表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SWORD  作者: ろんぱん
5/20

再びの王宮

5.再びの王宮


 突然のジークの宣告から早一週間。オルアとミンクは再び城下町の門前に立っていた。「全く、面倒臭えなあ…」

「まあまあ、そんな事言わずに。とりあえず入れてもらいましょう」

「まあ、そうするしかないか」

 頭を掻きながら門へ近付くオルア。幸い守衛はオルア達の顔を憶えていて、すんなりと町へ入る事が出来た。それどころか頼んでもいないのにオルア達を城門まで案内すると、城門官に話を通して入城させてくれたのだった。

「よう!まさかこんなに早く再会するとは思わんかったぞ!」

 部屋を訪れるまでもなくハイネンが出迎えに来ると、半ば強引に自室へと連れ込んだ。

「して、今度は一体何の用でわざわざやって来たんじゃ?まさかワシに会いに来たのか?いやはや、こりゃあ照れるのう!」

「…そんな訳無い」

 はしゃぐハイネンを尻目にオルアは呟く。

「そんな事よりも、ウチのジジィが訳のわからねえ事言い出して…」

「何じゃ?」

「旅立ちの時が来たとか言って、そんでもって王様にこれを渡せって」

 そう言いながらオルアは一通の手紙をハイネンに渡す。

「ほう、今度は何が…!」

 手紙を手に取ったハイネンはその裏側を見て絶句した。

「…オルアよ、一緒に来なさい」

 急に真顔になるとハイネンはそう言って部屋を出た。オルアは思わずミンクと顔を見合わせるが、慌ててその後に付いて行く。


「おお、誰かと思えばオルアにミンクではないか!」

 オルア達の顔を見るなり王は嬉しそうに声をかける。

「あれからまだ数週間しか経っておらんので何とも言えんが、今の所は盗賊の被害に遭ったと言う報告は無い。その限りでは大変世話になったと言えよう。して、本日は一体何用があってわざわざ参ったのだ?」

 王はそう言ってオルアに視線を向けるが、オルア自身何の為にここに来たのかが解っていない。代わりにハイネンが王の前に進み出ると

「陛下、オルアはジークより預かった書状をお届けする為に参上したのでございます。何はともあれ、こちらをご覧下さい」

そう言ってオルアの持参した手紙を王に手渡した。

「ふむ、珍しい事もあるものよ」

 王はそう言いながら封を開けようと手紙を裏返し、その蝋の封印に目を留めた。

「…これは、まさか?」

「はい、お察しの通りにございます」

「そうか…」

 王はそう言って暫く天を仰ぐ。そして

「あいわかった、では後は私の部屋で話すとしよう」

そう言いながら玉座から降りると、促すような視線を送ってから部屋を出て行った。

「陛下直々のお招きだ。一緒に参ろう」

 全く状況が理解出来ずに固まったままのオルアにハイネンが声をかける。

「あ、ああ」

 オルアはまるで夢から覚めた人の様に我に返ると、既に部屋の出口に差し掛かっていたハイネンを追いかけて行った。その隣を一緒に歩きながらミンクが言う。

「何だろうね?王様ちょっと雰囲気が違うみたいだけど…」

「俺が知るか」

「それもそうね…でもすぐに解るわ、行きましょう!」

「ああ、どの道そうするしかないだろ」

 そう言いながらオルアは渋々王の私室へと入って行った。


 王の私室は玉座の間と違い、派手な飾りを一切排した簡素な物だった。意外に思ったオルアが思わず部屋の中を見回すと、その意を察した様に王が声をかける。

「立場上公には派手に見せてはいるが、実は私はこの方が落ち着くのだよ」

「…俺も、こっちの方が好きだな」

「はっはっは!気に入って貰えて何よりだ。それはそうとして、まあかけたまえ」

 王に促されてオルア達は用意された椅子に腰掛けた。程無くして軽い食事とお茶の用意がされると、一口飲んで王は口を開いた。

「さて、オルアよ…恐らくそなたは何が起ころうとしているのか理解出来ていまい。なので順を追って話すとしよう。まずはこれを見たまえ」

 王がそう言って手紙の裏面をオルアに見せると、そこには見慣れぬ紋章が蝋で押され封印されていた。

「何だコレ…?」

 思わず首を傾げるオルア、しかし王は真顔でオルアに告げる。

「これは、ハーンの紋章だ」


「ハーンの…紋章?」

 長い沈黙の後でオルアが口走る。

「うむ、お主も聞いた事位はあろう?」

 腕組みをしながらハイネンが言うが…

「…誰?聞いた事無いけど」

 間の抜けたオルアの返事に王とハイネンは呆気に取られた様な顔をして、互いに見合わせた。すると代わりにミンクが答える。

「ハーンって…暗黒戦争の英雄でしょ?」

「うむ、流石に伝承には詳しい様じゃな」

「えへへ…流石に私は会った事ないけど、お母様は昔、少しの間だけどハーンと共に戦った事もあるのよ!」

 そう言って胸を張るミンク。すると

「ハーンと共に…?ではお嬢ちゃんはエルフ王の…」

 ハイネンが何かを言いかけ、気付いたミンクが慌てて言葉を制する。

「あー、そんな事はどうでもいいから!オルアにハーンの事教えてあげないと!」

 妙に慌てるミンクに王とハイネンは再び顔を見合わせる。

「うむ…ではハイネン」

「はっ、では…」

 王に促されたハイネンは軽く咳払いをすると、ハーンにまつわる昔話をオルアに語って聞かせた。


 それは遠い遠い昔の戦いの話だった。かつてこの地上の世界の他に存在した天上界、そして遥か地底深くに封印されていた、強大な力を持つ者達の住む魔界。世界の黎明期に分かれた三つの世界は、境界に施された強力な結界により決して互いに干渉する事無く、完全な平和とまでは言えない物のそれぞれが互いに棲み分け、大きな争いも無く数千年の時が流れていた。しかし…ある時異世界より現れた者が三つの世界の境界を歪め、世界は大きな混乱に陥った。その時に起きた世界中を巻き込む戦争の最中、異世界より現われた者を退け、三つの世界を元通りに戻した英雄こそが…


