黒い角の男
一九.黒い角の男
話が決まれば後は行動あるのみ。キルギスの導きにより一行は一路ザークレイの城へと進んだ。その道中にも得体の知れない魔物が次々と現れその道を阻む。しかしキルギスは何故か一切手を貸さない。その代わり常に的確な助言を与え、オルア達は拍子抜けする程あっさりと進み続けた。そんな日が数日続いたある日、オルアは焚火で炙った肉を頬張りながら、気になっていた事を尋ねる。
「魔王ザークレイ…だったっけ?それってどんな奴なんだ?ってかなんで名前まで知ってるんだ?」
オルアの問いに、キルギスも口いっぱいに頬張りながら言葉を返す。
「おお、そう言えば何も説明していなかったか?お前達が…と言うかお前達がやけに物わかりがいいのでな、つい説明するのを忘れていた」
キルギスはそう言いながら飲み込むと、一口水を飲んで言葉を続けた。
「ザークレイは…俺達の同族だ」
その言葉に周囲の雑談が静まる。しかしキルギスは意に介さずに話を進めた。
「まぁ、同族とは言えかなり遠縁になるが。あれはもう三千年程前の事だが…」
「ちょっと待った!三千年って何だよ?キルギスもエルフ族なのか?」
「いや、エルフとは違う。俺達は、星から星へと渡り歩く流浪の民だ」
「はぁ?星から星って…まさか空に浮かんでるあの星の事じゃ無いよなぁ?」
「うむ?他に星があるのか?」
「は?じゃあ星から星って…冗談じゃないのか?」
「今は冗談を言っている場合ではなかろう」
「えっ?…って事はつまり…」
思いもよらない言葉に誰もが言葉を失う。
星から星…それは天空に輝くあの星々の事なのだろうか?言葉にこそ出さないものの、呆けた顔で空を見上げるオルア。そして周りを見ると、ミンクもガルも、他の全員も同じ様な顔で暗闇に覆われた空を見上げている。
その様子に思わずキルギスは吹き出した。
「ふっ…あっはっはっはっは!まぁそう不思議そうな顔をするな。お前達もただ地上を歩き回るだけだったのに、いつしか船を造り海を渡る様になった。いずれは空を飛び、海をも飛び越える様になる。そしていつかは…それが数百年後なのか数千年後なのかは分からんが、いつかは星から星へとその歩みを進める事だろうよ」
途方もない話を聞かされたオルア達は、尚も空を見上げて固まっている。しかしミンクが冷静に問いかけた。
「星から星へって、流石に生身じゃ不可能よね?一体どうやって星から星へ…って、そもそもの問題なんだけど、どうやってこの星から外へ出るのかしら?」
まぁ当然と言えば当然の質問だったが、その質問にキルギスはあっさりと答えた。
「それは我らの秘伝なので教えられない」
そう言われたものの、既に好奇心で満たされていたミンクは引き下がらない。
「えっと…全部とは言わないから、少しだけでも教えて貰えないかしら?」
瞳を輝かせながら見つめてくるミンクに、キルギスは少々困った顔になりながら言葉を返す。
「ふむ…実の所はだな、言葉で説明する事は難しいのだ」
意外な答えにきょとんとした顔で見つめ返すミンク。しかしキルギスはそれに答える代わりに、自らの腕をミンクの目の前に差し出した。そして、ブーンという低い振動音と共にそれは光の粒となって霧散する。
「えっ?」
驚きのあまり目を瞠るミンク。その目の前で霧散していた光は収束し、再び元の姿へと戻った。
「まぁ…こういう事だ」
「こういう事って…今のは何?」
「今のが何かと聞かれると非常に困る。なぜなら我等にとっては普通の事であり、今の状態になるのに修練などは一切必要ない。なのでどうやったら出来るのか聞かれても答えようが無いのだ。とは言え、星の力に逆らって他の星へ飛ぼうとするにはそれなりの修練は必要ではあるが…まぁそう言った訳で、体を粒子変換できないお前達には説明のしようが無いと言う事だ。解ってもらえたかな?」
当然誰も理解出来はしなかったのだが、正直訳が分からない。お互いに顔を見合わせた一同は、なんだかよく分からないままに首を傾げつつも頷きあった。その様子を見てキルギスは話を切り替える。
「さて、この話はもういいだろう。俺達にはやるべき事がある。そうだろう?」
その言葉に、オルア達はハッとした様に顔を上げた。そしてキルギスが続ける。
「まずはザークレイをブッ倒す。あの野郎には俺自身聞きたい事が山ほどあるからな」
そう言いながら指をポキポキ鳴らすキルギス。明らかに怒気に満ちた声音に誰もが戦慄したのだが…そこへ呑気な声が響く。
「ただいまなのだぁ」
突然の声に一同が振り返ると、そこには相変わらずの笑みを浮かべたろんたとイリスが立っていた。そしてその背後には疲れ切った顔のアルビレオと、その頭の上にはそれ以上にぐったりとしたワズガルドが乗っかっている。
そう言えばいつからいなかったのだろう?
