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SWORD  作者: ろんぱん
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白龍の里

7.白竜の里


「ここが…白竜の里かギャ?」


 最初に口を開いたのはバーンだった。イーロンは一瞥すると無言で頷く。イーロンが先に立って歩き出すと、その出迎えだろうか数人の若者が駆け寄って来るなり笑顔でその周りを取り囲んだ。暫く彼ら特有の言葉で喋っていると、その内の一人がオルア達に気付き、思わず身構える。すると他の者もそれに習って身構えた。しかしそれをイーロンが制する。怪訝そうな顔の若者達に、イーロンが必要最低限の語数で訳を話した。すると彼らの表情は一変し、今度はオルア達を取り囲んで何やら話しかけて来た。

「敵意むき出しかと思ったら、今度は好意を示しているみたい…変わった人達ね」

「まあ、よそ者を見慣れない土地なら警戒されるのは当然だな。まぁ歓迎されているみたいだし、いいじゃねえか!」

 イーロンはガルの言葉に振り返って頷くと、再び歩き出した。

「全く、解らねえ奴だ…」

「そんな事言わないの!何しろここは白竜の里。バーンにとっても重要な土地だろうし、それに多分…私達にとっても」

「うん?」

「ううん、何でもない。ホラ、イーロンが行っちゃうよ、急ごう!」

 ミンクはオルアの手を取ると、先を歩くイーロンの後を追った。


 里の中には一体どこにいたのかと思われる程大勢の人々がいて、皆イーロンの帰郷を出迎えつつ、めったに来る事の無い「よそ者」のオルア達を物珍しそうに見つめていた。そんな好奇の視線に囲まれながらも、オルア達はイーロンの後に付いて大きな門をくぐる。

「…神殿?それにしても…ここは」

 入るなりガルが呟く。一歩中に足を踏み入れた瞬間、一同は清浄な空気に包まれたのを感じた。思わず足を止めて周りを見回していると

「あ、あれだギャ!」

 何かを見つけたのか、バーンが勢い良く羽ばたいて飛んで言った。

「ちょっと、バーン?」

 慌てて叫ぶミンクだったが、意外にもイーロンや他の里人はそれを妨げる事はしなかった。それどころか奥にある祭壇に近付くバーンを見て、周りの人々は驚いた様にその姿を見つめ、更には有り難そうに両手を合わせるのだった。

「こりゃあ、一体何なんだ?」

 驚くオルアに、ミンクがすかさず耳打ちする。

「ここって白竜の里でしょ?やっぱり関りのある聖竜ともなれば、雰囲気で解るんじゃない?どうみても皆、バーンを畏れ敬ってる様に見えるもの」

「…そうなのかもな」

 納得した様にオルアは言葉を結ぶと、再びバーンに視線を戻した。当のバーンは、祭壇の中央にある巨大な竜の像の肩に止まり、嬉しそうに頬擦りをしていた。

「あの像、何か不思議な力を感じるわ…」

「ああ、あれが白竜を祭る神像だ」

「あれが…」

 そのまま言葉を失う一同に、祭壇の奥から声が掛かる。

「どうそ、こちらへいらっしゃいな」

 その声と同時に現れたのは、意外な事に年端もゆかない少女だった。声に真っ先に反応したバーンはすかさずそちらへ飛んで行き、声の主の正面で座り込んでちょこんと座り、その顔をまじまじと見上げた。

「まあ、そなたは聖竜の末裔ですね?よくぞおいで下さいました」

「んギャ?なんで解ったギャ?まだ何も言ってないはずだギャ?」

 首を傾げるバーン、しかし少女は事もなげに言う。

「それ程の聖なる気を放っていれば、目をつぶっていても解りますよ」

 そう言いながら微笑む少女につられて、バーンも笑みを返す。

「どうぞ、皆様もこちらへ」

 少女に促されて、オルア達は祭壇の奥にある部屋へと案内された。神殿へ入った時以上に清らかな空気に包まれ、一同は再び感嘆の声を上げる。

「凄い…何て清浄な空気…」

「…よく解らないけど、何か頭がすっきりする感じだな」

「まあ、巫女の浄室だしな。それよりここは白竜の里だ。バーン、色々聞いとけよ」

「んギャ?そうだギャ!今白竜はどうしているのかギャ?是非会ってみたいギャ!」

 はしゃぐバーンに対し、巫女は申し訳無さそうに溜息をつく。

「…大変申し上げにくいのですが、白竜は未だ眠りについたままなのです」

「んギャ?じゃあ起こせばいいギャ!早く会ってみたいんだギャ!」

「それが…出来ないのです」

 意外な巫女の言葉に、一同は思わず顔を見合わせる。

「出来ないって、何か問題でもあるの?」

 ミンクの言葉に巫女は暫く沈黙するが、その代わりに部屋へ入ってきた老人が答えた。

「その件については、里の長老である私がおお答えしよう。よろしいかな?」

 長老の言葉に巫女が頷くと、長老は一同を自室へ招き、お茶と軽食を用意させてから、ゆっくりと語り始めた。


「まずは…よくぞいらっしゃいました、異国の方々よ」

 長老はそう言うと深々と頭を下げ、オルア達もそれにならった。

「既にご存知の事とは思われますが、ここはかの白竜を祭る隠れ里でございます。しかし先ほど巫女が申した通り、皆様に白竜をごらん頂く事は出来ません…いえ、いまやこの里の誰一人として、白竜の姿を見ることはかなわないのです」

 長老はそこまで言うと、巫女に視線を送った。頷く巫女を見て、長老は更に言葉を続ける。

「本来ならば既に新たな白竜が目覚め、この里の中は正にお祭り騒ぎといった状況だったはずなのです。しかし、事もあろうに目覚めるまであとほんの数週間のところで、先代の白竜が産み落とした卵が盗まれてしまったのです!白竜の命は常に次世代と引き換え。つまりは卵を産んだ白竜は産み落とした時点で命を失ってしまうのです。それ故何としてもその卵を奪い返し、巫女の祈りにより新たな白竜の息吹を世界に送り届けなければ、世界の調和は著しく乱れる事でしょう…」

 そこまで言うと、長老の声は急に力を失って、そのまま押し黙ってしまった。


「あのさ…」

 沈黙を破ってオルアが何か言おうとしたその瞬間

「しかーしっ!」

 申し合わせたかの様に長老が大声を放つ。オルアのみならず、ミンクもガルもビクッとして体が硬直したが、長老は構わず続けた。

「盗んだ相手が盗賊の類ならば、イーロンを始めとする我が里の拳士達にとって卵を取り戻すなど造作も無い事。だが、よりにもよって卵を盗んだのは…悪魔なのです」

 長老の意外な言葉に、オルア達はポカンとして顔を見合わせる。だが、長老のみならず巫女とイーロンも真顔なのを見る限り、どうやらそれが冗談では無いと言う事を悟った。

「悪魔って…本当にいたのか?」

「さあな、俺も色んな所を見て回ったが流石に見た事ねえな」

「そうね…とっくに滅びたものと思っていたけど…もう少し、詳しく聞かせて頂けませんか?」

 ミンクの言葉に答える様に、今度は巫女が口を開いた。

「この里の西、徒歩で十日程の所に火を吹く山があります。あろうことかその悪魔は、恐ろしい火の山へと卵を持ち去ってしまったのです。しかも、悪魔の瘴気に誘われるかの様に無数の魔物が集まり出し、今ではその山は恐ろしい魔物たちの巣窟になってしまいました。そこで…」

 一旦言葉を切った巫女は、イーロンに目を向けた。

「そこで、我が里で一番の使い手であるイーロンと互角以上に戦える戦士を捜し求めていたのです」

 巫女の視線が今度はオルア達に注がれる。

「聞けばあなた方はイーロンに勝るとも劣らぬ強者でいらっしゃるとか…そうですね?」

 巫女の問いに、イーロンは無言で頷く。

「どうかお願い致します、我等の里の為…いいえ、ひいては世界を救う事になるやもしれぬ白竜の為に、是非ともお力をお貸し願えないでしょうか?」

 突然の申し出に、オルアも思わずたじろいでミンクとガルに顔を向けるが…

「まかせるギャ!」

 考える間も無く、バーンが即答した。

「白竜と言えば兄弟も同然だギャ!頼まれるまでも無く助けに行くに決まってるギャ!安心してオイラ達に任せておくといいギャ!」

 胸を張って嬉しそうに叫ぶバーン。その声は部屋の外どころか神殿中に響き渡る。そしてその様子を満面の笑みで見つめる巫女、その周りで長老や神殿内にいた多くの人々の希望に満ちた笑顔を見ている内に、オルアは既にするべきことが決定付けられてしまった事を悟った。


