任せろなんて簡単に言うものではない8
「きゃーっ!? 何でパンツ一枚なのです。準備が出来たかと聞いたのですよぅ。出来ていると言ったじゃないですか。だから、扉を開けたのに」
清々しい朝、意外にもトオルは寝起きが良い方で俺よりも早起きだ。
支度を済ませるとトオルが朝食を食べに行こうと誘われ、部屋に招き入れたらこれである。
「昨日、トオルが言っただろう、パンツ一枚になってもらうと。あと、これは下着ではなく、旅先で買った海中でも行動出来るパンツで……」
「良いから、貸した装備に着替えるのですよぅ。パンツの件は私の説明不足でしたっ、ごめんなさい!」
それだけ言い残し、トオルは慌てて扉を閉めた……何だったんだ。
とにかく、パンツ一枚は駄目らしいので、貸して貰っている装備に着替え、トオルのいる部屋に向かった。
「私はですね。最初からパンツ一枚になって貰おうなんて考えていなかったのですよぅ」
出掛け先でパンツ一枚になって作業をしようと考えていたらしいな。
だが、どちらにせよトオルも作業時には一緒に行動するはずだ。
「……遅かれ、早かれだ。悲鳴を上げなくても良いだろうに」
「突然のことだったので、つい、です」
「……分かった。勘違いしていた俺も悪い。朝食を食べに行こう。今日は頑張るんだろう」
「はっ、そうですよぅ。今日はダットさんに頑張ってもらいますからね」
トオルにそう言われたので、任せろと大口を叩いてしまったが……大丈夫だろうか。
一抹の不安を抱えつつ、朝食を食べてからトオルに着いていく形でアークナルを出た。
目的地は歩いていける距離なのか、この辺にトオルが興味を持ちそうな遺跡などなかったはずだ。
ひたすらに整備された街道を進んでいく。
さすがに、目的地もわからないままなのは気持ちが悪い。
パンツ一枚になれとも言われている、不気味だ。
恐る恐る、トオルに目的地のことを聞いてみた。
「なあ、どこに向かっているんだ」
「ああ、そういえば説明していなかったのですよぅ、ごめんなさい。私達は今、サイト湖に向かっています」
「サイト湖……か」
とても広い湖で観光名所にもなっている所だ。
アークナルに来た者は大体寄っていったりする。
しかし、あの湖に遺跡なんてなかったはず、騎士をしていた頃、巡回に何度か訪れたがそれらしき遺跡があると聞いたことも、見たこともない。
「ダットさん、不思議そうな顔をしていますね。ふっふっふ、サイト湖には遺跡が沈んでいるのですよぅ」
「……そんな話は聞いたことないが」
「当たり前です。最近、発見されたんですから」
「ほぅ。……だが、そこに行ってどうするんだ。発見されたということは最初に見つけた奴がもう探索を済ましているだろう」
せっかく一番に発見してなにもしないわけがない。
情報が出回っている以上、探索しても新しい発見なんて出来ないのではないか。
遺跡探索の素人な俺の見解をトオルは軽く鼻で笑って見せた。
「ふっ、ダットさん、甘いのですよぅ、激甘です。昨日食べたデザートよりも甘いです」
「……あそこの飯屋の出すデザートは甘さ控えめだからな」
「そこを掘り下げなくて良いのです。最初に遺跡を発見したからって、全体を探索しきれるわけないです。遺跡の中にはこわーい先住民や罠が沢山あります。遺跡を独り占めなんてしたら、動けなくなった時、誰にも気付いてもらえずに行方不明になってしまいますから」
「ほぅ、初耳だ。未発見の遺跡を見つけたら報告することが義務づけられていたりするのか」
「その通り。何も知らない冒険者や商人、村の子どもが未探索の遺跡に入っていくと非常に危険ですから」
遺跡探索にも色々と決まり事があるようだ。
騎士団にもそういった規律があったな、守らないと全体に迷惑がかかることがある。
トオルはその辺もしっかりしているのだろう。
「待てよ、魔王城は遺跡ではな……」
「さあ、行くのですよ、ダットさん!」
急に俺の前を行き、歩く速度が上がった。
……まあ、俺も助けて貰った身だ、深く追求はしない。
「用心棒より、そんなに前に出てどうする!」
「あうっ!?」
リュックを掴んで、トオルを引き留めた。
トオルはリュックのヒモが食い込んだのか、変な声をあげる。
以前、リュックを引っ張った時も思ったが随分と頑丈な造りをしていて、使用者から離れないようになっているんだな。
良く見たらヒモだけでなく、腹周りを通したベルトを止め金で止めてある。
成る程、急にリュックを掴むと腹も締め付けられるということか。
「リ、リュックは駄目だと、前に言ったのですよぅ……」
「あ、ああ、すまん。これからは、そうだな。違う方法を取るようにしよう」
「そうして欲しいのですよぅ」
トオルのために新しい呼び止める方法を考えていると、目的地であるサイト湖に着いた。
相変わらず、広く綺麗な湖だな。
騎士が巡回しているため、捨てられたゴミもなく、環境が自然が保たれている。
ただ、遺跡の影響か明らかに観光客ではない格好の者がいるな。
身なりからしてトオルの同業者か。
「先を越されるのです。さっさと潜りますよぅ」
「潜るのか……」
だから、パンツ一枚になると言っていたのか。
こんな装備で湖に入ったら、重くて思うように動けん。
最悪、溺れて浮かんでこれないな。
「あんた達、観光客かい。今、ここは遺跡探索でごちゃごちゃしていてね。悪いけど邪魔にならない範囲で頼むよ」
俺達に気付いた騎士がこちらに話しかけてきた。
成る程、俺達は観光客に見えるか。
トオルも俺も遺跡探索をするような者には見えないらしい。
ここはトオルの許可証に頼るしかない。
頼むぞと視線を送ると、そこには別人のオーラを出したトオルがいた。
「私達も遺跡探索に参りました。彼は助手のダット、私はトオルと申します。こちらが許可証です、お確かめ下さい」
丁寧な口調、綺麗なお辞儀、柔らかな微笑み。
トオルの見たことがない対応に開いた口がふさがらない。
名目上、俺は助手になるのかとどうでも良いことを考えつつ、姿勢を正してトオルの横に立つ。
「これは、国際遺跡探索許可証……っ、失礼しました。どうぞ、お通りください」
騎士のあからさまな態度の変わり様に驚いた。
しかし、トオルがすれ違い際にお役目ご苦労様です、と労いの言葉
をかけたことの方が衝撃的だったな。
もしかして、こっちが素なのかと思い、歩いていると。
「ふっ、ちょろいのですよぅ」
いつものトオルだった。
「……遺跡に入る時だけか、あれは」
「はい。昔、子どもっぽいと馬鹿にされたことがありまして。その事件以来、私は学者モードなるものを修得したのですよぅ。どうでしたか、気品のある淑女に見えたはずです」
「……」
俺は何も言わずにトオルの頭を撫で回した。
努力は認める、ただ、言葉でどう言い表せば良いのかわからん。
口ではなく行動で示した。
「ぬぐぐ、これでは子どもっぽいのですよぅ……」
悔しそうに呟くも、止めろと言わない辺り、悪くはないと思う自分がいるんだろうな。
俺は勝手にそう決め付けることにした。