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SWORD  作者: ろんぱん
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交わる世界

一七.交わる世界


「さて、どうする?さっさと門を開こうか?再開した面子…でいいんだよなぁ?恐らく互いの状況が解ってないんで、話し合いをしたいってんならそれでもいいけどよぉ…あんまり時間はねぇぜ」


 とてつもなく巨大な門を見上げて呆けるオルア達だったが、門番の男はそんな事にはお構いなくそんな言葉を口走った。


「時間が無い?何の事だ?」

 ミンクと話をしていたフレアが耳ざとくその言葉に反応し、男に詰め寄る。

「言葉通りの意味だよ。アンタ方は世界の果てと世界の中心に、ほぼ時を同じくして現われた。それがこの門…と言うか門番であるこの俺を目覚めさせた訳なんだよなぁ。そんでアンタ方が何故わざわざそんな事をしたのかってーとだな…一体なんでだい?何か明確な目的があんのかい?」

 その問いに確たる答えを持つ者はいない。誰もが前に進もうとしてここまで来たのは間違いの無い事ではあったが、ここまでの道のり全てが自分の意思であったのか?そう問われたならば、そうだと断言できる者はいなかった。


 誰もがそう思い、沈黙に包まれた一同だったが、不意にイーロンがゆっくりと手を上げると、そのまま門を指差した。


「イーロン?」

 怪訝な顔でオルアが尋ねるが、イーロンは門から全く目を逸らす事なく口を開いた。

「門の向こう、竜の気配、ある。白竜、バーンとも似ていて、似ていない」

「なんじゃそりゃ?」

訳が解らない。そんな顔のオルアとは対照的にミンクはハッとした様に顔を上げ、門の向こうに全神経を集中させた。そして

「いるよ!門の向こうに…黒竜が!」

 思いもよらないミンクの言葉。すると、その言葉に呼応するかの様に地響きのような咆哮が…微かに響いた。


 微かではあったが、まるで地の底から響く様な響きに一同は硬直する。しかし一番驚いていたのは門番の男だった。

「ははっ…何だこりゃあ?ありえない事が起きてるぜぇ」

 天を衝く門を仰ぎながら、男は言葉を続ける。

「アンタ方だって、耳を塞げば音は聞こえないよなぁ?でもさぁ、それがとんでもない大きな音だったり、あるいは耳のすぐそばで大声を出されりゃあ耳を塞いだ位じゃ聞こえちまうだろう?今の声は…まさにそれなんだよなぁ」

「要するにだ、この門を開けたあっちの世界じゃあ、何故か黒竜サンがアンタ方をお待ちかね、もしくはとんでもない強大な力を持った黒竜サンがあっちの世界のどこかにいる。って事なんだよなぁ」

 相変わらず門を見上げたままで男は言う。そしておもむろに振り返ると

「さて、どうするんだい?この門を開ければほぼ間違いなくアンタ方は危険に晒されるだろう。だからってモタモタしてたらこの門は…そうさなぁ、あと数十分もすりゃあ消えるだろうなぁ。そうなっちまったら…どうなるかは俺にも分からないんだよなぁ」

 大いなる危機を思わせながら、それでいて何一つどうでもいいという感じの男の言葉。一同はその言葉の響きに同調したかの様にぼーっと門を見上げるが、再び聞こえた咆哮に再び身を固くした。そして

「どっちにしろ、行くしかないんだよな?」

わかりきった事。だがあえてオルアはその言葉を口にした。それは仲間にかけた言葉でもあったが、なによりも自分自身に…成すべきことがまだ残っているこの世界はまだ失う訳にはいかない。そんな気持ちが思わず口をついて出たのだった。


「そんじゃ、開けていいんだな?」

 男は一応確認するかの様な視線で一同の顔を順番に覗き込む。そして

「ふーむ…よくもまあこれだけの物好きが集まったもんだよなぁ…本当に」

呆れた様な声を上げながら振り返ると、はぁーっと大きな息を吐きながら門へ触れた。

「さーて…何が出てきても俺を恨むんじゃねぇぞ?あくまでもアンタ方が望んだ事なんだからよぉ」

そんな言葉と共に、男は門を押し開く。一体どれ程の力をかければ動くのだろう?そんな思いで一同が見つめていた門が、見るからに貧弱な男が一人で開けてしまった。しかもその男は汗一つかいてはいない。どうやら門番と言うのもあながち口先だけの事でもないのだろうか?そんな事を思いながら見守る一同の前で山の様な門は完全に開き、その先にはやはり山の様な入り口が一同を待ち受ける。


突如目の前に現れたとてつもなく大きく真っ黒な穴。それ以外には形容のしようが無い光景に、門を開いた男までもが言葉を失う。


「よし…行こう!」

 皆を、何よりも自分自身を鼓舞するかの様にオルアは声を上げ、ふうっと息を吐くと同時に歩き始めた。

「オルア、一人で行っちゃダメでしょ!私も一緒なんだから」

そんな言葉と共にミンクはオルアの手を取ると、優しくその手を握り締めた。二人はそのまま躊躇無く暗黒の中へ進み、少し遅れて一同は後を追った。


 一寸先も見えない真っ暗な闇の中。そこへほんの数歩足を踏み出したと思ったその時、一同の背後で何かがズシンと響いた。恐らくは門が閉じられたのだろう。しかし誰一人振り返る事無く、ゆっくりとではあるが少しずつ前へ前へと進んで行った。