「まあ、決まっちまった事をとやかく言っても始まらん。何か作戦を…いやその前に、悪魔とやらについて教えてくれないか?」

 一転会議室となった部屋の中でガルが口を切る。その言葉に、巫女は再びイーロンに視線を送り、イーロンが語り始める。

「三ヶ月前、俺、火の山に向かった。悪魔の手下共、強くない。俺一人でも簡単。でも、悪魔の右腕…強い。隙を突いて逃げる、それだけで限界。悪魔はそれより強い。遠くから気を探った、それだけで充分。俺、震えた。だから俺、強者探した。お前達、強い。俺一人じゃ勝てない相手、お前達と一緒なら勝ち目、ある」

 イーロンの言葉を理解するのに若干時間のかかったオルア達だったが、巫女の補足説明によって充分に理解出来た。しかし、それは恐るべき使い手であるイーロンをもってしても勝てない相手に挑まなければならない、という事を理解したに過ぎなかったのだが。

「ん、待てよ?」

 オルアは顔を上げて尋ねる。

「なあイーロン、勝ち目あるって事は何か弱点を見つけたとか…そうなんだろ?」

「弱点…解らない」

「ああ…そう」

 がっかりするオルアだったが

「そう悲観する事は御座いませんよ。何しろ皆様には聖竜が付いているのです。聖竜の放つ神聖な息吹ならば、悪魔の持つ邪悪な力を払ってくれるに違いありません。ですから皆様、希望を持って戦って下さい」

 巫女の言葉が、少しだけだが明るい未来を想像させてくれた。


 イーロンの凱旋やオルア達の歓迎、そして何よりも聖竜の来訪を人々は心より歓迎し、オルア達は三日三晩、まるでお祭り騒ぎの様なもてなしを受けた。そして四日目の朝…

「では…御武運を」

 巫女の言葉に背中を押され、オルア達は悪魔の棲む火山へと向かう。


「しかし…俺たち何かいい様に使われてないか?」

 道中でオルアが呟く。

「まあいいじゃない、他ならぬバーンの望みなんだし。ねっ?」

「そうだギャ!その上人助けにもなるギャ!オルアだってあの可愛い巫女さんが喜べば嬉しくないかギャ?」

「あのなぁ、俺は…まあいいや。そうだな、ここは人助けといくか。それに悪魔なんて本当にいるのか、この目で見てみたいしな!」

「おお、それは俺も同感だ!昔話では聞いた事あるが、本物の悪魔を見るのは初めてだ!不謹慎かもしれんが、俺は今楽しみで仕方がない!」

 ガルの言葉に、先頭を歩いていたイーロンが振り返った。

「…浮かれる、危険。悪魔の力、強い。お前達強い、それでも危険な戦い。絶対、気を抜く、よくない」

 表情一つ変えないイーロンだったが、その言葉には重みがあった。何しろ悪魔の力の一端を体感しただけに現実味がある。鬼神の強さを誇るイーロンでさえ一人では全く太刀打ち出来ない相手、それを想像している内にオルア達の口数は自然と減った。


 里を出て六日目までは比較的歩き易く、空気も清涼な山道を歩く事が出来た。しかし、それを過ぎた頃から道は所々に岩石の転がる荒野となり、八日目の日が傾きかけた頃には道らしきものを見つけるのにも苦労する有様だった。更に翌日の夕暮れには火山に近付いた為か、空気も焼け付く様になり、誰もが息苦しさを感じていた。

「火の山、あと少し。明日の昼前、着く」

 火を囲みながらくつろぐ一行にイーロンが告げた。

「…昼前か、なら時間を遅らせて夜に忍び込んだ方が良くないか?」

 ガルの問いに、イーロンは首を振る。

「悪魔達、夜目が利く。逆に日の光苦手。攻めるなら昼間」

「…なるほど。じゃあ、今夜はゆっくり休むとするか」

「そうね…とは言え敵の拠点に近いんでしょう?危なくないかしら…」

 不安げに呟くミンクだったが、バーンが笑顔で答える。

「それは心配ないギャ!少なくとも邪悪な気配は何一つ感じないギャ!それに何か近付いたらオイラが真っ先に気付くはずだギャ!だから安心して寝るといいギャ!」

 胸を張って言うバーン。確かにバーンは邪悪な気を感じる能力に長けている。それを思い出したミンクは

「それもそうね。明日は大事な戦いになりそうだし、今夜はゆっくり休みましょう」

 そう言ってオルア達を促した。とは言え自分自身はあまり睡眠を必要としない為、その晩は安眠を促す歌を歌っている時間の方が長かったのだが。


 ミンクの歌のお陰か、息苦しい中でも一行は清々しい目覚めを迎えた。本拠地への突入を前に、オルアが状況を確認する。

「さて、いよいよ今日は火山に突入だ。イーロンの話によれば、山の中腹辺りに中へ通じる通路があるって話だけど、それってかなり前の話なんだよな?」

「…三ヶ月前。でも、今も入口有る。里から偵察に行ってた者、そう言った」

「そうすると、とりあえずの目的地はその通路の入口って事よね」

「まあ、隠密行動なら俺の十八番だ。俺が先行するから、お前らは後方を警戒しながら付いて来ればいい」

「…そうは言っても、ガルは入口の場所知らないんでしょう?」

「あ…そう言えばそうだ。じゃあイーロン、一緒に先行してくれ」

 イーロンが無言で頷くと、ガルとイーロンは互いに前後しながら道を進んで行った。オルア達はその後を、警戒しつつも置いて行かれない様に付いて行く。そして、結局は何事も無く火の山の麓まで辿り着いた。

「前と同じ。火の山の周り、悪魔の手下、いない。火の山の中、見張り、戦士、たくさんいる。まずは中に入る」

 そう言って進むイーロンの後を追うと、麓から少し昇った所に、まるで大きな生き物の口の様な洞穴が待ち構えていた。

「…嫌な雰囲気だわ」

「んギャ、確かにその通りだギャ。でもここで引き返す訳にはいかないギャ!」

 眉をひそめるミンクとは対象的に、バーンが力強く言い放つ。

「ああ、バーンの言う通りだ。行こう!イーロン、案内を頼む」

 バーンに続いてオルアも力強い言葉を放つと、イーロンは頷いて先頭に立った…と思いきや振り返って告げる。

「中、暗くて道悪い、足元危ない。踏み外して溶岩に落ちたら、消えて無くなる」

「お…おお」

 イーロンの言葉に、オルア達は一瞬固まった。


 中に入って既に数時間が経った…様にオルアには思えた。実際には一時間しか経っていなかったのだが、度々出くわす見張り達との戦闘に加え、何よりも重苦しく淀んだ空気が気持ちをも重苦しくさせていく。その重苦しい空気の中、迷路の様に入り組んだ通路は次第に熱気を増していく。

「こっちだと思うギャ、どう思うギャ?」

 鼻をヒクヒクさせながらバーンが尋ねる。イーロンは軽く頷くと

「悪魔の居場所、前と同じ。真っ直ぐ行く。大きな部屋、ある」

前方を指差しながら言った。確かにその先には、ぼんやりと光る大きな空洞がある。

「もしかして、あの部屋に悪魔が…?」

「違う。あそこ、悪魔の右腕の部屋。俺、前ここまで来た。悪魔の右腕と戦った。そして悪魔、見た。必死で逃げた。今日…倒す」

 決意の眼差しでイーロンは前方を見据えると、そのまま進んで行った。

「ねえ、何か作戦とかあるのかなあ?」

 不安げに囁くミンクだったが、オルアは作戦など聞いていない。それはガルもバーンも同様だった。とは言えイーロンを一人にする訳にもいかず、オルア達はイーロンに続くしかなかった。