歴史上最強の剣士と伝えられている、大剣士ハーンその人だったのである。その戦いの最後は地上界で行われ、戦いを終えたハーンが去った後の地に残された石碑に印されていたのが、他ならぬこの紋章と同じ印だったのだ。


「…えっと、つまりは…?」

 話を聞き終えたにも関わらず、理解しかねているオルア。その様子にハイネンは肩を落として力無く座り込んだ。見かねたミンクがたまらず口を挟む。

「ジー君…つまりは貴方のおじい様が、その英雄ハーンの末裔…じゃなかった、今はあなた自身がそうなるって事。理解できた?」

「は?…え?…はぁ?何を言ってるんだ?もうちょっと解る様に言ってくれないか?」

 凄まじいボケっぷりを披露するオルア。王とハイネンは溜息をつくが、業を煮やしたミンクがオルアの耳を引っ張る。そして

「あのねえ、いい加減にしなさいよ!貴方は伝説の剣士ハーンの末裔、その位理解しなさい!いいえ理解できなくてもいいから、そうなのよ!そういう事なの!解った?」

 まくし立てる様に言葉を放つミンクにオルアはたじろぐ。

「いや…話は解った…けど」

「何よ?」

「いきなりそんな事言われて、ハイそうですかって信じられる訳ないだろう?」

「うむ、それも無理からぬ事」

 困惑するオルアを見て王が口を挟んだ。するとオルアは何か言いたげな視線をミンクに送る。しかしハイネンが王の言葉を引き取った。

「しかしオルア、考えてもみよ。お主の歳でスティングならばまだしも、ガルまでをも倒してしまったのがその証だ」

「…?」

「解らんか?では聞くが、お主が王の御前で戦ったゴリアテを強いと感じたか?」

「…誰だっけ?」

 オルアの言葉にハイネンは苦笑し、更に続ける。

「では、スティングやガルとの戦いで、命の危険は感じたか?」

「…うーん、そう言われると…スティングは凄く強いとは思ったけど、そこまでは…あ、でもガルと戦った時は本当に殺されるかもしれないって感じた。あの時の感じは…思い出すだけで背筋が寒くなる」

 そう言って身震いするオルア。しかしハイネンは納得したように頷いている。

「この際だからはっきり言うが、あのゴリアテですら常識で考えれば相当な強者だと言えよう。ましてやスティングやガルなどと言えば、歴戦の戦士達ですらその名を聞くだけで尻尾を巻いて逃げ出すほどに恐るべき相手なのじゃ。その若さでそんな相手をも打ち負かしたお主は、既に我々の常識を超えておる」

「…そうかなぁ?でも俺いまだにジジィに一度も勝てた事ないんだけど」

「そりゃあそうじゃろう、お主がハーンの末裔と言う事は、当然ジークもそうなるのじゃから」

「…あ、そうか!」

 オルアはそう言って暫く考え込むと

「じゃあそうすると、今までジジィに勝てなかったのは俺が弱い訳じゃ無かったんだ!だよなー、あれだけ修行して全然強くなれないんじゃやるだけ無駄ってもんだし、そうと知ってちょっとだけ安心したー!」

嬉しそうにそう叫んだ。何か論点がズレているような気がしないでもないが、とりあえず納得したような顔のオルア。周りの三人は何とも言えない複雑な表情で互いの顔を見合わせていた。


「それにしても…ねぇ」

 宿へと向かう道で、ミンクがニヤけながら言う。

「何だよ」

「ただ者じゃ無いとは思っていたけど…まさかハーンの血筋だったとは、恐れ入ったわ」

 暫く無言で歩く二人。暫くしてオルアが口を開く。

「…ハーンって、そんな有名人なのか?」

「そりゃあそうよ!…って言っても、案外人間達の間ではそうでもないのかなあ?何しろ私達の感覚で言っても相当古い話だし、寿命の短い人間達の間では、もしかしたらもう忘れられた…そうね、言わば神話みたいな物かもしれないわ」

「神話…ねぇ」

「でも、確かにハーンは存在した。そして今でもその血筋は残っている。それだけは確かだって言えるわ」

「何で断言できるんだよ?」

「…だって、お母様に聞いていたハーンと貴方が余りにも似ているんだもの」

 そう言って笑いかけるミンク。何か言おうとするオルアだったが

「あ、着いたよ!」

 宿に辿り着くなりそう言うと、ミンクはさっさと中へ入って行った。


「ところで、王様から通行許可証貰ったじゃない。やっぱりずっと西の関所越えて行くつもりなの?」

 数え切れない程のジョッキを前に、ミンクが尋ねた。オルアは改めてその数を目の当たりにすると、思わず溜息をつく。

「…ああ、そのつもりだけど…」

「なーに?」

「いや、流石に飲み過ぎだろ」

「大丈夫よ、今日は好きなだけ飲んでいいんだって。ね、ご主人?」

 そう言ってミンクは手を振る。その先には先日もミンクにご馳走するハメになったこの宿の店主が立っている。しかしその顔は非常に愛想が良い。それもその筈、実はこの二人を丁重にもてなす様にと、既に王から大金が支払われていたからである。

「いや…何も金の事言ってる訳じゃ」

 そう言いかけたオルアの視線に、楽しそうなミンクの笑顔が目に入った。すると

「ま…いいか」

 つられて笑顔になるオルア。ミンクに付き合って一口飲み、骨付き肉にかぶりつこうとした…その時

「よう、兄ちゃん強いんだってなぁ?」

 背後で野太い声がして、肩にごつい手がかかった。驚いて振り返るオルアの前には、酒臭い息を撒き散らす無精髭の大男が立っていた。その顔も露出した両腕も至る所傷だらけで、かなりの修羅場をくぐり抜けているといった感じがする。一瞬呆気に取られ言葉を失うオルア。するとすかさずミンクが言葉を返す。