 進むにつれて目が慣れてきたのか、はたまた辺りが明るくなってきたのかは定かではないが、一同は互いの姿を認められる程度の明るさを感じ始める。

「ちょっとだけ明るくなった?」

 真っ先に雰囲気の変化に気付いたのはやはりミンク。そのミンクの表情が明るさに和らいだかと思った次の瞬間、全身が凍りつく程の恐怖が辺りを包んだ。

「何だっ?」

 思わずオルアは剣に手をかけるが、ミンクは口の前に指を立て「静かにっ」と示す。身構える一同の頭上にゆっくりと影が差し、それは低い唸り声と共に頭上を流れる様に動いて行く。


「動かないで」

 囁く様なミンクの言葉。仮にその言葉が無かったとしても、誰もが感じる頭上からの強烈な重圧は、一同を固まらせるには充分だった。

「これは…何なんだ?」

オルアはミンクに耳打ちするが、ミンクもその正体を定かには知らず、ただ首を振る。しかし、この強大な影が何者であるかは察していた。これほど強大かつまるで暗闇そのものが命を持って動き回る様な存在。そんな存在は他にはありえない。ミンクがそれを口にしようとしたその時、いきなりバーンが声を上げる。

「ンギャ!あれは…」

驚いたミンクが制するより早く、イーロンがその口を塞いでいた。その光景にミンクは一瞬笑みを漏らすが、すぐに警戒する様に頭上を見上げ…巨大な影は次第に去って行った。


 影が去り、徐々に淡い光が一同を照らす。しかし暫くの間、誰もが息をするのも忘れたかの様に微動だにしなかった。


「ぶっはあーーーっ…生きた心地がしなかったぜ」

 真っ先にオルアがへたり込んだ。しかしそれは誰もが同感だったのか、思い出したかの様に大きく息を吐き、たっぷりと吸い込む。


「ふぅ…んで、今のは何だったんだ?」

 冷や汗を拭いながら、誰に言うでもなくオルアが問いかけた。

「あれは…あくまでも私の推察だけど…」

ミンクが答えようとしたその時、バーンがもがきながらイーロンの手から脱出した。そして

「あれは黒竜だギャ!」

 自信たっぷりに叫んだ。


 意外な…と言うよりはそれぞれの思いを裏付けた様にも思えるバーンの言葉に、一同は戸惑いながらも納得した様な表情を浮かべ、

互いに顔を見合わせる。

「あれが…黒竜」

 そう言ったフレアの言葉にミンクが頷く。

「うん。バーンもそう感じたみたいだし、間違い無いと思う。ただ…」

「うん、ただ何だよ?」

「えっとね…私がお母様から聞いていた伝承によれば、白竜と黒竜、そしてその二つの竜を調和する聖竜。それらの力の間に多少の差は有ったとしても、その中の一つだけがあんなに強大な…ねぇバーン、もしもあの時の白竜が今の貴方以上に成長していたとして、二人で力を合わせたらさっきの黒竜に太刀打ちできるかしら?」

「それは無理だギャ!」


 何故だかバーンは嬉しそうに答えた。そして言葉を続ける。

「さっきのは黒竜だギャ!それは間違いないんだギャ!でもミンクが言った通り、黒竜だけが力を付け過ぎるのは何かがおかしいんだギャ!それは多分この世界が黒竜に何かをしたからなんだギャ!」

「この世界が?ねぇバーン、貴方は黒竜になにが起きたのか知ってるの?」

「もちろん知ってる訳が無いんだギャ!でもミンクなら感じるはずだギャ!さっき門を通り過ぎてから感じていた真っ黒い瘴気が、今では物凄く濃くなっているんだギャ!黒竜は悪しき者の影響を何よりも受けやすいんだギャ!この世界は黒竜の力をどんどん強くするのには物凄く都合がいいんだギャ!」

バーンは一気に言い切ると、不意にいつもの明るい顔を曇らせた。

「ンギャ?何かがおかしいんだギャ」

「何かって…何が?」

 ミンクの問いにバーンは答えず、ふよふよと漂う。そして

「ちょっと見てくるギャ!」

言うが早いか、止める間も無く矢の様にすっ飛んで行った。

「バーン!ちょっと待て!」

「一人、危険」

その言葉と共にガルとイーロンが後を追う。

後を追って駆け出そうとしたオルアをミンクが止めた。

「ちょっと待って!まだこの世界がどんな状態なのか全然分かってないんだよ?闇雲に動いちゃ駄目」

「いや、だけどあいつらは…」

「大丈夫だよ。バーンだけなら危なっかしいけど、ガルとイーロンが面倒見てくれるなら危なくなる前に戻って来るわ」

「まぁ…そう言われりゃあそうかもな」

「うん、だから私達は出来る限りこの世界の事を調べておきましょう」

「分かった。だけど調べるのはいいとして、どうやってガル達と合流するんだ?」

「え?」

「いや、え?じゃなくってさ、もう影も形も見えやしないんだ。何か合図とか決めてあったのか?」

「ううん、何にも決めてないよ?」

「はぁ?それじゃどうやって…」

「問題無いわ。バーンは常に凄い気を放出してるから、ちょっと集中すればすぐに居場所は特定できる。勿論そんなに凄い気を発していたらさっきの黒竜とかに察知されて危険な目に遭うかもしれないけど、ガルは誰よりも危険に対して敏感だし、イーロンならバーンの気を制御出来る。オルアだったらバーンと一緒になって暴れるだけだろうけど、あの二人なら大丈夫だよ」

