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SWORD  作者: ろんぱん
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祖父の言葉

4.祖父の言葉


 数日後、オルア達は再び玉座の間に来ていた。

「…と、いった次第にございます」

 カシムが盗賊退治の顛末を詳細に報告すると、王は上機嫌で笑みを浮かべていた。その傍らに立つハイネンも満足げな笑みを浮かべていたが、その反対側に立つガルフだけは苦虫を噛み潰した様な顔をしている。王がオルアに賞賛の言葉を浴びせる程にガルフの怒りは募り、遂には王に余計な進言をする。

「…陛下、いかにかつて陛下の信頼厚かったカシム殿の証言とは言え、証拠が無い以上そう簡単に信じる事は如何かと思われますが」

 そのガルフの言葉に王は振り返ると

「…うむ、そなたの言う事にも一理あるが、カシムは嘘などつく男ではなかったし、今でもそうだと信じておる。それに何よりここで嘘をついた所でそれが一体何になると言うのだ?仮にガルが倒されていないのならば、近い内に彼らはまた隊商を襲うだろう。そうなればこの予に対して嘘をついたという罪に問われ、カシムは死罪、よくても国外追放じゃぞ。そんな危険を冒してまで何故嘘をつく必要がある?ガルフよ?」

 諭す様に正論を述べた。その言葉に納得せざるを得ないとは言え、ガルフの表情は明らかに不満そうだった。それを見てハイネンが王に耳打ちする。途端に王の顔は悪戯っ子のそれに変わり

「ガルフよ、いい考えがあるぞ!そなたが納得いかないのは恐らく自分の目で確認していないからであろう?ならばそなた自身がガルの根城であった場所へ行き、その様子を後で報告してくれればよい。どうじゃ、いい考えとは思わぬか?」

ニヤニヤしながらガルフに告げた。

「陛下?…あぅ」

ガルフは言葉に詰まりハイネンを睨み付けるが

「い…いえ陛下、私は決してカシム殿の言葉を信用しない訳ではなく…その…」

しどろもどろになるガルフを見て、カシムやハイネンは当然として、王までもが必死な顔で笑いを堪える。ガルフは暫く体を震わせていたが、やがて言葉を濁して立ち去る。その後姿を見送った一同は扉が閉まると同時に大声で笑い出した。


「いやいやいや、愉快愉快!」

 ハイネンの部屋へ入るなりカシムは声を上げて笑い出した。

「いや全く!あやつの何とも情けない顔!見ていて笑いを堪えるのが必死じゃった!」

 ハイネンもその言葉に応じて笑い出す。ひとしきり笑うと、ハイネンはオルアに視線を移した。

「それはそうとオルアよ、流石にあのガル相手では正直分が悪いと思っておったが…すまん!どうやらこの私とした事がお主の力量を見誤っておった様じゃ!」

 言葉と同時にハイネンはオルアの肩に両の手を乗せ力強く揺さぶると、更に賞賛の言葉を浴びせた。

 暫くハイネンは嬉しそうにオルアを褒め称えたが、オルアがガルとの戦いの一部始終を話し終えると、暫く無言のままうつむいてしまった。オルア達も無言でハイネンを見守っていたが…

「そうか、ではあやつは元気でやっているのか…」

 ハイネンは顔を上げ、穏やかな笑みを浮かべて呟いた。

「ふっ…その発言は騎士団長としてはいささか不適切だが…ま、今回は聞かなかった事にしてやろう」

 カシムがニヤリと笑いながら視線を送るとハイネンも笑みを返す。

「気持ち悪いジジィ達だ」

「まあまあ、子供には解らない事って色々あるのよ」

「…うるさい」

 渋面で答えるオルア。ミンクはクスクスと笑った。


 数日後、オルア達はハイネンに見送られて城を後にした。体を休める為もあったが、それよりもオルアが渡ろうとして途中で壊された橋があと数日もあれば直るので、それまでは静養するようにとハイネンに勧められたからだった。