「何よー、折角二人で楽しんでるんだから邪魔しないで!」

 そう言って男を睨みつけるミンク。すると男の視線はミンクに向かい

「おお、随分可愛い娘連れてるじゃねえか」

その手をオルアから外すと、ミンクに歩み寄った。

「よお姉ちゃん、こんな小僧と遊ぶよりも俺と一緒の方が楽しいぜ!」

「何が?アンタなんかと一緒で楽しめるとは思えないわね。第一アンタはオルアの事小僧呼ばわりしてるけど…まぁ確かに小僧には違いないか…ってそうじゃなくって!オルアは確かに若いけど、アンタじゃ足元にも及ばない程強いガルを倒したのよ!その辺理解してるのかしら?」

 ミンクは鼻で笑いながらそう言った。当然の事ながら男の鼻息は荒くなり

「面白え!そこまで言うなら相手して貰おうじゃねえか!小僧、表に出な!」

テーブルを叩きながら大声で怒鳴る。周りの視線が一斉に集まる中、オルアは立ち上がろうとした…しかし、それを制してミンクが男を挑発する。

「あのねえ、彼は明日からの旅に向けて休養中なのよ、代わりに私が相手してあげる」

 その言葉に注目していた観衆にざわめきが起こった。同時に男がうろたえた表情で周りを見渡す。しかしミンクは笑顔を振りまきながら周りに宣言する。

「お集まりの皆さーん!これから私とこの逞しい殿方で飲み比べをします!どちらかに賭けるもよし、一緒に飲むのもよし、是非ご一緒に楽しんで下さいね!」

 意外な言葉に男は一瞬たじろぐが、相手がどう見てもただの小娘と見てニヤリと笑みを浮かべる。テーブル上の無数のジョッキを空けたのはオルアだと思ったのか、はたまた既に浴びるほどに酒を飲んで、これ以上は飲めないと考えたのかは定かではないが、男はあっさりと勝負を受けた。そして数十分後…


「…おい、少しは手加減してやれよ」

 テーブルの上でぐったりしている男を見てオルアが呟く。

「だってー、この人なんか好きになれそうにないんだもん」

ミンクはそう言いながら、更にジョッキに口をつける。既に勝負を挑んできた男の倍は飲んでいるにも関わらず、相変わらず楽しそうに飲み続けている。その表情に何か言おうとしたオルアも、ついつられて笑顔になる。

「本当に、楽しそうに飲むな」

「うん!だって貴方と一緒に飲むお酒は特別美味しいんだもん!」

「そんなもんか?」

「さあさあ、貴方も飲んで!」

「いや、俺は酒は…」

「おじさーん!おかわりお願いしまーす!」

 酔い潰れた男は既に眼中に無いと言った感じで、ミンクは夜が更けても楽しそうに飲み続けた。

「…おーい、そろそろ寝ようぜぇ」

「何言ってるの?まだまだ宵の口じゃない!さあ、貴方も飲んで飲んで!」

「誰だ?俺が休養中だって言ったのは…」

「ん?何か言った?」

「いや、何でも無い。どうせ言っても無駄だから」

「んー?変なの…あ、おじさんこっちこっちー!」

「…もう好きにしてくれ」

 オルアは諦めた様に呟くと、特大の骨付き肉を追加で注文した。


「…ん、んん?…あらら、もう朝か」

 朝の日差しを受け、目を覚ましたオルアは

そう言って大きなあくびをした。

「…このオッサンも可愛そうに」

 オルアの目の前では、ミンクに潰された哀れな男が寝息をたてている。心なしか少々うなされている様に見えなくも無い…


「全くアイツは…どこ行った?」

 今更ながらミンクが見当たらない事に気付き、オルアは慌てて立ち上がると周りを見回した。すると

「おはよう!昨夜はよく眠れた?」

背後から明るい声が聞こえた。振り返るまでも無くそれがミンクだと解ったオルアは、安心したのかはたまた呆れたのかは定かではないが、両肩を落として振り返る。

「ああ、今朝も散歩か?」

「うん!とってもいいお天気よ!さっさと準備済ませて出掛けましょう!」

 満面の笑みで元気良く答えるミンク。その元気の良さに、何か言おうとしていたオルアは諦めて部屋へ戻る。。

 それから一時間も経たない内に、オルア達は既に街を出て歩き出していた。

「…意外と、しっかりしてるんだな」

 暫く歩いてからオルアが呟いた。実は先程部屋へ戻ったオルアは、既にミンクの手によって旅支度が完了していた事を知り、驚きつつも感心したばかりだったのだ。

「意外とは心外ね、私は昔からしっかり者って言われてるわよ…って、そんな事より、本当に王様達に挨拶無しで出てきちゃって良かったのかなあ?」

「いいんじゃないか?昨日も特に顔を出す必要は無いって言ってたし…あ、もしかしたら実はいちいち俺達に会うのが面倒なだけだったりしてな?」

「あ、ありえる!なーんてね!」

 そう言って二人は声を上げて笑う。その頃

「ぶえーっくしょい!」

 自室でハイネンが大きなくしゃみをぶっ放していた。

「うむ、風邪でもひいたか?暖かいからと言って油断は大敵じゃな…うん?」

 ハイネンが何気無く自室の窓から外を眺めると、城下町を後にした二人の姿が見えた。既に豆粒程の大きさだったがハイネンにはそれが誰かはっきりと判った。そして何か楽しそうにやりとりしているのを見たハイネンはそれを笑顔で見送る。