「おい…なんだか余計な一言が混ざってないか?」

「ううん、そんな事は無いよ?」

「そんな事あるだろう」

「ううん、だって事実だし」

「おいっ!」

じゃれあう二人を見てフレアと半蔵は顔を見合わせて苦笑するが、不意に半蔵は手を上げて虚空を見上げた。ミンクも何かを感じたのか、弾かれた様に空を見上げる。そしてオルアとフレアにシーブランも空を見上げ…そのまま固まった。その視線の先には、おぼろげな影として上空を漂う無数の巨大な影。先程身近に感じた黒竜が群れを成して飛んで行く姿が目に入った。


「おい、あれは…何なんだ?」

 呆けた様な顔でオルアが呟く。

「あはは…何なんだろうね?」

 そう答えるミンクの顔には、引きつった笑みが浮かんでいた。


「あれは…さっきの黒竜だよな?そんで、あの大群が飛んで行ったのは…おい!バーンが飛んで行った方向じゃないのか?」

 オルアの言葉と同時に、その場の誰もが黒竜の群れが飛び去る先に目を凝らす。

「まさか、バーン達を追いかけてるのか?」

 オルアは不安気に言いながらミンクに視線を向けた。しかしミンクも状況を理解するにはこの世界の情報が足りな過ぎる。とは言え大群がバーン達を追っているのだとしたら、そして当のバーン達がそれを察していないのだとしたら一刻も早く合流して危険を知らせなければならない。

「仕方ないわね、私達も追いましょう!」

「ああ!」

 言うが早いかオルアとミンクが駆け出す。フレアと半蔵もすかさず後を追い…

「ちっ、仕方ねぇなあ」

そう呟きながらシーブランもその後に続いて駆け出した。


 結局は全員でバーンの後を追う事になったのだが、なにしろ油断ならない異世界での追跡行。全力で後を追いたい気持ちとは裏腹にときたま立ち止まって得体の知れない魔物を回避しなければならなかった。その他にも起伏の激しすぎる地形や毒の沼地、行く先を惑わす幻影や無数の毒虫。そういった障害を幾つも超えて進み、やっとの事でバーン達と合流できた。


「はぁ、やっと見つけたぜ」

「うん、追い付いたね…だけど」

「うむ、かなり危険な状況でござる」

「確かに、これは危険の度を越えている」

 合流したのは良かったのだが、その状況が予想以上に悪かった。何しろ、身構えるガルとイーロンの間で、バーンは黒竜と対峙していたのだから。


 一切の油断が許されない状況。しかし、身構える一同の目前で、意外な事が起きた。


「なんじゃあ…お主ら」


 その言葉に誰もが沈黙した。驚いた事に、目の前の黒竜その者が、誰にも解る言葉で口を利いたのだった。


 呆気に取られる一同だったが、そんな驚きも意に介さず、バーンが親しげに近づいた。

「オイラはバーン!聖竜の末裔なんだギャ!んで、教えてほしい事があるんだギャ!」

 凱竜ほどの巨体ではないものの、それ以上に圧倒的な存在感を醸し出す黒竜。無神経なオルアですら思わず固まってしまう様な相手にもバーンは一切臆する事無く話しかけ、その顔の前でふよふよと漂っていた。

「お…おい、あんな事して大丈夫なのか?」

 不安気に囁くオルアだったが、大丈夫かどうかなど誰にも解る訳も無い。暫くの間は、警戒しながらも見守るだけの状況が続いた。


「で、何を教えて欲しいのか?」

 意外にも穏やかな声で黒竜が声をかけた。

「うーんとだギャ…さっきオイラ達の前に出て来たのは物凄く禍々しい黒竜だった気がするんだギャ。それを追っかけてオッチャンに追い付いたんだけど、どう見てもさっきの黒竜とは感じが違うんだギャ。だけどどっちも黒竜の気配がするんだギャ!だから教えて欲しいんだギャ!オッチャンは黒竜なのかなんだギャ?それにさっきの大きな影も黒竜なのかギャ?」

 無邪気に問いかけるバーンの言葉はオルア達をハラハラさせるには充分だったが、黒竜は全く意に介した様子も無く、穏やかな口調で言葉を返す。

「ふむ…その質問はちと酷だな」

「んギャ?それはどんな意味なのかギャ?」

「つまりは…そうだな、言うなれば今のこの姿は抜け殻みたいな物に過ぎない。と言うのが的確な表現になるだろう」

「抜け殻かギャ?…うーん、オイラにはよく分からないんだギャ。だからミンクに続きをお願いするんだギャ」

 言うが早いかバーンは身を翻してミンクの前に来ると

「ミンクにお願いがあるんだギャ!あの黒竜のオッチャンは自分を抜け殻だって言うんだギャ!でもオイラはあのオッチャンから物凄い力を感じるんだギャ!だからミンクと、あとイーロンにもお願いするのだギャ!ミンクはあのオッチャンと話をして色々聞いてほしいんだギャ。そしてイーロンにはあのオッチャンの気を調べて欲しいんだギャ!」

 不意のお願いにミンクとイーロンは互いの顔を見合わせ、そしてバーンに視線を注ぎ、再び互いの顔を見合わせると同時に頷いた。

「分かったわ。でもバーン、貴方もそばにいてね?黒竜さんはどうやら貴方に心を開いているみたいなの」

「心をかギャ?」

「うん、だからお願い♪」

「ミンクにお願いされちゃ嫌とは言えないんだギャ!じゃあミンクにイーロン、一緒にオッチャンの話を聞くんだギャ!」

 パタパタと羽を羽ばたかせてバーンは再び黒竜の前に進み出る。その傍らにはミンクとイーロンが控えていた。そしてまずはミンクが口を開く。

「失礼致します。私はこれなる聖竜バーンの旅の補佐をしておりますミンクと申します。そしてあちらは…白竜の拳士、イーロン」

 ミンクの言葉に黒竜が僅かに表情を変え、その鼻先をミンクに、そしてイーロンに向けて低い唸り声を上げる。

「うーーーむ…一体今日は何という日だ。聖竜を名乗るおチビさんが現われたかと思えば今度は白竜の拳士とはな。しかもその連れが高貴なエルフというのだから驚かずにはおられん」