黒竜と対峙していたとは言え、一斉にいなくなれば誰かが気付きそうなものである。しかもここ数日もの間。にも関わらずいつの間にか消え、更に誰にも気取られる事無く再び現れた。しかし当のろんたは何一つ気にするでもなく、ぽてぽてっとキルギスの前へ進み
「にんむかんりょーなのだ!」
朗らかにそう告げた。
突然の事に驚きを隠せない一同。しかしキルギスはろんたを抱き上げると
「よくできました!ほーらたかいたかーい!」
掛け声と共にろんたを何度も放り投げる。そしてろんたは楽しげにきゃっきゃと声を上げて笑っていた。
あまりにも場違いな光景に呆気に取られていたオルア達。しかし
「皆様、お茶はいかがですか?」
唐突に声がかかり、振り返るとそこではいつの間にかイリスがお茶の用意を済ませている。驚くオルアに対してイリスは
「ご安心下さい。先程汲んできた水は既に毒見を済ませてありますので」
その言葉に嬉しそうな声を上げたアルビレオとワズガルドは、真っ先に喉を潤してからふーっと長い息をつく。ろんたもキルギスもそれに習うかのようにお茶を楽しみだし…
「まぁ、細かい話はお茶しながらでいいか」
そう呟きながら、オルアもイリスからカップを受け取った。
周りを見渡す事すら困難な世界。そんな中でのどかにお茶会が行われている。恐らくはこの世界に来たばかりのオルア達だったらこんな事は想像すらしていなかっただろうが、既に異常な状態に適応してしまっていたのか普通にお茶と会話を楽しんでいた。そんな中で、当然の疑問をオルアが口にする。
「んで、結局何をしに行ってたんだ?ってか任務って何なんだよ?」
その言葉に、楽しげなままでろんたが答える。
「にんむはにんむなのだぁ!ろんたはイリスといっしょにまおうのしろへいってきたのだぁ」
あっけらかんとした声でとんでも無い事を言い放つろんた。しかしオルア達が驚きの声を上げる間も無く
「オイ!何だその言い方は!それじゃオレが何もしてないみたいじゃねえか!」
「ワズガルドくん?その言い方じゃあ私も何もしてない様に聞こえますが?」
ろんたに同行していたワズガルドとアルビレオが素早く突っ込みを入れる。しかし一同の驚きは当然その突っ込みに対してではなく、ろんたの放った言葉に対しての事だった。呆気に取られる一同だったが、その中でも真っ先に気を取り直したミンクが問いかける。
「ねえろんたさん、まおうのしろって…ここからだと結構遠いのかしら?それと…どうやって無事に帰って来たの?」
その言葉にきょとんとした顔でろんたは首を傾げる。そして
「うんとね…ここはあさとよるのちがいがわからないから、どのくらいあるいたのかよくわからないけど、いっぱいいっぱいあるいたんだよ。でもね、わるいやつにはあわなかったから、いっかいもたたかわないでかえってこられたんだよ」
そこまで言うと、同意を求めるかのようにイリスに視線を向ける。すると
「そうですねぇ、確かに一度も何者かに襲われる…と言った事は起きませんでしたねぇ」
ろんたに負けず劣らず、呑気な声でイリスも言葉を返した。
果たしてどういう訳なのか、そんな事を問う様な視線がアルビレオとワズガルドに向けられる。
「ん?オレが分かる訳ねえだろ。アルに聞けよ」
いきなり水を向けられたアルビレオ。一瞬咳き込みそうになったが、何とかこらえてお茶を飲み込むと、周りを囲む一同の視線を受け止め、ゆっくりとカップを置いた。そして一つ咳ばらいをすると、右手を顎に当てて考え込む様に視線を上に向け、そのまま目を閉じた。そのまま眉を数回動かし、苦悶の表情を浮かべたかと思うとその次には苦笑を漏らす。どうやら道中の様々な出来事を思い返している様だった。そして口を開く。
