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借金

 最初は穏やかだった。カミシロ様、返済日に入金されておりません。今一度ご確認くださいませ。そんなダイレクトメールに似た手紙が、月に一回来る程度だった。


 カミシロは夢の中、美しい森で青い鳥を追いかけていた。森の空気は綺麗で、息をするたび葉っぱのにおいが鼻に入り、気分がよかった。青い鳥は道に沿ってカミシロからどんどん離れていった。カミシロはそれを懸命に追った。だが、焦燥感はなく、旧知の友達とお互い子供に戻り無邪気に追いかけっこをしているような気持だった。その内開けたところに出て、道は清涼な湖につながっていた。鳥はその上を飛んで行った。カミシロは何も考えず追いかけっこを続けようと湖の上に足を踏み出すと、まるで冷たいゴム製のマットレスを踏んでいるように水の上に浮けた。冷たさが気持よかった。湖に流れこむ川の音が心地よかった。


 酷いノックの音で目を覚ました。金属を激しく打ち付ける音。「カミシロさん、居るんでしょ!? メーター回ってますよ! 」やれやれ。そうして、今はこういう状況ってわけ。


 はじめは月末、金がなくなり、食うに困り、何度も友達に金を借りるのが申し訳なく、カードローン会社の審査を受けた。カミシロは働いていた。そして、100万円が限度額のカードをもらった。それでメシを食った。うまかった。5万円借り、すぐに返せるさ、なんなら、来週にも。と思っていた。


 そのうち、金がなくなるたび、カードローンを使った。くだらないゲームを買うため、なんとなくいいものを食べるため、そういうくだらないことのために金を使っていった。いつしかカードローンが自分で働いて得た金のように錯覚していた。


 雪の日子供が無邪気に転がす雪だるまのように借金の額は増えていった。気が付けばどうしようもなくなっていた。しかし、来るのは手紙だけだったので、まあ、いいか。という気分で流していた。電話だって無視すりゃいい……


 その内債権が暴力的なところに売られたらしく、家に取り立てが来るようになった。激しいノックだか愛撫だかを自分の部屋のドアに受けた後、そっと聞き耳を立てると確実にそこにやつらは居た。おれの金を奪うやつら。


 勘弁してくれよ。まず、朝起きてやることは、部屋のドアに書かれた張り紙をはがす事。金返せだと? どうしろってんだ、使っちまってどこにもない。ゲームにだって課金しなくちゃいけない。使う所はいくらでもある。そう、いくらでも……


 奴らの訪問は頻繁になった。ドアスコープから外をのぞき見ると、いかにも、といういでたちの、黒いスーツを着た、恐ろしげな男が三人か、時には四人のときもあった。奴らは確実におれと接する時間が増えていた。しかしおれは直接会う事もなかったので、そのままにしておいた。奴らと接する時間は長く、奴らとの距離は確実に短くなっていた。


 「カミシロさん、大丈夫なんですか? 」ああ、大丈夫。友達以上、親友未満の人がそう聞く。おれはお前らとの折り合いをうまく続けるために大丈夫じゃないか、大丈夫かの橋をうまくわたっているんだ。


 「カミシロ、金返せや! 」夜中その声で起こされる事があった。警察を呼ぼうかとも思ったが、それはそれで、金を返さなくてはならなくなるのではないかと思い、先延ばしにした。


 どんどん、まだまだ、すべての事を先延ばしにし、今の小さい楽しみを享受する事に、一生懸命になっていった。


 ある日、ガラをおさえられた。「手間かけさせやがって」と、スキンヘッドの男が一発カミシロの顔を殴った。奥歯が一本折れた。カミシロは折れた奥歯を吐き出して、ヘヘヘ、と笑いかけた。まだどうにかなると思っていた。


 彼らの車に連れていかれ、両脇を奴らに挟まれた。「これからどこに行くんですか? 」カミシロは聞いた。「お前が気にする必要はない」男の一人がそう答えた。その男が腕時計を見るために袖をまくった時、髑髏のタトゥーが見えた……へへへ、へへへ、へへへ……


 と、そこで目が覚めた。カードローン会社の審査に通った翌日だった。10万円借りていた。カミシロは何の夢だったのだろう、と思った。借金をするという未経験の事に脳が震えているのだろうか、と感じた。くだらない事に使うのはやめよう……でも、その前に、ヒヒノケツ名誉会員を続けるために会員費を払わねば……それと、酒……それと、ソーシャルゲームへの課金……ああ、まだまだどうにかなるさ。後で、後で大丈夫……

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