 言いながらも黒竜は更に顔を近づけ

「ふむ…どうやら嘘ではなさそうだ」

そう呟きながら頭をもたげ、今度はミンク達の背後にいる一同にも視線を注ぐ。ふーむと唸りながら大きく息を吐くと

「どうやら、そっちも色々と事情がありそうだ」

今度はふんと小さく一つ、息を吐いた。

「それはそうと、一体何を聞きたいのだ?」

 意外にも穏やかな黒竜の言葉。そして何故かその言葉の裏にはかすかな不安が感じられた。ミンクはそれを見逃さず、次に発する言葉を慎重に選択する。そして

「お伺いしたいことは幾つかございますが、まずは一つ…何故黒竜である貴方がこちらの世界に?」

 いきなり核心に迫る質問を放った。しかし問われた黒竜は、暫く無言で虚空を睨む。

「…ふむ、何故なのかは…正直解らん。気付いたらこちらの世界…ふむ、お嬢さんは今こちらの世界と言ったな?それはつまり、お嬢さんはこちらの世界の他に、あちらの世界をご存知だという事だな?」

「はい、我々はあちらの世界からそれぞれの世界を隔てる門を通り、こちらの世界へやって来たのです。そして…とてつもなく巨大な影…黒竜に遭遇しました」


 そこでミンクは一息つくが、黒竜は一切の動揺を見せずに次の言葉を待つ。

「その影こそは、我々が恐れ、尚且つ探し求めていた黒竜の姿そのものでした。しかし今ここにその影とは異なる黒竜の姿を拝見して我ら一同驚きを隠せません。そして更には、先程のお言葉。抜け殻とは一体、どの様な意味なのでしょうか?」

 ミンクの言葉に、黒竜は再び虚空を仰ぐ。しかし今度のそれは果たしていつまで続くのかと思われる程に長く、思わず息を止めて見守っていたオルアがたまらず息を吐いた。

「ぶっはあああー…息するの忘れてたぜ」


 あまりにも場にそぐわないオルアの言葉。しかし黒竜はよほど集中していたのか、全く意に関せず微動だにしなかった。そしてそのまま仰ぎ見ていた空に何を感じたのか、黒竜は一瞬歯を食い縛ったかと思うや否や、不意に身を翻して飛び上がる。

「いきなり何なの?」

 驚いて頭上を見上げるミンク。その視界は飛び上がった黒竜の巨体と、更にその遥か上空に存在する黒点を捉えた。

「あれは…黒竜?さっき沢山飛んでた…ううん、そうじゃない。あれは多分、抜け殻じゃない方の…いけないっ!」

 いきなり語気を荒げるミンク。そして

「バーンお願い、私を乗せて飛んで!」

「どうしたんだギャ?なんでオッチャンは飛んでったんだギャ?」

「説明している時間は無いわ!お願い、私を乗せて黒竜さんを追って!」

「よく分からないけど分かったギャ!ミンクの言う事ならきっと間違い無いんだギャ!」

 バーンは一瞬の内にミンクを背中に乗せ

「ちょっと追いかけっこだギャ!」

 そう言うと同時にすっ飛ぼうとしたが、オルアがその尻尾を掴んだ。

「おい、俺も行くぞ」

「それは無理だギャ!オイラの力ではまだ二人も一緒に乗せられないんだギャ!」

「オルア、今は私を信じて待ってて!大丈夫だよ、戦いに行くんじゃないの。でも時間が無いわ。だから私を信じて!さあバーン、行こう!」

力強い言葉。オルアもその手を離し、同時にバーンは一瞬の内に小さな点になる。

「本当に大丈夫なんだろうな…」

 はるか上空の二つの点を見つめながらオルアは不安気に呟く。言葉こそ発しないが、それは誰もが同じだった。しかし、その不安を吹っ切るかのように

「大丈夫だ、ミンクに任せよう」

フレアがそんな言葉を口にすると

「問題無い、バーン、ミンクと一緒」

イーロンも力強い声でそう言った。


 一方その頃

「ミンク、オッチャンに追い付いたらどうするんだギャ?」

「それは状況によるわね、とにかく追い付いて…ううん、何とかして黒竜さんの前に回り込んで!」

「それはちょっと大変だけど、なんとか頑張るんだギャ!」

「うん!頑張って!」

そんなやりとりが繰り広げられていた。とは言えミンクに点穴は使えない。そんなミンクに出来る事と言えば…ミンクは大きく息を吸うと、両手を胸の前で組み合わせ、祈りを捧げるかの様に言葉を発した。


「…ミンクが歌ってるのか?この歌は…あの時の…ははっ、何だか懐かしいな」

 オルアの耳に届いたのは、かつてガルと戦った時に聞こえた歌だった。その時の事を思い出したオルアは一瞬身震いするが、すぐに気を取り直して上空に目を凝らす。


「なんだか力が漲るんだギャ!今のオイラに出来ない事なんて無いんだギャ!」

 バーンは全身を震わせながら叫び、その体は瞬時に加速した。そして前を行く黒竜に追い付いたかと思った瞬間、一気にその前に回り込む。

「ミンク、この後はどうするんだギャ?」

「後は私に任せて!」

 その言葉と共にミンクの歌が変わった。それは静かに響く低い声で、聴くもの全ての心を静め、穏やかな気分にさせる、そんな響きだった。しかもミンクはその歌声を収束させて黒竜に全ての力をぶつける。


