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五、お情けの贈り物

 店に戻ると、心配され、さらに怒られもしたが、一部始終を見ていた客によってクレイアの功績がわかると、仕方なく怒るのをやめた。そして急いで着替えて来いと促されたため、比較的お咎めは少なく済んだ。

 その後もチョコは売れに売れ、製造も急ピッチで進めたが、とうとうチョコが底を尽きたため、残りは売るだけとなった。

 やがて間もなく夕暮れという時間、また売るために用意していたお菓子が残り僅かになった頃、クレイアは母親にお使いを頼まれたのだ。

「サン・クール寺院に併設されている孤児院に、チョコを届けてくれないかしら?」

「今から?」

「そう。本当は昼間に届けてもらおうと思ったんだけど、予想以上に“カリスマ看板娘”が盛況だったから言えずにいたのよ」

「……母さんまで、喧嘩売っているの?」

「寺院にはお友達もいるんでしょう? 少しはゆっくりしてきなさい。店は母さんたちがやっておくから」

 有無を言わせずに突き出された籠を、クレイアは渋々受け取った。中には一つずつ丁寧に包まれた蜜林檎入りチョコ、様々な形のチョコが箱の中に入れられて、大量に入っている。

「じゃあ、よろしくね」

「はいはい、わかりましたよ」

 適当に返事をすると、クレイアは移動時に持っている鞄を肩から下げて、店から出ようとした。

ふと、以前エリンたちとチョコ作りをした際に残った蜜に浸された林檎を思い出す。どうせ店には出せないものだから、適当に溶かしたチョコを付けたりして、あげてしまおうと思い、それも籠の中に入れて寺院へと向かった。



 ティル・ナ・ノーグの街の中心部に建造されている最も大きな寺院――それがサン・クール寺院。空の妖精ニーヴや海の妖精リールが祀られている場所だ。そこには親を失った子供が住んでいる孤児院が併設されている。

 『アフェール』など、様々な商店が建ち並ぶ南西の場所から少し歩いたところにあった、寺院はあった。

 目の前に見える寺院に近づこうとした際、不意にある樹の下で僅かに灰色にくすんだ白い髪の青年が寝ころんでいるのが視界に入った。たまに店でお菓子を購入したり、カフェ『エリン』で顔を合わす、画家であり剣士でもある青年だ。

「フェッロ? 守門(ポーター)の仕事は?」

 軽く呼びかけたが、寝たままだ。

「その仕事と引き換えに寺院に居座っているんだろう……。ほら、起きなって」

 揺さぶってみるが、起きる気配はない。

 ユータスといい、フェッロといい、このマイペースさはどうにかならないのだろうか。

「……せっかくチョコ、持ってきたのに」

 ぽつりと呟きながら、試食品のチョコを一粒取り出す。フェッロの体が僅かに動いた。その様子を見て、思わずにんまりとする。

「今年のチョコは大盛況で、売れる、売れる、面白いくらいに売れたね。そんなチョコがあと僅か」

 またびくっと動く。クレイアは両手を握りながら、うっとりとした表情でチョコを思い浮かべた。

「――ああ、甘い蜜に絡められた、ほんのり酸味のある林檎、それを優しく包み込むかのように味わい深いチョコがくるまっているなんて、なんて贅沢な品なの!」

「……チョコ……ちょうだい……」

 クレイアの演説につられて、とうとう目を開けて起きあがったフェッロに対し、クレイアは営業用の顔で微笑んだ。

「一粒、銅貨三枚になります」

「ひ、一粒……!?」

「はい。今の時期のチョコはお高いもので。けど値段以上の美味しさです」

 本当は銅貨一枚で一粒買える。だがそこら辺の相場を知っていない彼なら、軽々と誤魔化すことができるだろう。ついついフェッロに関しては、からかいたくなってしまうのだ。

 カフェ『エリン』でガートに噛まれた衝撃で、食べていたクッキーを落とした場面を見たのがきっかけだった。落ちたクッキーをガートが食べる前に、すぐに拾って食べていたのだ。だがその変わり、再びガートに噛まれてはいたが。

 つまり彼は――美味しいものを見せつければ、きっとどんな状況でも買ってくれると、クレイアは判断したのである。

 案の定フェッロは自分がからかわれているとは露とも知らず、財布をゆっくりと取り出し、中身を確認し始める。そしてクレイアが摘んでいるチョコと視線を行ったり来たりしていた。

 しかし、いくらその行動を繰り返しても、銅貨三枚を取り出そうとはしない。

 陽も段々と暮れかかっている。早く孤児院に向かって、チョコをあげなければ、夕飯の時間となってしまう。

(失敗した……。意外に粘るなんて)

 これでは売れないだろうと思い、はあっと溜息を吐きながら、チョコを籠の中にしまおうとした。フェッロの口元が僅かに動く。まだ気はあるのかと、思わず見下ろしながら睨みをきかせようとすると、急に後ろから呼びかけられた。

「……クレイアちゃん?」

「その声は……リーシェ?」

 クレイアが振り返ると、長い黒髪の少女が紙袋を抱えて立っていた。

「今日はどうしたの? こんな時間に……」

「え、ええっと、孤児院の方に用があって……」

 歯切れ悪く答えつつ、核心は言わないようにしていたが、リーシェは籠から見えるチョコを見て、あっと声を漏らした。

「もしかしてチョコを持ってきてくれたの? 子供たちもきっと喜ぶわ!」

「孤児院に……チョコを……?」

(この男、変なところで頭の回転がいい!)

