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三月の短編系まとめ

ダンジョンの荷物持ち

作者: 三月

 ………最近雇った『ポーター』が凄く気に食わない。


 いきなり何を言い出すのかといぶかしむかもしれないが、本当に気に食わないのだ。

 そいつはこの大陸では珍しい真っ黒い髪の中肉中背の男である。

 話すときは常に敬語で、いつも媚びへつらうかのような笑みをヘラヘラと浮かべているのが特徴だ。俺はヤツのそういった姿勢が生理的に受け付けない。あぁいうヤツを見ているとどうにも虫唾が走って仕方が無いのだ。しかも、戦えない癖に一丁前に一振りの剣を持っていやがる。そんな様子も”俺は強いんだぞ”と虚勢を張っているように見えて、更に俺をイラつかせている。

              


 そもそも『ポーター』というのは一種の職業の事を指す言葉である。

 主な仕事は冒険者がダンジョンに潜った際にモンスターが落とすドロップアイテムを拾ったり、ダンジョン攻略中の回復アイテムの管理である。言わばダンジョンに潜る冒険者のサポート役と言って良いだろう。勿論、一部の例外を除き基本的に戦闘には一切加わらないので”ある意味では”誰でもなれる職業なのだが『ポーター』という職業は不遇の扱いをされている。

 例えば、ポーターがもしもの時の為に自腹で買った回復薬を、モンスターに襲われている最中に非常時だとひったくって返さない冒険者もいれば、アイテムの換金の際、盗人の汚名を着せてポーターの身ぐるみを剥がすごろつき同然の冒険者も居る。

 そして極めつけは全滅仕掛けたパーティーがポーターを囮にして逃げ出すという”スケープゴート”にする非道な冒険者も居るのだ。

 当然、自衛の手段を殆ど持たないポーターが置き去りにされれば待っているのは死だけである。なまじ自衛の手段がとれる冒険者よりもポーターの死亡率の方が高く、食うに食っていけない者がなるか、冒険者になれず中途半端に戦えるものが仕方なくなるかのどちらかなのである。

 これだけ聞くと誰もそんな職業にならないだろうと思うが、ポーターというのは中級冒険者以上にとって重宝する存在な上、格安で雇えるとあって需要は高い。

 更に食うに食っていけない者はそこら中に居るので需要だけでなく供給もそこそこある。その為、戦いなれたパーティーは必ずといって良いほどポーターを連れて歩くのだ。

          

 俺達のパーティーにもポーターが居る。もちろん、あのいけ好かないと言っていた野郎の事だ。最近雇ったばかりなので、ヤツの事についてはあまり知らない。名前もどうでも良いから覚えてないしな。

 以前に2回ほどダンジョンに同行させたことがあるが、仕事ぶりは普通だ。回復薬の管理も絶妙とはいえないが悪くもないし、持ち運ぶ荷物にしても優秀なポーターほど持ち歩けるわけでもないが、かといって新米のポーターのように無駄な収納であまり荷物を持ち運べないということもない。

 可もなく不可も無く。それがヤツの仕事のみに対する評価だ。

「おい、仕事だ。さっさと来い」

 俺が思考に耽っているとふいに声が掛かる。

 俺に声を掛けてきたのは、半年程前から俺がダンジョンに潜る際に良く組むようになったパーティーのメンバー達だった。奴らとはそこそこの付き合いなので、ある程度の連携も取れる。総合的に見れば中堅どころのパーティーだろう。

 声を掛けてきたメンバーに混じってあのいけ好かないポーターが居るのが見えた。相変わらずのニヤけたツラが気に食わない。

 ………めんどくせぇ。

 さっさと仕事を済ませて酒でも飲もうかね。


             


 パーティーリーダーの掛け声とダンジョンへ潜る。

 ダンジョンにはテレポーターというものがあり、一度行った事のある階層へ瞬時に向かうことが出来るのだ。

 俺達はそれを使って”地下40階”へ転送した。

              

――――――――――

 地下40階は薄暗い石畳のような内部構造になっている。今更1階や10階層の説明なんぞする気はないが、基本的にダンジョンってのは、下に行けば行くほど強い敵が現れるいう至ってシンプルな仕組みだ。