「では、ファス村まででよいのだな?」

 御者席からカシムが尋ねた。

「ああ、来る時は随分と遠回りになったけど本当はそっちから来るはずだったんだ」

「そうよね、でもその遠回りのお陰でカシムさんとも知り合えたんだし、時には回り道も必要なのよ」

 相変わらずな二人のやり取りを聞き、カシムは大声で笑った。


 馬車を駆けさせればファス村までは一日強といった所だったが、特に急ぐ旅でも無し、カシムはゆっくりと馬を歩ませた。オルアとミンクも、名残を惜しむかの様に急かす事もせず色々と喋りながら揺られていると、城を出て二日目の日暮れにファス村の明りが見えてきた。

「おやおや、とうとう着いてしまったか」

 村の明りを認めてカシムが言うが返事は無かった。振り返るとミンクが人差し指を口に当てており、その膝の上ではオルアが寝息を立てている。

「今頃疲れが出てきた様じゃな…とはいえもう間もなく村に着く。すまんが起こしてやってくれ」

「そう…さっき寝付いたばかりなのに。まぁ仕方無いわね」

 ミンクはそう言うと、オルアの耳に囁くような静かな声で歌い始めた。

「…あれ、寝ちまったのか」

 暫くして起き上がったオルアはそう呟くと大きく伸びをしながら大あくびをする。

「よく眠れた?そろそろ着くみたいよ」

「ああ、何か凄く気分がいいや。もう着くのか?」

「うん、ホラ見て」

 ミンクに促されて外を見るオルア。その視界に入ってきた明りは次第に近付き、やがて馬車は村の門をくぐって行った。

「さて、宿屋はどこかな?」

 辺りを見回しながらカシムが言うと、一人の老人が話しかけてきた。

「はて、こんな田舎へ何用かな?この村には特に見るべき物も無し、この先の森へ続く橋なら既に修理されておるが、まさか誰も住まぬ密林へ用がある訳でも無かろう?」

「いや、それがその森へ帰る者を送って来た所でのう」

「何と?…まあよい。何にしても既に日も暮れた。今夜はうちへ泊まっていくがよい」

「いや、それには及ばん。宿がどこか教えて頂ければ」

「ほっほっほ、こんな田舎の村にそんな物ありゃせんて。いいから付いて来んしゃい」

 老人はそう言うと背を向けて歩き出した。

「ふむ、確かに宿などはありそうに無いな。ここは好意に甘えるとしよう」

 カシムの言葉にオルアとミンクも顔を見合わせて頷いた。


 招かれた先は、質素な造りながらもちょっとした宿屋を凌ぐ程大きな、木造の平屋だった。

「まあゆっくりしていきなさい。何しろこんな田舎故に旅人なぞ滅多に通る事も無い。旅の話の一つでもして頂ければ一泊の礼としては充分過ぎる程じゃ」

 にこやかに笑う老人。実はこの村の長老だったのだが、その周りにはいつの間にか村人全てと思える程大勢の人々が集まっていた。皆一様に興味津々と言った目付きでオルア達を見つめている。

「これは一体…どういう事?」

 すっかりくつろぐつもりでいたオルアは思わぬ事態に唖然とする。

「うむ、どうやら皆さんお主の武勇伝を聞きたいそうじゃ。そう言えばワシもお主が町に来る前の話を聞いておらんかったし、折角の機会じゃ、じっくりと話して貰うとしよう」

 カシムの言葉に長老が笑顔で頷き、オルアは観念した様に今までの経緯を話し始めた。


 暫くの間村人達は無言で話に聞き入っていたが、遂にガルを倒した話になると同時に興奮が最高潮に達し、割れんばかりの喝采を送った。

「ほっほっほ、どこかで見た様な顔だと思えば、あのジーク殿縁の者じゃったか」

 話を聞き終えた長老は感慨深げな顔でオルアを見つめた。驚くオルアに微笑みかけながら長老は言葉を続ける。

「何も驚く事は無い。ジーク殿が城勤めを辞めて森で暮らすことを決めた際、それまでに色々と世話になっていた我々があの小屋を建てる手伝いをしたんじゃよ。もう何十年前の事になるか…懐かしいのう」

