もうすっかり慣れた。
我流だから、威張るような威力はないけど、治癒の発動速度だけは誰にも負けない。
「いつも通り、どんどん治してみせるから。連れてって?」
「……それが困るんだ。ジーナの治癒は特殊だ。得体の知れない奴らには見せたくない」
ユキが声を抑えた。
1回の威力が弱いから、私はユキが少しでも怪我したなと思ったら、片っ端から治癒をかける。戦闘中でもお構いなしに、治りきるまで何度でも重ねがけ。
確かに、ただでさえ慌ただしい戦闘中、自分だって武器をとって戦っているなかで、そういうことをする治癒者が珍しいのは知ってる。けど……。
「特殊って言うほどのこと?」
「いつも助けられてる俺が言うんだから間違いない。特に貴族には、変に興味を持たれたくない」
言いながら、ユキは注意を二人組に向けたままだ。会話してるのに目線が合わないのが嫌で、頬に手を当てて、ユキの顔をこちらに向けた。
あまりジロジロ見てたら気づかれちゃうからね、と心で言い訳して。
「だったら、そもそも依頼を断ろうよ。無理にユキだけ受けなくても、問題なく一緒にやれるやつにしよ?」
「何で指名依頼に来たのかが気になるんだ。どんな評判を聞いたか知らないけど、できるなら探りを入れたい。今回は言うことを聞いてくれ」
ユキの口調は静かだけど、響きは強かった。翻さない意志が感じられた。
「……やだ」
でも私だって譲れないのだ。
私が冒険者を続けてる一番の理由は、ユキの役に立ちたいから。
初めて一緒に組んだとき、他の人と違い、常に後衛を気にかけながら戦う背中に恋をした。
冒険者は依頼に出たら、危険と隣り合わせだ。どんな怪我をしても自己責任だし、命を落とすことも決して珍しくない。
だから当然気性も行動も荒っぽく、特に見知らぬ相手同士で組んだパーティだと、良くも悪くも自分優先なのが普通だ。
でもそんな中でユキは、高価な素材を落とす敵をあと少しで倒すことができるのに、それを他の冒険者に譲って、窮地に陥っていた私のフォローに戻ってきてくれた。
嫌な顔など1つもせず、当然だとばかりに素っ気なく。ろくにお礼も言わせてくれなくて。
その後も、自分がどんなに怪我をしても、後衛に敵を通さないよう常に体を張って。
そんな姿を見て、好きにならないなんて無理だ。
私が治癒をみがいたのは、そんなユキを少しでも助ける力になりたいからだ。
それなのに、依頼に出るユキを見送って、一人で留守番なんて。
「ユキは気にしすぎだと思うけど、じゃあ、私が興味を持たれなければいいんでしょう? 留守番しろ以外なら、ユキが言う通りにする。行動には気を付けるから。連れてって」
ユキはたしなめる口調になった。
「できもしないことを言うなよ」
「出来るよ!」
「ジーナには無理だ」
「そんなことない!」
「治癒を禁止しても?」
私は絶句した。
治癒を使うなって言われたら、ユキの助けになるための私の力は半減する。
それに、私の治癒は既に反射だ。状況を見れば、勝手に体が動くし、またそれくらいでなければ実戦では使えない。
私は俯いた。
「……治癒を使わないとは、確かに約束できない。それでも、どうしても、別行動は嫌なの」
これは私のこだわりだ。
ユキの一番近くで、彼を支える力になりたい。何があるか分からない場所へ、一人で行かせたくない。
この気持ちが、ユキには届かなくても。ユキの本意じゃなくても。私は私のできることをする。
どうしても。
ユキは溜め息をついた。
****
蟻の巣の最奥に蠢く群れの中。
一際大きな個体を見つけて、俺は舌打ちを我慢できなかった。
「女王蟻……」
レイ、と名乗った金髪の貴族が呟く。ちなみにもう一人は赤髪でケイ、と言うらしい。
