任せろなんて簡単に言うものではない10
「そんなに落ち込むことはないのですよ。一日で遺跡を全て探索しきるなんて不可能ですから。また明日なのです」
「そんなものなのだろうか」
「当たり前ですよう。ポンポンと新発見が出るわけがないじゃないですか。そんな簡単にお宝ざっくざくなら私はこんなに汗水流して遺跡になんて潜っていません。おっきなお屋敷で悠々自適に生活してますよぅ、人生の目標です……えへへ」
大きな屋敷で不自由なく暮らすことがトオルの夢らしい、ちなみに俺は小さな家でゆっくりと暮らしたい。
……トオルとは逆だな。
自分の将来図を夢見て口元が緩んでいるトオルを一瞥し、目的地へ向かう。
向かっているのは遺跡探索により得た物を鑑定する場所。
トオル曰く、遺跡から持ち出した物はきちんと報告しなければならないらしい。
個人の身に余るような物の場合は、国際遺跡探索許可証を発行している国際遺跡博物館へ接収されるようだ。
もちろん、発見した報酬は貰えるそうなので軟膏にどれほどの価値があるかトオルはウキウキしている。
……昔の軟膏にそんな価値がつくのか、俺にはあまり期待出来ない。
「……まあ、まだ、始まったばかりだ。トオルに借金もあることだし価値のある物であれば良いな」
「おっきなお屋敷は無理でしょうが、全くの無価値にはならないと思いますよぅ。他にもいくつか拾いましたし、そこそこの値段に……」
言いかけてトオルの表情が変わる、嫌なものに遭遇した、そんな感じの表情だ。
俺はトオルの視線の先を見ると、ちょうど建物から出てきた数人の男達の姿があった。
その内の一人、眼鏡をかけ知的な笑みを浮かべている青年に目が行っているようだ。
青年もトオルに気付き、こちらに向かってきた。
「やあ、トオルくん。奇遇だな。君も遺跡探索で発見した物を鑑定しに来たのかい」
「お久しぶりですね、ライゼイさん。本当に奇遇ですね、私も鑑定をしに来たんですよ。それにしても、先日お会いした時には北国のピアスルーデの遺跡を探索するとおっしゃっていたかと。見かけた際に驚きましたよ」
トオルが学者モードを発動している……口調もそうだが表情も変わるからすごい。
雰囲気が一気に大人びて見えるので、普段のトオルとの降り幅も中々だ。
相手は遺跡関係の知り合いか、俺は余計な口を出さない方が良さそうだ。
ただ、トオルが微妙に口をひきつらせているのは……気のせいかな。
「ああ、ピアスルーデ行きはキャンセルしたんだ。アークナルは今、勇者の凱旋で活気があるからね。もう少し、滞在することにしたよ。トオルくん……先日お話した件だが、考え直してはくれないか」
「私がライゼイさんの遺跡探索チームに加わるという話でしょうか。先日、お断りしたはずですが」
「……トオルくんにとっても我々のチームに加わることは大いにメリットになるはずだ。我々のチームは資金面も人材も豊富で情報収集力にも長けている。……私はその年齢で国際遺跡探索許可証を持っているトオルくんを高く評価している。どうか、考え直してはくれないかね」
「お誘いは嬉しいのですが、今は個人で各地の遺跡を巡り見聞を広めようと考えております。機会があれば、お願いするかもしれません」
「そうか。出来れば前向きに見当して欲しい。……いくらトオルくんでも、一人ではやれることも限られてくるだろうからね。いつでも連絡してくれたまえよ」
青年は身を翻して仲間と共に去っていった。
彼らの姿が完全に見えなくなると、トオルの貼り付けたような笑顔が即座に崩れた。
歯軋りを立てながら、彼らが去っていった方向をオーガのような目付きで睨み付けている。
「ああっ、うっぜーのですよぅ。北国に行くと聞いてガッツポーズしてよっしゃーっと叫ぶくらい喜んだのに……とんだ、ぬか喜びでした。私の喜びを返して欲しいのですよぅ」
「わかった、わかった。落ち着け、話を聞いてやるから」
頭を撫でてもトオルの怒りは収まらない。
怒りで顔まで真っ赤になっているからな、頭を撫でるくらいでは落ち着かないか。