 長老は元々細い目を更に細める。

「あの頃この村は狼やコボルド共に度々襲われておったのじゃが、たまたま立ち寄ったジーク殿はその話を聞くや否や森へ入って行ったんじゃよ、皆が止めるのも聞かずにな」

「…それで?」

「うむ、数日後無事に戻って来てな、意外な事を言いおったんじゃ」

「何を?」

「奴らと話を付けてきた、と」

「…はぁ?」

「ほっほっほ、ワシ等も皆今のお前さんと同じ様な顔になったわい!何しろ言ってる意味が理解できんかったからのう。しかし…」

「しかし?」

「それ以降、この村が襲われる事は無くなったんじゃ。それから暫くジーク殿はこの村に住んでいたのじゃが、突然森で住むと言って出て行ってしまった。皆不安もあったし、何よりジーク殿の人柄に惹かれていた者も多かったから残念がったのじゃが…本人の決めた事とあっては誰も止められんかった。今思えば、森の番人としての責務を確実に果そうと思ったのかもしれんがのう。ま、お陰でワシ等はジーク殿の小屋を造る手伝いが出来て、かろうじて恩返しが出来た、と言う訳じゃ」

「…あの鬼ジジィがそんな事を?」

「ほっほっほ!そりゃああれ程の剣士ともなれば自分の孫に誰よりも強くなって欲しいと願うじゃろう。鬼になるのは紛れも無く愛の証。何しろそのお陰で無敵のガルに勝てた訳じゃからなぁ」

「…何か、前にも似た様な事言われた気がする」

「それだけ成長してないって事じゃない?」

「…うるさい」

 そう言いながらもオルアは嬉しそうに笑った。今まで聞いた事も無いジークの話を思わぬ所で聞き、少し嬉しくなったからだった。しかもそれが決して恥ずべき事では無く、むしろ誇らしい内容だった事が嬉しさを倍増させていた。

 気分を良くしたオルア同様、ミンクもカシムもその晩を楽しく過ごし…やがて夜が明けた。


 翌朝、食事を済ませた一行は長老に礼を述べて村を後にした。暫く馬車を進め、山道に差し掛かった所でカシムは馬車を止める。

「さて、ワシが送ってやれるのはここまでじゃ」

 突然の言葉にオルアとミンクは顔を見合わせるが、カシムは構わず言葉を続ける。

「ここから先の山道は馬車では通れんし、それに何より…」

「…何より?」

「腐れ縁との再会はハイネンだけで沢山。この上ジークにまで会ってしまったら…過去を思い出し過ぎてしまう。それに元々ワシはお主らを城まで送るだけのはずだったんじゃ。いい加減町へ戻らんと、他の門番に迷惑がかかる。じゃからここで失礼するよ。縁があればまた会う事もあろう、それまで達者でな」

「そうか、色々世話になった事ジジィに伝えておくよ。有難う!」

「カシムさん、今まで有難う!またね!」

 オルアに続き別れの言葉を告げるミンク。その澄んだ声は山々に響き渡り、周りの山々に反響した。その響きが収まる頃、静かな歌声が響く。

「意味はよく解んねえけど、なんか落ち着く歌だな」

「うん、これは別れと、そしていつかの再会を願う歌。オルアと出会ってから色々な人達と出会って来た。皆良い人達ばかり…またいつか会いたいから、その思いを込めて歌ってみたの。お気に召しまして?」

「…なんじゃそりゃ?まあいい、行こう」

「ちょっとー、素直に褒めればいいじゃないの!…ってちょっと待ってよ!」

 山道を越えたオルア達は、日が中天に差し掛かる頃、修理された橋の前に立っていた。老朽化していた橋は新しい木で作り直されていて、試しに一歩を踏み出してみても不安を誘う音はしなかった。

「おお、これなら大丈夫そうだ!」

 オルアは嫌な記憶を振り払う様に元気良く言うと、更に歩を進めた。しかし…

「げっ?」

 橋の中ほどで思わず足を止める。事もあろうに今度は反対側で例の一団が待ち構えていた、と言うよりは偶然だったのだろうか、今回は相手も少々驚いた様な顔でオルアをまじまじとみつめている。