「まぁ自分で言うのもなんですが、私もワズもそれなりに危険を察知する力はあると自負しているのですね。なので道中危険を感じたらお二方に知らせようと常に気を張っていたのですが、我々が嫌な気配を感じると同時に先を行くお二方…特にろんたさんの方ですかね、常にその嫌な気配のする方角の反対側へと進んで行くのですよ。それも一度や二度なら偶然かとも思うのですが、今思い返せば道中感じた危険は全てろんたさんが回避してくれていた様に思われますね。おかげで目的の城へは予想よりかなり簡単に辿り着けたのですが…いやはや」
そこでアルビレオは言葉を切り、大きなため息をつく。そして
「すみません、もう一杯頂けますか?」
イリスの注いでくれたおかわりに口をつけると、今度はほっとした様な息をついた。
「まぁ、決して楽な道のりではありませんでしたがね。ろんたさんの怪力とワズの哨戒能力、それにイリスさんの回復術。それらが幸運にも上手く噛み合って無事に帰って来られたって訳ですよ」
簡単に話をまとめるアルビレオ。しかし聞いている方はそれで納得できる訳も無く
「具体的にどんな感じだったのか、もうちょっと詳しく教えて頂けたり…しません?」
すかさずミンクが尋ねる。言葉そのものは丁寧なのだが、その眼には明らかに有無を言わせない光が灯っていた。それを認めたアルビレオはもう一口お茶を飲むと、観念した様に口を開く。
「参りましたね…まぁ正直私は疲れ切っています。今すぐに出発する事もできそうにありませんし、皆さんの参考になるかもしれません。少々お時間を頂き、休み休みお話し致しましょう」
そう前置きをして、アルビレオは語り始める。
自分達に先行してどんどん進んで行くろんたとイリス。殿を務めるアルビレオの頭上では、ワズガルドが常にろんたの進もうとする方向へ目を凝らしていた。ときたま立ち止まるものの、ろんたとイリスは二人で少しだけ話し合うとすぐさま先へと進んでしまう。しかし結果的にアルビレオとワズガルドが危険を感じるのは、常にそれ以外の道だった。どうした事かと考えている間にろんたは予想以上のペースで進み、気を抜くと見失いそうになる。結果的にアルビレオは小走りでろんたの後を追い、ワズガルドは警戒しながらもその頭上を飛びながら後を追う。そんな状況が数時間続いただろうか、ふと前方を見渡すとろんたとイリスが何か広げていた。
「何事ですか?」
駆け寄ったアルビレオの前では、思いもよらぬ光景が繰り広げられていた。何とこの危険極まりない場所で、二人はお茶の準備を始めていたのだった。
「あの…これは一体」
思わず絶句するアルビレオだったが、その肩へ舞い降りたワズガルドが囁く。
「どうやら今はコイツらと一緒にじっとしておいた方が良さそうだぜ。距離こそあるが、どっちに進んでもヤバい奴らと鉢合わせになりそうだ」
「そうですか…しかしこれはまた何ともこの場所に似つかわしくない光景ですね」
「まぁいいじゃねぇか。せっかくだから俺は何か甘いものでも貰うとするぜ」
そう言って飛び去るワズガルド。その後ろ姿を見たアルビレオは
「…ワズもすっかりなじみましたねぇ」
苦笑を漏らしながら呟いた。そこへイリスの声が響く。
「皆さんお疲れでしょう。ちょっと一息つきませんか?」
勧められるままカップを手にしたアルビレオ。その傍らではすでにろんたとワズガルドが焼き菓子を頬張っている。その様子を見守りながら微笑みを浮かべるイリス。やはりこの場所には似つかわしくない光景だと思いながらも、カップから立ち上る香りには抗う事が出来ず、アルビレオは口をつけた。
「ほう…」