間違いなく二人とも偽名だろうが、それはそれで構わないので追及はしない。
涙目に負けて、結局ジーナも連れてきてしまったことが、俺の心を沈ませていた。
酒場の店主の協力で、〈流星〉としては依頼を断り、代役の冒険者のふりをして依頼を受けたが、果たして誤魔化しきれるだろうか。
これまでの道中は、会話を最低限に抑えて素知らぬふりを通したが、本気で戦うとバレる確率が高くなる。
冒険者仲間では、〈流星〉は俺たち二人組の通り名のように思われているが、実は違うということが。
真実〈流星〉と呼ばれるに値するのは、ジーナただ一人だということが。
「大きいな。兵隊蟻は1メトル、女王蟻は3メトルくらいかな……」
「まだ巣も小さいし、早く発見できて良かった」
「潰して帰るよな?」
「日が経てば経つほど、数も増えるし巣も大きくなる。それがいいだろうな」
レイとケイの会話。
雇用主の見解には賛成だが、巣穴は薄暗く、最奥に何匹いるか正確に数えることはできない。
しかし、それでもまとまった数がいることだけは分かる。
乱戦になる予感がする。
レイが俺たちに視線を向けた。
「殲滅するぞ」
……ああ、やはり、ジーナは連れてくるべきじゃなかった。
「蟻との戦闘経験はあるんですか?」
念のため問いかけた。
「無いが、これでも腕には自信がある。足手まといにはならない」
「分かりました」
振り返ると、ジーナは銃を片手に頷いた。
ジーナは銃、俺は大剣。それがお互いの武器である。
「早く倒して帰ろうね」
言いながら右手を伸ばしてくる。その手のひらが淡く輝き、俺の腕をポン、と触る。続いて、レイとケイにも。
止める暇もなかった。
ジーナの手が触れた瞬間、自分の心身のコンディションが、スッと整ったのが分かった。
冷静さと高揚感が程よく同居して、体には力がみなぎる。
これが大きな声では言えない、ジーナの治癒が特殊だという理由の1つだ。
さっそくやっちまった、と内心固まる俺の目の前で、レイとケイが目をみはった。
「今何を?」
ケイの疑問に、ジーナはニコリと笑みを返した。どんなやつと組んでも、相手を漏れなく釘付けにする笑顔だ。
「おまじないです。どうか、怪我をしませんように」
晴れた日の夜空のような紺色の髪と、月光のような瞳を瞬かせるジーナは、どうしようもなく可愛かった。
レイとケイが赤面しながら顔を見合わせるのを見て、俺はまた思った。
……あぁ、本当に。ジーナは連れてくるべきじゃなかった。
レイとケイの腕前は、幸いなことに蟻を倒すには十分なものだった。
俺たちはお互い突出しすぎないよう半円になって、確実に兵隊蟻を倒していく。
焦る理由は何もない。怪我をしないように、慎重に。
ジーナにこれ以上治癒を使わせたくなければ、俺たちが負傷しないのが一番だ。
ケイの死角にいた兵隊蟻が、ジーナの銃撃で吹き飛んだ。
相変わらず、倒すべき敵の選定が上手い。
前衛の射程外から狙ってくるやつ、死角にいるやつ、背後にいるやつ。
自分の旨味を度外視して、そういった敵から優先して倒してくれる後衛は、意外に少ないものだ。
ジーナは初めて会った時から、それを自然にこなす後衛だった。その分、貧乏くじを引いていたが。
誰も気づかない死角の敵を銃撃して標的になり、窮地に陥ったり。仲間を治癒していたがために後手に回って、結局自分が負傷したり。
ヒヤヒヤさせられてばかりだったが、嫌なところにいる敵を抑えてくれるのも、必ずジーナで。
それに気づいたら、どうしても手放しがたくて、そのパーティが解散になった直後に、自分から声をかけていた。
俺と一緒に組まないか、と。