「…先は長いぞ、二人とも頑張れよ」

 そんなハイネンの思いは露知らず、呑気に会話を続けながら二人は先へと進む。


 城下町を出て半日近く歩いた頃、オルアはふと思いついた様に尋ねる。

「ところで、ここから先ってどうなってるんだ?」

「そうね、流石に先の事何も知らずに進むのは気が重いわよね…はい」

 ミンクはそう言いながら、例の大きな地図を広げて見せた。そして現在地を指し示し、これからの旅路について説明を始めた。

「いい?今私達がいるのはこの辺り」

 そう言ってミンクの指が指し示すのは、城からさほど離れていない草原地帯だった。

「で、これから目差すのはとりあえず…ここかな?」

 そう言いながら、ミンクは大きく指を動かす。その距離は城から現在地を示す時のゆうに五倍はあった。

「…ちょっと待て、この距離を歩くのか?」

「そうよ、何か問題でも?」

「…まぁ、食料は充分に有るし、水だけ確保できれば何とかなるか」

「それなら大丈夫、見て」

 そう言ってミンクが指射す草原地帯には、無数の河川が流れていた。一瞬安心するオルアだったが、一つの疑問が浮かび上がる。

「こんな所横断できるのか?」

「大丈夫、何とかなるわよ!」

 根拠の無い自身を漲らせるミンク。オルアは軽く溜息をつくと再び歩き出した。

「あ、ちょっと待ってよー!」

 ミンクは慌てて地図を畳むと、オルアの後を追った。


 歩く事まる二日、流石にかわりばえのしない景色にも飽きが来た頃、唐突にミンクが声を上げる。

「あ、忘れてた!」

「な、何をだよ?」

突然の声に驚くオルア、しかしそれには答えずにミンクは口笛を吹いた。その澄んだ音色は一体何処まで響くのかと思うほど遠く、しかもいつ果てるとも無く響き続けた。そしてその音色がとうとう聞こえなくなった頃…

「…あの音は!」

 始めはかすかに、しかし次第に大きくなるその音は、聞き覚えのある駿馬の疾走する音だった。そしてオルアが耳をすますまでも無く、目の前に一頭の馬が現れる。

「…お前は、もしかして」

「そうよ!この間私達を乗せてくれた子よ」

 ミンクの言葉にその馬は嬉しそうに大きく嘶きながら後足で立ち上がった。


 馬上の人となった二人を乗せて、その馬は足取りも軽く草原を駆け抜けて行く。馬に乗るのが苦手だったオルアも、二回目と言う事で慣れたのと、更には歩き通しで疲れていた事もあった為、清々しい顔で馬の背に揺られていた。

 翌日も引き続き馬の背に揺られながら、オルアはふと思いついた事を尋ねる。

「ところで、この馬何て名前なんだ?」

「え?そう言えば聞いてなかったわね。ちょっと待って………あら、そうなの?うん、解ったわ」

「何だ?」

「私達の好きな様に呼んで欲しいって。だから貴方も素敵な名前考えてあげて」

「…本当に、そんな事言ったのかよ?」

「そうよー、聞いてなかったの?」

「馬の言葉なんか解るか!」

「あら、それは色々と不便ねぇ?今度話し方教えてあげようか?」

「教わって何とかなるのか?」

「さあ、それは貴方次第ね?」

 ミンクはそう言って楽しそうに笑った。


 結局良い名前は思いつかないままに数日が過ぎた頃、二人は国境にある関所へと辿り付いた。既に日は暮れかかっている。

「なんだかんだで時間掛かったな」

「まあいいじゃない?特に急ぐ理由も無し、それよりも、この子の名前考えてくれた?」

「…いや、どうもパッとした名前が思いつかない」

「もう、しょうがないなぁ」

「じゃあ何か考え付いたのかよ?」

「当然よ…あ、でもその名前にするかどうかはまだ決めてないのよね。ちょっと意見を聞きたい人もいるし」

「意見を?…あ、もしかして探してる人ってのが見つかりそうなのか?」

「あ、その人じゃないわ。どっちかと言えば貴方もよく知ってる人…かな?」

「…何だそりゃ?」

 そうこう言っている内にも関所は目前に迫り、二人は下馬しようと馬を止める。すると

「あの…」

 関所から若い兵士が駆け寄って来ると、馬上の二人に声をかける。

「失礼ですが、お二方のお名前を伺っても宜しいでしょうか?」

 そう言って頭を下げる兵士に二人は一瞬戸惑うが、顔を見合わせ、とりあえず馬の背から降りた。

「えーっと、私がミンクで」

「俺はオルアだけど…名前が何か?」

 その名前を聞いた兵士は手にした紙に目を落とし、再び二人をまじまじと見つめた。

「な…何だよ?」

 兵士の真剣な眼差しに顔を引きつらせるオルアだったが、逆に兵士は笑みを浮かべて歓迎の声を上げる。

「お待ちしておりました!お二人の事はハイネン様より既に知らせが届いております。丁重におもてなしの上で通行を許可するようにとの仰せですので、何卒今夜のところはお泊り頂けます様お願い申し上げます」

 そう言って兵士は二人を宿舎に案内した。意外と綺麗な、と言うよりはまるで豪華な宿の一室と見比べても遜色無い程の部屋に案内され、二人は思わず部屋中を見回す。

「…凄ぇな、まるで貴族になった気分だ」

「ま、私としてはどっちでも気にしないけど悪い気はしないわね…ところで」

 ミンクはそう言って兵士を振り返る。

「丁重なおもてなしにはとても感謝してるけど、何故ここまでしてくれるのかしら?」

「はい、何しろお二方は陛下の私室へ招かれる程の貴人故、王侯貴族にも劣らぬもてなしで迎える様にと、ハイネン様より強く言いつかっておりますので!」

 ハイネンの事をよほど尊敬しているのか、若い兵士は嬉しそうに訳を話す。どうやらそのハイネン自ら丁重にもてなす様に言い付かったこの二人も、自分にとって特別な存在なのだと認識しているかの様だった。

「それでは、私は下の詰所に戻りますので、御用の際は何なりとお言い付け下さい!」

 そう言って兵士は二人を残して部屋を後にする。残された二人はとりあえずソファーに腰を掛けた。そして今更ながら兵士の用意した「もてなし」に目を向けて唖然とする。メインテーブルには既に数々の料理が並んでおり、その他にも山と詰まれた大量の上質な食べ物に数え切れない程の酒瓶、更に壁際には大きな樽も幾つか並んでいた。