一口すするなりアルビレオは声を上げる。一見普通のハーブティーの様だったが、飲み込んだ瞬間に体中に活力が漲るのを感じたのだった。さらに二口、三口と飲み込むと、更にその感じは強まっていく。それならばと焼き菓子も手に取りじっと見つめる。一見ただのビスケットだが…
「これは…美味い」
今まで食べた焼き菓子の中で一番なのではないか。しかも空腹感は薄れ、頭もすっきりした様に感じた。それだけでも驚きだったのだが、それをお茶で流し込むと更にその効果を強く感じた。これは大したものだと思いイリスに視線を向けると、微笑むイリスと視線が合う。アルビレオも微笑み返し、素直な感想を口にする。
「いやはや、今までこんな美味しいお茶やお菓子は口にしたことがありませんよ。それに驚くほどに活力が漲る感じがします。一体どんな秘伝の製法があるのか、後で教えて頂きたいものですねぇ」
しかし意外な事にイリスは少し顔を曇らせた。もしや秘伝ゆえに口外できないのだろうか?アルビレオはそんな事を考えたが、イリスの答えはその予想とは違っていた。
「お褒め頂いてとても有り難いのですが、このお茶は私共の居たあの地でしか育たないのです。それ故今あるだけでお終いなのです」
「なんと…それでは私が作ることはできそうにありませんねぇ」
「はい、申し訳ありません」
「いえいえ、何も貴女が謝る事はありませんよ。こうして今ある貴重な分を頂けるだけで充分に有り難い事です」
「そう言って頂けるととても嬉しいです」
「因みに、この焼き菓子もですか?」
「あ、そちらは普通に手に入る材料で作れますから、どうぞご遠慮なさらずに」
「ああ、それなら安心ですね」
「安心…ですか?」
「はい、あの二人があらかた食べ尽してしまったみたいなので」
そんな二人の視線の先には、食べかすの中でまどろむろんたと、そこに重なる様に寝息を立てるワズガルドの姿があった。
「まぁ、二人ともぐっすりですね」
「ふむ、私は元気が出てきた気がするのですが、これも食べ過ぎると眠くなる様ですね」
思わず笑みを漏らす二人。どちらにしろ今は身動きが取れそうな状況ではないので、アルビレオは見張りに立ち、イリスは寝ている二人を静かに物陰に運んだ。
暫くすると、周りを囲んでいた危険な雰囲気が遠ざかっていくのを感じた。アルビレオがそれを伝えようとした瞬間
「あーよく寝たぜ!」
ワズガルドの声が響く。同時に飛び起きたろんたは
「ねてるあいだにこわいのいなくなったよ。さきにすすもう!」
元気よく叫んだ。驚いて口元に指を当てるアルビレオだったが、辺りの気配を探ると確かに危険なものの気配は今では一切感じられない。一体この熊のぬいぐるみの正体は何なのか?そんな疑問が頭の中を駆け巡る間にもイリスは手際よく片づけを済ませ、ろんたと共に歩き始めた。呆気に取られるアルビレオの耳元にワズガルドが囁く。
「オイ、ボケっとしてたら置いてかれるぞ」
言葉と同時に二人の後を追うワズガルド。アルビレオは慌ててその後を追った。
それから更に数時間、一行は何事もなく進んだ…様に思えたのだが、それも全てはろんたとイリスの導きによるものだった。どう見ても適当に行く先を決めている様にしか見えないのだが、結果的には常に危険な気配を避けつつ、それでいて目的の方角には進んで行く。時折得体のしれない巨大な影の傍を通る事もあったが、その際は
「刺激しなければ問題なさそうですよ。ゆっくり進みましょう」
大した問題ではないという感じでイリスが言い、ろんたもそれに同調する。
「そうなのだぁ、だからゆっくりお散歩するのだぁ」
そんな調子でありえないほど何事も無く進む一行だったが、更に進んだ所でいきなりろんたが固まる。それがあまりに唐突だったせいでイリスがその背中にぶつかってしまう。