その時から、俺の気持ちは変わらない。
ジーナはその腕前も容姿も性格も、知れば誰もが欲しがる宝だ。でも決して手放さない。
好きだなんて言葉では足りないくらい。彼女を守りたいと常にあがいている。
蟻の数を半分以上減らした頃、背後の侵入路に異変が起きた。
ここに至るまでの全ての道を殲滅してきたわけではないので仕方ないが、応援の蟻が現れたのだ。
ジーナが即座に身を翻し、矢継ぎ早に発砲する。
「こっちは任せて」
間の悪いことに、ちょうど俺たちは女王蟻との戦闘が激化したところだった。
兵隊蟻に混ざって波状攻撃をしかけてくる。サイズが違う分、射程も違うので地味に厄介だ。
依頼主だけを厳しい最前線に放り出すわけにもいかないので、後背はジーナに任せるしかなかった。
「気をそらさないでください」
背後から戦闘音が響くのが落ち着かないのか、特にレイの集中力が乱れていた。
「そうは、言ってもね」
レイがジーナに目をやる。余所見をするな! と怒鳴り付けたくなった。
怒りの衝動を、レイを狙った蟻の脚を切り飛ばすことでやり過ごす。
「ジーナは大丈夫です」
「大した信頼だけど、可愛い女の子だよ」
「凄腕ですから」
「凄腕でも、銃1本じゃ大変だろう。何かあったらどうするんだ。誰か一人、後ろに回った方がいい」
ぐだぐだ言う暇があるなら、目の前の蟻を倒せ! と言いたい。
大剣で蟻酸を弾く。ジュッと嫌な音がした。
ジーナは俺の急所だ。フォローに行けるものなら、とっくに行ってる。
「女王蟻を潰したら」
助けに行くから。
「……ジーナも可哀想だな」
その台詞に、怒りで目の前が真っ赤に染まる。
それが一瞬の出遅れに繋がった。
元々会話と背後に気を取られているレイに、兵隊蟻が襲いかかる。ダメだ、防ぎきれない。
目の前の蟻を切り捨ててフォローに向かったが間に合わなかった。レイから低いうめき声が漏れた。
****
背後から、ザシュッ、と、誰かが負傷する音が響いた。振り返ると、レイの左肩に兵隊蟻が食らいついていた。ユキが胴体を切り飛ばして頭を引き剥がす。
「レイ!」
ケイの声。慌ただしく交差する足音と剣撃。
幸いにも深手ではないらしく、レイも左肩をかばいながらも、そのまま剣を振るっている。
……どうしよう。
私は何も考えずにいつも通り掌を握りしめ、魔力を溜めたところで我に返った。
ユキは、治癒を禁止したがっていた。
戦闘前にも使ったけれど、あれはきちんと、普通の人と同じように手で触れて発動した。でも今はそんな余裕はない。押し寄せる蟻を、私も全力で留めている最中なのだ。
振り返っていた間に、蟻に距離を詰められていた。胸部と腹部の括れを狙って撃つ。腹部なら狙いやすいが、一撃では倒せないから。括れを撃ち抜けば一撃で殺せる。
正直に言うと、ユキが依頼主を負傷させたのは意外だった。
ユキの腕前は一級品だ。少し時間はかかるかもしれないが、本気を隠して貴族二人を庇いながらでも十分に、蟻を殲滅できると思えていた。
内容までは聞き取れなかったけれど、会話していたみたいだし、何かあったのだろうか。
負傷のせいで、レイの動きが明らかに鈍っている。それを庇いながら戦うユキの旗色も、じわじわと悪くなっていくのが分かる。
ケイは自分一人の面倒を見るので精一杯だし、それは私も同じだ。
このままじゃマズイと思った時、恐れていた瞬間がやってきた。ユキのふくらはぎを、蟻の脚が痛撃したのだ。
今度は迷う余地はなかった。私は掌を握りしめ、魔力を解放しながら拳をほどいた。
ユキの元へ。お願い、彼を癒して。
私の手のひらから、白くて細い光が煌めきながらユキに向かって走った。
