任せろなんて簡単に言うものではない
新連載です。
「ここで俺は死ぬのか……」
薄れ行く意識の中、俺、ダットレウズは自分の過去を振り返っていた。
小さな村に生まれたこと、剣が好きで毎日振っていたこと、自警団に入ったこと、騎士になったこと、そして、勇者パーティーの一人になったこと。
勇者であるカイン、魔法使いのロジェ、僧侶のレナと四人で旅をしたんだ。
魔王を倒すための旅、戦いの日々を過ごす中、俺はこいつらを死なせたくない仲間だと感じていた。
苦楽を共にし、魔王の住む城まで到達した俺達は襲い来る敵の幹部達に苦戦を強いられる。
後少しで魔王に届く、敵の幹部は残り一体、俺は一度引くことを考えたがカインは受け入れなかった。
ロジェもレナもカインに賛成、ならばと俺は違う案を出した。
「ここは俺に任せて先に行け、必ず追い付く」
体力的にもまだ余裕はあったし、相手の力量を考慮しても大丈夫だと判断した。
結果、俺は一人残って敵幹部と死闘を繰り広げた。
勝利を確信した愛剣による一撃が決まった直後、敵の最後の一撃をこちらも食らってしまった。
不覚、戦いの中、勝利の瞬間に油断などしてならない。
死に際の一撃とは恐ろしいもの、闇の魔力による光線を受けた俺は壁まで吹き飛び激突。
激しい戦いの余波で脆くなっていたのか、壁が崩れてしまい生き埋めになる始末。
愛剣も吹き飛んでいる途中でどこかへいってしまったらしい、手元には何も感じられなかった。
だが、敵幹部は満足したような笑みを浮かべ、地面に倒れ伏したのは確認出来ていたので、それが幸いだろう。
さて、過去の振り返りも終わったところだし、眠ることにしようか。
自力での脱出は不可能、追い付くと言ったのにな、約束を破ってしまう形となり非常に申し訳ない。
「最期、なのに、な」
俺の墓場は敵地とはいえ、瓦礫の中、しかも、愛剣も無しときたもんだ。
実に寂しい最期だなと思い、俺は意識を手離した。。
「……生き、てる、のか」
眠りについてからどれだけの時間が経ったのか、わからない。
状態は同じだ、寝て少しは体力が回復したかと思ったが、そうでもないらしい。
思えば、あんな魔力の波動を受ければ普通なら死んでいる。
日々の鍛練と装備が命を繋いでくれたようだ。
しかし、寝ただけでは無理だな、無動きが取れない以上、食事が出来ないわけだ。
体力の回復もままならないので自力での脱出は不可能。
このまま……俺は誰にも発見されない形で緩やかに死を待つことになるのか。
カイン、ロジェ、レナは一体どうなったんだ、魔王は倒せたのか。
まだ戦っているのだろうか、もし、魔王を討てたのならば、帰る際に気づいてくれるはずだ。
身動きが取れず、何も見えない暗闇の中で仲間の助けだけを希望にし待った。
「勝て……王……力で……あり……、ロジ……レ……」
微かに聞こえたのはカインの声だった、一緒に旅をしてきたんだ、間違いない。
声を出そうしたのだが、上手く発声することが出来なかった。
俺はここにいるんだ、気付いてくれと願う。
祈りを込め、目を閉じたせいか、聞こえづらかったカイン達の声が鮮明に聞こえてきた。
「帰るんだ、皆で」
「ええ、そうですわね。それにしても、ダットレウズさんは一体……」
「カインくん。あの穴、もしかしたら、ダットさん殺られちゃったんじゃないかな」
「……敵幹部は俺達を追いかけて来なかった。つまり、相討ちか。仕方ないな」
「遺品も残っていませんね。身体ごと消滅してしまったのでしょうか」
「きっと、壁の外から落っこちちゃったんだよ。下は海だもん。魔王が変な所に城を建てたせいだね」
「……ダットレウズさん、ありがとうございました。俺達は貴方のことを忘れませんから」
その言葉を最後に、足音が遠退いていくのを感じた。
俺は、ダットレウズという男は死んだ、と認識されてしまいもう何も考えられなくなった。