何かトオルを宥める、または、気を逸らす手段はないだろうか。
考えていると、ふとトオルの耳に注目してしまう。
顔だけでなく、耳まで赤い、それほどまでに怒り狂っている証拠か。
「ひゃっ!?」
トオルが驚いたような悲鳴をあげる……しまった、つい耳を触ってしまった。
「突然、なーにをしてるんですか、ダットさん」
口を尖らせてこちらを睨み付けながら聞いてくる。
「トオルが落ち着くようにと」
我ながらあまりにも苦し紛れな言い訳だ。
こんな言い訳が通用するはずもなく、トオルからの説教は続く。
「普通、人を落ち着かせようとして耳を触らないのですよぅ。言い逃れようのないセクハラです。成敗してやりますよぅ」
俺の鳩尾に拳を連続で入れてくるが、本気ではないのか、全く痛くない。
このこのと言いつつ、殴ってくるトオルを見て戻ったなと思う。
怒りが俺に向くことで、鎮静したようだ、良かった。
「……ほっ」
「何が、ほっ、ですか。このタイミングで安心する意味がわからないですよぅ。このセクハラ用心棒!」
「……」
「頭を撫でる場面でもないのです。罪が重くなりますよぅ」
口ではそう言いつつも、機嫌が良くなってきているのが分かった。
証拠に、撫でるのを止めるとあっ、と言って残念そうな表情になっている。
意地悪をしているわけではないが、罪が重くなると言われて撫で続けるのも無理な話。
「……撫でるのを止めるとさらに罪が重くなりますよぅ」
「俺にどうしろと」
どちらにしろ罪が重くなることは避けられないようだ。
嫌なことがあって期限の悪くなった子どもをあやしている気分である。
撫でていると幾分か怒りが収まってきたようだが、ライゼイと名乗った青年への愚痴が止まらない、
「あいつはただ、国際遺跡探索許可証が目当てなのです。自分のチームには許可証を持った人間がいると、他のチームに自慢がしたいだけです。私の知識なんて関係ありません」
「見栄のため……か」
「その通りですよぅ。どうせ、あの野郎は私が偶然試験に受かったとかしか考えていません。形として残っている許可証目当てです。ムカつくのですよぅ」
地面を何度も踏みつけ、怒りを露にしている。
収まってきた怒りがまた、ぶり返してきた。
「大体、何が個人での活動ですか。今、私はちゃんとチームを組んでいるのですよぅ」
「そうだったのか?」
トオルにも一緒に遺跡探索をする仲間達がいたのか。
それなら、ライゼイという青年の誘いをきっぱりと断れるだろう。
チームに属している者を無理に引き抜くと、外聞も悪くなってしまうしな。
「……私達はチームなのですよぅ」
「俺達はコンビと言うのではないか」
「そういえば、ダットさんの存在も無視していたのです。ますます許せないのですよぅ。明日から毎日、タンスの角に足の小指をぶつければ良いのです」
「現実的に叶いそうで叶わなさそうな呪いだな」
しかし、俺を全く見ていなかったな。
余程、トオルに執着していると見える……警戒はしておいた方が良さそうだ。
「ガルル……次会ったら噛みついてやるのですよぅ」
「止めておけ、美味しくはないから」
「はっ、そうでした。あんな奴に噛みついたらお腹を壊します。ばっちいです」
トオルはぺっぺっと舌を出して不快な表情。
うーむ、そろそろ先に進まないと帰りが遅くなるな。
また、昨日会った輩に似たような奴と遭遇するのも面倒だ。
「行こう。見つけた物、鑑定するんだろ」
「……はい。いつまでもあいつのことを考えていられる程、私達は暇ではないのです。ダットさんは待っていて下さい。直ぐに戻ってきますから」
そう言って、トオルは先程、ライゼイ達が出てきた建物に入っていった。
……鑑定する場所ってここだったのか。
今から、トオルの交渉が始まるんだろう……係りの者を困らせない程度にしてもらいたい。
その辺に関してもトオルは慣れているだろうし、俺の心配することではないか。
建物の壁に寄りかかってトオルを待とう。