 唸り声を上げて上空を目指す黒竜。その恐ろしい勢いにバーンは一瞬逃げ出しそうになるが、懸命なミンクの歌声がその心を勇気づけ、バーンはその場に踏み止まる。しかし

「ひいい…おっかないんだギャ」

 思わず泣き言を漏らすバーン。その間にも黒竜は弾丸の様な勢いで迫り、バーンの踏み止まる意思は限界を超えてしまう。たまらず逃げ出そうとしたバーンだったが、まるでその気持ちを察した様にミンクが囁く。

「ゴメンねバーン、怖いよね?実は私もさっきから怖くてたまらない。でももうすぐ黒竜さんに歌が届くよ。だからお願い、あとちょっとだけ頑張って!」

「ンギャ?もうちょっとなのかギャ?」

「うん、あと一息!」

「だったら頑張るんだギャ!後はミンクに任せたんだギャ!」

「うん、任された!」

 とびっきりの笑顔で答えたミンクは、ありったけの力を込めて黒竜に向かって歌声を集中させる。低く静かに響くその歌声は、バーンの恐れる気持ちを和らげ、そして黒竜にも変化をもたらす。突撃のスピードは僅かに緩み、その進路も一直線ではなくなる。明らかに手応えを感じたミンクは、両手を顔の前にかざし、柔らかな微笑みと共にその歌も高く柔らかな歌声を響かせる。


その歌声を耳にした黒竜は次第にその勢いを緩め、真っ直ぐ突き進もうとする意志とは裏腹になかなか直進できない。次第にフラフラと蛇行し始め…バーンのほんの鼻先、まさに紙一重の距離でその突撃を止めた。

「止まったのかギャ?」

 今にも泣き出しそうな声を上げるバーンだたが、ミンクも実際の所は似た様な状況だった。何しろバーンと黒竜の体格差はまるで象と鼠。もしも黒竜がその突撃を止めなかったならば、ミンクの身体はバーンもろとも粉々に砕け散っていたとしてもおかしくはなかったのだから。


 とは言え、ミンクの狙い通り黒竜は落ち着きを取り戻し、再びミンクと視線を合わせたかと思った正にその瞬間

「お嬢さん、どきなさい!」

不意に声を荒げた黒竜が、バーンもろともミンクを弾き飛ばす。何とか体勢を立て直したミンクが何事かと訝る間に、黒竜の身体を上空から舞い降りた真っ黒な霧が包み込んだ。

「これは…バーンお願い、全力でぶちかまして!」

「いいのかギャ?オッチャンも一緒に…」

「大丈夫!だから全力でお願い!」

「わ、分かったんだギャ!ミンクがそう言うなら全力で行くんだギャ!」

 そう言うと同時にバーンは大きく息を吸い込み、そして

「ふんっ…ギャーーーーーーーッ!」

四方数キロに響くのではないかと思う様なすさまじい雄叫びと共に、目も眩む様な黄金色の光を放った。光の奔流は霧もろとも黒竜を包み込み、その中で霧が形を成しながらもがき始める。それは見る見るうちに幾つもの頭を持つ黒い蛇の形となって黒竜の身体を締め付け始めた。

「バーンお願い!あとちょっとだから、もう少しだけ頑張って!」

ミンクの応援が効いたのか、はたまたバーンが成長を遂げたのか、ミンクが思っていたよりも遥かに長い時間バーンは光を放ち、その中で多頭の大蛇が苦しそうにその体をくねらせ始めた。それでもバーンは力を緩めず、大蛇はたまらずに黒竜から離れて上空へ遁走した。

「ぶひゃあああ…もうダメだギャ」

 大蛇の逃走に気が抜けたのか、限界以上に張り切っていたバーンは、舞い散る木の葉の様にひらひらと落下していった。その背に揺られながらミンクは思わずほっと胸を撫で下ろし、解き放たれた黒竜も緩やかに地上へと舞い降りた。


「おい、大丈夫か!」

 駆け寄るオルアに対して、バーンは力なく笑みを返す。

「ンギャぁ…オイラ、ちょっと疲れてしまったんだギャ」

 最早力など一滴たりとも残ってはいない様子のバーン。ミンクはその頭を撫でながら、静かな歌声をその耳に囁いていた。


 ミンクの歌声が心地よく響き、バーンは程なく寝息を立て始めた。ミンクはその後も暫く歌い続けたが、ひとしきり歌い上げると静かにバーンの頭を撫で、オルアに向かって微笑みかけた。オルアも笑みを返しながら親指を立ててみせる。


 すやすやと寝息を立てるバーン。その寝顔に集まった一同は思わず笑みを漏らす。とは言え状況は全く分かっていない。とりあえず黒竜の中味…そう思われるものは追い払ったが、それが一体何なのか?それに今目の前にいる黒竜は何者なのか?それについ先ほど目にした黒竜の群れは何なのか?それについて誰もが疑問を感じてはいたのだが、ミンクの

「バーンが起きたら、みんなで一緒に教えてもらいましょうよ」

その言葉によって、誰もが黒竜に言葉をかけはしなかった。とは言え肝心の黒竜自体がバーン同様眠りについていたので、仮にミンクの言葉が無くとも状況は変わらなかったのかもしれないが。


 バーンはともかく、黒竜の巨大な体は物陰に隠す事も出来ない。ミンクとイリスはバーンと黒竜を見守り、他の面々は円陣を組み、それぞれの方向へ警戒の視線を走らせる。すると、徐々にではあるが絶望的な影が周りを取り囲み始めた。

