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SWORD  作者: ろんぱん
18/20

白と黒

一八.白と黒


 目の前で黒竜が崩れ落ちた。同時に頭上の黒竜が恐ろしい咆哮を放ち、周りを取り囲む無数のモドキが一斉に頭上の黒竜に群がる。見る間に頭上の黒竜はその大きさを増し、いつしか本物の黒竜を凌ぐほどの巨体となってゆっくりと上空から降りて来た。


「バーン…ミンクを連れて…逃げろ」

 かすれ声でオルアがそう言った。ミンクはその意味を理解しかねて言葉を失うが、その意味を理解すると同時に猛然と言葉を返す。

「何言ってるの?オルアと私はもう二度と離れないの!これから先は生きるも死ぬも一緒なの!なんでそんな事も分からないのよ?もしも私が逃げて生き延びたって、オルアがいなくなった世界じゃ私だって生きてる意味なんか無いんだよ?だから今後一切自分が犠牲になって私を逃がそうなんて言葉は禁止だかからね?よろしくて?」

「あ…ああ…よろしゅうございます」

 ミンクの勢いに押されまくりのオルア。しかしよくよく考えたら愛の告白にしか聞こえない言葉。それに気付いたオルアはこの状況で顔を赤らめ、それに気付いたミンクも顔を真っ赤にして互いに視線を逸らす。そして互いにもじもじと小刻みに動く中

「オルア!ミンク!ラブラブするのは後にして欲しいんだギャ!」

 バーンの叫び声が響いた。

「誰がラブラブだ!」

「そうよ、おかしな事言わないで!」

 すかさず言葉を返す二人。同時に辺りは真っ暗な影に覆われ、純粋な恐怖だけが頭上に迫る。

「オイラの言った通りだギャ!ラブラブしてる余裕があるなら戦闘準備して欲しいんだギャ!」

バーンの言葉を聞くまでもなく、二人は全身が潰されそうな圧力を感じていた。

「ミンク…守りきれなかったら…ゴメンな」

 そう言いながら、オルアはミンクの手を握り締める。ミンクはその手を握り返すと

「大丈夫だよ…私達はまだ死なない。まだこの世界は私達を死なせたりしない」

真っ直ぐな瞳でオルアを見つめ、そのままオルアを力いっぱい抱き締めた。そうしている間にも黒竜は目の前に降り立ち、その全身から身の毛もよだつ様な瘴気をまき散らしていた。

「オルア、バーン、行こう!」

「ああ、俺達ならなんとか出来る!」

「そうだギャ!なんとかするんだギャ!」

 互いを元気づける様に声を上げ、オルア達は黒竜に対峙する。そして

「ウヴォォォォオオオーーーー!」

 目の前の黒竜が全身を震わせて雄叫びを上げた。全身の毛が逆立つ様なその恐ろしい叫び声にオルア達の身体は硬直した。

「やっぱ…無事じゃ済まないかな?」

「うん…でも精一杯頑張ろうね!」

「その通りだギャ!まずはオイラが一発かますんだギャ!」

 バーンが大きく息を吸うと、黒竜も周り中の空気を吸い込むかの様な勢いで息を吸い始めた。その勢いは凄まじく、オルアとミンクは周りの空気が薄くなっていくのを感じていた。

「ミンク、大丈夫か?」

「うん…」

 お互いの手を握りながら、二人はバーンの様子を見守る。耳がキーンとなる様な空気の中、バーンと黒竜の身体が風船の様に大きく膨らんだ。しかし膨らみ続ける黒竜とは対照的に、バーンの身体は膨らんだかと思えばまた縮み、縮んだかと思えばまた膨らむといった状態を繰り返していた。