「あら、変わった知り合いね?」

「んな訳ねえだろうが!」

「まあまあ、私だって話は聞いてるんだから本気にしないでよ」

「…その余裕がどこから来るのか知りたい」

「そう?じゃあちょっと下がってて」

 ミンクは両の掌を上にして合わせると静かに歌い始め…その上には赤い光が現れる。そして

「真紅」

 言葉を発すると同時に、その光は紅蓮の炎を纏った騎士の姿となって橋向こうの一団に襲い掛かった。

 思わず目を瞠るオルア、その眼前では無数のコボルドが追い散らされ逃げ去った。

「…今のは」

 絶句するオルアだったが、ミンクは事も無げに笑う。

「さ、行きましょ?」

「あ…ああ」

 森へと向う最中も、オルアはたった今目の前で起きた事が信じられないとでも言いたげに何度も後ろを振り返った。

「結構深い森なのね、気に入ったわ」

 周りを見回すと、ミンクは大きく伸びをしながら息を吸う。

「そうかぁ?何の変哲も無い、ただの古い森だぜ」

「だからいいんじゃない?まぁ、ずっとここに住んでたんじゃかえってその良さは解らないのかもしれないけどね」

「…そんなもんか?」

 そう言いながらもオルアは改めて自分の育った森の中を見渡す。そうしている内にふと疑問が沸いて来た。

「そう言えば…」

「何?」

「何でまだ付いて来るんだ?少なくともこの森の中に住んでる物好きはウチのジジィ位なもんで、他には誰もいないぞ?」

「え?最初に言わなかったっけ、貴方の後に付いていくって」

「いや…確かにそんな事言ってたかもしれないけど、この森には探してる人はいない。だから付いてきても時間の無駄じゃないか?」

「うーん、じゃあ正直に言うね?実は色々話を聞いている内に、オルアのお祖父さんに一目会いたくなっちゃって」

「はぁ?」

「まあ細かい事はいいじゃない!さあ、行きましょ!」

「解ったよ、だから手を引っ張るな!だいいち俺の家はそっちじゃない!」

「まあ細かい事は気にしない!」

「それは細かい事じゃな―い!」


 結局、オルアが見慣れた小屋の前に着く頃にはすっかり日が暮れていた。

「…全く、道も知らないくせにあっちこっち引っ張り回しやがって」

「まあ無事に着いたんだからいいじゃない」

「…もう言い争う気にもならねえ」

 疲れきった顔で、オルアは小屋の扉を開けた。何だかんだ言いつつも数日振りに帰った我が家。オルアは家の中を見回すと、安心した様に大きく深呼吸して

「ただい…」

帰宅の挨拶をしようとしたその時

「何奴っ!」

 奥から声が響き、何かがオルアの頬を掠めて扉に突き刺さった。一瞬硬直したオルアが振り返ると、扉にはナイフが突き刺さっている。

「…びっくりしたぁ」

 驚きの声を上げるミンクのすぐ横では、ナイフがまだ音を立てて震えていた。すると

「何じゃ、誰かと思えば我が不肖の孫ではないか!帰って来たという事は、無事に初仕事を終えて来たのじゃな?」

 威勢のいい声を上げながら、ジークが奥から出て来た。ミンクの姿に気が付くと驚いた様に声を上げる。

「おや、お客さんか?こりゃあ驚かせて済まんかった。さあ上がって…」

 言いかけてジークはまじまじとミンクをみつめた。

「まさか…」

 何か言おうとするジークより先に、ミンクが声をかける。

「やっぱりだ!久しぶりだね、ジー君!」

「ジー君…誰が?」

 訝る様に振り返るオルア、対照的にジークの顔がパッと明るくなる。

「おお、やはりミンクちゃんか?いやはや懐かしい…と言いたい所だが、こちらは見ての通りすっかり老けてしまったわい」

「そんな事無いわ、貴方の心の色はあの頃のまま、少しも変わって無い…」

 互いに微笑を交わす二人だったが、唯一人オルアだけが理解不能といった表情で寂しげに呟く。

「また、俺だけが解ってない…」

 そんなオルアをよそに、二人は懐かしそうに会話を交わしていた。


「美味しい!ジー君随分腕上げたねぇ」

 目の前に並んだ料理を口に運びながらミンクが喜びの声を上げる。

「そうかそうか、喜んで貰えて何よりじゃ」