「お、おい、イーロン!」

 オルアは思わず叫んだ。部屋の入口で様子を窺うつもりでいたのに、イーロンがさっさと中へ入ってしまったのである。

「仕方ない、俺達も行こう!」

 意を決して部屋へ飛び込むオルア達。すると、ドーム型の大きな部屋の中央で、恐ろしい顔をした石像がオルア達を出迎えた。

「これは…?」

「ガーゴイル!」

 ミンクが叫ぶ。同時にイーロンは身構えてオルアに声をかける。

「これ、悪魔の右腕。火の山の守護者。油断いけない、剣、抜け!」

「何?」

「オルア、見ろ!」

 ガルが石像を指差す。すると

「あ…ああ!」

 驚きの声を上げるオルア。その目の前で、石像はまるで命を与えられたかの様に動き始め、その石の体は巨大な爬虫類の様にぬらぬらと黒光りしだした。そしてひとつ雄叫びをあげると、巨大な翼を広げ、威嚇する様にオルア達を見下ろす。

「…何てふざけた大きさなの?こんなのを操るなんて、悪魔さんの力はどの位なのか想像したくもないわね」

 ミンクはそう呟きながらも呪文を唱え始めた。それと見て取ったオルアがガルと共に攻撃を仕掛けると、すかさずイーロンも続く。


 激しい攻撃がガーゴイルを襲う。しかし元が石だけにそう易々とは手傷を負わせる事は出来ない。それでもオルアは慌てる事無く攻撃を続け…突然後退した。

「ガル、イーロン、下がれっ!」

 一瞬戸惑った二人だったが、オルアがミンクに視線を送るとその意味を理解した。

「じゃあ、いくわよ!」

 すかさず味方が後退するのを見て、ミンクは両手を前に突き出して叫ぶ。

「真白!」

 言葉と同時に凄まじい吹雪が吹き荒れ、ガーゴイルを包み込んだ。見る間にその体は凍り付き、石像から一転して氷像となる。

「ひゅう、凄いじゃねえか!おっかねえ石像野郎もこうなっちゃ形無しだな!」

 感心した様にガルが叫ぶ。しかし

「まだ駄目よ!そうでしょ?」

 ミンクがイーロンに向かって叫ぶと、イーロンが頷く。

「でも、これならどう?」

 凍り付いて動けない敵の前で、ミンクは再び呪文を唱え始めた。万一動き始めた時に備えてオルア達は三方を囲んでいたが、その前にミンクが再び両手を突き出す。

「真紅!」

 同時に紅蓮の騎士がガーゴイルめがけて突き進む。完全に凍りついた状態で超高温の炎を受け、ガーゴイルは一瞬のうちに砕け散った。

「まあ、こんなものかしら?」

 立ち込める蒸気の中で、ミンクがおどけてみせた。オルアとガルは顔を見合わせて笑うが、イーロンは再び身構えた。

「油断する、早い。今の、右腕の傀儡。今も奴、見てる」

 そのイーロンの言葉を裏付ける様に、オルア達は異様な悪寒を感じた。

「…何だ?何かいるのか?」

「ああ、何かいるな。しかもかなりの力を持った奴だ。それは間違いねえ」

「そうね…」

 ミンクはそう言って辺りを見回す。そして

「バーン!」

 部屋の片隅を指差す。同時に

「まかせるギャ!」

 言うが早いかバーンは凄まじい勢いでその方向へ青白い炎を吐く。すると

「くっくっくっくっ…」

 炎の中から不気味な笑い声が響いて来た。

「んギャ?効いてないかギャ?」

 バーンは思わず炎を吐くのを止める。同時に前へ進み出て来たのは…醜悪かつ残酷な笑みを浮べた、正に絵に描いた悪魔そのものだった。今まで出て来た手下達とは比べ物にならない程の圧倒的な妖気。悪魔はオルア達をゆっくりと見回し、イーロンに目を止める。

「ほう、いつぞやの拳法家か。俺のオモチャをああも簡単に壊してくれるとは、随分と頼もしい仲間を…ほうほう、これは珍客だ!何と俺に炎をけしかけたのは聖竜ではないか?これは素晴らしい、カーズ様もお喜びになるだろう!」

 そう言って笑い出す悪魔。

「ねえ、カーズって誰よ?」

「…山の主。この悪魔、そいつの右腕」

「え、じゃあ…」

「そのカーズとやらは、こいつより強いって事か」

「ああ、つまりこいつ相手にてこずる訳にはいかないって事だ!」

 勇ましく剣を抜き、オルアは相手の正面に立つ。

「おい、無駄な抵抗は止めてさっさと白竜の卵を返せ!いや、お前は下っ端だから、お前の親分にそう言って来い!」

 突然無礼千万な言葉を叫ぶオルア。しかし目の前の悪魔は別に怒った様子も無く、むしろ感心した様にオルアを見ている。

「ふむ、俺の妖気を正面で受けながらもそれだけの大口が叩けるか…君は、面白いな」

 まじまじとオルアを見つめた後で、悪魔は更に一同を一人づつじっくりと見て行く。そして

「ほうほう、よくもこれだけの仲間を…流石に俺一人では荷が重いかもしれん…」

 半ば観念したかの様にそう言った。もしや話し合いの余地があるのでは?ミンクがそう思った瞬間、それが甘い考えだったと言わんばかりに悪魔の態度が一変する。

「面白えじゃねえかーっ!全員まとめて相手してやる!かかって来いや虫ケラ共っ!」

 叫びと同時に悪魔は妖気を全開にする。

「…なっ、何だコイツ!」

 思わず叫ぶオルア。しかし身構える間も無くその体は壁際まで吹き飛ばされた。

「オルア!」

 ミンクが悲鳴にも似た声を上げるが、次の瞬間にはオルアは立ち上がり、剣を振りかざす。

「やっぱお前凄えな、あのイーロンが逃げ出したのも解る気がするぜ。だが、俺は相手が誰だろうともう二度と負けたりはしない!だから覚悟しろ!悪魔野郎!」

 敢然と言い放ち、オルアは猛然と突進…しようとしたところでイーロンに止められた。

「…な、なんだよ?何で止める!」

「奴、俺始末する。お前達、まだ無駄に力使うな」

 そう言って前に出るイーロン。何か言おうとしたオルアだったが、全く気負いの無いその後姿を見て声をかけるのを止め、剣を収めた。

「ちょっと、一緒に戦うんでしょ?」

 慌ててミンクが叫ぶが

「ああ、そのつもりだったけど…必要無さそうだ」

「えっ?」

 ミンクが驚きの声を上げている間にイーロンは悪魔の正面に立ち、鋭い視線を投げかける。

「君か…俺と一人で戦おうと?どれ…」

 悪魔は品定めでもするかの様にイーロンをじっくりと眺め…その表情は一変した。

「くっくっく…それが君の本気か?この間は闘気を消していたのか、はたまたこの僅かな期間に君が格段に成長したのか…まあどちらでもいい!かかって来い!」

 悪魔は叫ぶと同時に大鎌を出現させ、イーロンに斬りかかる。凄まじい一撃ではあったが、イーロンは難なくかわす。しかし、大鎌の柄がイーロンを襲う。

「甘いっ!」

 悪魔の声と同時に、先程のオルア同様イーロンの体が大きく吹っ飛ばされた。壁が崩れ落ち、土煙が上がる。

「まさか、これで終わりじゃあるまいな?」

 楽しそうな笑みを浮べる悪魔。しかし、そこにイーロンの気配が感じられない事に気付き、慌てて振り向こうとした瞬間…

「げはあっ!」

 背後に強烈な一撃を喰らい、今度は悪魔が壁に激突する。イーロンが油断無くその様子を見守っていると、突然瓦礫が吹き飛び悪魔が姿を現した。その表情は恐ろしい程の怒りに包まれている。

「人間風情が調子に乗りやがって!まとめて吹き飛ばしてやる!」

 叫びと同時に悪魔が全妖力を集中し始めると、周りの地面が震え始めた。

「お、おいイーロン!早く決めないと危ないんじゃないか?」

「ええ、尋常じゃないわ、この力!」

「ああ、コイツ捨て身の攻撃でも仕掛けてきそうだ」

「そうだギャ!手を貸そうかギャ?」

 心配そうな一同を尻目に、イーロンは

「無用」

 そう言って悪魔の前に立つ。

「くっくっく…今更何やっても無駄だ!お前等はこの部屋と共に瓦礫に飲み込まれ…!」

 悪魔が何かをしようと両手を差し上げようとした瞬間、イーロンがその額に指を突き立てる。そして

「退魔…白竜穴」

 静かに呟くイーロン。同時に、解放されていた悪魔の魔力が止まる。と言うよりは、穴の空けられた革袋から一杯に詰まっていた酒が吹き出すかの様に、凝縮されていた魔力が漏れていくといった感じだった。