「おいおいおい、なんなんだコイツらは?」

 誰に言うでもなくオルアが呟く。声にこそ出さないものの、それは誰もが同じ気持ちだった。そしてそのまま成す術も無く、一同は幾重にも重なる黒竜の大群に取り囲まれてしまう。バーンと黒竜もただならぬ気配に目を覚ますが、それで何が出来る訳でも無く、そのまま何重にも包囲が厚みを増していくのを見守るだけだった。


「これは…さっき見た大群なのか?」

 呆気に取られた様に呟くオルア。ガルは辺りを見回し、イーロンは気を探る。抜刀しようと剣に手をかけるフレア、それを半蔵が手を上げて制止する。シーブランは懐から望遠鏡を取り出すと、絶望的な包囲の中に僅かな綻びを見付けた。そして

「いいか、今から俺がコイツで奴らの気を引き付ける」

そう言いながら拳大の紙包みを取り出した。

「コイツに火を点けると、数秒後に爆発して爆音と閃光がほとばしる…はずだ。まぁ実験する暇が無かったんでそうなる事を前提に言っておこう。上手い事そうなったら、俺は包囲の綻びめがけて火矢を放つ。そうしたらお前等は何も考えずにその後を追え。運が良ければ囲みから抜けられる筈だ」

 シーブランは口にくわえたままの煙草を紙包みから延びる導火線に近づけるが

「悪いが黒竜のダンナ、俺達の力じゃあアンタを運ぶ事は不可能だ。不本意ではあるが何とか自力で逃げてくれ」

若干ではあるが申し訳なさそうな表情でそう言うと、いきなりその顔を豹変させて叫ぶ。

「さーてお前等!問答している暇はねえ!死にたくなけりゃあ命懸けで走りやがれ!」

その言葉が終わるや否やシーブランは導火線に点火させ、一呼吸置いてから空高く投げ上げた。そして


「どっかーーーーーーん!」

その雄叫びと共に、空高く閃光が閃き、爆音が響き渡る。そして

「生き残ったら後で会おうぜ!」

その言葉と共に限界まで引き絞った弦から火矢が放たれる。それは目を瞠るほどの速さで予想以上の距離をすっ飛んで行く。呆気に取られる一同に向かって、シーブランが怒鳴りつけた。

「バカ野郎ども!死にたくなけりゃあ死ぬ気で後を追え!死んでもいいならそこにいろ!じゃあな!」

言うが早いかシーブランは一瞬の内に消え去った。呆気に取られていた一同も、互いの顔を見合わせて頷き合うと、一目散にその後を追う。


 どれだけ走り続けただろうか。無我夢中で走り続けた一同はかろうじて黒竜の囲みから脱出していた。

「ぶはああっ!どうだ?奴らは追いかけて来ないか?」

大きく息を吐いたオルアがそう漏らすと同時に

「はああぁ…とりあえず大丈夫そうだな」

同じく大きく息を漏らしながらガルが答え

「大丈夫、みんな無事だよ」

若干息を弾ませながらミンクが皆の無事を告げた。しかしその眼は悲しげに元来た方角を見つめている。

「あの群れは、最初から私達など眼中に無かったみたい。見て」

そう言ってミンクが指差す先には、いまだ増え続ける群れの中心で身動きの取れずにいる黒竜の姿があった。しかし群れは黒竜に襲い掛かる訳でもなく、ただその数だけが増え続けてゆく。


「アイツら…何がしたいんだ?」

 目を凝らしながらオルアが呟くが、誰もそれには答えられない。しかし

「何がしたいかは分からないんだギャ。だけどいい事ではない気がするんだギャ。オイラはオッチャンを助けたいんだギャ!でもどうすればいいのか分からないんだギャ!」

まだフラフラしながらも、バーンは悲痛な叫び声を上げた。

「オルア…お願い」

 今にも泣きそうな顔でミンクはオルアの手を握り締め、オルアは無言で頷いた。

「バーン、戻るぞ!」

力強く言い放つオルア。そして次の瞬間にはバーンの背に飛び乗ってミンクを引っ張り上げる。そして

「行くぞバーン!全力ですっ飛ばせ!」

力強いオルアの声に、バーンは全力で応じるべく雄叫びを上げ、そしてその全身が輝き始めた。

「何だよコレ?」

「わからない…けど、何だか凄い力を感じるよ!行こうバーン!今の貴方なら大丈夫!」

「ミンクにそう言われると、チカラが漲るんだギャ!だから二人ともしっかりつかまってて欲しいんだギャ!」

「おう、俺達の事は気にするな!」

「うん!バーンはとにかく全力で飛んで!」

「わかったんだギャ!だから行くんだギャーーーッ!」


 ついさっき全力で走り抜けた道を、オルアとミンクを乗せたバーンはその数十倍の速さで舞い戻っていく。そしてあっという間に黒竜の間近に迫ったバーンの背からミンクが見たのは、無数の群れに囲まれた中で全身を切り刻まれている黒竜の姿だった。その凄惨な光景にミンクの息が止まる。