食卓を囲んでからも二人の昔話は続く。しかし今のオルアは空腹も満たされ、イラつく事も無くその話に聞き入り、話が一段落した所で気になっていた事を聞いてみた。

「で、結局二人はどんな知り合いなんだ?」

「え?えーとね、ちょっと前…って言っても五十年位前の話…だっけ?」

「正確には、五十三年前になるな」

「そっか、貴方達の感覚ならかなり昔になるんだね」

「うむ…まあそれはそれとして。オルアよ、ワシが昔城勤めをしていたのは前に話したと思うが」

「ああ、この間初めて聞いたけどな」

「更にその前の事になるが、ワシは武者修行の為にあちこち旅していたんじゃ。そんな時とてつもなく大きな森に迷い込んでな。水も食料も尽きて最早なす術も無く気を失って倒れていた所を助けて貰った、と言う訳じゃ」

「助けたってのが…まさか」

「はーい、私でーす!それでね、すっかり衰弱してたジー君を私達の国に運んで、回復するまで面倒見てたのが私って訳」

「そんな事があったのか」

「そうよー、驚いた?」

「少しな…で、それから?」

「うむ、流石にいつまでも厄介になる訳にもいかんしな、体力が回復して暫くしたらまた旅に出た」

「そうなのよ。すっごく仲良しになれたからお別れするのは寂しかった…でも不思議だよね。私が生まれて初めて親しくなった人間がジー君で、今はその孫のオルアと一緒に旅してるなんて」

「うむ…何か不思議な縁があるのかもしれんな」

「ふーん、そんな事が…」

 意外な話にオルアは少し驚いた様子で二人の顔を交互に見つめていたが、不意に驚いた様な声を上げる。

「いや、それより今、一緒に旅してるって言わなかったか?」

「…言ったわよ、それが何か?」

「何か?じゃなくって!まだどこか行くつもりなのか?」

「あら、行かないの?」

「いや、特に理由が…まあ、もうちょっとあちこち見て回りたい気持ちはあるけど」

 オルアはそう言いながらジークに視線を移し、ふと思い出した様に言う。

「あ、そう言えば俺が出掛ける時、旅を続けるかどうかはともかく一旦は帰って来いって言ってたけど、あれは何でだ?」

「…ああ、あれはじゃな…」

 ジークは一瞬ミンクに視線を移すが

「まあ、ミンクちゃんなら身内みたいなもんじゃし、隠す事もなかろう。とは言え既に夜も更けた、今夜はオルアの武勇伝でも聞きながら、楽しくやるとしよう!」

「はーい、それ賛成!」

「ま…いいか」

 その言葉と同時に、一段落していた食事が再開された。オルアはファスの村人が自分の体験談を興味深そうに聞いていた事に気を良くしたのか、楽しそうに今までの経緯をジークに話し、ジークも嬉しそうな顔でその話に聞き入っていた。


 翌朝早く…ジークに叩き起こされたオルアは、大あくびをしながら森の奥へ続く小道を昇っていた。

「何だってんだよ、こんな朝早く…」

「あら、早朝のお散歩はとても気持ちいいじゃない。しかもこんな綺麗な森の中、最高の気分だわ!」

「はっはっは!流石は森の王国のエルフじゃな。オルアも少しは見習うがいい!」

「…うるさい」

 暫くは他愛の無い話をしながら歩いていたが、不意にジークは語調を変える。

「時にオルアよ、ハイネンに会った時の事を覚えておるか?」

「は?…覚えてるけど、何だよ急に?」

「妙だとは思わんかったか?」

「妙って、何が…あ!」

「今頃気付きおったか、全く呑気じゃのう」

「え、ハイネンさんが何か変だったの?」

「いや、妙なのは奴では無い。奴に襲い掛かったコボルド共が妙だったのじゃ」

「…どんな風に?」

「うむ、奴らは元来臆病でな、それ故に相手の強さには敏感で、決して自分達より強い者に襲い掛かる事は無い。いくらハイネンが単独だったとは言え、完全武装した熟練の騎士に襲い掛かる程の大胆さは本来なら持ち合わせておらん筈なのじゃ。それが、事もあろうに白昼堂々と人に襲い掛かるなど、少なくともワシの記憶には無い。かつてワシが話を付けたボスとは世代もかなり変わっているとは思うが、それだけでは無い様な気がするのじゃ…」

