第4話 通り魔
ラウンジのTV画面に映し出されたのは、数週間前から大東和出版本社がある地区を中心に起こっていた、通り魔事件の続報だった。
深夜に突然通行人が無差別に鈍器で殴られ、鋭利な刃物で衣服を斬りつけられるという不可解な事件だった。
特に金品を奪われる訳でもなく、ただそのスリルと報道を楽しんでいるような狂乱を感じさせる。
昨日までに4人の軽傷者が出たが、いずれも犯人は被害者がひるんだすきに逃亡している事から目撃情報も曖昧で、手がかりもつかめぬままだった。
警察は通常の夜警の強化ぐらいしか手を打たず、今回ついに死者が出たことについて、レポーターは警察の判断の甘さを遠まわしに指摘していた。
今回死亡した被害者は所持品が無かったため、現在まだ身元不明の40歳半ばの男性。
警察では一連の通り魔との関連は確定していないが、その線が濃厚だとして捜査にあたる旨を伝えた。
「そりゃあ、通り魔の犯行に決まってますよね。殴って、顔見られて、思わずグサリですよ」
あからさまな多恵の表現に、長谷川は食傷気味な目を向けた。
「え? そう思うでしょ? 長谷川さんも。早く捕まえないと、またやらかしますよ、こんな奴は。長谷川さんも、夜道は気をつけてくださいね」
「思ってもないでしょ」
「ばれました? 長谷川さん襲ったら、犯人その場で半殺しの刑ですもんね」
軽口をたたく多恵の前を、興味なさそうにリクが横切って退席しようとした。
「あ、リク」
長谷川が呼び止める。
「携帯の電源、ちゃんと入れときなさいよ、いつも」
リクは一瞬面倒くさそうに目を泳がせたが、もう一度長谷川に視線をもどし、ちいさく「うん」と言うと、
ラウンジを出ていった。
「・・・むかつく」
長谷川はポロリと漏らした。
「少しは棘が取れたと思ったのに、また野生化してきたんじゃないか? あいつは。玉城がいないとダメなのかね」
「ああ見えて、玉城先輩は猛獣使いですからね。リクさんだって、長谷川さんだって、なんでも来いですよ」
本人を目の前に恐ろしいことをケロリと言い放ち、それでも多恵はグリッドをめくりながらニコニコしている。
お前だって猛獣だ、と腹の底で思いながら、長谷川は多恵をじっとり睨んだ。
「ねえ、長谷川さん、気が付きました? リクさんの手首」
「え? 手首?」
いきなり方向転換した多恵の言葉に長谷川がキョトンとする。
「左手首に包帯してたでしょ。気がつかなかったんですか?」
「・・・そうなの?」
「隠すようにしてましたからね。どうしたのかとも、訊けなかったですけど」
「・・・ふーん」
長谷川は気の抜けた返事をしたものの、しばし口をつぐんだ。
「でも、心配いらないですよ。ねちっこい悪霊の気配とかも感じなかったし。安眠できてない感じはするけど、元気そうだったし。きっと捻挫でもしたんでしょ」
多恵はそう言うと再びニコリとして立ち上がり、
「長谷川さん、そろそろ打ち合わせの時間ですよ。行きましょ」、と、長谷川を急かせた。
「うん、・・・そうだね」
長谷川は手に持った自分の携帯をぼんやり見つめ、何かモヤモヤとした暗雲を腹の中に感じながら、上の空でそう返した。