「ミンク、どうなってる?」

「…」

「おい、ミンク!」

「えっ?…あ、えっと…」

「難しい事はどうでもいい!俺はどうすればいい?奴らをブッ飛ばすのか?それとも何もしない方がいいのか?」

 至極単純なオルアの問い。それを心の中で反芻したミンクは思わず吹き出した。

「オルアは…あの群れを、群れだけをブッ飛ばしちゃって!全部!」

 言われたオルアは一瞬「無茶言うな」とでも言いたげな顔になるが、それはすぐに不敵な笑みに変わる。

「結局は、最初っからこうしときゃよかったんだよな!」

言いながら抜刀するオルア。同時にバーンも声を上げる。

「まずはオイラがブチかますんだギャ!そしたらオルアはオッチャンにたかってる奴らをブッ飛ばして欲しいんだギャ!」

「分かった!じゃあ行くぞっ!」

「行くんだギャ!」

 バーンは黒竜の目前で急上昇すると、その頭上で一旦動きを止める。そして

「オッチャン、ちょっと苦しいかもしれないけど我慢して欲しいんだギャ!」

 そしてバーンは大きく大きく息を吸い

「ふううううんんんん…ギャーーーーッ!」

オルアもミンクも今まで見た事が無い、まるで大瀑布を思わせる圧倒的な光の奔流が地上へと降り注いだ。


 突然頭上から降り注ぐ光の滝。黒竜に集中していた群れはその光に一瞬にして押し流されて行った。しかしほっとする間もなく、膨大な数の群れが、押し流された群れに代わって黒竜を取り巻き始める。それでもバーンは何度も何度も激しいブレスを吐き続ける。そして…

「ふんギャ…もうダメだギャ」

 遂に力尽きたバーンが音を上げる。オルアとミンクは互いに頷き合い、同時にオルアがバーンの背から飛び降りた。そしてその背後からミンクが歌声を注ぐ。その歌声がオルアを活性化させ、瞬く間にオルアの剣は群れの半数を斬り落とす。しかしその間にも群れは数を増し、あっという間に斬り落とした数の倍はあろうかという群れが周りを取り囲んでいた。

「キリがねえな。あとどんだけ斬れば終わるんだ?」

 オルアは更に数を増す群れを見ながらそうボヤく。そしてボヤきながらもその剣は何度となく輝きながら振り下ろされ、数えきれない程の黒竜モドキを切り落とした。

「これじゃあ本当に終わりが無いぞ!いい加減剣の切れ味も落ちてきやがった!」

 既に斬った数が百を超えようかという頃になると、流石にオルアも音を上げる。何しろ剣の切れ味が鈍り、いかに闘気を纏わせた刃とは言え一撃必殺とはいかなくなっていたのだから。その間にも群れは次々と数を増し、オルアの剣を回避した群れが次々と黒竜に襲い掛かる。しかし何故かただの一匹たりともオルアには襲い掛かって来なかった。

「あんだけ斬ってやったのに、相変わらず無視かよ」

 肩で息をしながらオルアが呟く。そして再び黒竜を見上げたオルアは思わぬ光景に目を見開いた。

「…なんだアレは?」

 先程までは、切り刻まれた黒竜の身体からは真っ赤な血飛沫が飛び散っていた。しかし今は、まるで黒い霧の様な物がもうもうと立ち込め、それが徐々に集結しながら上空へと昇っていく。そしてその霧の昇って行く先には…

「アイツは!」

 オルアの見上げた先には、バーンのブレスで遁走したはずの大蛇が漂っていた。そして大蛇は黒竜から立ち昇る黒い霧をその全身に浴び、次第にその姿を変えていく。

「ミンク、はっきり言って俺には今何が起きているのか分からない。分かっているなら教えてくれ」

 そんなオルアの言葉通り、ミンクにも訳の分からない事が目の前で起こっていた。何故か先程逃げたはずの大蛇が上空に浮かんでいて、黒竜から立ち昇る霧がそこへ凝縮していくと共に大蛇の頭は変異してゆく。その細長い体には強靭な手足が生え、そのぬるっとした頭には漆黒の角が聳え立つ。そしてその姿は、黒竜の巨大な姿と見分けも付かない程の黒く巨大な竜の姿に変貌した。そして、それを呆然と見守るオルア達の傍らで、黒竜が悲鳴とも雄叫びともつかない叫び声を上げた。そしてその巨大な体から立ち昇る黒い霧は勢いを増し、黒竜の身体は徐々に縮み始める。

「黒竜!何がどうなってんだ!」

 思わず叫ぶオルアだったが、黒竜自身には既に意識が無いのかその眼は虚ろで、叫び声も次第に弱々しくなっていく。

「ミンク!バーン!何とかしよう!」

 オルアは振り返って二人を呼ぶが

「何とかって言っても…バーン、さっきのブレスをもう一回っていうのは…」

「もう…無理なんだギャ」

「そうよね、でもオルアも限界が近いわ。何か手を打たないと。アレが完全な姿になってしまう前に」

 そう言って上空の黒竜を見上げるミンク。その眼には決然とした光が宿り

「オルア、今から貴方に残酷なお願いをするけど…聞いてくれる?」

「残酷な?どんなお願いだよ?」

 唐突なミンクの言葉にオルアは戸惑いの表情を浮かべる。しかしその眼を見たオルアは

「残酷だろうが何だろうが、それしか手が無いならやってやるさ!」

自らを鼓舞するかの様に声を張り上げる。しかしそれに続くミンクの言葉に、オルアは自分の耳を疑った。


「今すぐ…黒竜さんに止めを刺して。手遅れになる前に!」


 何が言いたいのか分からない。そんな表情でオルアはミンクを見つめる。しかしミンクは

「お願い!きっとそれを黒竜さんも望んでいる筈だから!」

大きな瞳からボロボロと涙をこぼしながら、オルアに訴えかける。

「アレが何かは分からない。けどやろうとしている事は何となく分かるの。黒竜さんの力の殆どは、私たちがこっちへ来る前にアレに奪われてしまってたのよ。さっき黒竜さんが自分で言っていたでしょう?今の自分は抜け殻みたいなものだって。でもあの影にとってはそれだけじゃ不完全なのよ。だから今、直接身体を傷つける事で、そこから漏れ出す血液と力を吸収して…きっと身体そのものも手に入れる気なんだわ。それは絶対に阻止しなきゃならない。そんな気がするの。だからお願い、オルア。もう時間が無い、急いで!」