 まぁ、簡単に言えば40階というのは俺等中堅どころの冒険者の稼ぎ場として人気のあるスポットなのだ。

 ………そういえば最近じゃ”異常種”をここで見たなんていうきな臭い噂をたまに聞くが、そんな上級者でも死ぬような”100階層”クラスの化物が40階層に出てくる訳がねぇしな。

 そんな事を考えてると40階で御馴染みのモンスターが何匹か視界に写った。そしていつものように狩りを始める。

            


 狩りを開始して1時間も経つと、そこそこの収益が見込めるようなアイテムを拾えた。そろそろ帰ろうかという時に、リーダー役の男がそろそろもうワンステップ上を目指そうと言って来た。

 このメンバーで半年ほど一緒にやってきただけあって、連携も取れてきている。更に回復薬にも余裕があるのでこのまま進んでも何も問題が無いように思える。

 皆も同じ意見なのか、リーダーの意見に意を唱える者は居なかった。

 ………まさかその時の判断が、死ぬほど後悔する事になろうとは誰も思わなかったが。

 そう………出遭ってしまったのだ。”異常種”に。

           

 そのモンスターと出会った瞬間、凄まじい悪寒に襲われた。

 まるで人と狼を足したような姿をしたモンスターだった。

 戦った事が無いタイプのモンスターだったが、こいつは勝てないと俺の中にある冒険者のカンがささやいていた。

 異常を感じてすぐに距離を取った俺とは反対に、好戦的な笑みを浮かべたリーダーは剣を抜き放ち、そのまま斬りかかった。

 おそらく初めて見るモンスターの姿に、まだ見ぬ宝を夢見たのだろう。一攫千金を夢見たリーダーの末路は、首と胴が泣き別れになるという壮絶な最期であった。

 その様子をみて恐慌状態に陥ったメンバーは、あろう事か我先にと逃げ出そうとしたのである。

「おい!待て!置いていくな!!」

 俺は必死になって呼び止める。こんな化物と対峙するなんて真っ平御免だ。俺を釘付けにしてテメェ等だけ逃げるだなんてそんなふざけたマネをさせると思うか!

 俺はモンスターに背を向けずにジリジリと後退しながら撤退を開始した。すると突然、目の前のモンスターが咆哮を上げながらこっちに突進してきやがった!

 前を向いていたお陰でヤツの攻撃を防御する事が出来たが突進の勢いを殺しきれず、足を切り裂かれた上に吹っ飛ばされてしまった。

「ぐうぅぅぅぅ!!!」

 骨は見えていないが、相当深く切り裂かれてしまった。出血が酷い上に機動力まで奪われる……最悪な状況だ。

 モンスターの方を見れば、俺に突進した勢いのまま、俺を置いて逃げたメンバーの一人を串刺しにしていた。

 更に勢いを留めず一人、また一人と血祭りに上げていく。

 あたりに響き渡る悲鳴と怒号が止むと、ヤツはニタリと血まみれのまま笑みを浮かべてこちらに向き直った。

「………クソが!」

 ヤツの意図は何となくだが分かる。なぶり殺しにするつもりだ。

 俺は何か策が無いかあたりを見回す。

 すると岩陰に隠れていたのであろうポーターの姿を発見する。

 これは………もしかするともしかするかもしれん。

 ヤツを囮にして逃げ出せば良いのだ。なぁに、みんなやっている事だ。今までやったことが無かっただけで生き残るためには仕方が無いことだ。

「は、ははは………でもきっと駄目だな」

 自分で自分の考えを否定する。足をやられている時点でもうアウトだ。例え足が万全の状態だったとしても逃げおおせるとは思えない。となればやる事は一つ。

「………おい、そこのお前。回復薬を寄越せ。足怪我してんのが見えねーのか、このタコスケが」

 ポーターに回復薬を請求する。ヤツはこんな状況にも係わらずヘラヘラした笑みでこちらに回復薬を差し出してきた。

「っぐ!!」

 無理やり傷口に押し込むように薬を振り掛けると若干ではあるが傷口が塞がった。

「さぁてと………それじゃ俺の最期の戦いをおっ始める前に……テメェはさっさと回復薬をおいてどっかに行っちまえ!邪魔でしょうがねぇんだよ!」

 どの道どう足掻いても助からないのだ。最期くらいはコイツの顔なんぞ見ないで済むようにしたい。

 血が足りなくなってきているのか急にクラクラしてきた。長いことは持ちそうに無い。

 さっさとどっかに消えてモンスターの餌にでもなっちまえ!