「バーンは…どうなってんだ?」

「多分、力をためて凝縮してるんだと思う。でもそれが上手く行ってないみたい。折角集めた力がかなり漏れちゃってるみたいなの」

「漏れてるって…それで何とかなるのか?」

「無理だと思う」

「だよなぁ。でも何とかしないとだよな」

 オルアがそう言った時には、既に周り中にミンクの歌声が響いていた。

「ミンクは自分のするべき事をやっている。じゃあ俺は…全力でバーンを守る!」

 オルアは剣を抜くとバーンの前で黒竜に対峙した。何しろ生まれてこの方剣の他には何も知らずに生きてきたオルア。自分以外の誰かの為に出来る事は、力の限り剣を振るう。それ以外には何も無かったのだから。

「俺がアイツの気を引く。バーンは自分の事だけに集中しろ!」

 その言葉にバーンは頷き、オルアは猛然と駆け出した。

「バーンが相手をするまでも無いっ!お前の相手はこの俺だっ!」

 叫びながら突進したオルアは、一瞬の内に黒竜の足元へと接近した。そして

「うりゃあああああっ!」

一気に跳躍すると、黒竜の脳天へ一撃を食らわそうと剣を振り下ろす。しかし、視界の外から飛び出した黒竜の尾がオルアを弾き飛ばした。

「クソったれ!」

 吹っ飛ばされながらもオルアは体勢を立て直そうとしたが、そこへ更に強烈な一撃が襲い掛かる。

「何度も食らうかよっ!」

 オルアはそれをかわすが、巨大な尾は何度もオルアに襲い掛かる。しかし必死にかわしながらもオルアが見上げると、黒竜はバーンに視線を向け、まるでオルアなど意に介していない様子だった。まるで体にたかるハエを払うかの様なその態度に、オルアの頭が沸騰する。

「こっのヤロウ!」

 怒りにまかせて闇雲に剣を振るう。ついこの間までのオルアだったらそうしていただろう。しかしオルアもここまでの旅で幾分成長していた。更に今はミンクの歌声も響いている今、オルアは静かに相手を見つめる。

「俺の役目は…コイツの気をバーンから逸らす事。たったそれだけだ」

 オルアはゆっくり大きく息を吸い込む。そして、相手がこちらを意に介していない事を幸いにゆっくりと背後に歩を進める。

「落ち着け…俺」

 気配を消し、足音を立てぬよう、オルアは慎重に進む。早くしなければ対峙した双竜が痺れを切らせて動き出してしまう。かと言って無闇に暴れて先程の様に叩き落されては意味が無い。慎重に、慎重に歩を進め、オルアが黒竜の背後に迫った時には、黒竜の尾は静かに寝そべっていた。オルアはふぅと一息つくと

「バーン…ブチかませ」

 そう呟いて大きく剣を振りかぶった。そして

「うおおおおおっ!」

 雄叫びと共に黒竜の巨大な尾の先端へと剣を突き刺す。

「バーン!やっちまえーーーっ!」

 確かな手応えを感じたオルアは雄叫びにも似た絶叫を上げた。そしてバーンもそれに応えるべく、全身全霊でその小さな体を震わせる。そして

「ふん…ギャーーーーーーーッ!」


 目の眩む様な光の奔流。黒竜はそれをかわすべく飛び上がろうとしたが、深々と突き刺さったオルアの剣がそれを阻む。黒竜はそれを引き抜こうともがくが、オルアは全身の力を込めて剣を握り締めた。その予想外の力に黒竜は飛び上がるのを止め、地響きと共に四足で踏ん張る。そして、バーンの放った光に真正面から向き直り、ゆっくりと口を開く。

「やけにあきらめがいいじゃねえか!」

 オルアは自分でそう言いながらも、黒竜の行動が開き直りでは無い事を感じていた。同時に黒竜は全身を激しく震わせ、その振動の激しさにオルアは剣を握る手に更に力を込める。必死の形相で剣の柄を握るオルアだったが、バーンの放つ光を目前に思わず笑みを漏らす。