「いや、急いでって言われても…」

オルアはそう言いながらミンクの顔を見つめるが、その瞳には一切の迷いが無い。それを見たオルアは剣の柄を握り締め、ミンクの瞳を見つめる。

「後悔しないか?」

「…うん」

「分かった!」

 その言葉と共にオルアは全身を震わせる。そして

「じゃあ、行って来る!」

 その言葉と共に駆け出すオルア。そして一目散に黒竜に駆け寄ったオルアは、大きく息を吐き、黒竜の目を見つめる。その視線を感じたのか、黒竜もゆっくりと顔を巡らせてオルアを見つめる。その瞳は穏やかな光を湛えながら輝き、そして黒竜はゆっくりと瞳を閉じた。


 黒竜の覚悟を目にしたオルアの鼓動は、まるで早鐘の様に打ち鳴らされる。そして呼吸も早くなり、全身に震えが走った。


「全く…俺もだらしねえな」

 オルアはそう言いながら大きく息を吐く。そして

「アンタの覚悟、受け取った!」

その言葉と同時に剣が光を帯びる。全身から溢れる闘気を剣に纏わせ、オルアは黒竜に斬りかかるべく猛然と突進する。すると

「オルアっ!」

 背後からミンクの叫び声が聞こえた。その声音にただならぬものを感じたオルアは、背後を振り返る事もなく剣を振り抜く。

「何だよっ!」

 振り抜いた剣に異様な重さを感じたオルアが振り返ると、そこには切り裂かれて苦痛にもがく黒竜モドキの姿があった。そしてそれがきっかけででもあるかの様に、無数の黒竜モドキがオルア目がけて一気に押し寄せる。

「クソったれ!今まで俺には見向きもしなかったくせに!」

 必死の形相で剣を振るうオルア。何故急に黒竜モドキが狙いを変えたのかは理解できないが、襲い掛かってくる以上は振り払わなければ黒竜の元には辿り着けない。


「ミンク!オルアが危ないんだギャ!」

 オルアの危機にバーンが叫ぶが、ミンクは既に深く息を吸い、微かな声で歌い始めていた。既に疲労の極みに達しかけていたオルアだったが、一体どこにそんな力が残っていたのかと思わせる程にその体は軽く、そして力強く群れを圧倒する。

「オルア凄いんだギャ!」

 嬉しそうにはしゃぐバーン。しかし裏腹にミンクの顔色は冴えない。それに気付かずはしゃぐバーンの傍らで、ミンクは大粒の涙を流していた。


 オルアの剣は何度となく煌いた。その度にモドキが落ちていく。ミンクの歌声はオルアの力を限界以上に引き出し、いつしかオルアの周りには真っ黒な残骸がうず高く積まれていた。そして、オルアはうめき声と共に血を吐く。

「ミンク!オルアがおかしいんだギャ!」

 慌てふためくバーンと対照的に、ミンクはそれでも歌い続ける。

「大丈夫だ、まだいける!」

 口を拭い、オルアは力強く叫ぶ。そしてそれが虚勢では無い事を示すかの様に剣を振るい、モドキを斬り落とし黒竜へと近づいて行く。しかしその食い縛った口の端からはまたもや血が滴り、今度は目や鼻、更には耳からも血を流し始める。

「ミンク!オルアが!オルアがおかしいんだギャ!なんであんなに血を流しているんだギャ!」

 バーンの声が悲壮さを増すが、ミンクはそれでも歌い続ける。オルアはその歌声に応えるかの様に前進を続け、遂に黒竜の前に立った。

「ふう…待たせて…済まない」

 顔を血まみれにしながらも、オルアは黒竜に微笑みかけ、剣を構える。しかし

「あぁ…有難い…しかし…ほんの少しだけ…遅かった…様…じゃ」

 その言葉と同時に黒竜の瞳が光を失い、その巨体が崩れ落ちる。同時に頭上から恐ろしい咆哮が響いた。


「おい、今の叫び声は何だ?」

 遠くに目を凝らしながらガルが言うと

「黒竜…」

 そう呟くと同時にイーロンが飛び出し、その脇を光の矢が駆け抜けて行った。

「今の…気」

そう言って立ち尽くすイーロン。ガルやフレアも呆気に取られた様にその光を目で追っていると

「ほう、本当に先行者がいたとはな」

 不意に背後から声が響いた。驚いて振り返る一同の前には、ガルの赤装束よりも更に鮮やかな朱色の甲冑に身を包んだ男が立っていた。それはガル程ではないもののかなりの大男で、その全身から感じる圧倒的存在感は一同の誰をも凌駕していた。しかしその声音は野太い山男の様な響きでありながらも穏やかで、邪悪な気配は何一つ感じられない。

「アンタは一体…」

 身構えながら問いかけようとするガルを手で制し、朱に包まれた男は光の矢が飛び去った方向を見やる。


遂に黒竜との邂逅を果たしたオルア達だったが、それは決して望んだ結果をもたらしてはくれなかった。変異してゆく黒竜を前に、オルアとミンク、そしてバーンの取るべき道は?そして朱に身を包んだ男は何者なのか?そんな事が段々と明かされていきます。そんな感じでもうちょっと続きます。

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