「あらあらごめんなさい。ろんたさん、どうかしましたか?」
そう言いながらろんたの正面に回るイリスだったが、その瞬間イリスも固まってしまった。同時にアルビレオとワズガルドも背筋に冷たいものを感じる。
「オイ…こりゃあタダモンじゃねえぜ」
「ええ、いますね…この先に」
そう言いながら一行は同時にある一点を見つめた。その先には、薄闇の中に浮かぶ尖塔の様な影が聳え立っていた。そこから感じる恐ろしいプレッシャーが一向に覆い被さる。
このままここにいてはいけない。誰もがそう感じながら動けずにいたのだが、その時ろんたが動いた。急にくるりと振り返ると
「じゃあ、そろそろ帰るのだぁ」
言うが早いかもと来た道を帰り始める。
「あらまぁ、では私達も帰りましょうか」
驚くでもなく平然とその後を追うイリス。アルビレオとワズガルドは呆気に取られた様に顔を見合わせるが
「まぁ、確かにこのメンバーであそこへ乗り込むのは得策ではありませんね」
「そうだな。とりあえずあの赤男は根城を見つけろとだけ言ってた訳だから、これ以上突っ込む事もねえよな」
そう言って二人の後を追った。
「まぁ、そう言った訳で大きな危険に遭遇することも無く帰って来られたのですよ」
語り終えたアルビレオはそう言いながら大きなあくびをする。そして
「申し訳ありませんが少しだけ休ませて頂きますよ」
偵察を終えた直後の長い語りで流石に疲れたのか、その言葉が終わるとほぼ同時に寝息を立て始めた。同時にキルギスが一同を呼び集める。
「さて、一仕事してくれた連中にはお休み頂くとしてだな、お前達はちょっとこっちへ集まってくれ」
焚火を中心に輪になった一同を前に、キルギスが口を開く。
「さて、彼らの活躍により目的地ははっきりした。だが話を聞いて俺は一つ、あまり面白くない核心を得た」
その言葉にすかさずオルアが反応したが、ミンクはそれを抑えると自ら口を開く。
「上手く行き過ぎてるって事かしら?」
頷くキルギス。そして言葉を続けた。
「彼らの哨戒能力を疑う訳ではないが、それにしても都合よく行き過ぎている。それに彼らが奴の気配を感じたにも関わらず、奴が彼らの気配に気づかないなどと言う事は考えにくい。恐らくだが…奴は俺達を誘っている」
暫くの沈黙。しかしそれはオルアの言葉で破られた。
「だからって引き返せる訳がないんだよな。飯食って一休みしたら、ろんた達に案内してもらえばいいじゃんか」
まるで当たり前とでも言わんばかりのオルアの言葉にキルギスは面食らうが、仲間達が「そんな事は言うまでもない」とでも言いたげな顔で見守っているのを見ると
「お前達は…本当に良い仲間なのだな」
そう言いながら苦笑するしかなかった。
数時間後…
「ふああああぁ…いやはや、すっかり熟睡してしまいました」
目を覚ましたアルビレオは大きく伸びをすると、ワズガルドが目の前にいた。そして
「オイ、今半蔵とガルが様子を見に行っている。戻り次第全員出発するみてえだから、アルもそろそろ準備しといた方がいいぜ」
ふわふわと漂いながら準備を促す。
「おやおや、それでは皆さんの所へ参りましょう」
アルビレオは枕にしていた背嚢を背負いながらもう一度伸びをして、足早に皆の元へ向かった。
アルビレオが皆の元へ着いた時には既に半蔵とガルは戻っていて、一同は車座になって話し合いをしている。すると気配に気づいたミンクが声をかけてきた。
「あ、おはようアルビレオさん!よく眠れましたか?」
場にそぐわぬ明るいミンクの声。つられてアルビレオも元気な声を返す。
「はい、おかげさまでよく眠れました。もういつでも出発できますよ」