「こりゃあ…大層なもてなしだな」

「そうね、食べ盛りの貴方には良いんじゃない?」

「それを言うなら、大酒飲みのミンクの方が嬉しいんじゃないか?」

 そう言って二人は笑うが、同時に素晴らしい光景を目の当たりにして突然空腹の虫が蠢き出した。

「じゃあ、いただきまーす!」

 その晩二人は、これ以上無い程の満足感に包まれて眠りについた。


 翌朝清々しい気分で関所を後にした二人は国境を越え、次の目的地へと向った。

「で、国境越えまでして次は一体どこへ向うんだ?」

「ん?…どうしようか考え中」

「何?そんないい加減な…」

「待って」

 言いかけたオルアをミンクは手を出して制すると、例の地図を広げて見せた。

「ホラ見て」

 そう言ってミンクは現在地を指差す。

「いい?ここが現在地。そして一番近い町がここ…なんだけど」

「なんだけど…何だ?」

「噂では既に廃墟になっているらしいのよ」

「…廃墟?じゃあ行っても無駄って事か…それでそこを飛ばすと次の目的地は何処になるんだ?」

「うーんと…ちょっと遠いわね。馬で行くにしても四週間前後はかかると思うわ」

「そんなにか?」

「うん…だからここが廃墟になっていない事を願うしかないのよねぇ。ここを中継点にできればもう少し何とか…って行ってもここまで行くにしても、一週間はかかるけどね」

「そうか…じゃ、とりあえずはそこを…何て町だ?」

「センドラの町よ。まあこの地図相当古いから、ちょっとアテにならないかもしれないけど…いいわ、そこを目指しましょう」

 ミンクは仕方無く納得した様に言うが、何故かその表情は微かに笑みを浮かべていた。


 幸い天候にも恵まれ、二人は悠々と進んで行く事が出来た。所々大小様々な川が道を横切ってはいたものの、それ程の障害にはならず、それどころか良い水場として清冽な水を二人と一頭に与えてくれた。そして…

「あ、それらしい物が見えて来たわ」

 遥か前方をミンクが指差す。

「どこだ?…何も見えないぞ」

 ミンクの背後でオルアは目を細めて前方に目を注ぐが、果ての無い草原が続くだけだった。それも無理は無い、エルフであるミンクの視力はオルアが到底及ぶものでは無かったのだから。

「見えなくても平気よ。道は間違ってないんだから、このまま行きましょう」

 ミンクがそう言って馬の耳に囁くと、心得たように疾走を始めた。

 風の様に疾走する馬の背で、オルアはようやく町らしき影を認めた。しかし

「何か…変な感じだな」

 まるで生気の感じられないその様子にオルアは怪訝な顔をする。同時にその優れた視力で既に町の状態を確認していたミンクは

「…嫌な噂は本当だったみたいね」

そう言って肩を落とした。

 町の手前で二人は馬を降りると、オルアが先頭に立って町の中へ駆け込んだ。ミンクはオルアの後に立ち周りの様子を窺う。険しい目付きで様子を窺うオルアの耳に、ミンクが囁く。

「この町はね、かつては世界の調和を司ると言われる神聖な存在『聖竜』を祭る聖地だったの。だから凄く賑わっていたわ。それこそ今のお城以上と言ってもいい位…でもこれと言った脅威も無い世界で、人々は信仰心を失い、だんだんとここを訪れる事も無くなって行った。そして…今は誰一人住まない廃墟となってしまったのよ」