このまま、静かに眠ってしまおう、そうすれば、この言い様のない絶望と喪失感を味会わなくて済む。
最期にあいつらと騒いだ日々を思い出す。
カインたちと酒場で笑い合ったこと……なんだかとても昔のことのように感じる。
そんなにあいつらと笑い合った日は遠い記憶だったかな。
俺は静かに目を閉じる、死ぬ間際に長年苦楽を共にした愛剣が手元にないとは……心残りだな。
「あれ、この辺は激しい戦闘の跡がのこっていますねー」
どれくらい眠っていたのか、女の声が聞こえる。
俺は死んだはず、ただ体にのし掛かる瓦礫の重さ、治療していない傷口から来る痛み。
死んだら何も感じない、こうして考えることも出来ない……俺は、まだ、生きている。
「うーん、何か残ってないでしょうか。あればかっぱら……重要な文化記念物として保護するんですけど」
話の内容からして盗賊か、だが、複数人の足音は聞こえない。
他の人間の声もだ、女が単身で魔王城に挑むとは……魔王を討伐したとはいえ、中々の実力者なのだろう。
「うわっ、何の音ですかぁ!?」
何かが地面に落ちる音が聞こえ、女が悲鳴を上げる。
声に焦りの色が感じられるな、もしや、戦闘力は低いのか。
「んー、剣が落ちた音……っ、これは、死んだと噂のダットレウズの剣じゃないですかぁ。剣の柄に彫ってある紋章、間違い無し、お宝、お宝!」
女のはしゃぐ声が聞こえる、俺の剣を見つけたようだ。
どこかの瓦礫の上からバランスが悪くなって落下したのか。
「うんうん、危険を承知で来た甲斐がありました。良かったぁ、勇者が魔王を討伐しに動いたって噂を聞いて張っていたのが正解ですね。魔王軍の残党が逃げていくのもばっちり見ていましたから……あれで全員だったんですねー。……おや、なんでしょうか、この血の跡」
俺が埋まっている瓦礫の近くへと足音が近づいてくるのを感じる。
「ほぇー、こちら側から見るとこんなふうになっていたんですか。死角になっていて気付かなかったです。ふむふむ……瓦礫の下から血が流れているように見えますねぇ」
それは、俺から流れた血だろう。
鍛えていたおかげか、傷は自己修復しているので今は流れていないが。
何も食わず、飲まずなので体力の回復が出来ていないのだ。
声を出せれば女盗賊に自分の存在を気づいてもらえるかもしれないに、声が出ない。
俺の体は……もう限界なのだろう。
あいつらは俺のことに気づかなかったんだ、面識の全くない女盗賊に賭けるなんて……死を前にして脳が麻痺しているに違いない。
また、眠ってしまおう、そして、今度こそ……。
「これはあれですよ。下に魔物の死体が絶対にあります。倒した人は海に落ちたと思ったのか……はっ、そうか。ダットレウズの剣があったということは……。ここに埋まっているのは魔王軍の幹部ですよぉ、絶対。そして、ダットレウズは海に落ちてしまったんですねぇ。ありがとうございます、ダットレウズ様。あなたの意思は私が継ぎますよー」
段々と俺の体から瓦礫による重さが消え、真っ暗だった世界に光が指してくる。
「きたー……って、あれ。人間……ですね。この足。よいしょ、よいしょ……うわっ」
瓦礫が避けられ、女盗賊と目があった。
お互いに見つめ合うこと数秒、俺は声を出せないので口火を切ったのは女盗賊からだ。
「えっと、生きてますよねー」
俺は力を振り絞り、首を縦に振る。
女盗賊はばつが悪そうな顔をし、言った。
「治療代、請求しても良いですかぁ」
随分と俗物的だなと思いつつ、助かるならばと首を縦に振ろうとした。
しかし、助かると安堵してしまい俺は力を抜いてしまった。
急激に意識が遠退く、まだ返事をしていないというのに。
女盗賊の、ちょっと、返事ーという声を最後に俺の意識は闇の中へ沈んでいった。
「気がつきましたか」