「ばっ…馬鹿な…俺の、ま…りょく…が?」

 信じられないとでも言いたげな表情を浮べながら、悪魔は力なく両膝を付いた。

「な…何故だ?何故…これ程の力を持ちながら…逃げたの…だ?」

「前来た時、俺一人。お前倒せても、奴、倒せない。今の俺、前と違う。お前倒す、そして、仲間達と力合わせ、奴も…倒す」

 イーロンは相変らず表情一つ変えずに告げる。そして

「砕!」

 言葉と同時に力強く闘気を放つ。同時に悪魔の体は跡形も無く崩れ去った。


 あまりの出来事に沈黙する一同。しかし

「先、進む。この部屋、用済んだ」

 言葉と共にさっさと部屋を出るイーロン。オルア達もその言葉で我に返ると、慌ててその後を追った。

「それにしても…さっきの悪魔、弱くなかったわよね?」

 ミンクが囁く様に言う。オルアとガルが無言で頷く。

「それをあんな簡単に…仮にオルア一人だったらどうだったと思う?」

「そりゃあ、俺も当然一撃で…って言いたいけど。いや、それよりもイーロンが奴に何かしたよな?あの後急に魔力が抜けちまって、それで奴は簡単にやられた様に…見えたんだけど」

「ああ、俺にもそう見えた。恐らく白竜の拳士に伝わる秘密の技みたいなものだろう」

 ガルの言葉に、オルアとミンクは成程と頷くが

「で、それってどんな技なんだ?」

「…だから秘密の技って言ったろう、俺が知ってる訳無いだろうが。まあ、イーロンが秘伝を教えてくれる訳も無いし、仮に教えてくれた所でそんな技は体得するのに何年もかかるもんだ。だから…」

「だから?」

「気にするな」

 気になる問いの答えを聞き、オルアは肩を落す。しかし、次の瞬間には

「まあそうだな、どうせ悪魔退治なんてこれで終わりだろうし。だったら剣技を磨いた方がいいや」

そう言って意気揚々とイーロンの後を追っていた。


 この山のいわば中ボスである悪魔をあっけなく倒した一同に、あえて向かってくる敵はいなかった。そのお陰で一同は大した障害も無く(とは言え、落ちたら溶岩へ真っ逆さまの落とし穴や、一発で首を飛ばされそうな飛び出す大刀等の罠はあったが)目差すカーズの居室へと辿り着いた。

「やけにあからさまな扉だな」

 巨大な石造りの扉を前に、ガルが呆れた様な声を上げる。しかし、その奥から感じる恐ろしい程の妖気に、一同は思わず体を強張らせた。

「あ…開けるぞ」

 決意した顔でオルアが扉に手をかけると

「お、おおおっ?」

 押すまでも無く扉は開き、つんのめる様な格好でオルアは部屋の中へ転がり込んだ。

「いてててて…あれ?」

 頭をさすりながら立ち上がるオルアだったが、さっきまで感じられた妖気が全く感じられない事に気付き、ハッとして辺りを見回した。続いて部屋へ入って来た一同も、オルア同様にキョロキョロと辺りを見回す。

「おかしいわね、確かに物凄い妖気を感じたんだけど…」

「ああ、もしかしたらオルアの間抜け振りに呆れてどっか行っちまったのかもな」

「それならそれでいいギャ!早く白竜の卵を取り戻す…んギャ?でもやっぱりそう簡単にはいかなそうだギャ!」

「いけない。奴、監視してる」

 何かに気付いたのか、バーンとイーロンは言いながら部屋の片隅を凝視する。同時に

「うっ…こ、こいつは」

「ええ、部屋に入る前に感じたのと同じよ」

「ちっ、やっぱりあの程度の間抜け振りじゃ悪魔を呆れさせるわけにはいかねえか」

 オルアとガルは剣を抜き、ミンクも身構えた。すると突然、地の底から聞こえてくる様なくぐもった声が響いた。

「…ようこそ」

 それはゆっくりとした喋りだったが、まるで心臓を鷲掴みされたかの様にオルア達は固まってしまった。そして、その目の前に幻影の様に姿を現した一つの影が次第に人の形を成し、気付いた時には正装した貴族の姿へと変わっていた。

「ようこそ、遠来の客人方」

 目の前の紳士がうやうやしく頭を下げる。明らかに何かがおかしい。そう感じながらもオルアは、操られるかの様に剣を収めて頭を下げようとした…その瞬間

「聖竜!」

「任せるギャ!」

 イーロンの声に間髪入れずバーンが応え、同時に

「んギャーっ!」

 小さな体を震わせながら、バーンは全力で紳士めがけて白く輝く息を吹き付けた。


「…こいつは」

 目の前で姿を変えていく紳士に、オルア達は思わず息を飲む。バーンの猛烈な息を浴びた紳士は、瞬く間に真っ赤な顔と体をした恐ろしい悪魔そのものに変わった。しかし、正体をあらわにされた悪魔は全く動じる事も無く笑みを浮べる。

「おお、これが聖竜の力の一端か…素晴らしい」

 両手の鋭い爪を眺めながら、恍惚とした表情をする悪魔。そこへ

「カーズ、今日、お前最後の日。白竜の卵取り戻し、お前滅ぼす。覚悟!」

決然と言い放つイーロン。同時にまだ体勢の整わない悪魔…カーズへと襲い掛かる。

「おい、俺達も続くぞ!」

 すかさず後に続くガル。その言葉にオルアも再び抜刀してガルに並び、イーロンにやや遅れる形でカーズに左右から襲い掛かった。しかし…

「!」

「うわっ!」

「何っ?」

 襲い掛かった三人は、ほぼ同時に壁際まで弾き飛ばされた。しかし、当のカーズは身動き一つした様子は無い。

「今のは…何だ?」

 そう言って左右を見回すオルアだったが、それに答える事の出来る者はいない。代わりにカーズが口を開いた。

「ふむ…君達はなかなか優れた戦士の様だ。しかし、だからと言って私の大切な部下を殺してしまった事は…少々腹に据えかねる。その上…」

 カーズはそう言いながら視線をイーロンに移す。そして表情を一変させた。

「イーロン君…だったね。この私を、滅ぼすと言ったのかい?そんな事が、本当に出来ると…そう思った訳じゃあるまいな!いかに聖竜の力を得たとは言え、成体には程遠いその様な未熟な力でこの私に対抗出来ると?思い上がりも甚だしい!いいだろう、君が私を滅ぼして白竜の卵を取り戻すと言うのなら、私は君達を滅ぼし、白竜に続いて聖竜をもこの手に収めようじゃないか!さあ、何か策が有るなら早く見せたまえ!さも無いと取り返しのつかない事になるぞ!」