 その言葉にオルアは立ち止まると、立ち止まって周りを見回した。そして

「…ここが、城よりも?本当かよ…」

 呆然と呟いた。


「…うん、特に何もいないわ。行きましょ」

 ミンクの合図と共にオルアは町の中心へと向う。

「…何か、ちょっと拍子抜けだな」

「そうねえ…でも廃墟になってるのは事実だし、一体何で…」

 言いかけてミンクは急に叫ぶ。

「オルアっ!」

 言われるまでも無く背後に殺気を感じていたオルアは、振り返りざまに剣を抜き襲い掛かる一撃を受け流すと、同時にその切っ先を相手に向けながら叫ぶ。

「何者だっ!」

しかし、その天を突く大きな人影を見たオルアは…

「あ…れ?何でこんな所に?」

間の抜けた声と同時に、一瞬にしてオルアの殺気は消える。それもその筈、オルアに襲い掛かったのは謎の刺客でも何でも無く…

「よお、元気だったか?」

 まるで友達の様に話しかけて来たのは他でも無い、先日オルアと死闘を演じたばかりのガルだった。

「流石だな!難無く俺様の不意打ちをかわしやがった!」

 笑いながらガルは剣を納めた。同時にオルアも剣を納めてガルを見上げる。しかし

「お久し振り、元気そうで何よりだわ」

 ミンクはまるでガルに会う事が解っていたかの様に声をかける。

「おお、お前等こそ元気そうで何よりだ!」

 ガルもこんな所でオルアに会ったというのに、全く驚いた様子も無い。それどころか

「まあ立ち話もなんだ、そこそこ綺麗な物件探しといたんでそこ行こうぜ」

まるで待ちかねていたかの様に二人を案内した。うろたえるオルアをよそにミンクとガルは談笑しながら歩き出し、オルアは暫く立ち尽くしていたが…

「えっと…おい、ちょっと…おーい」

 間の抜けた声と同時に二人の後を追った。


 二人が案内されたのは、廃墟の中にあって今尚かろうじて原型を留めている小さな祠だった。

「ここは…何か不思議な力を感じるわ」

 一歩踏み入れるなりミンクが呟いた。すると感心した様にガルが答える。

「お、解るのか?流石だな」

「流石って、何がだよ?」

「ああ、ちょっと待ってな」

 ガルはそう言うと外に出ると、澄んだ青空に向って口笛を吹いた。


「一体何を…?」

「あ、見て!」

 何かに気付いたミンクが上空を指差す。見上げるオルアの目には小さな点にしか見えなかったが、ミンクの視力はそれをはっきりと捕らえていた。

「ドラゴン?…にしては随分と小さいけど」

「ドラゴン?そんなもん、とっくに絶滅したはずだろ?」

 オルアは呆れた様な表情でミンクに顔を向けるが

「でも…ホラ!」

 ミンクはそう言いながら、オルアの背後を指差す。

「何を…おおおっ?」

 振り返ったオルアの目の前には、小さな羽根をぱたつかせながら空中に静止している小さなドラゴンの姿があった。


「ま、そう言った訳だ」

 祠の中でくつろぎながらガルが告げた。

「…一体どんな訳だよ」

 外観に見合わぬ豪華な調度品の中でくつろぎながら、オルアは半ば驚き半ば呆れた様な顔でガルの話を聞いていた。その話によるとここはガルが隠れ家として利用していた廃墟で、アジトまで戻れない時などはちょくちょくここで寝泊りしていたと言う事だった。どうせしょっちゅう使うなら、と言うことで盗品の数々もここへ持ち込み、そのお陰でこうしてくつろぐ事が出来る。ガルは少し自慢げにそう言うと、大きな声で笑った。

「それはまあいいとして…だ、コイツは一体何なんだ?」

 床の上で美味しそうに骨付き肉を頬張るドラゴンを指差しながら、オルアが尋ねた。すると

「聞いて驚くな、こいつはなあ、こう見えてもかの聖竜の末裔だぞ!」

ガルは大声でそう告げた。

「聖竜の末裔…って、この子が?」

 驚きの表情でミンクが声を上げた。しかしオルアは難しそうな顔で何事か考えた挙句

「…聖竜って、さっきも言ってたよな?世界の調和がなんとか…」

 間の抜けた顔で話の腰を折る。その言葉にミンクとガルは顔を見合わせて溜息をつき、そして

「仕方ないわね、私がその辺の事を解り易く説明してあげましょう。オルアの頭でも理解できる程度にレベルを落としてね」

ふぅ、と溜息をついてから、ミンクは聖竜の講釈を『オルアに理解できるレベル』まで噛み砕いて説明し始めた。


…暫くして

「えーっと、つまりは…?」

 やはり理解出来ていないオルア。ミンクは再び溜息をつくと、物凄くはしょった説明を始める。

「えーっとねぇ…要するに、遥か昔に混沌の中から良い事を司る白い竜と、悪い事を司る黒い竜が現れたのね。でも、それだけじゃ何かのはずみでどっちかが力をつけすぎちゃまずいでしょ?だからそのバランスを保つ為の存在が現れた。つまりはそれが聖竜なのよ。解った?」

「ああ、そうなのか?だったら最初っからそう言ってくれればいいのに。あ、でもさ…」

「何よ?」

「良い事を司る竜が力を付ける分には、問題無いんじゃないのか?」

「あのねぇ…」

 ミンクはガルと顔を見合わせると、溜息をついて言葉を続ける。

「確かに、オルアみたいな人間達だけだったら、それが理想かもしれない…けどね、残念ながら世界はそれじゃ成り立たないわ。正しいことを成すには、それに対する悪意も必要となるのよ。何もそれは人間達だけの話じゃない、私達も同じ。第一想像してみて?世の中全ての人間達が全て世の為人の為、なんて言い出したら、気持ち悪いでしょう?」

「そうかなぁ?それって凄くいい事じゃないのか?」

 腕組みしながらオルアはそう答えた。同時にミンクは、大きな溜息と共に肩を落す。すると

「それはあくまでも理想論だギャ」

 不意に声が響いた。驚いた一同が振り返ると…

「どうしたんだギャ?んぐんぐ…オイラの顔に何か付いているかギャ?」

相変らず肉を頬張りつつ喋る、小さなドラゴンの姿があった。

「お前…喋れたのか?」

 意外そうな声でそう尋ねたのは、事もあろうに一番付き合いの長いはずのガルだった。

「…え、ガルも知らなかったのか?」

 呆気に取られた顔でオルアが尋ねるが、ミンクも同じ様な顔でガルを見ている。そして何かに気付いた様に尋ねた。

「ねぇ、今までこの子と喋った事無いのに、何で聖竜って解ったの?」

「それはオイラの気品のなせる業だギャ」

「いや、気品はともかくとして…この町は昔から聖竜を祭っていた、いわば聖地だ。そんな町に廃墟となった今でも住み着いている。とは言え単なる野良とも思えない、だからそう見当を付けていただけさ。だが、人語を理解するどころか、普通に喋るとなりゃあ、これはもう間違いないだろう」

「何だよ、結構いい加減なんだな」

「そんな事は無いぞ。外見上の特徴も、この町にある聖竜のレリーフとほぼ一致しているんだ。よく見てみろ、瞳の色は空を思わせる澄んだ青、身体を覆う鱗は豊かな大地を思わせる若葉色、そして角は日輪を思わせる黄金の輝き。これらは全て聖竜の特徴と一致している。それに加えて、人語を理解するこの知性、間違い無く聖竜だろう」

 ガルがそう言葉を締め括ると、オルアとミンクはまじまじとドラゴンを見つめた。すると不意にミンクが尋ねる。

「そう言えば貴方、お名前は?」

「んぎゃ?オイラの事ギャ?」

 ドラゴンは肉を食べ終わると、そう言って顔を見上げた。

「そうよ、私はミンク。宜しくね」

「オイラは…名前は無いギャ。何しろオイラが目覚めた時、ここはもう廃墟だったし、ガルがここに来るまでは人間もエルフも、ゴブリン共ですら誰一人訪れる事は無かったんだギャ…」