「いくら黒竜でも、コイツをまともに食らったらただじゃ済まねえぜ!」

 勝利を確信したかの様なオルアの雄叫び。しかし次の瞬間、心臓を鷲掴みにされたかの様なおぞましい感覚に襲われた。そして黒竜の巨大な口には、まるで死骸に群がる羽虫の様な勢いで無数の黒点が収束していく。そしてそれが一つの球になったかと思うや否や、大気を震わせる咆哮と共に放たれた。


 バーンの放った光と黒竜の放った黒い光。バーンの光は津波の様な勢いで押し寄せ、対する黒竜の光など物ともしないかと思えた。しかしぶつかり合った瞬間、バーンの光は岩にぶつかる波の様に弾け飛び、黒い光はそのまま突き進んでバーンに直撃した。


 まばゆいばかりに輝くバーンの放つ光。ミンクはハラハラしながらその光景を見守っていたが、突如その光は弾け飛び、バーンの小さな体が力なく舞い落ちる。

「…えっ?」

 突然の出来事に声を失うミンク。一瞬呆けた様に立ち尽くすが、その眼前でドサリという音と共に落とされたバーンの姿に、その眼を見開く。

「バーン!」

 駆け寄るなりミンクの顔に悲痛な表情が浮かぶ。哀れにもバーンは全身をぴくぴくとひきつらせ、常に輝きに満ちていた瞳は白目をむき、口からは泡を吹いていた。

「バーン、バーン!」

 ミンクはバーンの身体に手をかけたが、その瞬間声を失った。黒い光が直撃したバーンの身体には、黒いシミが広がり始めていた。

「何よ…これは」

 絶句するミンク。しかし手立ても無く見守る間にそのシミは全身を蝕んでいく。


「ちっくしょう!」

 遠目にバーンが撃ち落されたのを見たオルアは激昂した。剣を引く抜くや否や黒竜の尾をめったやたらに斬りつけると、その尾を駆け上がり背中へと取り付く。同時に黒竜は飛び上がりオルアを振り落とそうとするが、オルアは片手で何とかしがみ付いたまま何度も何度も剣を突き立てる。暫くそのままの状態が続いたが、流石にしがみ付くオルアの腕にも限界が近づいてきた。背びれを掴む左腕は疲労の為にブルブルと震え、剣を振るう右腕もその一振り一振りが次第に緩慢になって来た。気持ちとは裏腹な体の動きにオルアは苛立ち、叫び声を上げる。

「この程度で…ヘバってんじゃねえよ!」

 自らを奮い立たせて両の腕に力を込めようとしたオルアだったが、同時に黒竜が急上昇を始める。

「クソがっ…落とされてたまるかよっ!」

 オルアは剣を口に咥え、両腕に力を込めてしがみ付く。しかし黒竜はそんな事など意に介さず上昇を続け、そのまま雲の上へと飛び出した。同時に上昇は止まり、今度は一気に急降下を始める。

「なんなんだよっ!」

 戸惑う様な声を上げるオルアだったが、その狙いは頭の良くないオルアにもすぐに分かった。地上の点にしか見えなかったものはあっという間にはっきりとした形を成し、恐怖に怯えたミンクと目があった。ミンクはオルアの数倍の視力の持ち主。それを知っていただけに、オルアはミンクの恐怖を感じて歯軋りをした。このまま急降下させては身動きの取れないミンクとバーンは勿論、背中にいるオルアもただでは済まない。何かをしようにも残された時間は僅か数秒。オルアは剣を鞘に納めると、覚悟を決めた。

「うおおおおおおっ!」

 急降下する黒竜の背上で四つん這いになっていたオルアは、雄叫びを上げながら立ち上がり、その背中を一気に駆け降りる。まるで嵐の様な風の中、全力を込めて駆け降りるオルアの両脚は、黒竜の鋼の様な鱗で一瞬の内に傷だらけになった。しかし今のオルアに痛みを感じている余裕は無い。ただ只管に黒竜の頭を目指して駆け降りる。その間にもミンク達の姿はその輪郭をはっきりとさせ、その口元がオルアの目にもはっきりと見る事が出来た。微かに震えながら、気丈にもミンクは歌っていた。いつもの様に周りを元気付ける為に。横たわるバーンと、そしてオルアの為に。吹き荒れる風に乗って、その歌声がオルアの耳に届く。既に全力以上の速さで駆け降りていたオルアの脚が更にその速度を増す。そして