 そう叫ぶと同時に、カーズは抑えていた妖気を解放させる。その途端に、部屋中に立っている事すら困難な程の重圧がのしかかる。

「凄い重圧…さっきの悪魔も凄いと思ったけど、これと比べたら可愛いものね」

「んギャ!ちょっとでも気を抜いたら押しつぶされるギャ!皆気を抜くなギャ!」

「解ってるよ!…ってもどうすんだよ!」

「騒いでどうする!それよりイーロン、何か策が有るんじゃ無いのか?」

「…有る」

 イーロンの言葉に一同は注目し、次の言葉を待つ。

「まずは、奴の体力、魔力減らす。策が通じるの、その後」

 一瞬呆然とする一同。

「つまりは、力押しで奴にダメージを与えるって事か?」

「どうやらその様だな。だが、さっきのアレをやられちゃ近づけないぜ?」

「問題無い。聖竜の力、魔力打ち消す」

 そう言ってイーロンはバーンを振り返る。

「んギャ!まかせるギャ!」

 自身たっぷりで頷くバーンに、イーロンも頷き返した。そして

「聖竜の光、悪魔の魔力打ち消す。その光に合わせて攻撃。奴に傷、負わす事できる」

 それだけ言うとイーロンは再び身構え、オルアとガルも同時に剣を構える。そして

「んっ…ギャーっ!」

 雄叫びと同時にバーンはまばゆく光る真っ白な光線を吐き出した。

「むうっ!」

 それを見てカーズは表情を変え、両の手を前に突き出した。そこへ津波の様な勢いでバーンの放った光が押し寄せる。

「ぬああああああっ!」

 鬼の形相でカーズが叫ぶ。同時にバーンの放つ光はその両脇に弾かれるように流れるが

「んギャーっ!」

 更に気合を込めるバーン。すると光は凶暴な奔流となってカーズを包み込んだ。

「ぐっ…ぐぐぐ…ぐあああーっ!」

 必死に耐えていたカーズだったが、勢いを増した光に耐え切れず吹き飛んだ。

「好機!」

 イーロンの号令でオルアとガルも突撃したが…

「…何処だ?」

 オルアは慌てて周りを見回す。カーズが吹き飛んだ筈の場所には、瓦礫しか見当たらず肝心のカーズの姿は無かった。

「…背後!」

 ハッとした様にイーロンが叫ぶ。同時に振り返るオルアとガル…の目の前にカーズの姿があった。と思った瞬間

「ぐ…はっ…」

 カーズの持つ漆黒の剣が、ガルの脇腹を貫いていた。

「ガルっ!」

 ミンクが叫ぶ。同時にイーロンがカーズに突きを放つが、一瞬で消えた。

「…なかなか、やるじゃないか」

 カーズは再び前に立ちはだかるが、それなりにダメージは受けていたのか、若干息が荒い。

「痛って…いや、何ともねえ!」

 脇腹を押さえながらガルは力強く言う。急所を外していたとは言え決して軽傷ではないはずだが、力強いその言葉はオルア達を鼓舞するに充分だった。

「流石はオイラの第一の親友だギャ!オイラも負けていられないギャ!」

 カーズが身構える間も無く、バーンは再び輝く息を吐いた。しかもそれは先程とは違って収束した光線の様にカーズを貫く。

「うがああああっ!」

 雄叫びと共にカーズは全ての魔力を解放した。すると胸を貫く光の矢は消し飛び、襲いかかろうとしていたオルア達も再び吹き飛ばされる。

「…はあっ!…はあっ…流石は聖竜だな。しかし、このままでは終わらんぞ」

 今ので相当魔力を使ってしまったのか、カーズはかなり疲弊した様に言うが、次の瞬間には部屋の奥にある通路から消え去った。

「待てーっ!」

 叫びながらオルアが追おうとするが、その前にイーロンが立ち塞がる。

「な…何だよ?」

「この先、火口に続く道。後を追う、異存無い。だが、あせって追う、思う壺」

 イーロンの言葉にオルアが振り返ると、ガルもミンクも、更にはバーンまでもがイーロンの言葉を肯定する様に頷いた。

「まあそんな訳だ。俺が先行して罠を解除する」

 ガルを先頭に、バーンとイーロンが続く。その後ろにミンク、そしてオルアが背後を警戒しながら進んで行く。


 途中には落とし穴や飛び出す刃物に炎、吊り天井や巨岩等々…まともにひっかかればイチコロと言える罠が無数にあったものの、ガルの解除能力に加え、イーロンとバーンの危険察知能力、更にはミンクの勘も加わり折角の罠は起動しないままに終わった。因みに、背後を警戒していたオルアが活躍する場面は只の一度も訪れる事は無かった。


 渋面で歩くオルアだったが、急に熱気を感じて前方に視線を送る。その先には、燃え盛り煮え滾る溶岩が充満した大きな空洞があった。その空洞の真ん中に小さな円形の土台があり、そこへカーズが立っていた。土台へと続くのは一本の細い橋の様な岩だけで、万一足を滑らせたら一巻の終わりなのは間違い無い。そして土台の遥か上には大きな穴が空いていて、そこから僅かに空が見えている。

「どうやらあれは幻影の類じゃ無いみたい」

 カーズの姿を認めたミンクはそう言うが、更に続けて

「とは言え、あんな細い道をゆっくり行ったんじゃ狙って下さいって言う様なもんだし、無事に全員あそこまで行けたとしても、ちょっと狭いわよね」

 相変らず冷静に状況を分析した。

「じゃあ、一気に行けばいい訳だ」

「ま、そういうこった」

「…先陣、俺、行く」

 オルアの言葉にガルが答え、イーロンは答えると同時に走り出し…一気に跳躍した。

「お…おい!先走るなよ!」

 同時にオルアも大ジャンプで細い橋を一気に飛び越えた。同時にガルは疾風の速さで橋を駆け抜ける。

「…仲間に言うのもなんだけど、ちょっと常識が無いわよね」

「んギャ!でもそれは前から解っていた事だギャ!」

 呆気に取られたミンクがそんな事を言っている間にも、突然の奇襲でカーズはいきなり三方を囲まれていた。しかし、その顔に全く焦りの色は見られない。

「ふっはっはっは!人間にしてはなかなか出来る!しかし、これは真似出来まい!」

 カーズはそう言うと同時に、全身に力を込めた。するとその背中から翼竜を思わせる巨大かつ醜悪な翼が現れる。

「羽根が生えた?」

「正に悪魔だな」

 驚くオルアとガルを尻目に、イーロンは構う事無く打ちかかった。しかし

「愚か者がっ!」

 カーズは軽く羽ばたくと同時に宙を舞い、イーロンの攻撃をかわす。そして素早く翻ると同時にその背中に強烈な一撃を加えた。

「イーロン!」

 間一髪の所でガルがその体を受け止める。僅かに遅れていたらイーロンは溶岩へ真っ逆さまだったかもしれないが、それでもイーロンは表情一つ変えず

「感謝」

 それだけ言うと再び身構えた。


 はっきり言って空中からの攻撃はタチが悪い。その上足場は狭く、攻撃をかわすのも難しい。三対一にも関わらず、オルア達は防戦一方となってしまった。そんな中で、イーロンは飛び回るカーズに視線を定め…

「ィヤーッ!」

 気合と共に飛び蹴りを放つ。

「!」

 予想外の攻撃に驚いたカーズだったが、間一髪でそれをかわすとニヤリと笑みを浮べながらイーロンを眺める。足場の無い場所で捨て身とも言える飛び蹴り、それをかわされた以上は溶岩の中へ真っ逆さま…と思っていたのだが

「ハッ!」

 蹴りをかわされたイーロンは、反対側の壁を蹴ると再びカーズめがけて飛び蹴りを放って来た。

「何だとっ?」

 流石に驚くカーズ。今度はかわしきれずにイーロンの蹴りがその顔をかすめる。再び土台に着地したイーロンはすかさず身構える。

「貴様…やるじゃないか」

 冷静に言葉を放つカーズだったが、その体は小刻みに震えていた。しかし

「思っていた以上に君達は出来るようだ。かくなる上は、私も全力を出す事にしよう」

 その言葉と同時に、カーズは大きく息を吸い込みながら全身を震わせる。

「何言ってやがる、今までも本気だったくせに」

 所詮は強がり、そう思っていたオルアの目の前でカーズはその姿を変えていく。

「なっ…」

 思わず言葉を失うオルア。カーズの変貌は恐ろしいまでに進み、最早悪魔と言うよりは魔獣と言う形容が相応しい程の恐ろしい姿となった。しかもその体は二回り以上大きくなり、発せられる妖気も比べ物にならない程増大している。呆気にとられる一同に向かってカーズが笑う。

「ふっふっふ、驚いたかね?これが私の真の姿、と言っては語弊があるかもしれんが…この姿こそが私が真の力を発揮できる姿なのだよ。最も、この状態を維持するには膨大な瘴気が必要となる。いまいましい熱気には流石に閉口するが、この火山には満ち溢れる無限とも言える瘴気が溢れている。それこそが私がこの地を根城にしている理由なのだよ!」

 カーズはそう言って両手を高々とさし上げる。漆黒の鋭い爪が光ると同時に、それはオルア達めがけて飛び掛ってきた。

「来たぞっ!」

 叫びながらオルアはかわしつつも剣を振るう。しかし

「って…いつの間に?」

 痛みを感じたオルアが目をやると、脇腹から僅かだが出血していた。しかも、よく見るとガルも腕に、イーロンも肩に同様の傷を負っている。

「くっくっく…今のはわざとかすらせる程度にしておいた。だが、今度はどうかな?」

 カーズは品定めするかの様に一同を見回すと…

「決めた!」

 事もあろうに、カーズはミンクめがけて飛び掛った。

「何をするギャ!」

 すかさずバーンが光を放つが

「フン!」

 カーズは造作なくそれをかわす。しかし次の瞬間

「行きなさいっ!真紅!」

 ミンクが紅蓮の騎士を放った。するとそれは火山の熱気で力を得たのか、普段より一回り大きく、更には凄まじい素早さを持ってカーズに襲い掛かった。全身を激しい炎に包まれたカーズは悶えるように体をくねらせる。しかし、流石にそれだけでは終わらない。