 ドラゴンはそう言うと、少し悲しげな顔で天井の隙間から見える空を見上げ…

「何か来たギャ!」

 急に声を上げると同時に外へ飛び出した。

「ちょっと?」

「おい、どうした!」

 すかさずミンクとガルが後を追う。

「ちょ、ちょっと待てよ!」

 一つ遅れて、オルアがその後を追った。


「一体何なんだよ?」

 ミンク達に追いついたオルアが左右を見て尋ねると

「…見て」

 そう言ってミンクが前方を指差した。

「…何だ、あいつら?」

 ミンクの指差す方向には、得体の知れない漆黒の甲冑に身を包んだ、複数の騎士らしき姿があった。とは言えそれらが放つ禍々しい気は騎士と言うよりは魔物のそれに近い物があり、それを感じたオルアはすかさず抜刀する。しかし相手はそれを意に介した様子は無く、無言で近寄って来た。

「止まれ!」

 大音声でガルが叫ぶ。しかし、立ち止まるどころかまるでその声に反応したかの様に、一斉に剣を抜いて襲い掛かってきた。

「来るよっ!」

「見りゃ解るって!」

「お前等、気を抜くなよっ!」

 ミンクは叫ぶと同時に跳び下がって攻撃をかわす。オルアとガルも同時に跳び下がり、すかさず攻撃に移った。

「うりゃあああっ!」

「ぬんっ!」

 雄叫びもろとも二人の剣が相手を両断…したかに見えたのだが

「すり抜けた?」

 傍らでミンクが驚きの声を上げた。それ以上にオルアとガルは唖然として互いの顔を見合わせる。それもその筈、何しろ相手の身体を捕らえた筈の剣が、二人揃ってまるで空を切った様にその身体をすり抜けてしまったのだから。それでも気を取り直し、二人は再度剣を振るう。しかし結果は変わらなかった。

「何だ、こいつら?」

 オルアが首を傾げると、そこへ相手の剣が襲い掛かる。

「おわっ?」

 剣で受け止めようとしたオルア、しかし相手の剣はそれをすり抜け、オルア慌てて頭を下げる。相手の剣はオルアの帽子のつばを裂くと、そのまま朽ち掛かった木を切り倒す。

「…木が、いやそれより俺の帽子が!」

「…当たれば俺達も無傷じゃすまないって事だ!」

 再びオルアとガルは顔を見合わせると、そこへミンクの声が響く。

「二人とも下がって!」

 その声に振り返る二人。するとその前から迫ってきたのは…

「それかよっ!」

 跳び下がりながらオルアが叫ぶと、その目の前を、以前橋の上で見た紅蓮の騎士が駆け抜けていった。凄まじい熱気にオルアは思わず顔をそむける。

「…凄え熱気。俺が焼かれるかと思ったぜ」

 そうつぶやいたオルアが振り向くと、今まさに紅蓮の騎士が漆黒の騎士に襲い掛からんとしている所だった。迎え撃つかの様に漆黒の騎士達は剣を振るうが、炎で出来ている紅蓮の騎士は全く勢いを落さずにそのまま中心に突進した。そして閃光が辺りを包む。


「…やったか?」

 目を細めていたオルアがその目を開く。すると、さっきまで立っていた騎士達の姿は見えなくなっていた。そしてボロボロの剣と冑だけがそこに転がっている。

「ミンク、やったぞ!」

 思わず喜びの声を上げるオルア。しかし次の瞬間、ハッとした様に目をみはる。

「…嘘」

「こいつぁ、何の冗談だ?」

 驚くオルアの背後で、ミンクとガルも信じ難いと言わんばかりに声を上げた。その三人の目の前で、消え去ったと思われた騎士達が元の姿を取り戻してゆく。

「これは…マズいんじゃないか?」

 オルアはそう言いながら、知らず知らずの内に後ずさりをしていた。ミンクとガルも身構えながらも、打つ手を知らず息を詰めている。そうこうしている内に騎士達は元の姿を取り戻し、再び襲い掛かろうと剣を振り上げた。その時

「みんな下がるギャ!」

 声と同時にドラゴンは前に出る。そして上空に舞い上がると大きく息を吸い、次の瞬間に猛烈な勢いで青白い炎を吐き出した。一体その小さな身体のどこに、と思われる程際限なく吹き付けられる炎に包まれ、騎士達はまるで強風に耐えるかの様に仁王立ちで耐えていた、が…

「消えていく!」

 オルアがそう叫ぶ目の前で、騎士達の輪郭が徐々にぼやけ始め

「本当に…消えた?」

 続いてミンクも呟く。更にはガルも無言で見つめるその前で、騎士達は徐々にだが跡形も無く消え去る。今度は冑も剣も、痕跡すら一切残っていない、完全な消滅、と言える状態だった。呆然と見つめる三人、その前に舞い降りたドラゴンは

「ふぅ、やったギャ」

 そう言って大きく息をつくと、ガルの肩に降りて羽根を休める。その姿を見ながらガルは暫く考え込む様に黙っていたが

「…バーン」

 ぼそっと何かを呟く。

「え、何か言った?」

 ミンクが尋ねるが、ガルはそれには答えずにドラゴンを肩から降ろす。そして両手でその小さな身体を差し上げて二人の前に立ち

「こいつの名前、バーンにしないか?」

「バーン?」

「えっと…何でまた急に思いついたの?」

 きょとんとする二人に、ガルは力強く言い聞かせる。

「今の炎、と言うよりは魔法の力みたいな感じだったが…俺にはあれが、悪しき者を焼き尽くす裁きの炎に思えた。まぁ、それだけの単純な理由なんだが…どうだ?」

「うーん、まぁ勇ましい感じはするかな」

「なーに二人で決めてるのよ?一番肝心なのは、この子がその名前を気に入るかどうかでしょ?」

 ミンクがそう言いながらドラゴンを見つめると

「…オイラ、バーンかギャ?」

 目を輝かせながらドラゴンが尋ねる。

「…気に入らないか?だったら…」

 頭を掻きながらガルが言いかけるが

「それでいいギャ!これからはオイラの事をバーンと呼んでくれるといいギャ!」

 ドラゴン改め、バーンの嬉しそうな声が響くと、その声に三人も思わず顔を綻ばせ、声を上げて笑った。しかし

「その力、どうやら聖竜の末裔と言う噂に間違いは無かった様だな」

 どこからとも無く声が響く。

「誰っ?」

 ミンクは思わず声を上げ、三人と一匹は一斉に辺りを見回した。しかし、辺りに人影は見えない。にも関わらず一同は異様なまでの寒気を感じてゾクッとする。

「…何か、いるぞ」

「うん、ちょっと普通じゃない気を感じる」

 オルアとミンクは、そう言いながら背中合わせになる。同時にガルはその前に立ちはだかると、背中の剣に手をかけた。そして互いに違う方向に目を向けて警戒の姿勢を取る。バーンも上空に飛び上がり辺りを見回すが

