任せろなんて簡単に言うものではない4
2016/5/20
一部内容を追加しました
「トオル、俺は今、どんな顔をしている?」
聞いてもトオルは答えない、あの終始明るく金銭のことを考えている少女が複雑そうな顔で俺を見ている。
わからないから聞いた、いや、誰かに言って欲しかったんだ。
自分が抱いている感情がどんなものなのか。
トオルもこんな経験したことがないからだろう、仕方ない。
だが、俺もこんな経験ないんだ。
目の前に自分の名が刻まれた墓があるなんて。
ダットレウズここに眠ると彫ってある墓石。
花は少しだけある程度……これが俺なのか。
力が抜け、立っていられなくなり、俺は座り込んでしまった。
アークナルに着いた時はこんな思いをすることになるなんて、考えもしていなかった。
「さすが、アークナル。人が多いですねぇ。その分……えへへ」
「……目から金色の光が出ているように見えるが」
隣を歩くトオルの目が金色に輝いている……ような。
こいつには人々が金に見えているのかもしれない……きっと俺もその一人だ、間違いない。
結局、アークナルに着くまで数週間かかったからな。
薬を飲んだとはいえ、俺の身体も万全じゃなかったから、村で静養しなければならなかったのだ。
さらに馬車には乗らずに徒歩での旅だ。
トオルには待たせてしまったからな……だからと言って目を金色に輝かせるのはどうかと思うが。
「おっとっと、いけませんね。ん~っ……よしっ、直ったぁ!」
目を閉じ力を込める仕草を見せて、数秒、その姿勢を維持。
ぱちっと目を開くと目から金色の輝きは消えていた。
……そこまでしないと、直らないのか。
俺が苦笑いを浮かべ呆れていると腕を引っ張られた。
引っ張ったのはもちろん、トオルだ。
「行きましょう、ダットさん。契約ですからね」
「……金は逃げないから落ち着け」
アークナルを小走りで駆ける。
変わらない、見慣れた町の景色、活気がある市場、鉄を打つ音が響く鍛冶屋、怪しげな臭い漂う薬屋。
見かける住人たちは皆、笑顔だ。
魔王が倒されて脅威は消えた、その影響だろう。
これからは周辺諸国とのいざこざが気になるところだが、しばらくは平和が続くかもしれない。
「すごいですねぇ、アークナルは。何度来ても……えへへ」
「……もう、目が金色に輝くのはいいぞ」
「はっ、そうでした。金貨十枚」
意識を取り戻したきっかけも金である。
これはトオルの良いところでもあり、悪いところでもあるのだろう。
アークナルまでの旅路で知った、そこまで長い旅路ではなかったが。
寄り道もさぜに真っ直ぐ、俺の家へと向かっている。
……何だろうか、見落としている違和感があるような。
「……何か変じゃないか」
「え、何がですかぁ。私はもう大丈夫ですよぅ。今はダットさんの家から出た後、商会でする戦利品の交渉のことで頭が一杯で」
「わかった。邪魔をした」
結局、金のことだろうと言いそうになったが不毛の争いになるので止めた。
しかし、何かが引っ掛かるんだ、何かが……。
「わっ」
「おっと」
建物の曲がり角から走ってきた少年とぶつかってしまった。
俺は全く無傷、当たり前だな。
ぶつかってきたのは少年なのだが、尻餅を着き鼻を押さえている。
「兄ちゃん、いてーよ。気を付けろよな」
「あ、すまな……」
「ちょ~っと、待ってください、君ぃ。ぶつかってきたのは君の方でしょう。気を付けないといかないのは君の方ですよぅ」
俺は気にしてないのに、隣のトオルが猛抗議。
相手は自分より五歳以上も年下の少年だ、子どもにそこまでむきにならなくても良いと思う。
俺はなんともなかったし、突然飛び出してきたとはいえ避けられなかった俺にも非がある。
「おい、トオル。その辺で……」
「ダットさんは黙っててください。これはとても重要なことなんです」
「な、なんだよ。ぶつかった兄ちゃんが良いなら、良いだろ。姉ちゃんには関係ないじゃんか!」
「ちっちっち。甘いですねぇ。そんなんじゃ同じことを繰り返します。ぶつかったのが私たちだったから、良かったですが、血の気の多い冒険者や酔っぱらいだったら、君はえらいことになっていましたよぅ」
トオルは弟に叱りつける姉のように見知らぬ少年に言い聞かせる。
……トオルにはこういう一面もあるのか、俺も見習わないといけないな。
少年も最初は文句を言っていたのに、気がつけばトオルの話を素直に聞いている。
自分の行動を本気で反省している様子も見られるのでそろそろ解放しても。
「良いですか、損をするのは自分なのです。失敗するなと言いません。ただ、失敗は最小限にしなければならないのです。このように心構えをしておけば後々、自分の財産を守ることに繋がっていきます」
話が段々別の方向に逸れてきた。
「自分の油断を改善し、相手の油断を誘う。そうして、相手の隙をつくことを覚えれば、交渉する時こちらが有利になります。どうでしょうか、これから私の特別講義を受けてみませんか。今なら格安で……」
「……行くぞ」
俺はトオルのリュックを掴み、演説を強制終了させた。
「あっ、リュックは、リュックは手放せません。卑怯、卑怯ですよぅ」
両手でがっちりと背負っているリュックを掴んでいるので、確実にトオルを引っ張れる。
……少年相手に何を植え付けようとしてるのやら、ちゃっかりと代金も貰おうとして。
俺は手を振り、その場を離れようとしたのだが、少年が頭を下げてきた。
「あ、あの、兄ちゃん。ぶつかってごめんなさい。俺、ちゃんと周りを見て行動する」
トオルの説教が効いたのか、更正したようだ。
じたばたと暴れているトオルの頭をなんとなく撫でる。
「……俺も考え事をしていたんだ、すまなかった。道中には気を付けてな、少年」
「うん、ばいばい。兄ちゃんに姉ちゃん」
少年は小走りで俺たちから離れていった。
きちんと、周りを確認している、あれなら大丈夫そうだ。
「あ、あの、ダットさん。リュックを離して……」
「ん、ああ、すまない」
俺は慌てて、掴んでいたリュックから手を離す。
リュックから手を話したのに、まだ、恨めしそうな顔をしている。
……まずい、根に持たれたか。
「まだ……怒っているか」
「いえ、その。頭を撫でられたのが久しぶりで。変な感じになっているだけですよぅ。気にしないでください」
「……そうか」
無意識とはいえ、頭を撫でるのは駄目だったな。
リュックのこともあるし、反省しないとならない。
今度からは首根っこをしっかりと掴むようにしよう。
しまった、俺としたことがトオルに確認しなければならないことがあった。
「金の請求はないな?」
「大丈夫ですよぅ、追加料金は発生していませんから。頭を撫でられたくらいで請求しません。私って、そんなに……」
「……すまないな」
俺はまたトオルの頭を撫でる。
機嫌を損ねた猫を宥めている気分だ。
トオルも口を尖らせているが、料金の請求をしてくる様子はない。
俺が撫でるのを止めたのは周りの視線に気づいてからのことだった。