「うっりゃあああーーーっ!」

 オルアは黒竜の頭を蹴って飛び降り、着地と同時に剣を振りかざす。

「ミンク、待たせたな!」

「うん、待ってたよ!」

 そう言葉を交わす二人の顔には自然と笑みが浮かぶ。

「さあ来い!」

 オルアは目前まで迫った黒竜に向けて剣を構え、ミンクはその背中に手を当て、静かな歌声を響かせる。その歌声に同調して、オルアの剣に闘気がほとばしる。それは一気に力を増し、青白く輝く焔となって渦を巻く。

「…凄い!」

 サポートするミンクが思わず目を瞠る。それほどに強まった闘気を今のオルアは完璧に使いこなしていた。当のオルアがそんな自分の進化に気付いていたかどうかはともかくとして。そして一瞬の後、オルアは全身全霊の力を込めて剣を振り抜く。

「うっりゃあああああーーーーっ!」


 目も眩む閃光が輝き、黒竜の姿が掻き消す様に消え去った。


「…あっけないな。これで終わりなのか?」

「そうだったらいいんだけど…って言うかバーンが心配だし、そうであって欲し…!」

 言葉の途中でミンクの表情が凍りついた。ただならぬ気配にオルアは黒竜のいた場所へと視線を向ける。すると

「何だ…コイツは?」

その視線の先には、まるで細い枝の様に痩せ細った黒竜らしき物が浮いていた。吹けば飛ぶ様な貧相な見た目にも関わらず、何故か手を出す事を躊躇わせる異様な圧力を発している。

「…オルア」

ミンクが何か言いかけたが、オルアはそれを手で制した。ミンクに言われるまでも無い。目の前の「それ」は明らかに見た目通りの貧弱なもので無い事をオルアは嫌と言うほど理解…と言うよりは動物的カンで感じ取る。

逃げるべきだ。そう思うと同時に、それすら不可能なのではないかという思いが湧きあがる。自然と剣を持つ手に力が入り、冷や汗が頬を伝う。と、その時

「オルアっ!」

ミンクの叫び声が響く。同時にオルアの右肩に激痛が走った。何事かと思ったオルアが目を向けると、そこには黒竜から延びた黒い棘の様な物が突き刺さっている。苦痛に歪むオルアの顔。それはオルアが引き抜こうと手をかけるより先に本体の元へ舞い戻る。そしてまたもやミンクの叫び声が響き、次の瞬間には左肩に激痛が走った。

「ぅがっ!」

 声にならない叫び声を上げるオルア。今度は左肩に棘が刺さっている。苦痛を感じながらもオルアは不思議そうな目でミンクを見つめる。オルアの目には何も見えない内に棘が刺さっている。にもかかわらずミンクには攻撃のタイミングが解っている様子だった。いくらエルフの視力がいいとは言え、相手の攻撃を予知はできない。一体どうやって…そう思った瞬間、またもやミンクの声が響いた。

「オルア、目じゃ追えない!嫌な感じがしたら避けて!」

「はぁ?」

「いいから目を閉じて!大丈夫だよ、剣神の修業を乗り越えた貴方なら出来るよ!」

「剣神の…あぁ…アレはちょっとキツかったな」

 こんな状況にも関わらず懐かしげに目を細めるオルア。そしてそのまま目を閉じると…確かにミンクの言う通り徐々に嫌な感じが強まって来た。そして、それは弓に番えられた矢の様に張りつめ…放たれる。