「何もいないみたいだギャ」

 降りてくるなり、不思議そうな顔で皆に告げた。

「気のせいかしら?」

 ミンクの声に一同は戸惑いながらも緊張を解く。するとその瞬間

「気のせいでは無い」

 突然背後で声が響いた。三人と一匹は心臓が飛び出す程に驚くが、振り返りざまにすかさず武器を手に取って身構える。するといつの間にそこに居たのか、漆黒の鎧に身を包んだ長身痩躯の騎士が立っていた。

「私が気付かないなんて…」

 短剣を構えながらミンクが言うと、ガルがその言葉を補う様に続ける

「いや、間違いなくコイツは今現れた。それは間違いない」

「ガルの言う通りだギャ。今さっきまでこの町の中には、オイラ達以外の気は感じられなかったギャ」

 バーンはガルの言葉を裏付ける様にそう言って相手を睨みつけると

「それに用心するギャ、コイツの気はさっきの霊体みたいのと違って生き物には間違い無いギャ。でも、あんな奴らなんか比べ物にならない位の物凄い力を感じるギャ。隠していてもオイラには解るギャ!」

 威嚇するように羽根を広げ、そう叫んだ。しかし言われるまでも無く、三人ともそれは感じている。身構えはしたものの動く事も出来ず、相手の気に圧倒されていた。そんな中オルアの唾を飲む音だけが響く。しかし目の前の騎士は、意外な程に落ち着いた声音で語り出した。

「そう構える事は無かろう。本日は噂を確かめにまかりこしただけの事。聖竜の生存及びその力の一端を垣間見た今、最早お主等に用は無い。最も…バーンと名付けられし聖竜の末裔よ、恐らくは近い内に我が主が君を所望する事だろう。その時までに、充分に力を取り戻しておいてくれたまえ。では、またいずれお会いしよう…」

 そう言って騎士は頭を下げると、そのまま背を向けて立ち去った。同時に呪縛から解かれた様に、三人は大きく息を吐く。

「今のは…何者だ?」

 最初に言ったのはガルだった。しかしその問いに答えられる者はいない。その代わりに

「…用は無い、だと?」

 声を震わせながらオルアが呟いた。

「オルア?」

 驚いた表情でミンクがその顔を覗き込もうとした瞬間

「ふざけんな!さっきの黒い奴等だってアイツの仕業だろうに!奴に用が無くってもこっちには色々話してもらう事が有るんだ!」

 いきなり大声で叫ぶと同時に、オルアは駆け出して騎士の後を追った。そして騎士の背後から大声で叫ぶ。

「待て!お前は何者だ!さっきの黒い奴等と何の関係がある!それに、バーンに用があるって何の事だよ!」

 一気にまくしたてたオルア。しかし騎士は全く意に介した様子も無く更に歩を進める。するとオルアは

「うおおおおーーーーっ!」

 まるで何かの衝動に突き動かされるかの様に、騎士の背後から襲いかかった。

「オルアっ?」

「やめろ!無茶だ!」

 同時にミンクとガルが叫ぶ。その瞬間

「…何だよ、こりゃあ?」

 剣を振り上げたまま、オルアの動きが止まった。一方の騎士はと言えば、振り返りもせずに背後のオルアを指差している。ただそれだけの事で、オルアは全く動く事を許されない状態になっていた。

「…一体、何を…しや…が…った」

 動きを封じられながらも、オルアは必死の形相で何とか言葉を放つ。すると、騎士はオルアを指差したままゆっくりと振り返り、その指を下ろした。

「うわっ!」

 急に動きを取り戻したオルアは、勢い余って前のめりに倒れる。すかさず顔を上げるオルア。しかし、そのまま動けなくなった。

「…!」

 息を詰めるオルア。その眼を射る様な視線で騎士が見つめている。暫くの沈黙の後、騎士が口を開く

「若き剣士よ、何者をも恐れぬ勇気だけは認めよう。しかし、勇気と無謀とは全く異なる物だ。我が影にも太刀打ち出来ぬ者が、我に勝てる道理は無い。己の無力を知り、己の未熟さを恥じ、命懸けで鍛錬に励むがいい。さすれば、いずれまた剣を交える事もあるやもしれん。それまでに、できうる限り剣の腕を磨いておくがいい…」

 そう言うと同時に、騎士の姿は現れた時と同様、忽然と消え去った。

「待てっ!」

 オルアは叫びながら辺りを見回すが、騎士の姿は文字通り影も形も無くなっていた。

「もういないギャ」

 バーンの言葉に、ミンクとガルも頷いて同意を示した。

「ま、仮にいたとしても、今の俺達じゃ太刀打ちできないがな。不本意だが、それは認めるしかねぇ」

「そうね…正直消えてくれて助かったわ」

 そう言って溜息をつく二人をよそに、オルアは悔しさと恐怖とが入り混じった複雑な表情で、小刻みに肩を震わせていた。


再び訪れた王宮で出自を明かされたオルア。しかもその後ガルと再会したり不思議な竜と出会ったり、更には得体の知れない騎士と遭遇したり…


自らの未熟さを思い知らされたオルア一行は、更なる力を求める為に次なる地へと旅立つ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