世界の中心
一六.世界の中心
オルア達と別れて半日程が過ぎた頃、シーブランは海図と望遠鏡を手に、部下達にあれこれと指図をしていた。既に陸地は見えず、順風に恵まれて船足は速い。
「野郎共!このままで行けば世界の中心に着くのは夜になってからだ!何があっても自分達の位置を見失うなよ!」
「アイアイ!」
シーブランとその部下は、順風に押される様に楽しげだった。しかし船首に立つイーロンは、不安気に遥か先を見据える。
「おい、何かあるのか?」
「うむ、イーロン殿は、先程から何かを気にされておいでのご様子。気がかりがあるのならば、是非お話願いたい」
イーロンの様子にフレアと半蔵もその傍らに立つ。しかし、イーロンは
「…解らない、ただ、嫌な気配…感じる」
それだけ言うと、穏やかな海上に目を凝らしていた。それでも更に三時間程、何事も無く船は進む。
「ふむ…どうやらイーロンの取り越し苦労だった様だな」
「うむ…そうであるならば真に重畳でござるが…どうやら、事はそう思い通りにはいかぬ様でござる!」
いきなり語調を変える半蔵。フレアが訝る間も無く、頭上から圧迫する様な気配が一同に降りかかる。同時にイーロンが叫んだ。
「…来る!」
その瞬間、頭上から恐ろしい影が迫り、海上に巨大な渦が巻き起こる。
「この気配、覚え…ある!」
そう言いながらイーロンは頭上に目を凝らすと、遥か天空から急降下してくる怪鳥の姿が映った。しかしイーロンの感じた気配はそれでは無く、その背中に乗った黒い騎士が発するものだった。しかもそれは以前感じた時と同じ物ではあったが、その強度は桁違いに強さを増していた。
「彼奴は…里を荒らし、アグラ殿にむごい仕打ちをした輩ではござらんか?」
目を凝らしながら半蔵が言うと
「…黒い騎士、間違い…無い」
「ああ、あの糞忌々しい奴…」
「メイズールだギャ!でもみんな気を付けるギャ!何だか分からないけど、あの時よりもっともっと嫌な感じがするんだギャ!だからいきなり全力で行くんだギャーーーッ!」
バーンは言葉が終わると同時に、目も眩むような光の奔流を放った。一瞬当たりが閃光に包まれるが、メイズールは巧みに怪鳥を操って軽々と光をかわす。そして急降下してくると同時に攻撃を加え、反撃をする間も無く上空へ飛び上がる。よく見ると、その背後には例の道化が一緒に乗っていた。とは言え、かろうじて怪鳥の背にへばりついていると言った感じではあったが。
「メ…メイズールさん…いくら何でもこれはマズいデスよ!ガルーダさんの愛鳥を勝手に持ち出して…しかもアナタはまだ全力を出せる状態じゃ無いのデスから!」
仮面のせいで表情は伺えないものの、その声は悲痛そのものだった。しかしメイズールは頓着なしに怪鳥を操り、一撃離脱を繰り返し続ける。一撃の度に数人の船員が荒れ狂う海中に落とされ、反撃を試みるもその攻撃は届かない。それが何度となく続き、次第に船員達は恐慌をきたす。そこへ
「野郎共!持ち場に付けーーっ!」
シーブランは全ての音を圧する大音声で一同を制した。途端に船員達は統率が取れた兵士よろしく動き回り、怪鳥を迎撃するべく体制を整える。しかしメイズールは全く意に関せず、怪鳥を急降下させた。
「まだだ、もっと引き付けろ!」
シーブランの声が響き、船上の腕自慢達は限界まで弓を引き絞り、腰を落として剣を構える。そして、怪鳥の影が一同を覆った瞬間
「ブチかませーーーーっ!」
シーブランの怒号が響く。同時に
「うおおおおおーーーっ!」
荒れ狂う海面をも圧する大音声が響く。放たれた矢が、突き出された剣が怪鳥に次々に突き刺さり、その巨体はメイズールの意思とは裏腹に上空へ遁走した。
「…チッ、使えん奴だ」
「マズいデスよ~、勝手に持ち出された上に傷だらけにされたなんて知ったら、ガルーダさん怒り狂いますよぉ?」
「フン、ならばお前はコイツを連れて先に帰れ。私はこの間の借りを返させて貰う」
「だから無茶デスって!今の身体はワタシの作ったおもちゃみたいな物なのデスから!一旦ご主人様の元へ帰ってから、リベンジするならそれからデスよぉ!」