これが私の治癒だ。
一回ではユキの傷は治りきらないと見て、もう一回。銃撃を挟んで、更にもう一度。光が尾を引きながら、ユキに向かって流れる。きらきらと。
こうなっては隠す意味もないと、続いてレイにも治癒をかけた。
レイは驚愕の表情で私を見ていた。その顔色が、傷が治ったからか、それとも興奮からか、赤みを帯びていく。
その勢いのまま何か口にしようとして、しかし、結局ぎゅっと口を引き結び、彼は蟻に向き直った。
冷静になってくれたようで助かった。話は後でもできる。ユキに、これ以上負担をかけないで。
治癒さえ解禁してしまえば、後はなんの問題もない。ユキが必ず、女王蟻を倒し、私を助けに来てくれる。私はそれまで、彼の背中を守っていればいい。
ごめんね、ユキ。
私、やっぱり、あなたの言うことを全然聞けなかった。留守番もできないし、治癒もどんどん使っちゃうし。
でも、どうしてもこれだけは譲れないの。
ユキの一番近くで、ユキを支える力になりたい。怪我させたまま放っておくなんてできない。
例えこの気持ちが、ユキに届かなくても。ユキの本意じゃなくても。私は私のできることをする。
どうしても。
全ての蟻を倒し終えた私たちは、小川に足を運んでいた。
全員大なり小なり蟻の体液を浴びている。簡単にでも拭う必要があった。
「ジーナの治癒には驚いたな。離れていても癒せるなんて、初めて見た」
汚れを落とすのもそこそこに、ケイが口を開いた。戦闘を終えた興奮をそのままに、目が輝いている。
私はノーコメントだ。ニコっと笑って誤魔化すと、さっさとケイから目線を外して、ユキの外套を受け取った。
「ユキ。髪も洗った方がいいよ。こびりついてる」
鋼色の髪が、蟻の体液で一部パリパリに固まっていた。
「ん。避けそびれたのは不覚だった」
「暗かったし仕方ないよ。顔は守ってるし」
水をプルプル払うユキに手拭いを差し出すと、ユキは何かを企むような顔をする。
「拭いて」
かがんで頭を差し出すので、最初はワシャワシャっとかき混ぜた。ユキの髪はサラサラなので、実はちょっと羨ましい。私の髪は、緩くウェーブがかかっているので、絡まりやすいのだ。
手触りを惜しむように撫でて整えると、今度はユキが、手拭いを濡らして絞ると振り返った。
「ジーナ」
私の頬にそっと手拭いを当てて、優しく拭う。頬の次は手だ。丁寧に、大切なものに触れるようにそっと。
普段はこんなことしないのにどうしたんだろう、と思うと、レイが苦笑いした。
「あー。それは、つまり。牽制かな?」
「伝わったようで何よりです」
「言うね。往路の事務的な態度はわざとか」
その台詞には知らんぷりで、ユキはジーナ、と私に腕を広げた。そう言うことなら、と私は遠慮なくユキの胸に飛び込んだ。すりすり、と頬擦りすると、レイの苦笑が深まった。
ケイの口調は既に呆れている。
「レイ。勝ち目無さそうだぞ」
「分かっていても、言わないわけにはいかないだろう」
ケイの軽口にそう返すと、レイはスッと表情と口調を改めた。
「私の名はレイノルドと言う。こっちはケイバーン」
それは、私でも知っている、この国の王太子と騎士団長の息子の名だった。
「ジーナの技量はとても魅力的だ。私に雇われ、国に仕える気は?」
私は、ユキに抱きつく腕に力を込めた。ユキは最初から、これを憂いていたのだ、と、やっと芯から理解していた。
その状況に陥ってみると、恐怖で体が震えた。この国でトップクラスの権力者が、今目の前にいる。
仮に彼らに何かを無理強いされたら、私たちにそれをはね除けることは出来るのだろうか。
ユキが私の背中をなでる。
だから言っただろう、と怒ることもできるのに、ユキはそれをしなかった。
