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第21話 温もり

「どうして・・・君が」

喉が詰まってしまったのか、言葉の先が継げずに、秋山はリクを見た。

「助けてほしいって言ったでしょ。何度も、何度も」

リクは薄暗がりの中、秋山を安心させるようになるべく体を近づけ、代わりに声のトーンを落として喋った。


「俺は・・・」

「そう聞こえたんだ。だから何とかしたかった」

「・・・」

「ねえ、もう充分でしょ。今のでチャラだ。秋山さんは、さっきの男に充分罰を与えたよ。きっとあの男はすごく恐怖を味わった。それで終わらせよう? 秋山さんだって本当はこんな事したくないんだ。怖くて仕方なかった。だから僕にいろいろ話した。違う?」

「でも、俺は・・・」

「やらなきゃいけないって、間違った思いこみを育ててきただけなんだ、秋山さんは。それだけなんだよ」

「リク・・・」

秋山はリクの目を見つめたまま、力が抜けたようにヘナヘナとその場にへたり込んだ。


「終わると思うか? 俺は毎夜夢を見るんだ。血だらけのあの人にすがって泣く夢を見るんだ。いつだって俺は9歳のままで。いつだって俺はあの人が目を覚まし、もう一度俺を救いあげてくれるのを待ってるんだ。ずっと、ずっと、待ってばかりなんだ」

「終わるよ。もう秋山さんはすべて分かってるんだ。何も知らなかった子供じゃない。ひとりぼっちでもない」

「でも、・・・俺は狂ってる」

「それなら僕だって狂ってる」


秋山は目を見開き、暗がりの中、同じ高さにしゃがみ込んで話かけるリクを、じっと見つめてきた。

リクもしっかりその目を捉えて離さなかった。

秋山の目が次第に潤んで頼りなく揺れたが、その肩からはするりと力が抜け、素直な一つの人形になった。

リクがほんの少し微笑むと、秋山は顔を歪ませたまま、抱っこをせがむ子供のような仕草で、リクの方に両手を差し出してきた。

リクは近づいて、座り込んだままの秋山を正面からしっかり抱きしめてやった。


おぼろげだが、まだ4、5歳の自分を、生前の実母はこうやって抱きしめてくれたことがあったように思う。

消えてしまいそうな微かな記憶と温もりが、リクの心の底で、確かに支えになっていると感じる。

そんな記憶さえもない秋山をリクは抱きしめた。

愛されるべき人からの虐待で心の軸がずれてしまったのならば、誰が安易にこの人を責められるだろう。

終わればいいと思った。

この人を縛って歪める何かから、開放されて欲しいと心から思った。


「さて・・・と」

しばらくそうして秋山の体を抱きしめていたリクの後方から、長谷川の不機嫌そうな声が響いた。


「いつまでくっついてんだよ二人とも! 大の男が、きしょく悪いね! さあ、余興はお開きだ。帰るよ、リク」

秋山から体を離したリクがゆっくり立ち上がって長谷川のほうを向いた。

秋山はまだ電池の切れかかった人形のように、もぞもぞとリクと長谷川を見上げている。


「さっきの人は?」

リクが遠くの暗闇に目を凝らしながら長谷川に訊いた。男の姿はもう、どこにも見えない。

「ああ、ちょっと脅して開放してやった」

「・・・何したの?」

「殴っちゃいないよ。後ろから羽交い締めにしてさ、『25年前の悪さを誰も許しちゃいないよ。亡霊達があんたをいつだって見張ってる。久留須のようになりたくなけりゃ、せいぜい身辺に注意して暮らすんだね』・・・って言っただけだよ」

リクは、平然と言う長谷川を、唖然としてみつめた。


「残りの人生、戦々恐々なんじゃない?」

長谷川は大きな唇を引き延ばして、楽しそうに笑った。



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