「ぐあああああっ!」

 カーズは気合と共にまとわりつく火炎を吹き飛ばすが、その体は焼け爛れブスブスと音を立てていた。

「はああぁぁぁあああ…」

 大きく肩で息をするカーズ。するとミンクが叫んだ。

「今よ!時間を与えたら瘴気を吸って回復するわ!」

 真っ先に反応したバーンがカーズめがけて光線を吐く。それに動きを封じられたカーズめがけて、オルア達は一斉攻撃を仕掛けた。

「うりゃあああーっ!」

「うおおおーっ!」

「ハアアアアアッ!」

 オルアが切り刻み、ガルが切り落とし、イーロンが急所に無数の打撃を与えた。更にバーンの光線を浴び、カーズは正に満身創痍といった状態で立ち尽くす。

「…やったか?」

 誰に言うとも無くオルアが呟く。しかし目の前の悪魔は青息吐息だというのに、一同は更なる戦慄を感じていた。

「何なのよ?まだ何かあるの?」

 不安げに呟くミンク。するとそれに答えたのは…

「まだ…ではない。これからなのだよ!」

 カーズが言葉を放ち、同時にその体は一瞬にして回復した。

「さあ、いくぞっ!」

 呆然とするオルア達に向かい叫ぶカーズ。あろうことかその体から放たれる妖気は更に強さを増していた。

「気をつけろっ!コイツ、さっきまでと違うぞっ!」

 叫びながらオルアは恐ろしい爪を受け止めた。と思った瞬間カーズはイーロンの背後に回っていた。

「イー…」

 オルアが叫ぶより早く、イーロンはその攻撃をかわす。しかしカーズはそのまま突進して、ミンクとバーンをまとめて弾き飛ばす。

「この野郎!」

 ガルはカーズの背後を取ると、渾身の一撃を振り下ろした。が…

「…な、なんて力だ!」

 呻くようなガルの目の前でカーズは片手でその一撃を受け止め、そのまま振り返りもせずに押し返す。

「あああーっ!」

 カーズが力を込めると同時にガルが吹き飛ばされ、次の瞬間には飛び掛ったオルアとイーロンも軽々と弾き飛ばされた。かろうじて転落こそ免れたものの、一瞬の内に全員が強烈なダメージを受け、早くも肩で息をしている。

「くそっ…隙が無い」

 オルアは冷静に相手の状況を見ていたが、状況を分析すればする程表情が険しくなっていく。それはガルもイーロンも同様だった。

「なあイーロン、さっきの手下にやった技、コイツには効かないのか?」

「…まだ無理、さっき言った。体力、魔力消耗させる。それが先」

 小声で話すオルアとイーロン。それを聞いていたミンクが、いつになく真剣な顔で話に割り込む。

「…じゃあ、何でもいいからダメージ与えればいいって事よね?」

 突然の口出しに驚いたオルアとイーロンだったが、オルアが何か言うより先にイーロンが頷いた。

「じゃあ、皆でどうにかしてカーズを土台の端まで追い込んで。そうしたら私が合図するから、一斉に部屋の入口まで下がって欲しいの。出来る?」

「…何か思いついたのか?」

「うん」

 オルアの問いに頷くミンク。オルアとイーロンは顔を見合わせて頷くと、ガルに合図して一斉に構えた。

「ほう、覚悟は決まった様だね?ならば後悔しない様、全力でかかって来たまえ!」

 カーズに言われるまでも無く、三人は一斉に猛攻を仕掛けた。バーンは一斉攻撃の直前に光線を放ったが、その後はミンクの合図を待って待機している。

「オイラ、本当に何もしなくていいギャ?」

「うん、今はね。合図と同時にすっごいのブチかまして貰うんだから、ちゃんと集中しておいてね!」

「わかったギャ!」

 戦況を気にしつつも集中するバーン。そしてミンクも両手を目の前にかざすと、強大な呪文を放つ為の詠唱を始めた。


 三対一、しかもその三人は皆腕ききの強者ばかりだというのに、それに対する一人の悪魔はいまだ余裕で攻撃をかわし、時折思い付いた様に相手を弾き飛ばす。それでも三人の強者は必死で食い下がった。何度も斬り付けられ、叩きつけられ、投げ飛ばされたがそれでも攻撃の手を緩めない。その必死の攻撃はいつしか圧倒的な力を誇っていた悪魔の顔に焦りの色を浮かばせた。そしていつしか、三人は悪魔を土台の端に追い込んだ形を取る。

それをミンクは見逃さなかった。

「今よっ!皆下がって!」

 その言葉にオルアとイーロンが、そして話は聞いていなかったが、二人の行動に意を察した様にガルも飛び下がる。同時に

「これでも喰らうギャーっ!」

 今までに無い勢いでバーンが眩く輝く光線を放った。するとそれは五芒星の形を取り、カーズを壁際まで押しやるとそのまま釘付けにする。

「よしっ!じゃあいくわよ!」

 ミンクは両手を前に差し出して呪文を唱えようとするが…

「こんな物っ!」

 カーズが五芒の網を引きちぎり、その束縛から逃れようとしていた。

「んギャ!あんな軽々とちぎるなんて!どうするんだギャ?」

 うろたえるバーン。しかしミンクは更に深刻な表情をしていた。その様子を見たガルは

「要するに、アイツを貼り付けときゃあいい訳だな?」

 察した様にそう言うと、止める間も無くカーズに突進し、自慢の大刀をその体に突き立てた。

「さあ、何かやる気なんだろ?さっさとやっちまえ!」

 思わぬ展開に躊躇するミンク。しかし次の瞬間、ガルが刀だけを残し無事戻って来たのを見て叫ぶ

「蒼海!」

 瞬間、カーズの目の前に閃光が走る。と同時に光の粒子が渦を巻き、それはとてつもなく巨大な水流となって荒れ狂う。

「何だこれは?」

 釘付けになったままカーズはそれをみつめていたが、突如それは滝となって一気に足元の溶岩へ流れ込んだ。そして…

「うおおおおおっ?」

 カーズが絶叫した。溶岩の中に流れ込んだ大量の水は一気に沸騰し、水蒸気を巻き上げながら大爆発を起こす。しかしその爆発はミンクの制御できる物ではなく、凶暴な熱エネルギーの塊となって襲い掛かって来た。

「大丈夫、任せて!」

 一同を背後に、部屋の入口に立ち塞がったミンクは残った魔力で防壁を張った。恐ろしい程に巻き上がる水蒸気もその防壁を突破する事は出来なかったが…予想以上に長時間荒れ狂う嵐の様な熱気に、ミンクの魔力は消耗していく。しかし、いまだその勢いは衰える様子を見せない。

 ミンクは額に汗を滲ませて耐えていたが、次第にその顔から生気が抜け、いつしか目も虚ろになっていた。

「ミンク!」

 叫ぶと同時にオルアはその体を抱えるが、崩れかけた防壁を修復する術は無い。イーロンが闘気を放ち、バーンが光を放って防壁の修復に努めるが、最早焼け石に水だった。なす術も知らず立ち尽くすオルア。その傍らに立っていたガルは

「まあ、最後に物を言うのはカラダだな」

 オルアの肩を叩きながらそう言うと

「後は任せたぜ」

 そう言い残して前に進み出ると、両手を広げて仁王立ちになった。同時に防壁が消え去り、凄まじい熱気がガルに襲い掛かる。

「うおおおおおおおおーーーーっ!」

 雄叫びと共にガルは全身で熱気を受け止める。その気迫は凄まじく、かつて死闘を演じたオルアでさえ立ち竦む程だった。


 恐ろしい水蒸気の嵐が止んだのはどの位経ってからの事なのか…それは定かではないがともかく嵐は収まった。

「…ど、どうなったんだ?」

 ミンクを抱えたまま、オルアはいまだもうもうと立ち込める湯気の向こうに目を凝らした。そして思わず声を上げる。

「ガル!」

 恐ろしい熱気を浴び続けていたガル。しかしその大きな体は決して崩れる事無く、いまだ敢然と立ち尽くしていた。オルアはすぐにでも駆け寄りたい所だったが、ミンクの容態も気になり動けない。すかさずバーンとイーロンがガルの様子を見に行き…仰天した。