「じゃあ、何なんだよ?」

「ミンクちゃんなら解るのではないか?」

「えっ?…そうね、この森に入った時から…気のせいかと思う位微かだけど、違和感と言うか、暗くて…重い、嫌な気を感じたわ。でも今の話でそれが気のせいじゃ無い事が解かった…でも、どうして?」

「それは解らん。しかしここ最近徐々にだが確実にその気は濃くなりつつある。とは言えそれを感じる事が出来る者は、殆どおらんじゃろうがな」

「そうね、私だって森の中でなければ多分何も感じないと思う」

「んで、何でジィちゃんには解るんだ?そもそも本当に何か感じてるのかも怪しい所だけどな」

 オルアはそう笑い飛ばすが、ジークは無言で歩き続ける。

「無視かよ…」

 それからも暫く歩き続け、オルアは母の眠る丘の頂へと辿り着いた。

「ここって…お墓?」

「ああ、俺の母さんが眠っている」

「そうなんだ…え、じゃあお父さんは?」

「俺は…知らない」

 オルアは視線をジークに向ける。

「…その事も、ここへ連れてきた事と関係があるのじゃ」

 ジークはそう言いながら、墓石に手をかけた。

「おい、何やってるんだよ?」

 オルアの声には耳を貸さず、無言のままジークは墓石を動かし…その下にあった石室から青く光る小さな石を取り出した。そして掌にのせた石をオルアの目の前にかざす。石は日の光を浴びている訳でも無いのに微かな光を放っていた。

「何だ…そりゃあ?」

 突き付けられた石を訝しげに見つめるオルア。しかし、その光に不思議と懐かしい感じを覚えて思わず手を伸ばす。そして気付いた時には両手でその石を握り締めていた。

「…暖かい、ただの宝石じゃ…あれ?」

オルアの両目からは何故か溢れる様に涙がこぼれ出し、ジークは普段の顔からは想像も出来ない様な優しい目でオルアを見つめていた。

「…これは…何なんだ?」

「やはり感じたか…それは、お前の父でありワシの息子である男の魂じゃ」

「…?」

「正確には魂そのものではなく、魂の炎と言うべき物じゃが」

「…言ってる意味が解らねえよ」

「解らずとも良い。ただこれだけは言っておく」

「…何だよ」

「お前の父は…まだ生きている」

「………!」

 オルアは言葉を失い、両の目を大きく見開く。そして長い沈黙が続いた…

「その石の輝きが今尚失われていないのが何よりの証拠。この世界のどこかで、お前の父は…生きている」

 沈黙を破るジークの言葉を聞いても、オルアは信じ難げに首を振る。

「今更そんな話聞かされても、俺は一体…」

 項垂れるオルア。ジークは更に続ける。

「今まで黙っていた事はすまなかった。とは言え、真実を告げる事でお前が父親探しの旅に出る事を恐れていたのじゃ。ワシはお前を誰にも遅れを取る事の無い様一心に鍛え続けて来た。それでも当ても無く人を探す旅など危険極まりない。それ故お前が何か一つでもいい、これならばと思える実績を残す事をずっと待っておった。そしてこの度、見事に難題と思える仕事を終えて帰って来たと言う訳じゃ」

 その言葉にオルアは顔を上げた。

「少なくとも、ワシはお前が旅に出る為の最低限の力は身に着けたと思っておる。後はお前の気持ち一つじゃ」

 ジークは真剣さを含みながらも優しい眼差しをオルアに向けた。

「気持ち一つって…」

 戸惑い気味に視線を返すオルア。そしてジークが告げる。

「旅立ちの時が…来たのじゃ」


祖父の他には誰一人肉親がいないと思っていたオルア。しかし実の父が生きていたことを知り、再び旅に出る事に。


更なる旅立ちの前に訪れるのは輝かしい未来か、はたまた絶望か。

無鉄砲な少年と朗らかなエルフの旅は、果たしてどこへ向かうのか?

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