「これかっ!」

 オルアは闘気を込めた剣を振るい、目で追う事さえ出来なかった黒棘を弾き飛ばした。

「よっしゃ!」

 その一発で感覚を掴んだのか、オルアはその後の攻撃を凌ぎ続ける。それを続けていく内に、ほんの一瞬だが嫌な感じが完全に消え去った。同時にオルアは両目を見開き、一足で黒竜との間を詰めた。完全に手の届く距離に相手を捉えたオルアが剣を薙ぎ払う。が、黒竜は一瞬にして距離を取り、また最初の状態に戻る。オルアはふぅと溜息をついて構えたが…次の瞬間、オルアは息が止まるほどの衝撃を受ける。一本でも目で追う事すら出来ない黒い棘。それが今は黒竜から派生した枝の様に目の前一杯に広がっている。愕然とするオルアだったが、その耳に心地よく響く歌声が心を落ち着かせた。

「大丈夫…何とかなる。ってか…するしかない」

 オルアは大きく息を吐くと、中腰になって上体の力を抜く。そして再び目を閉じると右手に剣を、左手には短剣を握り、軽く伸ばした腕の前で交差させて敵の動きを待つ。


 …


 …


 …


 実際には僅かな時間だったが、オルアにはそれが堪らない程の長い時間に思え始めたその時、目の前の嫌な感じが一気に広がる!

「マジかよっ!」

予想以上の包囲攻撃に心中舌打ちするオルアだったが、その双剣に迷いは無い。まるで豪雨の様に降り注ぐ黒棘を次々に打ち払う。オルアはその間にもにじりながら黒竜に迫り、自分の考えが間違っていない事を確信した。

「やっぱりだ!コイツ攻撃中は動けない。しかも猛攻の後は暫く休まないと駄目なんだ。段々一撃の威力が弱くなってやがる!」

 オルアは猛攻をしのぎながら徐々に黒竜へと近付く。そして今度こそ一撃を食らわさんとしたその刹那、不意にオルアは気付いた。自分に向けられた殺意が明らかに消えている事に。そして、その殺意はごく近場にいる暖かな気に向けられている事に。オルアは閉じていた両目を見開いた。そして

「クソ野郎がっ!」

 叫びながらオルアは体を投げ出す様にミンクの前に飛び出し…全身に黒棘を浴びた。

「オルアっ!」

 弾かれた様に駆け寄るミンク。今にも泣きそうなその顔とは裏腹に、オルアの顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

「へっへっへ…大丈夫だ。急所には食らってないぜ」

「えっ?」

 本当に大丈夫そうなオルアの言葉にミンクは首を傾げた。目をぱちくりさせたミンクは無数の棘に目をやるが、よく見るとそのいくつかは刺さっていないように見える。

「オルア…どうなってるのコレ?」

 そう言いながらミンクが黒棘をつつくと、それはあっけなく落っこちる。そしてその先端はつぶれた様に平らになっていた。

「コレ…刺さってなかったの?」

「ああ、急所にだけは刺さってない。それ以外は死ぬ程痛いけどな」

「え?どゆこと?」

「剣神の所で修業しただろ?あの時にフレアの技を防ごうとして身に着けたんだ。言ってみれば闘気のバリアって奴だけど、流石に全身を覆うのは無理だから食らったらヤバい所だけ防御した訳だ。とは言え…それでも死ぬ程痛ぇけどな」

 その言葉に改めてミンクが見直すと、オルアの身体には少なくとも二十を超える黒棘が刺さっており、程度の差こそあれその全てから血が流れていた。途端に不安そうな顔になるミンクに、オルアは優しく笑いかける。

「この程度、剣神の修業に比べたら楽なもんさ。それに、傷ついたってミンクが癒してくれるんだろ?」

「…うん!」

「よし!じゃあ改めてアイツをなんとかしなきゃだな!」

「うん!頑張ろう!」

「そうだギャ!頑張るんだギャ!」

 突然の声に驚く二人。その背後では鼻息も荒くバーンがいきり立っている。驚きのあまり息を飲む二人。先程までぶっ倒れていた筈のバーンが、何故か急に息を吹き返しただけでなく、元気よく叫び声を上げたのだから。しかも先程まで浸食を続けていたシミが今では跡形もなく消えている。