その返事にミンクが答えるよりも早く、キルギスが声を上げる。
「それならば話が早い。準備が整い次第全員出発だ。ガル、半蔵、問題無いな?」
その言葉にガルと半蔵は互いに視線を合わせると、問題無いとばかりに無言で肯いた。
闇の中を進んで行く一行。ガルと半蔵が先行し、その上でワズガルドが目を光らせる。
ミンクとイリス、そしてろんたがその後へ続き、両脇を守る様にオルアとフレアが横へ並んだ。その背後ではバーンとイーロン、そしてシーブランが目を光らせ、殿を務めるキルギスの肩には白竜がちょこんと乗っていた。
キルギスの予想通り、ザークレイは一行を誘っているのだろう。道中に得体の知れない魔物が現れる事は無かった。とは言え前に進む事すら困難な悪路に次ぐ悪路。一体ろんたはあの小さな手足でどうやってこの道を行き来出来たのだろうか?オルアはそんな事を気にしてろんたの様子を見ていたのだが、ふと気づくと誰もがろんたに注目していた事に気づいて苦笑を漏らした。そして当のろんたはと言えば
「よいしょ、よいしょ」
そんな声を出しつつ健気に崖をよじ登る。その微笑ましい姿に誰もが心の中で声援を送らずにはいられなかった。しかし当のろんたは手助けを必要とする様子も無く、むしろ一切の重さを感じさせないその身のこなしでいつしか一同を感心させる事となる。そして意外な事にイリスもろんた同様に華麗な身のこなしで道なき道を難なく進んで行く。その淀みない進み方にオルアは面食らうが、そのまま呆けていると置いてきぼりを食らいそうになる。
「どうかしたの?」
ミンクに声をかけられたオルアは
「いや、あの二人の身のこなしにびっくりしていただけだ」
そう素直な感想を漏らした。
「そうよねぇ、実は私もびっくりしてたの」
ミンクはそう言いながらクスクスと笑う。オルアも釣られて笑ってしまうが
「笑う、まだ早い。俺たちまだ、やる事、ある」
後ろから来たイーロンに突っ込まれてしまった。更にバーンまでもが
「イーロンの言う通りだギャ。場所もわきまえずラブラブするのは後にしてほしいんだギャ」
そんな事を言い放つ。思わず言い返そうとした二人に
「おい、早くしねえと置いてかれるぜ」
シーブランが声をかけた。そしてその指さす先には既に影の中に消えそうなろんたとイリスの朧げな姿があった。
「やっべ、行こう!」
「うん!」
同時に駆け出すオルアとミンク。イーロンとバーン、そしてシーブランは顔を見合わせると、やれやれとばかりに苦笑を漏らした。
時間の感覚など麻痺してしまう暗闇の中、一行は時折状況確認と休憩を兼ねて立ち止まる。そして数回目の小休止を終えて更に数時間が過ぎた頃、不意にろんたが駆け出す。あっという間に先頭の二人を追い抜くと、振り返って二人を止めた。
「二人とも気を付けるのだぁ。そろそろ見えてくるはずなのだぁ」
その言葉が一体何の事なのか、問うまでも無く誰もが感じた。この先から押し寄せるとてつもないプレッシャーを。しばらくの間凍り付いたように動かない一同。しかしそのままでいる訳にはいかない。オルアはすぅっと息を吸うと、自分の頬をぴしゃりと叩く。そして
「よし、行こう!」
そう叫んで一歩踏み出した。
目的地はもうぼんやりと見えている。しかしそこへ至る道は…否、道と呼べる様な物はその先には無かった。汚泥と油が混ざった様な沼を超え、一歩でも足を踏み外せば二度と戻れそうにない峡谷を進み、更に幾重にも連なる険しい岩山を超えて行く。決して楽な道程では無かったものの、キルギスの予想通りザークレイは一同を誘っているのだろう。警戒しながら進んで来た事が馬鹿らしく思えるほどに何一つ襲っては来なかった。そして数時間後…
