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第20話 動く

リクが延ばした手を、秋山は自分から断ち切ったように思えた。

秋山の言動にさっきまでの自分の心細さが重なって、体中がザワザワと震え、落ち着かない。


リクは闇雲にさまよわせた視線を、再び強く握っていた携帯に落とした。

通常表示に戻ったモニターには、5件もの着信履歴が表示されている。

どれも長谷川からだ。

思うよりも先に、指が勝手に長谷川の番号への発進ボタンを押していた。


『電源切るんじゃないって言っただろうが! バカタレ!』 

いきなり電話に出た長谷川が、開口一番リクを怒鳴りつけた。

ビクリと体が跳ね上がったが、お陰で膨張して思考能力の無くなっていた頭がすっきりした。


『ねえリク。秋山から連絡とか来た?』

「・・・なんで?」

『あいつさ、きっと見つけたんだよ。25年前の誘拐犯を。二人いたんだ。やっぱり覚えてて隠してたんだ。狙ってるのは羽白って男だよ。久留須からすぐ繋がった。秋山は久留須の家を探って、羽白の所在を突き止めてる』

「久留須?」

『ほら、少し前に通り魔に殺されたって男だよ。まあ、犯人はまだ通り魔だと断定されてないんだけど。あの男が共犯者の一人だったんだ。とにかく二人いたんだ、共犯者は。久留須と羽白。ぜったい間違いない。久留須が殺されたのを知って、《探し出せる》と思って追いかけ始めたんだよ!』

「・・・」


通り魔? くるす? はじろ?

早口で説明する長谷川の勢いと、あまりにも思いがけない展開に、リクは思考がついてゆけず、しばらく言葉が出てこなかった。通り魔と昔の誘拐犯。そしていきなり25年前の犯人を追う秋山。その関係性がリクの中で咄嗟に繋がらなかったのだ。

しばらく無言で考え込んでいるリクを、長谷川は急かした。

「リク、聞いてんの? 羽白の居場所を秋山は探し出したんだよ。つい一昨日の事だ。何を意味するかわかるでしょ? 秋山は何かやらかすよ。いや、もうやらかしてるかも知れない」


「ついさっき電話があったんだ。秋山さんから」

今度はリクが素早く答えた。

「何て?」

「今から行くんだって。この仕事をやり終えなきゃ、時間が流れないって。それだけ言って、切れた」

「リク!」

長谷川が鋭く言った。

「そっちに行くよ。待ってて」


      

            ◇



羽白は25年前と同じように長く間延びした顔に陰気な目をして、昨日と同じ居酒屋から出てきた。

顎にある大きな痣が確認できたが、その目印が無くとも、男が羽白であることは疑いようも無かった。

今も付き合いのある昔の共犯者が4日前、通り魔に殺されたというのに、この男はのんきに酒を飲み、退屈な日常を繰り返している。何の価値も無い男なのだ。

秋山は物陰から風采の上がらぬ中年男を睨みながら、そう自分に言い聞かせた。


25年前に誘拐計画に巻き込んだ幸田が、警官に撃ち殺された時も、こんな風に我関せずだったのだろうか。

秋山は改めて沸々と沸き上がってきた憎悪の火を腹の底で育てながら、フラフラと商店街を歩いていく羽白を尾行した。

「こわくない。こわくない」

ジャケットのポケットに右手をつっこみ、その中でナイフを握りしめつつ、秋山はいつしか自分の中に住んでいる9歳の自分を励ましていた。


自分を優しく抱いてくれた幸田は撃ち殺され、ただ金欲しさに計画を立てた二人の男はのうのうと生きていた。

自分があの時、共犯者の記憶が無い振りをしたのは、ただすべてが恐ろしかったからだ。忘れようと心を閉じていた。

だが今思えば正解だった。

例えあの時警察に捕まったとしても、弁護され、言い訳をし、奴らは重い刑を免れる。適当にあてがわれた軽い刑罰で、許されていいはずはない。

すべては今夜のためにあった。今夜、25年間育てた怒りでもって、ケリをつけるのだ。


あの時計画通り奴らが迎えに来てくれていれば、自分たちは逃げられた。

少なくとも幸田は殺されずに済んだ。優しいあの人を失わずに済んだ。愛情のない親の元で、再び蛇の生殺しのような生活に戻ることも無かった。


“あの時、俺の中の希望が消えた。 天使なんか、来やしない”


駅前を離れ、羽白は一転して閑散とした古い住宅地の路地に入っていった。

薄暗い街灯の頼りない明かりと、そこかしこに潜む闇が、秋山の腹に沸き上がっていた憎悪を増長させた。

千鳥足の羽白が、だらしなく路上に唾を吐き出したのを合図に、秋山は走り出した。

わずかに残った冷静な部分が《待て!》と叫び声を上げたが、自分の中に飼い続けた狂気がそれを押さえつけ踏みつけ、秋山は鬼と化した。


警戒心のまるでないその男の背後から体当たりし、アスファルトの上に転がした所で、持っていた折り畳み式ナイフを振りかざした。

何も言うつもりはなかった。説明する価値もない。訳も分からず死んでいけ。

羽白の恐怖に引きつった顔を暗闇の中で見下ろしながら、このあと自分が振り下ろすはずのナイフを、夢の中に居るような気持ちで握りなおした。


頭の中がゴム毬にでもなったように、思考にフィルターがかかった。

ああ、よかった。罪の痛みは、感じない。怖くない。これで終わる。



「秋山さん!」

ふいに、後方から声がした。

同時にチラチラ動くライトに気付き、仁王立ちしたまま秋山は、首だけで振り返った。


がしりと何かが背中から秋山を抱き留めて来た。

足の下で、腰を抜かしたらしい羽白が、仰向けの虫のように、ジリジリと四つ足で背後に後ずさり、声も出さずに路地をヨタヨタと走り去って行く。

そのあとを余裕のスピードで、別の誰かが持つ懐中電灯の光が追っていった。


動けぬまま、秋山はただそれを見送った。

極限の緊張による忘我から引きもどされた秋山は、背後から痛いほどの力で抱き留めてきた青年に、やっとの思いで声をかけた。

「リク?」


秋山の体から腕を放したリクは、何度か呼吸し息を整えたあと、ホッとしたように笑った。

「よかった。・・・間に合った」



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