「バーン!貴方大丈夫なの?それにその体…どうして?」

 思わず目を丸くするミンク。オルアもその隣で同じような顔をしていた。

「ンギャ?そう言えばオイラはどうしてたんだギャ?さっき物凄い衝撃を受けたのは覚えてるんだギャ、でもその後は何が起きたのかよく分かってないんだギャ」

 思わず首を捻る一同の頭上で、済んだ鳴き声が響く。キューンと響くその澄んだ声は、一瞬にして遠い記憶を呼び覚ます。そして互いに顔を見合わせていると、再び笛の音の様な鳴き声が響いた。見上げた頭上からは、暖かな光を湛えた小さな竜が舞い降りて来る。きらきらと輝く雪の結晶の様な輝きを身に纏いながら舞い降りてくるその姿に、オルア達は思わず安堵の溜息を漏らす。そして

「ンギャ!凄く久しぶりなんだギャ。それに助けてくれてありがとうなんだギャ!」

 開口一番バーンが叫ぶ。するとそれに応える様に小さな輝きの主、白竜がバーンの肩にちょこんと舞い降りた。白竜は懐かしむかの様に頬を摺り寄せると、また一声甲高い鳴き声を上げ、その体は眩い光に包まれた。その光は辺り一帯を包み込み、その中でオルア達は体中の痛みが引いて行くのを感じていた。

「これが…白竜の力なのか?」

オルアは驚きの目で輝く小竜、白竜の姿をまじまじと見つめる。同時に全身に力が漲るのを感じ、黒竜に向けて不敵な笑みを浮かべた。そして

「バーン、ぶちかませっ!」

「んギャ!」

 オルアの合図と同時に、息を吹き返したバーンが目も眩む様な光の奔流を放つ。既に力の弱まりかけていた黒竜は、その光をまともに受けると、まるで枯葉の様にひらひらと地面に舞い落ち、猛然と突進したオルアがその首を跳ね飛ばした。

「やった…か?」

眼下で動きを止めた黒竜の異様な姿。そこからは既に嫌な感じはせず、先程までの脅威は一切消え去っていた。暫く慎重に様子を探っていたオルアだったが、完全に気配が消えた事を確信すると、ふぅーっと大きく息を吐いて剣を納めた。

「ミンク、バーン、やったぞ!」

 笑顔で振り返るオルア。ミンクとバーンも笑顔で駆け寄る。喜びに手を取り合うオルアとミンク。バーンも嬉しそうにその周りを飛び回っていると、不意にどこからともなく声が響いた。

「ふむ、白竜の力を借りたとはいえ、まぁ上出来と言った所か」

 突如響いたその声にオルアは再び柄を握り締めるが、ミンクがその手に自分の手を重ねてオルアを制する。

「大丈夫、悪い気配は感じないわ」

「オイラもそう思うんだギャ」

 そうは言われても声だけの存在に油断は出来ない。オルアが更に握る手に力を込めたその瞬間

「うむ、その心構えは感心」

 その声と同時に突然オルアの目の前に巨漢が姿を現した。

「うわあああっ!」

 正に神出鬼没、いきなり顔がぶつかる程の近さに現われた巨漢を前にオルアは思わずのけぞり、ミンクは踏ん張りながらその体を支えた。そのまま絶句する二人の頭上でバーンが声を上げる。

「びっくりしたんだギャ!」

 無言で頷く二人。バーンは更に言葉を続ける。

「一体どこの誰なんだギャ!こんな所にいきなり出て来るなんて絶対にただものじゃないんだギャ!でも相手に名前を聞くからには先に名乗るのが礼儀なんだギャ!オイラはバーンなんだギャ!こっちが名乗ったからそっちにも名乗って欲しいんだギャ!」