「…よう、流石にキツかったぜ」

 苦しげに言葉を発するガル。その様子も驚愕に値するが、それ以上の驚きを与えたのは吹き飛んだ冑の中から姿を現した、二本の鋭い角だった。

「…ガル、生きてて何よりだギャ。でも、その頭は…なんだギャ?」

「…鬼…?」

「ん?…げっ!」

 頭に手をやったガルは、冑が無くなっている事に気付いて慌てたが

「あっちゃー、流石に身なりを気にする余裕はなかったからなあ。まあいい機会だ、どうせ隠すつもりもなかったしな。俺は人間じゃねえ。とは言え別に魔物って訳でもねえ。だからまあ…これからもよろしく頼むわ!」

 そう言って笑うガル。流石にその事はバーンも知らなかった様で、思わずイーロンと顔を見合わせる。様子を見ていたオルアも唖然とした顔をしていた。

「ふう…体中が火傷でヒリヒリするぜ」

 ガルはそう言ってどっかと腰を降ろすと、そのままばったりと後ろへぶっ倒れた。そして同時にミンクも目を覚ます。

「…う…ん…あれ、私?あ、そうだ!皆大丈夫?私とした事がとんだ失敗だったわ…ってガル?貴方の素顔初めて見たわ!なかなかいい顔じゃないの!隠すの勿体無いからずっとそのままで…!」

 突然言葉を切りミンクが驚きの表情を浮かべる。

「ああ、驚いたろ?ガルは人間じゃなかったんだってさ。俺も今知ったんだけど…」

 オルアが説明しようとするが、ミンクの驚きはガルの事ではなかった。

「見て!」

 ミンクが指差す先には、いまだにガルの大刀が突き刺さっていた。しかし、そこにカーズの姿は無い。

「…上!」

 イーロンは駆け出し、いまだ僅かに残っていた土台の中央に立つと上空を見上げる。そして

「ハッ!」

 気合と共に跳躍すると、僅かな凹凸に足をかけてあっと言う間に消え去った。

「バーン!」

「任せるギャ!」

 ミンクの声に呼応して、バーンがすかさず後を追う。オルアも立ち上がりかけるが、ミンクの様子が気になっていた。その時

「情けねえ話だが、俺達は体力使い切っちまった。疲れ果てた役立たず共はここで休んどくから、後は任せたぜ」

 そう言ってガルがミンクの体を抱える。

「そうね、今の私達じゃ間違いなく足手まといだわ。だからせめて…」

 ミンクがガルに目配せすると、ガルは軽々とその身体を持ち上げて土台へ向かう。

「じゃあ、行ってらっしゃい」

 そう言いながらミンクはオルアの頬を撫でる。そして、微かな声で歌い出した。

「ああ、行ってくる!」

 すっかり元気を取り戻したオルア。見送るミンクの顔にも笑みが浮かんでいた。

「うりゃあーっ!」

 イーロン程では無いにしろ、疲れを微塵も感じさせない身軽さでオルアは駆け上って行った。


「待たせたなっ!」

 頂上へ付くなりオルアが叫ぶ。しかし

「あれが…カーズか?」

 身構えるイーロンと、威嚇の姿勢を取るバーン。その前にいたのは…上半身だけとなりながら、いまだ恐ろしいまでの気を発し続けている魔獣の姿だった。

「奴、体力僅か。だが、油断…禁物」

「その通りだギャ!きっと死に物狂いでかかってくるはずだギャ!」

 言われるまでも無くオルアにもそれは解っていたが、今もまだ聞こえるミンクの歌はオルアのみならずバーンとイーロンの体力も回復させていた。とは言えカーズも瘴気を吸い続けており、あまり時間を取らせてはいられない状況だった。見る間にカーズの身体は再生を始め…同時に崩れ始めていた。

「くっくっく…私とした事がダメージを受けすぎた様だ。最早私に勝ち目は無い…だが、このままおめおめと引き下がりはしない!誇り高き魔族の末裔として、貴様等に最後の戦いを挑む!」

 魔獣の姿をとりながらも、カーズは自身の誇りをかけて最後の戦いを挑んで来た。オルアは達全身全霊を込めて迎え撃つ。


 既に生き長らえるつもりの無いカーズの捨て身の攻撃。それに対して全く怯む事無くオルア達は反撃する。僅かな時間とは言え、それは今までで最も壮絶と言える戦いだった。そして…カーズの身体は再生も追い付かない程のダメージを受け、遂にその体力も魔力も尽き果てようとしていた。すると、その瞬間を待っていたかの様にイーロンが猛然と飛び出し

「ハアアアアアアアーーーッ!」

 恐ろしい程の叫びと共に一瞬にしてカーズの正中線を点穴した。

「…ぐ…ぐはあっ!」

 たまらず叫び声を上げるカーズに、イーロンは躊躇無く止めを刺す。

「白竜天衝!」

 その声と共に突き出されたイーロンの両手から白い光が迸り、カーズの身体を天高く舞い上げ…光の消滅と共にその身体は地面に叩き付けられた。暫く様子を見てはいたが、明らかに生きている様子は見られない。

「…凄い奴だったな」

 肩で息をしながらオルアが呟く。

「んギャ!もうボロボロだったのにオイラ達三人を相手に凄い戦いぶりだったギャ!」

「…」

 興奮気味に叫ぶバーン。イーロンは敵とは言え恐るべき強さを誇った戦士の亡骸に向かい両手を合わせた。とは言えその身体は既に崩れ去り、消えかかっていたが。


 激闘を制したオルアは、不意に疑問を口にする。

「そう言えば白竜の卵ってどこにあるんだ?てっきりカーズを倒せば出てくるとか思ってたんだけど」

 そう言いながらオルアはカーズの残した灰の山を見ていたが、それは風に吹かれて跡形も無く消え去った。しかし、そこにはそれらしい物は何も現れない。

「…お、おい」

 不安げに呟くオルア。するとイーロンが口を開く。

「聖竜の魂、白竜と繋がる。聖竜目を閉じ、心開く。白竜の声、聞こえる」

 イーロンの言葉にバーンは一瞬怪訝な顔をするが、オルアが頷くのを見て目を閉じ、精神を集中…させるまでも無くバーンは閉じた目をカッと見開いた。

「探すまでも無いギャ!白竜はそこにいるギャ!」

 バーンは叫ぶなり目の前を指し示す。しかしそこはカーズの亡骸があった場所で、今は風に吹かれて何も残ってはいない。

「おいおい何を言ってるんだ?ちゃんと探してくれよ」

 呆れたようにオルアが言うが

「…!」

 何かに気付いたイーロンが咄嗟にそこへ駆け寄る。そして地面を念入りに探し始めた。そして、両手で何かを抱える様にすると

「聖竜」

そのままの体勢でバーンに向き直った。暫くの間バーンはイーロンの両手の間をじっと見つめていたが…

「んギャ!白竜の卵、取り戻したギャ!」

 得心した様にバーンとイーロンが頷く。しかしオルアには訳が解らなかった。

「今はオルアには見えないギャ!でも心配ないギャ!巫女さんに見てもらえば、これが白竜の卵だって事が皆にも解るギャ!」

 不安げなオルアをよそに、バーンとイーロンはさっさと下山し始めた。仕方無くオルアも後を追うが、その表情は釈然としない。合流したミンクとガルもオルアと同じ様な顔になるが、バーンとイーロンの満足気な表情はそんな釈然としない気持ちを強引に打ち消した。因みに、ガルはどこから出したのか既に新しい冑を被っていた。

「…何で?」

「いや、何かこれが無いと落ち着かねえんだよ。それに、戻った時俺が人間じゃないって解ったら面倒な事になりそうだしな」

「あ…なるほど」


カーズを打ち破った一同にあえてちょっかいを出そうとする魔物はおらず、体力を消耗しているとは言え帰り道はそれなりに楽だった。流石に脇腹を刺されたガルは少々大変そうではあったが。