ただ、静かに私を支えながら、この状況を見つめている。場合によっては、いつでも割って入って、私を助けることができるように。それが、涙が出るほど嬉しかった。
それに勇気をもらって、私はわざと憎まれ口を叩いた。そんな場合じゃないのは分かっているが、私だけ誘ってユキをスルーだなんて、絶対納得いかない。
「見る目がありませんね。本当に強いのは私じゃなく、ユキですよ? そんなことも分からない人に、仕える気はありません」
レイは1つ頷くと、視線をユキに向けた。
「では、彼に聞こう。どうせ、単独での勧誘には応じないんだろう。二人で私の元に来る気はあるか?」
その言い方も、まるでユキがオマケみたいで不本意だ。
憤慨する私をよそに、ユキは平静で、全く迷わなかった。
「辞退します。俺たち程度の冒険者は、どこにでもいますよ」
「ふぅん?」
その返答に、レイは意地が悪い笑顔になった。明後日の方を向いて、急に話題を変える。
「いやぁ、それにしても、先ほどのジーナの治癒には本当に驚かされたなぁ。白い光がきらきらと、次々に尾を引いて流れる様子は、そう、まさに流れ星のようだったよ。本当に綺麗だった。あれを見た者は、皆そう思うんだろうなぁ。そんな場合じゃないのに、思わず見とれそうになったなぁ」
とても白々しい口調だ。ケイが、あちゃー、という顔で額に手を当てた。
「ところで私は元々、この依頼を巷で噂の〈流星〉というパーティに出そうと思っていてね。断られてしまったから、君たちに頼むことになったわけだけれど、そういえば二人とも、〈流星〉のことは知っているかい?」
私はじっとりと背中に嫌な汗をかいた。でもここは、目をそらしたら負けである。
「……ちなみに、どんな噂を聞いたんですか?」
ユキが尋ねると、それにはケイが答えた。レイの胡散臭さには毒されず、至って人好きのする表情でアッサリと。
「自分たちのパーティで手が足りない時、呼ぶなら〈流星〉に限る、ってトップクラスの冒険者たちから聞いたんだよ。荒くれ者揃いの冒険者たちなのに、随分人望があるみたいだから、会ってみたいって話になってね。心配しなくても、貴族社会には出回っていない噂だから、安心していい」
「ケイ! 余計なこと言うな」
「あまり二人を苛めるなよ、レイ。追いつめると逃げられて縁が切れるぞ」
レイは決まり悪そうな顔をしてそっぽを向いた。
私は嬉しくなって、小躍りしそうになった。私たち、今誉められたよね?
「とりあえず俺としては、また何かあったら二人に依頼を出すから宜しく、くらいで、縁を繋いでおきたいな。どうかな? 高位貴族の知り合い、いると便利だぞ?」
ケイの宥めるような笑顔。差し出された右手を、1つ息をつくと、ユキはポンっと叩いた。
「嫌なものは断りますよ」
自分を除け者にして話がまとまったのを、レイは不本意そうに見ていたが、さらにイタズラを思い付いたらしく、ニヤリと笑った。
じゃあジーナも握手、と促されて、何も考えずにユキから離れ手を伸ばす。レイは私の手をとると、淑女にするように指先に口づけた。
「その気になったら、いつでも妃になりにおいで」
「なりません!!」
真っ赤になった私の台詞にかぶさるように、弾けるような笑い声が響いた。
ユキを仰ぎ見ると、彼は最高に不機嫌そうな顔をしていた。私は慌てる。まさかレイの冗談を、真に受けたりしてないよね?
大丈夫だよ、ユキ。私の一番は、ずっとユキだから。そんな気になることなんて絶対ない。
だから私を、ずっと一番近くに居させて。
私はまた、ユキにぎゅっと抱きついたのだった。
お読みいただき、ありがとうございました^^