 一気にまくしたてるバーンに巨漢は目を丸くした。とは言え、まるでガルの様な朱の甲冑に包まれたその顔までは見えなかったのだが。

「流石は聖竜だな、俺を目の前にしても全く動じないとは」

 巨漢は楽しげに声を上げると、視線を白竜へと向けて口笛を吹く。すると白竜はその肩にちょこんと舞い降りた。その頭を撫でながら巨漢はバーンと、そしてオルアとミンクに向かって自己紹介を始める。

「驚かせてしまい済まなかったな。俺の名はキルギス。白竜と共にお前達を追ってきた者だ。とりあえず敵ではないから剣は抜かなくていいぞ」

 穏やかな声をかけられ、オルアは思わず柄から手を離す。するとそこへ

「オルア!大丈夫かっ!」

 突如号砲の様な大声が響く。声に驚いたオルアが目を向けると、そこには荒い息のガル達の姿があった。よほど慌てて走って来たのだろう、底無しのスタミナを持つガルが肩で息をしつつ、全身から湯気を立ち昇らせている。フレアやイーロンも同様に激しく胸を上下させており、半蔵ですらその表情には一切の余裕が伺えない。シーブランに至っては…

最早虫の息といった感じだった。それを見たオルアは、不意に心に温かいものを感じてほっこりと笑みを漏らす。その様子を見たキルギスは満足そうに一同を見渡すと、ゆっくりと口を開いた。

「全員揃った様なので自己紹介でもさせて貰おう。俺の名はキルギス。白竜と共にお前達を追ってきた者だ。とりあえず敵ではないから剣は抜かなくていいぞ。とまあここまではさっき言った通りだな」

言いながらキルギスがオルアとミンクに視線を向けると、二人はうんうんと頷いた。

「それでだ、お前達を追って来た理由についてだが…とその前に、お前達はこれからどうするのか明確な目的があるのか?」

 突然の問いに一同は一瞬頭の中に疑問符を浮かべ、その後互いの顔を見つめあった。

「俺達は…黒竜に会いに来たんだよな?」

 誰に言うでもなくオルアが呟いた。

「で、その後は?」

 キルギスの問いにオルアは言葉を失う。果たして黒竜に会い、その後の計画があったのかどうか。焦燥感に駆られてこの世界へ飛び込み黒竜には会えた。しかしその黒竜は不本意ながら手にかける事になり、先程まで転がっていた骸は掻き消す様に消え去っていた。

「黒竜は…殺しちまった。バーン、俺達はどうすりゃいいんだ?」

「ンギャ?オイラに聞かれても…ミンクはどうすればいいと思うギャ?」

「私?えっと…どうすればいいのかは解らないけど、したい事…ううん、しなきゃならない事ならあるわ!」

 不意に語気を強めるミンク。自分の言葉そのものがきっかけだったかの様に瞳には決然とした光を湛えている。

「ほう、それは何かな?」

キルギスが尋ねると、ミンクは無言のまま黒竜がいた場所へ歩を進める。

「黒竜さんは、本来敵になる筈じゃなかったの」

 そう言いながらミンクは骸のあった地面を暫く撫でていた。そして、その死を悼むかの様に低い声で歌い始めた。古代エルフの言葉であろうその歌は、意味こそ分からなくとも聞く者全ての心に深く沁み渡る。


 どれ程の時が過ぎただろうか、気付いた時には歌が止み、ミンクは自らに言い聞かせるかのように言葉を紡ぐ。

「あれはそう…オルアのお母さんが眠る森の中での事。あの時からずっと感じていた違和感。あの時に気付くべきだったのかもしれない。ずっとずっと遠く、でもそれは確かにあった。この世界の調和を狂わせる存在。確かにあるのに、あまりにも微か過ぎて今まで忘れてしまっていたの。私がオルアとの旅を続けようと決意したのは…それを探し出す為。絶対に放っておいてはいけない、邪悪な何かを見つけ出す為」

