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三、誰に贈りますか

 その後、起きているエリンと共に、蜜林檎入りチョコを作り始めた。時折、眠りそうになりつつも、そこはとにかく耐え、どうにか冷やすという作業まで辿り着いた。すぐには固まらないため、ここでチョコ作りは終わりである。

 欠伸を度々しつつも、エリンは三人に対して、紅茶を振る舞い始めた。お菓子はもちろんアフェールから持ってきた林檎菓子――今日は林檎サブレだ。

 一方、アレイは真っ青な顔でしばらく横になっていたが、菓子作りが終わる頃には、ようやく立てるようになっていた。背筋が曲がった状態でよろよろと店から去ろうとする。

 それを見て、あまりにも不憫だと感じたクレイアは、お土産にとスライスした蜜林檎に、チョコをかけたものを手渡した。一瞬、表情が強ばったのをクレイアは見逃さなかった。

「あたしが作ったんだ。絶対に美味しいから」

「もちろんクレイアが作ったのは美味しいけど……」


「何、その言い方。それでも、あたしが作ったお菓子を食べられないって言うの?」


 ついアレイの言いように対して、下から睨み付けた。それにおののいたアレイは渋々と受け取り、重い足取りでカフェから出ていった。

(これでアレイがチョコ嫌いになったら、アイリスのこと許さない……!)

 菓子を食べてくれる客が一人でも減るのは非常に痛手だ。それに相手は男。これから菓子をさらに売るためには男性まで幅を広げなければならない。そのためには男性で試食してくれる人が必要なのだ。