「全員無事戻ったギャ!」

 白竜の里に着くなり、バーンは叫びながら巫女の待つ祭壇へすっ飛んで行く。

「お、おい!」

 思わず叫ぶオルア。しかしその声が響いた時、バーンは既に巫女の肩に止まっていた。

「アイツ…何であんなに元気なんだよ」

 呆れた様な顔をするオルア。すると

「まあ、バーンにとって初めて顔を見る兄弟みたいなものなんでしょうし、はしゃぐ気持ちは解らなくもないけど」

 苦笑しながらミンクが答えた。その顔には疲労の色が全く見えない所か、満面の笑みが浮かんでいる。どうやらミンクもバーン同様楽しみにしている様だった。ガルはと言えば流石に刺された後が疼く様で、時たま顔を歪めていた。そしてイーロンは…相変わらず見えない「何か」を抱えたままで巫女の前に跪く。すると巫女と長老はそれをまじまじと見つめ、互いに満足そうな笑みを浮べて頷き合う。そして、長老は神殿内に響き渡る大きな声で告げた。

「皆の者!今ここに白竜の卵は奪還された!これより三日の後、巫女の祈りにより新たな白竜が誕生する!」

 神殿の中はその言葉に騒然となるが、長老は更に続ける。

「だが今宵は無事白竜の卵を奪回した勇者達を称え、里をあげての宴を行おうぞ!さあ里中に知らせよ!勇者達の凱旋を皆で祝おうとな!」


 夜まで充分に休んだオルア達は、その晩は久々に楽しんだ。とは言え隠れ里での宴、今までに体験した宴会と比べると遥かにつつましい物だったが。ただそんな中オルアが驚いたのは…

「あー、やっぱり一仕事終えた後の酒は格別だな!」

 誰よりも豪快に飲み続けるガルと、それに付き合って平然とした顔で杯を重ねるミンクの姿だった。

「お…おい、ミンクはまあいいとして、ガルは刺された所大丈夫なのか?」

 心配そうに聞くオルアだったが、ガルは両脇腹をさすると

「あれ、刺されたのって…どっち側だ?」

「あ…そう」

 その馬鹿げた回復力には、オルアも呆れるしかなかった。


 そして三日後の晩、満月に照らされた神殿内に集まった里人達の前で遂に白竜誕生の儀式が執り行われる。既に儀式の準備は整っていた。白竜の像の周りを八人の神官が囲み、その中央では巫女が像の正面に立っていた。

巫女は月に向かって両手を広げ、大地に平伏し、像の前で両手を合わせた。そして祈りの言葉を呟く。と同時に白竜の像に捧げられた見えない卵が、次第に誰の目にも明らかになってゆく。

「おおっ!あれが白竜の…もがもが」

 思わず叫ぶオルアの口を、すかさずミンクが押さえた。

「静かになさい、大事な儀式の最中なんだから」

 言われてオルアが周りを見渡すと、確かに驚きの表情を浮べる者は多数いたが、誰もが押し黙ってその状況を見守っている。そしてそんな中…卵は白色から次第に銀色、そして金色に輝くと、最後は真っ白な光に包まれて輝き出した。

「一体…どうなるんだ?」

 今度は小声で呟くオルア。同時に光は一瞬里中を照らす程に強まり…次の瞬間に消え去った。

 何が起きたのか解らずにざわめく若い里人達と対照的に、年配の里人は一心不乱に白竜の像を見つめていた。そしておごそかに巫女の声が響く。

「白竜の末裔よ、よくぞこの世界においで下さいました。我ら白竜の里人、心よりそなたを歓迎致します」

 その声に導かれるかの様に、ふわふわとした綿毛の様な、小さな竜の子が巫女の両手に舞い降りた。そして

「キュウ!」

 小さな身体に似合わぬ元気な声で叫ぶ。同時に、白竜の像から天まで届かんばかりの甲高い声が響いた。一瞬の沈黙の後、年配の里人達が互いに顔を見合わせて喜びの声を上げる。一つ遅れて、まだ若い里人達も喚声を上げ、あっと言う間に里中が歓喜の声に包まれた。そして、巫女は振り返って両手を高々と差し上げ…その瞬間小さな綿毛から真っ白な羽根が伸びて神殿内を飛び回った。

「まあ」

 巫女は驚きの表情を浮べたが、すぐに笑顔へと変わる。神官たちは捕まえようと身構えたが、楽しげに飛び回る白竜の姿を見ている内に自然と笑顔になった。その笑顔は白竜を見つめる人々全てに伝播し、里中に穏やかな笑顔が溢れる。

「見ているだけで何か幸せな気分になるわ、これが白竜の力なのかしら?」

「ああ…不思議だな。しかもまだ産まれたばかりだってのに、大きくなったらどうなるんだろうな?」

 そんなやりとりをするミンクとオルアの顔にも、自然と笑みが浮かんでいた。


 その晩、新たな白竜の誕生を祝う祭りが行われた。先日の宴会とは異なり、荘厳な雰囲気の中で白竜に洗礼の儀式が執り行われ、産まれたばかりの白竜は名実共に「生命の根源を司る」白竜になった。とは言え、実際にはバーンと共に嬉しそうに飛び回っているだけだったのだが。


 それから更に数日が過ぎ、すっかり体力を回復したオルア達は里を後にすべく巫女の元へ顔を出した。巫女は相変らずの笑顔で一同を迎えると共に、改めて今回の働きに丁重に感謝の意を示す。ここ数日ですっかり里に慣れたオルア達にとってこの地を後にする事は辛かったが、目的を果した以上この地に止まる理由は無い。丁重に今までの歓待に感謝の意を述べると、巫女も笑顔で別れの言葉を告げた。しかし、巫女は更に言葉を続ける。

「イーロン」

 不意に巫女はイーロンに言葉をかける。そして更に続けた。

「この度のそなたの働きには、里を代表してこの私から改めて感謝致します。本当によくやってくれました。とは言え、既にそなたは充分過ぎる程にこの里に尽くした身。もはや何の気兼ね無く自分のしたい様になさい」

 その言葉にイーロンは巫女を見つめると、暫くしてからオルア達に顔を向け直した。その様子に全てを察した巫女は、オルアに向けて声をかける。

「オルア様、大変不躾なお願いで恐縮なのですが、是非イーロンをご一同にお加え願えないでしょうか?この者は口数も少なく、少々無愛想な所もありますが…根はとても優しくそして、誰よりも強い心を持った者です。もしご一同にお加え頂ければ、必ずやお力になれると思うのですが…いかがでしょうか?」

 突然の申し出にオルアは驚いたが、その顔にはむしろ喜びの色が見えた。オルアは一瞬イーロンと目を合わせた後で振り返ると、ミンクもガルも笑みを浮べている。更にバーンに至っては嬉しさを抑え切れないかの様にはしゃぎまわっていた。

「俺達としてはその申し出は大歓迎だ。むしろイーロンには一緒に来てくれる様にお願いしたい位だったからな」

 オルアの言葉に巫女は笑みを浮べると、今度はイーロンに言葉をかける。

「よろしいですね?」

 多くを語らない巫女の言葉だったが、イーロンはそれで全てを察した。いつからかは自分でも解らないが、里の外に数多くいる強者達との戦いを欲する様になっていた。武闘大会へ送り込まれたのも、理由が有ったとは言えそんな気持ちを察しての巫女の心遣いだったのだろう。イーロンは突然そう悟ると、ハッとした様に巫女を見つめる。

「もう、この里の事だけを考える必要はありません。心の赴くまま、自分のしたいようになさい」

 微笑む巫女の前で、無言のままうつむくイーロン。その両肩は小刻みに震えていた。


 翌朝、旅立ちを控えたオルア達に巫女が告げる。

「今朝貴方達の進む道を占ってみた所、この地より遥か東方、騎士団の治める町ガンナイツで探し人を見出す。その様な結果が出ました。既に行き先を決めているのならばそちらを優先しても差し支えないと思いますが、まだ行き先を決めあぐねているのならば、その地を目差す事をお勧め致します。私の用意した書状があれば、国境の関所は通して貰えることでしょう。また、白竜は無事誕生しましたが未だその力は小さく、貴方達の助けにはなりません。ですが我等一族精魂込めて、いずれは聖竜の力となるべく白竜を育て上げます。時節が到来したならば、いずれまたお目にかかることになるでしょう」

 巫女の言葉にオルア達は丁重に頭を下げ、そのままこの地を去る事を告げた。そして巫女は旅の無事を祈り、祝福の言葉を告げる。

「里を…いいえ、いずれ世界を救いし勇者達にどうか白竜の加護あらんことを。願わくばその旅の行く末が皆にとっての幸せとならんことを…では行きなさい。我等の救世主よ」


強大な力を持つ悪魔を退け、オルア達は更に進む。その先で待つ者は一体誰なのか?それは…先へ進めば分かります(笑)

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