ゆっくりと目を開けると、女の顔があった、距離はものすごく近い。
驚いた俺は敵かと体が反応し、無意識に起き上がろうとした。
ゴッ、という額同士がぶつかる音が響く。
「い、いったぁー」
俺の頭に負けた女が地面を転がり、痛みに悶えている。
……思い出した、俺はこの女に助けられたんだった。
「あ、あなた。命の恩人になんちゅう仕打ちをするんですかぁ!」
すまないと謝ろうとしたのだが、まだ声が出ない。
体も包帯が巻かれているが、完全に回復とまではいっていないようだ。
「声が出ないんですねぇ。応急措置はしましたよー。さあ、ここから、話し合いといきましょうか」
声が出ないのにどうやって話し合いをするんだと、喉に指を当てて主張する。
体は動くが万全とは程遠い、筆談も無理そうだ。
「声が出ないのは知ってますよぅ。だから……じゃーん。回復ポーションです。エルフ族の薬師が調合したレア物ですよ。市場では滅多に出ない代物です。これを使えば、体は直ぐに治ります。ぴんぴんですよ、ぴんぴん!」
「……」
意識が失う前の出来事を思い出す。
この女盗賊は自分を見つけ、生きていることがわかると真っ先に治療代について聞いてきた。
つまり、金の出しようによって……ということか。
「口約束は駄目ですよー。私、これで逃げられた記憶ありますからね。まあ、人相覚えていたので、ギルドに指名手配するように依頼して私自身も地の果てまで追いかけてやりましたよ」
ふっ、と鼻で笑いつつ、自らの武勇伝を語る女盗賊。
そんなことしなくても、俺は約束を破りはしない……いや、一度破ってしまったか。
「まさか、勇者パーティーの一人、英雄ダットレウズ様が代金を踏み倒したりしないとは思うんですけど、念のために私はしつこくて、執念深いことを事前に伝えさせてもらいました。……で、どうしますかぁ。値段はそうですねぇ……金貨十枚で!」
俺は了承するという意味を込めて、首を縦に振った。
「えー、普通、直ぐに首を縦に振りますかぁ。疑うでしょう、値引き交渉するでしょう、奪おうと取っ組み合いになるでしょう!」
自分の出した条件が素直に通ったというのに、何故、この女は怒っているんだ。
俺はわけがわからないと、困惑する。
「あー、なんか困ってる顔をしてますねぇ。もう、商談成立ですよぉ。食らえっ」
俺の口に勢い良く薬の入った瓶が突っ込まれる。
急に苦い液体が口の中に入り込み、むせそうになるが、女が薬瓶を離さないので、咳き込めない。
「ちょっと、高いんですよぉ、この薬。少しでも吐き出したら勿体ないです。全部飲まないと。ほら、ぐびぐびっと。ねっ、ねっ?」
笑顔で薬瓶を押さえつけられた俺は、また死にかける嵌めになった。
意識が朦朧としてきたところで、ようやく薬瓶が空になり、口が開放される。
「……ッ、プハァッ。ゴホッ、ゴホッ……フゥー」
「おお、復活しましたねぇ」
「危うく死ぬところだったがな。ん、声が……」
薬の効果が早速発揮されたらしい。
珍しく、高価な薬というのは本当だったのか。
「元々、死にかけていたじゃないですかぁ」
「訂正する。殺されかけた」
「私、恩人ですよぉ」
「そうだ。……そうだったな」
苦楽を共にした仲間すら見つけられなかった俺を、目の前の女は見つけてくれたのだ。
あの暗闇で身動きが取れず死を待っていただけの俺を。
「ちょ、ちょ、なんで泣いてるんですかぁ」
「……え?」
ゆっくりと指で頬に触れると、確かに涙が流れていた。
人前で泣いたなんていつぶりだろうか、全く覚えていない。
「わ、私が悪いんですかね……」
目の前の女がおろおろし出した。
金金と先程まで言っていたのにな、こういう顔も出来るのか。
極限状態だったからか、人が恋しかったのかもしれない。
だからといって……目の前の女を抱き締めた言い訳にはならないだろう。
耳元にはあわわと狼狽える女の声が聞こえていた。