 そこまで言うと、ミンクはすっと立ち上がって遥か彼方へと目を向ける。暗くて先も見通せない空気の中、まるで目指すべきものがそちらにある事を確信しているかの様に。

「向こうの世界でもうすうす感じていた嫌な気配、今になってそれが決して気のせいなんかじゃないって確信したわ。黒竜さんがあんなことになった…ううん、させられたって言う方が正しいのかもしれない。その原因となる何かが向こうにある。それは間違いない」

 ミンクはそこで言葉を切ってオルアに向き直る。

「ねえオルア、私は黒竜さんをあんな目に遭わせた奴を許せない。だから一緒に懲らしめてあげましょう!ねっ!」

 そう言いながらミンクはオルアの両手を握り締めた。力強く握り締めているのに、その手は小刻みに震えている。オルアはゆっくりとその手を離すと、優しくミンクを抱き寄せる。そして

「当たり前だろ?ミンクが行くなら当然俺も行くに決まってる。俺達は死ぬまで離れたりしない」

 言葉と同時にオルアは力強く抱き締め、それに答えてミンクも力いっぱいオルアを抱き締めた。暫くの間そのまま抱き合ってた二人だが、ふと周りの視線に気付くと

「さ、さあミンク、早いとこ行って悪い奴を片付けちまおうぜ!」

「そ、そうね…うん、早く行こう!」

 そんな言葉と共に離れた二人だったが、その動きは言葉とは裏腹に緩慢で、もっとそのままでいたかったのは誰の目にも明らかだった。ミンクは名残惜しそうにオルアの胸から手を離すと、キルギスに向き直った。

「えっと…そんな訳なので、私達はあちらの方向へ向かうわ。その先にいるのが何者かは分からないし、どれだけ歩けば辿り着くのかも分からない。もしかしたら辿り着けないかもしれない。それでも私達は行くわ」

 その言葉に、隣に立つオルアは力強く頷いた。ふとキルギスが周りを見回すと、他の誰もが当たり前といった表情を浮かべている。それを見たキルギスは満足げに笑みを浮かべて口を開いた。

「うむ、お前達がそのつもりなら好都合だ。俺の目的もその地にあるのだからな」

 意外な言葉を放つキルギス。まるでどこに何があるのかが分かっているかの様な物言いにミンクが目を丸くした。

「あの…そう言えばさっき、この世界に私達を追って来たって言ってましたよね?もしかして何がいるのかご存知なのですか?」

 その問いに、キルギスはニンマリと笑みを浮かべ

「当然知っているぞ」

当たり前という口調で言い放った。


 予想外の言葉に固まる一同。暫くその様子を見ていたキルギスが苦笑交じりに言葉を続けた。

「まあそう驚く事ではない。お前達も得体の知れない何かがこの地にいる事は感じていたのだろう?」

 唖然とする一同を前に、キルギスは彼方を指し示す。

「嬢ちゃんが言った通り向こうには…まぁかなり遠くだがな。そこには魔王ザークレイの城がある。そしてそこで奴は暗黒の気を練り続け、この世界をこんな風にしちまったって訳だ。そしてその練り上げた気はこの世界に留まらず、ゲートを超えてお前達の世界にまで入り込んじまったって事だ。そんな訳だから結局の所は…」

「そいつをブッ倒せばいい訳だな!」

 言葉を遮るようにオルアが叫んだ。

「うむ、話が早いな」

 普通なら魔王がどうとか聞けば色々と聞いてくるだろうと思っていたキルギスは、若干面食らった面持ちでオルアに答えた。しかしオルアはそんな様子に気付くことも無く、威勢よく言葉を続ける。

「難しい話は苦手なんだ!やる事がはっきりしているなら早く行こう!」

 そんなオルアの言葉に、一同の中の誰も異を唱えない。苦笑交じりの者や諦め顔の者もいたが、皆が一様にオルアと共に行動すると決めているかの様だった。


不本意ながら黒竜を手にかけたオルア。しかし何故そうなってしまったのか?その理由を求めてオルア達は更に先へ進む。再会した白竜と、そして新たな仲間となったキルギスと共に。

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