「…フン…まあいい、そこまで言うなら帰還するとしよう。楽しみは先に延ばした方がいいかもしれんしな」
「そうデスよ!では善は急げデス!早々にお暇致しましょう!」
道化はそう言いながら仮面に手をかけ、僅かにそれを顔から浮かせた。すると、妙な霧が噴出し、一瞬にして辺りを包み込む。
「気をつけろ!」
シーブランの声も空しく霧はあっという間に視界を奪い、それが晴れた頃には怪鳥も怪しい二人組みも姿を消していた。
「何だったんだ今の奴は?」
シーブランは訝しげに上空を見上げる。そこには何の影も形も無く、空も海も何も無かったかの様に穏やかな青さを湛えていた。
「おい、お前らは知ってるみたいだったが、アレは一体…どうかしたのか?」
只事では無い悔しそうな表情の一同に、シーブランは眉をしかめる。しかしすぐさま半蔵が口を開いた。
「否、単に取り逃がした事が口惜しいだけでござる。シーブラン殿はどうかご自身のお勤めに専念して下され」
そうは言いながらも、その語調は内心穏やかとは思えない。だが
「…問題、無い。船…進める」
「そうだな、どの道今はそれしかあるまい」
「そうだギャ!船長、オルア達に負けるなだギャ!順風満帆、ヨーソローだギャ!」
畳み掛けるように言われてしまっては、最早取り付く島が無い。シーブランは思わず苦笑すると、がなるように号令をかけた。
「野郎共!羽根付きおチビさんが言った通りだ!取り舵一杯!全速前進!」
「アイアイサー!」
荒くれ共の声高く、船はその足を速めて海原を疾走して行く。やがて日は暮れ海原は赤く染まる。そして…オルアがガルーダに決定的な一撃を与えたのとほぼ同時刻、マストに登っていた見張りが声を上げた。
「おーい!海の上に…誰かいるぞーっ!」
誰もが、その妙な光景に我が目を疑う。それは最初に声を上げた者も一緒だった様で、船上を沈黙が包んだ。その間にも船は進み、海上に立つ不思議な男の前で止まった。
「アイツは…何者だ?」
訝しげな顔をしながらもシーブランは真っ先に進み出ると、舳に立って怪しい男に呼びかけた。
「おい!お前は何者だ?この俺を海賊王シーブランと知っての狼藉か!」
荒々しい波の音を圧する大音声で呼ばわったシーブランだが、不思議な男はまるで寝起きに呼びかけられたかの様にゆっくりと向き直ると、その重たそうな瞼とだるそうな右腕を上げ、どんよりとした声で喋り始める。
「ああ…大声を出すな…数百年振りの目覚めでちょっと寝ぼけているんだからよぉ」
男はボサボサの頭を掻き始め、何かを思い出そうとしているのか、そのまま目を閉じて考えにふけっているのか、はたまた再び眠ってしまったのか、暫く動かなくなった。
ざわめく船員達をよそに、シーブランやイーロン達は不可思議な男を無言のままで見守る。
それから数分…男は腕組みをすると、何度も何度も頭を左右に振り始めた。それは次第に早さを増し、そして首を回し出したかと思うと、最後は体を回転させ始めた。呆気に取られる一同の前でそれはコマの様に周り…
「あああああーーーーーーーっ!」
突然の絶叫と同時にそれは止まった。呆気に取られる一同に目を向けると、男はだるそうな顔を上げ、そしてだるそうに下げるとそのまま喋り出した。
「ああ…騒がしくてすまねえなあ、俺が目ぇ覚ますのは何百年に一度ってなもんなんで、この位やらねえと頭がスッキリしねえもんでよぉ…」
黙って見守る一同をよそに、男はとてつもなく長い息を吐き…再び口を開いた。
「さて、はぁ~…俺が目を覚ましたって事はだ…誰かが…お前さん達の仲間か?まあそれはどうでもいい。誰かが最果てのあんな所へ…おお恐ろしい…辺鄙極まりない所へ行ったってのかよ?信じられんなぁ…おっとそんな目で見るなよなぁ。もしかしたら、これから俺が言う事はお前さん達にとって物凄く重要な事なのかも知れねえんだからよぉ」
男は面倒臭そうに長い溜息をつき、更に言葉を続けた。