 クレイアがいつまでも立っていると、エリンが軽く袖を引っ張ってくる。カップには紅茶が注がれていた。

「ああ、ごめん。お茶にしようか。――チョコに関しては、少しは保つからあれをそのまま当日出しても構わないからね。何かあったら店に来て。安く売るから」

「ありがとう、クレイア。お休みの日にごめんね」

「いいの、いいの。人に物事を教えるっていうのは、勉強の一貫だから」

 真の職人とは一人だけで菓子作りを極めるのではなく、その知識を広め、教え歩くことで初めてなれると、クレイアは父親から昔から言われているのだ。

 今回は料理下手のアイリスはどうにもならなかったが、それは一つにクレイアの采配ミスがあったのかもしれない……などど、真面目に考えてしまうのだった。



 クラリスが林檎サブレを口の中に入れると、にこりと微笑んだ。

「やっぱりクレイアのお菓子は美味しい! こういう友達が近くにいて良かった」

「……ど、どうして、私は料理をする度にみんなに迷惑をかけてしまうの。向いていないのかな――」

「向いていない」

「もう二度と厨房に入るな」

 クラリスとクレイアに同時に心に刺さる言葉を受けたアイリスは、また一段と体を小さくしてしまう。そして寄ってきていたガートをきつく抱きしめた。

「どうせ、どうせ、私なんか、料理なんて一生できないわよ!」

「……だからしなくていいって、何度言ったかな、アイリス? ――そういえばさ、クレイアは誰かにチョコあげるの?」

「別にいないよ。お菓子なんか、いつもみんなに振る舞っているし。クラリスは?」

「友達にあげようかなって思っている。今日教えてもらったのを元に、もっとたくさん作ってみる。――ちなみにさ、カリスマ看板娘に言い寄ってくる男はいないの?」

「はあ?」

 急に振られた突飛な質問に思わず声を漏らす。これから続く内容はおそらくクレイアにとっては苦手な部類だ。

「わたしだったら、お菓子作れる女の子はすごく評価が高いよ」

「美味しいって言ってくる男たちはいるけど……。そういうのは興味ない」

 しれっと言い流したつもりだったが、クラリスは聞き逃さなかった。

「ちょっと待ってよ、今の発言! それって告白とかされたことあるの!?」

「……どうだったかな。――だいぶ陽も傾いてきたね。あたし、明日の準備があるからそろそろ帰る」

 立ち上がり、持ってきた籠に残った材料を詰め込む。丸い形を保ったままの林檎は、ガートに向かって転がすと、その周りを勢いよく囲んでいった。

「もう帰っちゃうの? わたし、悪いこと言っちゃった?」

「そういうわけじゃない。本当にそろそろ戻ろうと思っていた頃だから。エリンもまた眠りそうだし……」

 目を擦りながら、必死に眠らないとしているカフェの店長。チョコ作りの時はぱっちりと目を開けて起きていたが、そろそろ熟睡する時間だ。

 軽く食器を洗おうとしたが、いじけていたアイリスが手を伸ばしてきた。

「片づけくらい、私がやるよ。散々迷惑かけたし……」

「鍋くらいは弁償しなよ? あと……間違っても、二度とアーモンドチョコなんて、作らないで」

 最後に念には念を押して、カフェの入り口のドアを押した。

「それじゃあ、また。今日はお疲れさま」

 そう言ってクレイアは、カフェ『エリン』を後にした。



 その帰り道、ゆっくりと歩きながら、クレイアは自宅件店の『アフェール』へと向かっていた。

「チョコをあげる……ねえ」

 “ライラ・ディ”は、女性にとって最も愛している男性――両想いであれ、片思いであれ、贈り物をする日。恋人がいれば、さらに大事な行事として扱われているが――クレイアにとって、そのような男性はいない、それは事実だ。

 言い寄ってくる男は何人かいたが、それは営業用のクレイアに対して。言葉使いが荒いなどの素のクレイアを知れば、すぐにただの客、もしくは二度と来ない客と成り果てる。

「別に男とか興味ないし。それよりも自分の将来の方が大切だし!」

 将来――つい口に出した言葉が、クレイアの胸の中に深く突き刺さる。おもむろにそっと左肩付近を触った。

 常に服を着ている部分であるため、ここにある傷はクレイアしか見ることはできない。そしてだいぶ傷も薄くなっているため、意識しなければ気づかないくらいになっている。

 二年前――間接的に今の育ての両親に捨て子として拾われた事実を知り、血の繋がった仲睦まじい両親と妹が見ていられなくなり、家を飛び出したことがあった。そして街の外れを一人で歩いているとき、モンスターと遭遇してしまったのだ。

 逃げようとしたが、一瞬で左肩に爪が深く入り、地面に倒れ込んでしまう。

 このまま死ぬのかと思ったが――現れた誰かによって助けられたのだ。

 あまりの出来事に意識もはっきりしていなかったため、その一部始終をはっきり見ることはできなかった。だがとにかく強い人だったことは記憶している。

 次に気がついたときには、騎士団の副団長であるペルセフォネによって、起こされたときだった。だからおそらく騎士団の誰かに助けられたのだろうと、クレイアは推測している。

「誰だったんだろう……あの人」

 ペルセフォネにでも尋ねればすぐにわかるはずだが、聞けずにすでに二年が経過していた。

「……あたしって、肝心なところでいつも迷っているな」

 両親にも未だにはっきりとクレイアの出自は聞けていない。

 ただ怖いだけだとは知っている。穏やかで楽しそうな日々が壊れるのが怖いだけなのだ。

 感傷に浸っていると、いつの間にか『アフェール』の前へと来ていた。販売が終わったのか、クレイアの母親が店先を箒で掃除している。そして笑顔で出迎えてくれた。

「あら、お帰り、クレイア!」

「ただいま、母さん。もう準備始まっている?」

「まだよ。今は休憩中。そろそろ始まるから、支度しておいで」

「わかった」 

 ふと雲の隙間から漏れる夕陽がクレイアの顔を照らしつけた。目を細め、手で軽く陽を遮る。雲さえ覆っていなかったら、さぞ素晴らしい光景になっていたかもしれない。

「……さて、始めるか」

 やがて一息吐いたところで、クレイアは陽に背中を向けながら、店の中へと入っていった。


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