第2話 玉城からの贈り物
大東和出版のラウンジは、初秋のカラリとした木漏れ日を窓から取り入れ、心地よい明るさを保っていた。
様々なデザインの椅子とテーブルが並ぶ、ゆったりとしたその空間は、打ち合わせや休憩、歓談の場として自由に使える。
社員からの評判も良く、長谷川や多恵も気に入ってよく利用していた。
午前10時。
先に来て横並びに座っていた長谷川と多恵は、後から入ってきたリクに手招きした。
いつもの事ではあるが、ラウンジ内で休憩や打ち合わせをしている社員は男女問わず、必ずこの青年に一瞬目を奪われる。
今日もTシャツにジーンズ、黒のカジュアルなジャケット。
いつものように飾り気のない服装だったが、そのしなやかに伸びた肢体と柔らかな動き、神聖さを感じさせる中性的な整った顔立ちは、その場を心地良い緊張で満たした。
『きっとウチが抱えているどのモデルも勝負にならないほど綺麗な男ですよ』と、ファッション誌の編集長に言わせるほど、リクの容姿は人を惹きつける。
みんなの反応を見て、多恵が、なぜか自分の所有物を自慢するかのように「ふふ」と笑うのも、いつものことだった。
「あんたさ、ちゃんとご飯食べてる?」
自分たちの正面の椅子に座ったリクに、開口一番、長谷川が訊いた。
リクがキョトンとして長谷川を見る。
「なんで?」
「また痩せた。それに少し顔が青白い」
リクが返答に困っていると、長谷川の隣で多恵がニンマリした。
「やだ~、長谷川さん、なんかお母さんみたい」
「何でお母さんよ!」
長谷川が多恵を間近で睨んだが、この新入社員は全く動じる様子もない。
悪びれもせずに長谷川に笑い返し、今度はリクの方に身を乗り出した。
「だけど、私もちょっと心配だな~。やっぱり、あれから眠れないんじゃないですか? リクさん」
「・・・」
リクも長谷川も黙り込んだ。
春先の吉野宮神社での殺人事件がきっかけで強まってしまったリクの特殊能力が、リク自身を苦しめていることは、二人とも玉城から聞いて知っていた。
けれどこればっかりは、長谷川にもどうすることもできない。
そのことが長谷川には歯がゆかった。
「心配いらないよ。ちゃんとやってる」
いつものように素っ気なく、感情を込めずにリクは答えた。
“あまり自分に構わないでほしい” というリクの信号なのだ。
ずいぶん棘が取れて人間らしくなってきたが、リクのこういう可愛げのない部分が、長谷川は気に入らなかった。
知らず知らず、声が邪険になる。
「じゃあ、今度会う時までにもう少し太っときな」
「今度って? 何の用事の時だよ。今日だってそっちが勝手に呼び出したくせに」
「迷惑だったらその場で断りなよ」
「まあ、まあ、二人とも」
険悪になりかけているところを、面白そうに多恵がなだめた。
「玉城先輩がいないと、なんで喧嘩になるんでしょうね、二人とも」
そう言いながら、やはり多恵はニコニコしている。
とにかく二人が揉めるのが楽しいらしい。
「で? 今日は何の呼び出し? 玉ちゃんはずっと出張だろ?」
リクがそう訊くと、多恵がテーブルの上に大きめの茶封筒を置いた。
「はい、これ」
「何?」
「玉城先輩がリクさんを呼び出して、手渡すようにって」
「玉ちゃんが?」
リクはテーブルの上の、パンパンに膨らんだB5サイズの茶封筒に目をやった。
玉城は現在『グルメディア』の「旅」をテーマにした長期取材で、沖縄を皮切りに、ベトナム、タイ、マレーシア等、アジア各地をまわっている。
スタッフの慰安旅行も兼ねていると言うことで、ちゃっかりそれに混ざり、2カ月は帰らないと言う。
「僕宛に郵送すればいいのに」
困惑しながらそう言い、茶封筒を手にするリクに、長谷川が苦笑しながらつぶやいた。
「あんたを呼び出して、生存確認してくれってさ」
リクが眉をひそめる。
「なんだよそれ」
「ねえ、何を送って来たのかな、先輩。沖縄の消印だけど」
多恵に煽られ、面倒くさそうにガムテープを剥がし、封筒を覗き込んだリクが絶句した。
そのままリクは、封筒の中身をテーブルの上にガサッとひっくり返す。
テーブルの上は、西日本各地のありとあらゆるお守りや、お札で溢れ返った。
《リクにやるよ。どれか効くかも知れないだろ? --玉城--》
メモ用紙に殴り書きした玉城のメッセージが、最後にひらりとテーブルに舞い落ちた。