「俺は…この世界の中心で、図らずも門番を仰せ付かった者だ。この世の果ての約束の地に、何故かよほどの物好きが辿り着いた。するとこれまた何故か、ほぼ同じ時にこの場所にアンタ達がいらした訳なんだよなぁ。これが偶然か否かは…まぁ聞いてみりゃ解るか。なあ、アンタ達に心当たりはあるか?それともたまたま通りすがっただけか?」
その言葉に船上の一同の顔色が変わった。同時にシーブランが前に進み出たが、イーロンとフレアが更にその前に立つ。
「その物好き…どんな奴」
「ああ、もしや気の強そうな小僧と麗しきエルフの乙女、それに真っ赤な甲冑に身を包んだ大男ではないのか?」
まくし立てるように言う二人だったが、男はまたもやだるそうに顔を向ける。
「ああん?俺はそいつらがどんな奴らかまでは知らねえよ…ともかく、アンタ方に心当たりはあるのかい?」
「もちろんアリアリだギャ!」
「…ある」
「その通り!だから何が起きているのか教えてくれ!」
「うむ、拙者も是非お聞かせ願いたい」
興奮気味な言葉を聞き、その男は大きな溜息をつき…
「仕方ねぇなぁ…じゃあ…来いよ」
その言葉と同時に、辺りを漆黒が包んだ。
再び明かりるさが戻った時、船は不思議な景色に包まれていた。そこは…明るい様で暗く、狭い様で広く、息が詰まる様でいて開放感のある奇妙な空間だった。
「ここは…どこでござるか?」
「…不明」
「何だか不思議な場所だギャ!」
「うむ、決して邪悪ではないが…油断は禁物と言った感じだな」
「その通りだな。お前等も気を抜くんじゃねえぞ!」
身構える一同。しかし男は限りなく緩い声で言葉を続ける。
「あのよお、俺はただの門番だって言ったじゃんかよぉ…まぁ、気を抜くなってのは、アリっちゃあアリだがな」
「…何の事だ?」
そう言いながらフレアは剣を抜いて男に詰め寄る。しかし
「だからさぁ…そんな話じゃないんだって」
男がそう言うと同時に、フレアが動きを止めた…否、動けなくなった。
「ああ…言い忘れたけど、ここじゃあ総ての武力も魔力も意味を成さない。それが相手を害する物でも、癒す物でもな。だが心配しなくていい。そのお姉ちゃんも敵意を消してくれりゃあまた動けるさ」
「何だと!」
声を荒げるフレアだったが、どれだけ力を込めようとしてもその体には力が入らず、全く動く事が出来ない。
「フレア殿、ここは彼奴の申す通り、一度敵意を収めるしか無さそうでござるぞ」
半蔵に諭され、フレアは忌々しげな顔で大きく息を吐く。そして剣を納めようとすると、今度は不思議とすんなり体が動いた。
「全く…ふざけた場所だ」
フレアは忌々しげに呟いた。
一切の戦意を持たず、一行は怪しげな男の後について行った。そして暫く歩くと、とてつもなく巨大な門に辿り着いた。
「こ…これは」
真っ先に声を発したのはフレアだった。その目の前には、凱竜の山の様な巨体ですら小さく思える程の…正に天を衝くかのような門が聳え立っていた。その門柱は遥か天空の雲へと突き刺さり、両端が見通せない程に巨大な門は、淡い光を湛えて一同を出迎える。途方もなく巨大な門を目の当たりにして言葉を失う一同。そして何故か、ここまで道案内をしてきた男までもが呆然と天空を見上げていた。
「おい、何故お前まで呆気に取られるんだ」
怪訝な顔でフレアが尋ねるが、男はそれには答えず、ぼーーーっと門を見上げ続ける。
「おい…おい!」
フレアの怒鳴り声も反応せず、男は門を見上げ
「いやはや、前に見た時は…どんなだったかなぁ…ちょっとした豪邸の門みたいな感じだったんだけど…数百年眠っている内に門まで大きくなっちまったのかなぁ?」
誰に言うでもなくそんな言葉を口走った。
「門が大きくなる?お前正気か?」
そんなフレアの言葉もどこ吹く風。男は相変わらず門を見上げ続け、そして不吉な言葉を口にする。
「この門は…この先にある禍の大きさに比例して大きくなるんだよ。って事はだなぁ…俺はこの門を開く事が出来る訳だが、その先にある禍までもは制御できないんだなぁ、コレが。でも、アンタ達が先に進むにはこの門を開かなきゃいけない訳で…正直気は進まない訳だが…どうする?開けるかい?」
