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第3話 エロス

「あいつは本当の馬鹿なのか?」

長谷川が呆れた声を出しながら、玉城が送ってきた色とりどりのお守りを指先でつまみあげ、

「家内安全っていうのもあるよ」、と情けない顔をした。


「長谷川さん、分からないかなあ~。玉城先輩の不器用な愛が。取材の合間をぬって、いろんな所で集めてきたんですよ。感動しちゃうなあ。ねえ、リクさん?」

多恵が同意を求めてきたが、リクは何と言ったらいいか分からない様子で、ただそのお守りの山を見つめていた。


「まあ、確かにあいつの優しさは伝わるね」

長谷川はテーブルの上に広がったお守りやお札をかき集め、再び茶封筒に入れると、リクの方に差し出した。

「要らないだろうけど、持って帰ってやって」

長谷川の身も蓋もない言い方に、リクはやっと少し笑った。

「うん。ありがとう。・・・じゃあ、僕はこれで」

「あ、待って待って、リクさん」

早々に立ち上がったリクを、多恵が甘えた声で引き止めた。


「もうちょっといいじゃないですか。ねえ、これ見てください。ジャーン! グリッド最新号~」

効果音入りで多恵は、グリッドvol.39をテーブルの中央に乗せた。

表紙はクリムトの「接吻」だ。多恵は意気揚々としゃべり出した。


「初めて私の編集後記が載ったんですよ。まあ50文字ですけどね。でも名前が載るってなんだか感動しちゃう。リクさんの自宅にも送ったんだけど、きっと見てないでしょ? ちょっと見ていきませんか? 今回はエロス特集なんですよ」

「ちがう!」

絶妙のタイミングで長谷川が突っ込んだ。

「17世紀から19世紀、バロック美術から近代美術までにおける美の探求がテーマだよ。何回も言ってる。あんたが『エロス特集、エロス特集』って言うから、編集部のみんなが面白がってそう呼ぶんだろうが」

「いいじゃないですか、長谷川さん。バロック美術、新古典主義派は特に、人物画、宗教画に至るまで、その魅力はズバリエロスです。官能です」

「肌の露出度で決めてない?」

「色気です」

少しもひるまず多恵は長谷川を正面からじっと見た。

「ねえ、リクさんもそう思うでしょ?」


急にクルリと笑顔で振り向いてきた多恵に、リクはキョトンとした。

その反応に満足して多恵がニンマリと笑う。

「表紙はクリムトよりカラバッジョがいいって言ったのに、却下されちゃいました。カラバッジョ好きなんだけどなあ。あの徹底した写実性と劇的な明暗対比、ドラマチックな構成の中に甘美で隠微な官能があるんですよねー」

「どこのエロビデオ評論家だよ多恵ちゃんは。表紙はインパクトありすぎても品位を落としてダメなんだよ」

「あら~? 34号でリクさんの写真、表紙にしたくせに長谷川さん。あんな強烈なインパクトは無いでしょ」

「あれは最高だったでしょ」

そう言って長谷川はニヤリとした。

“どうでもいいよ”とばかりにリクは、椅子の背もたれに沈み込んだ。

帰るタイミングを逃したらしい。


「レンブラント、クリムト、ブーシェ、モロー、そしてブグロー」

多恵がパラパラとページをめくりながら歌うように言う。

「ブグロー、最高ですよね。何でしょうね、あの気恥ずかしくなるような感覚。キスされる幼児にさえ漂う恍惚。透明な青っぽい官能」

「あああ、もういいよ。多恵ちゃんの話聞いてたら、すべて通俗的に聞こえるよ。あんたは飲み屋のエロじじいか」

「やだ、長谷川さんったら~」

「あの・・・」

たまらずにリクが口を挟んだ。振り向く多恵と長谷川。

「もう帰っていいかな」


無表情で言うリクに、長谷川は苦笑いを返した。

「うん、悪かったね、引き留めて。佐伯さんの画廊に寄ってから帰るんでしょ? 時間が空き次第、私も顔出すって言っといてよ。相談もあるし」

長谷川がそう言うと、リクは小さく頷いて席を立った。


玉城が居るときのように、会話がうまく進まないな。

なんとなく長谷川はそう思った。

その事が、モヤモヤとした不快な焦りを生み出す。

玉城という翻訳機がないと、この青年とは言葉がうまく通じないのかもしれないと。



「お~お、ついにかぁ・・・。いつか被害者出ると思ってたんだよ」

席を離れようとしたリクのすぐ側で、別の編集部の男性社員がつぶやいた。

彼を始めとする数人が、ラウンジの壁に据え付けてある液晶TVを食い入るように見ている。


長谷川と多恵、そしてリクも一瞬画面に目をやった。

画面には大きく、

『連日出没する通り魔。ついに一人目の死者か』と、白抜きの文字が浮かんでいた。



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