 クレイアは内心舌打ちをし、目を瞬かせて顔を向けているフェッロに対し、手に持っていたチョコを投げつけた。完全に無防備だったのか、額に真っ直ぐ突き当たる。

(少しは避けろよ、剣士なんだから……)

「もう面倒だから、あげる! いい、味わって食べなさい!」

 そう投げやりに言い捨てて、クレイアはリーシェと共に寺院に向かった。

「あ、ありがとう……」

 ぎりぎりクレイアの耳に入るくらいの声でお礼を言うと、フェッロは額から落ちた蜜林檎入りチョコを手のひらに乗せた。

 そしてちらりと自分の財布の中身を見た……銅貨一枚しか入っていない中身を。



「フェッロ君と何を話していたの?」

 サン・クール寺院を通りながら、孤児院へとクレイアとリーシェは向かっていた。

「適当にいじっていた……じゃなくて、注意していただけ。ほら、守門(ポーター)のくせして、ほとんど仕事していないじゃん」

「そうね。けど、それでも寺院は安全よ」

「それとこれはまた違う気が……。そういうリーシェは何を買っていたの?」

「雑貨品とか。街がいつも以上に女性で賑わっていたから、びっくりしちゃった」

「チョコを買い求める人でしょ。今日は店もかなり繁盛したよ」

「お疲れさま。そのチョコ……わたしも、もらえるのかな?」

「もちろん! 大勢で分けると少ししかないけど、それで良ければ」

「ありがとう。クレイアちゃんの所のお菓子、すごく楽しみ」

 リーシェは微笑みながら、紙袋をしっかり抱えなおした。その紙袋からリボンや包み紙が見える。そして上品な羽も――。その横顔はとても可愛らしく、クレイアもつられて笑顔になりそうだった。

 二人で他愛もない話をしながら進んでいると、ふと目の前に、背の高い、筋肉質で浅黒い肌の男が現れた。非常に魅力的な体格だが、それより目に行くのが、背中から生えている大きな茶色い翼だ。

 彼は人間ではなく、アーラエという少数民族。小さいクレイアにとっては、完全に見上げる状態となった。

「リーシェ、いた」

「キジャさん?」

「好きだ!」

 顔色変えることなく、直球で言葉を投げかける。クレイアにとって初めて見るものではないが、思わず引いてしまう。

「キ、キジャさん、人前ですよ」

「好きだ、結婚してくれ!」

「だから、キジャさん……」

 リーシェの頬がほんの少し赤く染まっている。それは射し込んでくる夕陽によるものなのか、それとも彼女自身から発せられるものなのかは、微妙な位置に立っているクレイアには判断しにくいものだった。

「リーシェ、す――」

「さあ、リーシェ行こうか。こんなやつ放っておいて」

「う、うん」

 ここで時間を消耗するのはもったいない。いつものやり取りと思い、クレイアは遠慮なくキジャの会話を遮る。

 遮られた方としては面白くなく、むっとした顔でクレイアを睨みつけた。それを受け流し、リーシェの手を取り、歩を速めてキジャの脇を通り過ぎた。

 背後から並々ならぬ殺気がする。そして大きく息を吸ったかと思うと、次の瞬間とんでもない大声を出されたのだ。

「リーシェーー好きだぁーーーー!」

 思わず耳を抑えそうになるほどの声の大きさ。クレイアは果敢に無視して進むが、リーシェは口元を手に添えながら、ちらっと後ろを振り返っている。その様子、そして紙袋の中身からクレイアは色々と察してしまった。

「まさか……リーシェ……」

「な、何!?」

「いや、なんでもない。あたしはこれに関しては、何も言わないから。まあ無言の応援ってことで」

「ええ、何なの!?」

「リーシェはすごく女の子らしくて、可愛いよね。あたしの用事が終わったら……いや、今からでもキジャのところに戻ってもいいけど?」

「クレイアちゃん、何を言っているの!? わたしも孤児院に行きますよ!」

 その慌てる様子が本当に可愛らしいな、とクレイアはにやにやしながら、無言で返していた。

 気になる相手がいるというのは、それだけで自分自身が自然と変わると思う。

 それが羨ましくもあり、憧れてしまう、女性に見えた。


 そんな相手は、果たしてこれからクレイアにはできるのだろうか――?


 ぼんやりと考えながら歩いていると、いつのまにか着いたのか、目の前には子供たちが庭で遊んでいる光景が飛び込んできた。



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