そう言いながら振り返った男の瞳は、まるで何も見えていないかの様に宙を彷徨っていた。しかしその言葉は無意味なデタラメでは無い。門の先から感じる不吉な気配を感じた一同の背筋に、何か冷たいものが走る。
「どうするって言われても…なぁ?」
自分自身戸惑いながらも、他に選択肢の無い事をフレアは理解していた。その言葉に同調するかの様に一同は身構えるが、何の頓着も無しに男は言葉を続ける。
「この門は…まぁ簡単に言うとだな、この世界と他の世界を繋ぐ為の門な訳だ」
その言葉にフレアが何か言おうとするが、男はそれを手で制し、更に言葉を続ける。
「何もない時には、ここには門そのものが存在しないんだよ。なのに今ここには馬鹿げた大きさの門が聳え立っている。これが何なのか、そうだなぁ…革袋でも想像してもらおうか。あれってさぁ、どんな形にもなるし、使わない時には小さく畳めるだろう?とは言え限界を超えれば中味は漏れちまう…そうだよなぁ?だからこぼれる程一杯になったら口を開けて中味を少しこぼすだろう?この世界だって同じ様なもんさ。いくつかの世界が繋がっていて、その口は互いにくっついている。そしてどこかの世界が限界を超えそうな時には、その口が開いて中味を別の世界に移す。
おおざっぱに言えばそんな感じな訳だ。まぁいきなりこんな説明されて理解しろとは言わねぇけどもな」
男はそこまで言うと、おもむろに革の水筒を取り出して喉を潤した。
「っぷはぁ…つまりだなぁ、互いの世界で起こった異常を他の世界に流し込みでもしないとその世界が吹っ飛んじまう。そんな事が起きればそこに繋がる異世界もタダじゃ済まない…多分な。そんで、そんな緊急事態に限って、この場所に異世界同士を繋ぐ為の門が現われる訳だ。当然異常が些細なモンだったらここに現われる門も小さなモノで、流れ込む異常も時が経てば消えちまう様な程度って事だ。だが今はこんなとてつもない大きさの門がここにある訳で…解るよなぁ?」
そう言いながら門を見上げる男。一同もつられる様にその途方もなく巨大な門を見上げたが、もう溜息すら出なかった。
暫くの間、一同は門の前で沈黙していたのだが…不意に声が聞こえてきた。
「何だ?どこから…」
フレアの言葉に同調するかの様に、一同は周りに耳を澄ませる。するとその声は次第に大きくなり、誰の耳にも聞き取れる程になってきた。一同は身構えたが、聞こえてくる声の中にどうやら聞き覚えのある声が混じっていた。そして声のする方向、上空へ視線を注ぐ。
「ちょっと待って!そんなに走らないでよ」
「待たないのだぁ」
「おメェにゃ負けねえぜ!」
「ワズ!先に何があるのか分からないのですよ?気を付けなさい!」
次第に大きくなる声。そして一同は何故か上空に目を凝らす。そして
「うわあああぁ!なのだぁ」
「おいおい気をつけろ!地面が消えたぞ!」
「嘘っ?って皆止まって!ちょっと…お願いだから止まってーーーっ!」
「あー…ダメだこりゃ」
そんな言葉の後に
「うわあああああああぁぁあああ!」
いくつもの声が重なり、そしてその声の塊と共に、幾つもの人影が上空から降り注ぐ。待ち構える方にも降り注ぐ方にも、互いにその中には見覚えのある顔や初めて見る顔など様々な顔があったが、それを確認するよりも前にかち合った面々はごちゃ混ぜになった。
「いってえ…なんなんだよこりゃあ」
最初に起き上がったのはオルアだった。そして周りを見渡して声を上げる。
「んなっ!皆何やってんだこんな所で!」
思わず立ち上がるオルアだったが、すかさずその腕を誰かが掴んだ。
「何やってんだ…だと?それはこちらの台詞だ!」
その言葉と共に握る手に力がこもる。驚いたオルアが手を引くと、その勢いを利用して目の前に立ったのは…仮に夜道で出会ったら一瞬で心臓が止まる。そんな表情を浮かべたフレアだった。オルアは本当に卒倒しそうになったのだが、何とか呼吸を整えると
「…ごめんなさい」
絞り出す様な声でそう答えた。
意図せずも再び巡り合った一同。そしてその先には更なる脅威が待っているのだったり。
若干のドタバタの後からは、シリアス展開が続く…はず。