 そんな事を思っていると、ポーターの野郎が腰に差していた一振りの剣を抜き放った。

「おい!!テメェ!!聞こえねぇのか!!

さっさとどっかに行けと言ってるだろうが!!」

 そう長くは持ちこたえられそうにないってのに、このスカタンときたら何をやっているんだ!思わず怒鳴ってしまったが怒鳴った瞬間に強烈な眩暈が起きた。

「っく!!」

 根性で立ち直るも、血を失いすぎて立っているのもやっとの状態だ。そんな様子を知ってか知らずかヤツはこんなことを話し出した。

「ははは、何を言ってるんですかこんな状況で。

唯一、逃げろと言ってくれた貴方を置いて逃げ出したら、きっと夢見が悪いでしょうね」

 顔面に笑顔を貼り付けたままモンスターに対峙するポーター。

「お、お前こそこの状況で何を言ってやがる!!ふざけんじゃねぇぞ!」

 眩暈を押し殺して更に怒鳴りつける。こんなふざけた状況で更にふざけるだと?

 大概にしろよこのボケが!俺の最期の瞬間くらいこっちで好きに決めさせろってんだよ!

「いいえ、ふざけてなんていませんよ」

 スっと笑みを消し、初めて無表情な顔を晒したポーターは続ける。

「それに………貴方が死んでしまっては報酬が貰えませんからね」

 その言葉と共にヤツは目の前のモンスターを一刀両断した。

「っな!」

 断末魔さえ上げさせないほどの一撃だった。

         

 その後の事は覚えていない。何せ気を失ってしまったからだ。

 気を失った俺が目覚めると、見慣れた宿屋の天井が目に映った。急いで飛び起きると、ベッドの脇にある椅子にはヤツが座っていた。相変わらずの胡散臭い微笑み付きで。

「気が付きましたか?あの後、貴方を背負ってここまで運んできたんですよ」

 そう言って奴は宿屋で貰ってきたであろうスープを俺に手渡した。

「で………何が言いたい?」

 俺は仏頂面でヤツの顔面を睨みつけた。

 大方、俺が普段からヤツを見下していたことなど気づいていたのであろう。それを揶揄して今度は俺に何か言ってくるのかもしれない。何故そんなに強いのか。そもそもどうしてその強さを隠していたのか。何も分からないがただ一つ分かることがある。悔しいが俺ではコイツには勝てないという事実だ。そんな暗い事を思っているとヤツはその胡散臭い笑みを顔に貼り付けたままこう言った。

「今回のポーター料金は同行分10シリングに加え、特別指定荷物分の20シリングを加えた30シリングとなります。あ、ちなみに特別指定荷物というのは気を失った貴方の事ですよ」

 宿屋に一泊出来るか出来ないかほどの金額を請求してきた。

「おや?どうしたんですか?早く払って下さいよ」

 そう言いながら、何かイタズラが成功したかのようなムカつく笑みで俺の顔を覗き込んできた。

「…………」

 上等だ……ヤツがどんな素性のもんだろうが、どんだけ強かろうが関係ねぇ。俺がヤツに下す判断は結局の所、何も変わっちゃいなかったのだ。

 俺は財布から30シリング硬貨を引っつかむと、ヤツの顔面に向かって投げつけながらこう言った。

              


「やっぱり俺はテメェの事が気に食わねぇ!」

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― 新着の感想 ―
[一言]  RSですか。  そうですね。  今度時間ができたら久々に古都の西で辻支援でもしますか。
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