聳え立つ尖塔。そしてそこへ入るものを拒絶するかの様に、禍々しい文様が施された巨大な門が立ち塞がる。果たしてどこからか見られているのだろうか?誰もがそんな不安を抱いた、と同時に…音も無くその門が開かれていく。
「折角のご招待だ。お前達も覚悟を決めろ」
そう言いながらキルギスは先頭に立ち、まるで友人にでも会いに行くかのようにすたすたと門の内側へ入って行った。その様子にミンクはオルアに耳打ちする。
「なんだかキルギスさん積極的だね。やっぱり同族って本当なのかしら?」
「さあな。でもザークレイとやらに会えば分かるんだろ?俺達も行こうぜ」
「そうだね。どっちにしても流石に一人で先行しちゃ危なそうだし」
そう言って頷きあった二人もキルギスに続き、その後を追って全員が門の中へ姿を消した。するとその直後に、開いた時と同様、音も無く門が閉じられた。
「あらら、やっぱどこかから見られてるみたいだな」
オルアはそう言いながら後ろを振り返る。しかしそれだけの事。既に覚悟を決めていたオルア達はそのまま先へ進む。
門から塔へはほぼまっすぐに石畳が引かれていた。道の両脇には…まるで生きたまま彫像にでもされたのだろうか?苦悶の表情を浮かべる無数の魔物の様な像が乱立していた。どれもが今にも動き出しそうに見え、オルアはいつでも抜ける様に剣に手を添えるが
「その必要はない。こいつらはもう、完全に生命活動を停止している」
キルギスはそう言いながら、彫像の一つに手をかける。そしてゴキっという音と共にその腕をもぎ取った。そしてそれをオルアに見せる。
「完全に石化しているだろう?これはかつて奴に逆らった者たちのなれの果てだ」
キルギスの言葉にオルアは目を丸くしながらそれに触れる。どう見てもただの石にしか見えないが、これがかつて生きていた者なのか?信じられない。そんなオルアの思いを読み取ったのだろう。キルギスはそれを放り投げると、その場の全員に告げる。
「ご覧の通り、ザークレイは相手を石化させる事が出来る。それ以外にも様々な秘術に精通し、僅か数年でこの世界を我が物とした恐ろしい相手だ。いいか、ここから先は一瞬たりとも油断するなよ」
有無を言わせないキルギスの言葉。それに含まれた重みを感じ取ったオルアはゴクリと唾を飲み、改めて目の前に聳える塔を見上げる。そして
「言われるまでも無い。こっちの世界に来てから、ただの一度も油断なんかできない状況ばかりだったんだ」
自分に言い聞かせるようにそう言うと、先頭に立って歩き出した。
ほぼ一直線の道をしばらく進むと、やがて塔への入り口が一同を出迎える。真黒な石で造られた両開きの扉。そこには立ち入る者を射すくめる様な、恐ろしい形相の竜の姿が彫られていた。
「さて、どんな出迎えがある事やら…」
そう言いながらキルギスが扉に手をかけるが、それより先にオルアが扉を押し開く。そして…音も無くその扉は一同を迎えた。
中へ足を一歩踏み入れた瞬間…
「うわっ!」
眩しさにオルアは思わず声を上げた。それは誰もが同じだったようで、皆一様に目を細めている。暫くして周りを見渡すと、壁も床も天井も、その全てが薄明りを発している。これもザークレイの魔術なのだろうか?オルアがそんな事を思ったその瞬間
「ようこそ、我が城へ」
その場にいる全員の心臓を鷲掴みにする様な、ぞくりとする声が響いた。その声に振り返った一同を、階段の上から青白い顔をした背の高い男が見下ろしていた。一見人間の様にも見えたのだが…その頭には一対の、黒い角が鈍く光っていた。
やっと登場した黒幕っぽい奴。果たして真の黒幕か否か…どうなりますか




